カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

コボちゃん45話A脚本:幼き者を見守る物達

新幹線の話。コボの友達・茂の父が名古屋に赴任しているため、コボと茂は新幹線で名古屋に遊びに行くことに。コボは新幹線に乗るのは初めてで、茂も物心ついてから乗るのは初めて。それを聞いた、金持ちのお坊ちゃんで新幹線マニアの水の江は、何かを思い付く。

この冒頭シーン、コボ達は水の江宅のミニチュア新幹線で遊んでいるのだが、水の江がかなりの新幹線好きであることがわかる作りになっており、水の江が何かを企んだ瞬間、ミニチュア新幹線が背後を通過する。

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これも高屋敷氏特徴で、ものいわぬ物(ミニチュア新幹線)がキャラクターとして多くの事を短い時間で語っている。

当日、岩夫(コボ祖父)は新幹線の中まで見送りに来ていた。見送りを終えた岩夫が車両を出ようとすると、走り込んで来た水の江と、そのお手伝いさんである秋子にぶつかる。
ぶつかった拍子に転がったジャガイモを秋子に届けようと、岩夫が車両に入ると、出発時間となってドアが閉まり、岩夫を乗せたまま走り出してしまう。ここも、転がったジャガイモのアップが意味深で、このジャガイモが岩夫を新幹線へ誘う役目を果たしているように見えるのが、同氏特徴。

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こういった静物アップはどんどん意味を増していって、例えば、下記画像の、カイジ破戒録脚本(上段右)では柿ピー3つのアップが班長トリオを象徴するかのようであり、サッカーアニメであるDAYS脚本では、監督の机にある灰皿の吸い殻が11本(下段)。最後の1本は、主人公・つくしのシャトルランを見守った後の主将達が入って来た時に足され、つくしがチームメンバーになる未来を示唆する。

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このように、同氏脚本は、脚本なのに画面で語る場面が多い。そして瞬間的に、または少し考えれば意味がわかるようになっている。これは演出担当作品でも多く見られた特徴だが、映像制作に関われない「脚本」でも「映像で」同氏特徴がわかるのが、つくづく不思議で面白い。

話を戻すと、岩夫・秋子・水の江を乗せた新幹線(ひかり)は名古屋までノンストップ。岩夫は諦めて名古屋までコボ達に付き添うことにする。

秋子の目を盗んでコボ達と合流した水の江は、初めて新幹線に乗るコボ達が心配だったから、家族には内緒で付いて来た、と口実を述べる(買い物中の秋子にはバレて、追いかけられた)。

三人一緒だ、と喜ぶ場面で、三人で手を握り合っているのが、同氏特徴。手を握れば友情が生まれる、というのが同氏ポリシーであることが同氏監督作の忍者マン一平で明確になっており、また、手をつなぐ・手から手へ思いをつなげる場面は演出・脚本ともに多数存在する。下記は今回と忍者戦士飛影脚本。どちらも喜び方が幼く、手を握っている。

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水の江は、両親は学会で遅くなるから大丈夫、とも言う。ここらへんで、金持ちであっても寂しい所もある水の江家の内情が見て取れ、飛躍すれば、同氏ポリシーである、ぼっち救済とも言える。

そして秋子は水の江を発見。だがコボ・茂・水の江は逃げ、秋子との追いかけっこになる。列車内での逃亡劇は、家なき子の同氏演出回にもあり、それを彷彿とさせる。あと、カイジ破戒録脚本と列車描写が奇跡的シンクロ。

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よくある描写といえばそれまでだが、コンテや演出が脚本から想像する画が共通しているからこういった奇跡的偶然が多数発生するのかもしれない。また、今回の作監は高屋敷氏が演出参加した(コンテ・脚本疑惑もある)、ど根性ガエルで原画をした本木久年氏。その関係から、後の工程への意志疎通がスムーズである可能性もある。ちなみに本木氏は、高屋敷氏が最終回含め脚本参加したジョー2でも原画を描いている。

 

そして、色々と知略(特徴)を使って秋子をまいたコボ達は、ジュースで乾杯する。ここも、偶然にもカイジ破戒録脚本と画や雰囲気が似てくる。

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その後コボ達は、社内から見える富士山に感動する。ここも富士山の存在感が大きく、自然=キャラという同氏ポリシーが出ている。

水の江は茂とコボの記念写真を撮るが、これも同氏特徴の、幼く可愛くなる現象が出ている(演出・脚本問わず出る)。

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後の脚本回でも高屋敷氏は、水の江・茂・コボ3人組の可愛い友情を書いている。同氏の好きな組み合わせ?

一方散々な目に合い、出費まで大きかった秋子と岩夫は諦めの境地に。そんな一行を乗せた列車は、ようやく名古屋に到着。コボと茂は、茂の父と合流。水の江は、さっさと反対側ホームにまわり、家に帰る準備をする。しかもバイオリンのお稽古に間に合うように計算していた。秋子と岩夫も、家に帰るために慌てて水の江についていく。

水の江と別れたコボ達は、バイオリンのお稽古の時間まで計算していた水の江に感心する。だがそんな水の江は、帰りの列車の中では秋子の膝の上で寝ていた。ここも同氏特徴の、幼さが出ている。

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実は水の江は、新幹線マニアであっても、旅行はいつも飛行機のため、新幹線に乗ったことがなかったのだった(伏線は沢山ある)。そんな話を秋子から聞き、岩夫は、今回の事を水の江の両親に言い付けないでやってほしいと秋子に頼む。秋子も、この事を言ったら自分も叱られるから、とツンデレ気味に岩夫の願いを承諾する。

ここの会話が渋く、また、同氏担当作によく出る、優しいおじいちゃん(ここでは岩夫)が顔を覗かせている。

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そんな優しい二人と無邪気な水の江を見守るように、ラストは富士山が映る。ここも、富士山=キャラクターとして扱われ、同氏ポリシーが出ている。

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  • まとめ

とにかく同氏特徴の、キャラクターの幼さが出ている回。富士山に内心一番感動していたり、友達の目がないと秋子の膝の上で寝たりする水の江の、年相応の幼さが出ている。

この幼さ描写が、他作品では大人にも適用されているのが面白い。これはシリーズ構成・脚本のワンナウツ・アカギ・カイジでも存分に発揮され、視聴者の母性・父性本能をくすぐる。
また、じゃりん子チエの同氏脚本も、他の脚本家の回と比べると格段にキャラクターが幼くなっている。
あれだけハードなイメージのジョー2でも、同氏脚本回だとキャラクターが無邪気で幼い一面を覗かせる。特に、ハワイでジョーと葉子が車で散々遊んで無邪気に笑い合う回は印象的。

今回出た秋子は、水の江家のお手伝いさんであるので水の江と血はつながっていないのだが、膝枕の場面で、水の江との疑似家族的つながりを強く見せている。こういった疑似家族愛も、高屋敷氏の特徴だし、最後の岩夫の優しい進言も、同氏特徴の義理人情。

そして優しい大人達がいるから、子供達が年相応に無邪気でいられるとも取れる。これは、じゃりん子チエ脚本でも同じで、キャラクターが幼くなれる環境が整うと、キャラクターが幼くなる。

そして序盤のジャガイモ。今回の、水の江の貴重な新幹線体験は、終盤の岩夫の進言のおかげで良い思い出のまま保存されることになったことを考えると、岩夫の乗車のきっかけを作ったジャガイモは重要な「役」を「演じた」ことになる。このように、同氏特徴の物や自然のアップ・間は、それぞれ意味や伏線があることが明確になっている。

例えば、カイジ破戒録3話脚本では、ランプのアップ・間(同氏特徴・他作品でも頻出)の直後、カイジの親番となり、カイジが「親を受ける」と言う。親を受ける機会はここだ、とランプがカイジを促し、また、全ての出来事をランプが見ている。

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後のカイジ破戒録7話脚本では、ランプが班長の悪事含め、全てを見ていた事が明らかになる。7話ラスト、班長のイカサマをカイジが阻止した瞬間、ランプが揺れて鐘のSEがオーバーラップされる。地下編でチンチロの場面になると意味深なランプのアップ・間が多くあったことの種明かしとして、ランプが舞台の前面に出てきたのだ。

このように、単なる時間稼ぎや場つなぎではなく、同氏作品では何故そこで静物・自然の間が必要なのかの意味付けがしっかりしている。

脚本といえばストーリー構成や台詞に目が行きがちだが、台詞を言わない物や自然達にも重要な役を負わせるのが高屋敷氏の個性であり魅力である。

今回も、静物(ジャガイモ等)や自然(富士山)が重要な役を担っている。

そしてキャラが何故幼くいられるか(取り巻く環境や人々のおかげ)が明確になった回だった。