カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

元祖天才バカボン23話B演出コンテ:感情を持つ月や太陽の舞台裏

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

冒頭、特徴の開幕太陽アップ・間。レレレおじさんが空想するパリの街なので、ベルばらコンテと特に被る。

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美術監督の水谷氏は、ベルばらの美監でもあるから、更にシンクロ。今回もベルばらコンテも、躍りが可愛い(特徴) 。

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レレレおじさんの空想は、バカボンが来たため中断される。

だが本編のフランスっぽさは抜けず、バカボンは、貧しいバイオリン弾き(と相棒の猫)に出会う。ところで高屋敷氏演出の家なき子も、レミ達は貧しい大道芸人だったので、何やらシンクロ気味。

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バイオリン弾きは、ご飯を何日も食べてないと言う。同情したバカボンはお使い代300円のうち100円をあげる(特徴:義理人情)。だがバイオリン弾きは変装をしてはバカボンの前に現れ(特徴:脱衣演出)、バカボンは結局300円払う羽目に。

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騙されたこと(特徴:イカサマ)に気が付いたバカボンは泣き、そこへパパが来る。事情を聞いたパパは、金よりもバイオリンを欲し、バイオリン弾きからバイオリンを強奪する。
パパのバイオリンは下手で、怪音波を発する。画像は怪音波に苦しむ人達。今回、忍者マン一平監督、カイジシリーズ構成。

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あちこちでパパがバイオリンを弾く度に、人々は苦しむ。空地に出たパパは、そこでもバイオリンを弾き始めるが、それを聞いた月が震え、吐き気を催して落ちる。特徴の、月や太陽のキャラ化。監督作の忍者マン一平(下段)では、表情がつき、更に演出意図が明確になっている。

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パパは、聞く人がいないとつまらない、とクラシックコンサートに乱入。怪音波のせいで、指揮者のカツラが取れる。特徴の脱衣演出(アイデンティティの着脱)。パパは、本官のいる交番でもバイオリンを弾き、取り調べ中の泥棒を苦しめて真実を吐かせる。 

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パパを心配したママ達は、パパを探す。パパは空地で星にバイオリンを聞かせていた。パパは以前、流れ星にお願い事をしたが叶えてくれなかったので、星をこらしめていると言う。その願いとは、太陽と月の衝突。ちなみに監督作の忍者マン一平では、その願いは実現している。

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パパのバイオリンを聞いた星は「オエー」と言い落ちる(特徴:自然や物のキャラ化)。
パパが「嘘つきにはバイオリンでゲゲゲのゲなのだ」と言って〆。
画像は今回と、監督作の忍者マン一平。どちらも、天体をキャラとして数え感情を持たせている。

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  • まとめ

なんといっても、月や太陽、星が感情を持っているという高屋敷氏ポリシーが前面に出ている。シリアスものの脚本や演出において、太陽や月に不気味な間が発生する特徴の種明かし。監督作の忍者マン一平では、顔がついていて更にわかりやすい。

もともとシリアスものに出てくる太陽や月の不気味な間について私は興味を持っていたのだが、ルーツを辿って行くと、こういった子供向けギャグに解答が出ている。
更にルーツを辿れば、デビューまわりのジョー1脚本(無記名)に行き着く。

今回のように、元祖天才バカボンで太陽や月などの天体が喋るのは稀で、同氏のこだわりが感じられる。
また、中盤に出る脚本作で更に色濃く出てくるが、今回のバイオリン弾きのように、人の善意につけこむ詐欺に対する怒りのようなものも感じられる。

パパのバイオリン怪音波は大迷惑だが、嘘つきをこらしめる役割も持たされている。大体の同氏作品にて、太陽や月やランプは出来事を全て見ている不気味さがあり、時に天罰も下す。今回は、バイオリンという「物」が嘘つきから真実を吐かせている。

自然や物が感情を持ち、時に罰を下すコンセプトは、アカギやカイジでも生かされている。アカギもカイジも牌やカードといった「物」を使って運命を決し、魂を持つかのような描写が強い。思えばジョー2脚本についてもグローブに魂がこもっている。

ジョー2最終回脚本では、丈と別れたグローブがくったりして死んでいくかのような描かれ方をしており、相当に強い描写。アカギの一筒牌、カイジ1期最終回の、兵藤の当たり籤なども魂がこもっており、物語の骨子とも言える役割が与えられている。

物や自然に重要な役割を与える同氏の特徴を踏まえた上で、作品を見ていくと面白い。特にシリーズ構成作品は、シリーズ全体を通して活躍する「物いわぬ物」(例:アカギの一筒牌)の存在が見えて興味深い。今回はその舞台裏が見れた貴重な回だった。

元祖天才バカボン21話A演出コンテ:アイデンティティ喪失の危機を乗り越える

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

本官さんの誕生日の話。
本官は、ケーキを持ちながら町中で自分の誕生日をアピールするが、誰からも祝って貰えず一人落ち込む。それを偶然見たバカボン達は、本官の誕生日を祝う。同氏特徴のぼっち救済。カイジ2期脚本と比較。
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更に、バカボン宅で本官の誕生日会を開くことに(特徴:義理人情)。
だが、ママから一つ条件が出される。条件とは、この日を境に発砲をやめて優しいお巡りさんになること。これは、同氏作品によく出るアイデンティティを保てるかどうかの試練と取れる。

話を聞いたパパは、銃を撃たない本官など価値が無い、と反対。どうにか本官を怒らせて銃を抜かす計画を立てる。そして夕刻となり、全てを見ているかのような夕陽のアップ・間が出る(特徴)。画像は今回とベルばらコンテ、家なき子演出、ジョー2脚本。 

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バカボン宅に着いた本官は、本官を怒らせようとするパパから、数々のトラップや挑発を受ける。それになんとか耐え、本官は、パーティーの席に着く。特徴の飯テロ出現。画像は今回と、ど根性ガエル演出、カイジ2期脚本。 

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それでもなお、パパのトラップと挑発は続く(特徴:知略)。なんとか耐えた本官は、今度こそ皆から誕生日を祝ってもらう。家なき子演出の誕生会場面と比較。

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皆から誕生日を祝ってもらい、本官は感際まって泣く。
下記画像は義理人情に触れ感際まって泣くシリーズ。今回、ど根性ガエル演出、家なき子演出、カイジ2期脚本。
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だが喜びも束の間、パパのトラップによりケーキは爆発。ついに堪忍袋の緒が切れた本官は銃を乱射し、パパを追いかけまわす。パパは喜び、追いかけっこの末に二人は交番にて酒を酌み交わす(特徴:男の友情)。アカギ・ルパン3期脚本と比較。

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二人が酒を酌み交わすのをコッソリ見守ったママは、本官の帽子を、そっと交番に置く。特徴の、アイデンティティを表すもののアップ。画像は、今回と家なき子演出。

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ママは、「きれいな星空」と夜空を見上げる。星の一つがパパの顔となって「これでいいのだ」と〆る。特徴の、自然や天のキャラ化。監督作の忍者マン一平と比較。忍者マン一平でも太陽や月に表情がつく。つかない場合も、魂があるかのような間が発生する。
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  • まとめ

脚本は吉田喜昭氏。この組み合わせも多い。吉田氏が鬼籍なのが悔やまれる。吉田氏との組み合わせでは、可愛い話が多め。
今回も、特徴であるぼっち救済が序盤から炸裂。「一人じゃないよ」精神。画像は今回と、ど根性ガエル演出、カイジ2期脚本。

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そしてもう一つは、アイデンティティを保てるかどうかの試練。パパによれば、銃を撃たない本官なんて、この番組に出る意味が無い、というほどの、本官のアイデンティティの危機。ママは悟り、本官のアイデンティティを示す帽子を、優しく交番に置く。

アイデンティティを保てるかどうかの試練は、裸や脱衣といった形で描かれることが多い。チエちゃん奮戦記脚本でもテツが脱衣や着替えをしてアイデンティティを問われるし、カイジ脚本の、別室での全裸描写も然り。ど根性ガエル演出でも銭湯戦闘がある。

銃を撃たない本官=アイデンティティの喪失であると本能的に察知したパパは結果的に本官を救う。これは男同士だから理解しあえる所もあり、ラストでパパと本官は酒を酌み交わす。また、男同士の世界に、あえて立ち入らないママの配慮も光る。

アイデンティティを失うというのは、場合によっては生きる意味を失うほどの危機。ギャグとはいえ、本官にとっては作品内での存在を問われるほどの危機でもあった。そういった試練を裸一貫から乗り越えるキャラも、同氏作品には多い(カイジ含む)。

同氏作品は、今回含め、アイデンティティ喪失の危機をどう乗り越えるかを問う展開が多い。ジョー2最終回脚本では、試合後にグローブを脱ぐことが非常に印象的に描写される。この時ボクサーとしての丈は終わり、新しい丈となる。(→そして旅立つ)

ジョー2最終回脚本の、丈のグローブはボクサーとしての丈のアイデンティティ。それを「脱ぐ」ことは「あしたのジョー」という作品世界から丈が去ることを意味する。
今回の、銃を撃たない本官も、本官が作品から消える危機だった。

このように、キャラのアイデンティティを失うという事は、とても重い。その試練を課すことも、とても重い。思えば、カイジ1期の人間競馬で、他人を落とすか否かの選択を迫られたカイジが、他人を落とさない選択をした回の脚本も高屋敷氏である。

他人を落とさない決断をしたカイジは、自分のアイデンティティ(優しさ)を保った。
もし非情な決断をすれば、それはカイジではなくなるくらいの危機だったと言える。
そのくらいアイデンティティを保つというのは重い、というのに気付く回だった。