カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

元祖天才バカボン16話A演出コンテ:童心の大切さ

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

冒頭、バカボンとパパが鼠小僧ごっこをしているのだが、動きや絵面が幼い(特徴)。これは脚本でも出る特徴で、大人も子供も「幼さ」が強調される。

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パパとバカボンがドタバタするので勉強できない天才児・はじめちゃんは外に出る。外に出た所で、はじめちゃんは近隣のター坊の母に会い、彼女からター坊の家庭教師を依頼される。はじめちゃんは早速ター坊の勉強を見ることにするが、これまたター坊は幼く(特徴)、バカのレベル。

ここで、問題文に楽屋ネタ。「こういちくん(原画:槌田幸一氏?)とひでおくん(高屋敷英夫氏)は7lのお水を30分で飲むことにしましたが、とても水では2lぐらいしか飲めません。そこで2人は…」とある。楽屋ネタは演出でも脚本でも、よく出てくる。 

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その後もター坊は勉強する気が全く無く、はじめちゃんを呆れさせる。あと、ター坊はよく歌う(特徴)。ところで脚本は城山昇氏なのだが、城山氏の脚本だと、奇行を行うキャラがよく出てくる。

様々な奇行をするター坊に、流石のはじめちゃんも匙を投げて帰る。

そうは言っても、謝礼はちゃんと出て、はじめちゃんは、ター坊の母からケーキを貰う(特徴:飯テロ)。他作品でもケーキはよく出るが、家庭教師ということで、めぞん一刻脚本で出たケーキと比較。めぞん一刻も、勉強を教えた事への謝礼。

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ケーキを見たパパは、家庭教師をすれば、いい物を貰えると思い込み、ター坊宅に家庭教師をしに行く。だが、ター坊のペースに巻き込まれ、結局一緒に遊ぶことに。ここでパパとター坊が踊るのだが、幼い(特徴)。家なき子演出でもよく踊っていた気がする。

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二人は、紐でつないだ相手をぶん回す「飛行機ごっこ」をやる。特徴である、出崎哲氏ゆずりの回転演出。画像は今回と、ど根性ガエル演出(コンテは出崎哲氏)、じゃりん子チエ脚本。脚本でもよく出てくるのが怪。

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だが勢いあまって、パパはツボの中に落下してしまう。ここがまさにツボで、他作品によくある、「まるで1キャラクターのような無機物のアップ」という特徴の種明かし。まるで人が入っているような存在感があるということ。脚本でもこれが発揮される。

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パパは結局、ター坊の父に、ツボに入ったことを叱られ、外に投げ飛ばされる。という訳で、パパは何も貰えなかった。
画像は先に述べた、存在感のある無機物たち。挙げればキリがないが、めぞん一刻脚本と比較。

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ところで、ター坊と大違いで真面目だと評判のター坊の父は、実は会社ではター坊そっくりで幼く遊び好きだった。同じく遊び好きの社長と一緒になって、飛行機ごっこをする。
幼く可愛いおっさんが出るのも特徴。画像は今回とワンナウツ脚本。

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その頃パパも、飛行機ごっこをバカボンやはじめちゃんとやっていた。結局パパは、ター坊に新しい遊びを教えてもらった形になったのだった。遊ぶ3人が可愛い(特徴)。

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  • まとめ

今回の肝は「童心」と「魂のある無機物」。
あと、教育や親子関係についても考えさせられる。ター坊の母は決して教育ママではなく、お調子者で明るいター坊の性格は尊重している。

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 また、実はター坊そっくりな、ター坊の父についても考えさせられる。

親が子供の人格を否定すると、互いに不幸になる。それを考えると、ター坊母子の関係は、ある程度うまく行っている。バカには変わりないが…。また、ター坊の父と、その上司は、童心に帰って遊ぶことで、ストレスを解消している。これも心理的に大切。

思えば同氏シリーズ構成・脚本のアカギでも、アカギは童心を持っている(特に札束を平坦な顔で見つめる場面)。博打はある程度バカにならなきゃできないし、童心に近い純粋な心も必要になってくる。これはカイジも同じ。カイジは純粋さを逆手に取り、勝ちを得たりしている。

同氏の作品に年齢問わず「幼さ・可愛さ」が出てくる理由は謎ではあるが、それにより、シリーズ物だと緩急がつく効果がある。特にエースをねらえ・家なき子演出だと、演出ローテ相手の竹内啓雄氏と極端な違いが出てくる。どうやら班も違うっぽい?

ともかく今回は、同氏の特徴である可愛さ・幼さ・童心の大切さ、が剥き出しになっている話とも言える。色々見てきたが、城山昇氏の脚本は、監督や演出の本質を捉えるのが上手い。それもあり、同氏の意向を探る上で重要な回だった。