カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

花田少年史12話脚本:人生は己で決めろ

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

花田少年史概要: 舞台は、カラーテレビが憧れだった時代の日本の田舎。 事故を切欠に幽霊が見えるようになってしまった少年・花田一路が遭遇する様々なドラマが描かれる。

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前回11話も高屋敷氏脚本。前回についての記事:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/entry/2017/11/06/125540

前回まで:
交通事故に遇い、生死をさまよう青年・春彦は、一路の体を借り、かつての恋人・加奈に会いに行く。加奈は春彦との娘・夏を産んでおり、春彦は現世への未練が強まってしまう。一方、魂を瀕死の春彦の体に入れた一路は苦しむ。

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春彦が大金持ちの息子ということで、看護婦達は、もし彼に見初められたら玉の輿だと色めきたつ。モブの存在感の強さに、高屋敷氏の特徴が出ている。めぞん一刻脚本では、名無しキャラに名前をつけるほど。

今回は、看護婦の一人・町子の存在感が強く出ている。

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一方、瀕死の春彦の体に入っている一路は苦しむ。
また、姿は春彦、中身が一路のため、見方によってはワイルドな男に見え、看護婦の町子は惚れ込む。

その頃春彦(体は一路)は、娘・夏と遊び、生きたいと強く願う。そんな彼を、天が「見ている」(特徴)。めぞん一刻脚本と比較。

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その一方で、一路(体は春彦)は何か食わせろと暴れる(特徴:食いしん坊)。この辺り、時系列が原作と異なり、高屋敷氏特徴の時系列操作が出ている。じゃりん子チエやカイジ脚本にもよく出ている妙技。
場面は転じ、加奈と、親代わりの小料理屋・たぬきやを経営する夫婦の会話になる。

加奈と、たぬきや夫婦は疑似家族的な関係。あらゆる高屋敷氏の作品にて、疑似家族関係と、その愛情が前面に出ている。
めぞん一刻脚本の住人達や、カイジ脚本における、カイジとおっちゃんの関係などが挙げられる。

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たぬきや夫婦との会話で、加奈は過去を回想。
同棲していた春彦と加奈の仲は、金持ちである彼の親によって引き裂かれ、その際春彦は、生まれ変わったら今度こそ一緒に…と加奈に言うが、人生は一度きりだと加奈は反論(特徴:人生の価値の如何)。

だが、レールのある人生を強いられてきた春彦は、生まれ変わりを信じなければ生きていけない…と話す。
そして今、公園で遊ぶ夏と春彦(体は一路)は、誰かが置き忘れたオモチャを見つけ、それが大事にされていない事に気づく(特徴:物に魂)。元祖天才バカボン演出と比較。

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元祖天才バカボン演出では、手荒に扱われ壊れたノコギリがパパを呪う。

今回のオモチャは、今ある人生を大事にしない春彦を表しているとも取れる。
その後、オモチャの本当の持ち主が現れ、春彦(体は一路)は殴られる。

これも、体の貸し借りをしている一路と春彦が重なり、意味深。その証拠に、夏が持っていた砂遊び用のバケツとスコップが意味深に映る(特徴:物が「見ている」)。このような物のアップ・間は、高屋敷氏の演出・脚本問わず出てくる。めぞん一刻脚本と比較。

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オモチャを大切にする…という夏とのやりとりで、春彦(体は一路)は、加奈との別れを回想する。加奈は、「一番大切なもの」は何かと春彦に問いかける。家が自分より大切なのか、とも(特徴:アイデンティティの如何)。
その時、春彦はその問いに答えられなかった。

だが今、春彦は何が大切かを痛感。加奈と夏を守り、生きたいと強く願う。

その頃、壮太(一路の親友)は一路宅を訪ね、行方知れずの一路を心配していた。ここはアニメのオリジナルで、一路自身の「生」の危機が強調されている。犬を使った間が、やはりめぞん一刻脚本と重なる。

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そして一路(体は春彦)は危篤状態に陥っていた。そこへ、一路の知り合いの幽霊・カトリーヌが現れ、春彦の体と共に死ぬか、生きる気力を強く持ち、峠を越えるしか無いと、現状を解説する。

春彦(体は一路)の方はというと、夏と一緒にいたいと加奈に頼み込む。

だが、真面目に取り合ってもらえず、春彦(体は一路)は夏を抱えて走り出す。
しかしながら、体は子供のため、すぐにバテる(特徴:幼さの強調)。
追い付いた加奈は、今度生まれ変わったら夏の兄として産んであげる、と春彦(体は一路)を慰める。

そんな加奈に、春彦(体は一路)は「一生は、やはり一度きりだ」と言う。彼は、死に直面したことで、何が大切かわかったのだ。自分で決めた加奈との時間や、自分が自分であることが肝心であると。自分で決めた人生を生きよ…は高屋敷氏の作品にて多く強調されるメッセージ。

春彦(体は一路)は、「僕は自分を取り戻してくる」と言い、「生きるために」自分の体に戻るべく走り出す。
家なき子演出にて、自分の生き方を自分自身で選んだレミが、夕陽に向かい走り出すシーンを彷彿とさせる。
現に、夕暮れの中走る場面が原作より強調されている。

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そして、走る春彦(体は一路)の前にカトリーヌが現れ、彼を病院にテレポートさせる。
こうして一路と春彦はそれぞれの体に戻る。

帰宅が遅くなった一路は、母から拳骨を食らう。
玄関のランプが強調されている(特徴)。ジョー2・めぞん一刻カイジ2期脚本と比較。

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結局、テストや予防注射を春彦(体は一路)に受けさせるという一路の企みは水泡に帰す。
翌朝、登校を渋る一路の前にカトリーヌが現れ、春彦が快方に向かっていると報告。この辺りのカトリーヌ・一路・一路の友人である壮太・桂とのやりとりはアニメオリジナル。

カトリーヌは、テストや予防注射で死ぬわけではない、と一路に登校を促す。カイジ2期最終回脚本にて、仲間の所へ行け、とカイジを促す、やさしいおじさんと比較。

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また、カトリーヌは、そんなに嫌ならテストも注射もない死後の世界に来るか?とも言う。

一路は「ごめんだね」と言い、友達のもとへ駆け出す。仲間の元へ走るカイジ2期脚本と比較。

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このオリジナルのやり取りにて、春彦だけでなく、一路もまた、本能的に、何が自分にとって大切かがわかったことが表現されている。

その後、加奈と夏の元へ、春彦が訪れる。
松葉杖を落とす動作(アニメオリジナル)などに、高屋敷氏の特徴が出ている(物をキャラクターとして捉え、演技させる)。めぞん一刻脚本と比較。

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春彦は、一度きりの人生を精一杯生きることを、自分で決めたのだった。

  • まとめ

前回11話に引き続き、「生きるとは、人生とは何か」の問いかけ。
終盤の、カトリーヌと一路とのオリジナルのやり取りにて、それが何なのかの補完が成されている。
また、自分で決めた道を行け…は、高屋敷氏が何度も投げかけるメッセージの一つで、カイジも然り。

カイジ脚本・シリーズ構成においても、今まで自分の道を自分で決めてこなかった事にカイジが気付き悔やむが、色々な経験を経て、自分で決断するようになって行くのがシリーズを通して描かれる。
めぞん一刻脚本・最終シリーズ構成においても、人生の岐路に立った五代の決断が描かれる。

カイジ1期(高屋敷氏シリ構・脚本)にて、カイジは様々な死のギャンブルで「死」に直面し、己の「生」とは何かを問われる。
今回の春彦と一路も、死に直面したことで己の「生」を見つめ直す機会を得る。

今回の春彦は「自分が自分であること」が大切だと気付く。
カイジも「オレがやると決めてやる。ただそれだけだ」「オレは(人を)押さない、押さないんだ」と、自己を強く保つ決意を、色々な経験を経て持つようになる。

原作つきでもオリジナルでも、「己を強く保て」「自分の決めた道を行け」は、高屋敷氏の作品で強く押し出されるメッセージ。
また、既に死んでいる、今回のカトリーヌや、カイジにおける、石田さんや佐原達といった死者には、「生」は二度と戻らない。

そういった、死者の示したメッセージも汲み取りつつ、人は生きていかねばならない。その意味で、オリジナルで挿入された、カトリーヌと一路の会話はなかなかウィットに富んでいる。
また、クライマックスで覚醒した春彦(体は一路)は男らしく描かれている。

カイジめぞん一刻のシリーズ構成・脚本にも言えることだが、高屋敷氏は原作に男の世界・男の生き様を加味することが多い。
特に、めぞん一刻にこれが適用されていたのには驚く。
これはやはり、男の世界を描く出崎統監督作品に長く関わって来たのが一因だろうか。

高屋敷氏の作品に滲み出る「生きるとは…」というテーマ、あしたのジョー2最終回脚本が代表的だが、元祖天才バカボンの演出や脚本でも多く描かれており、興味深い。
生きるとは…の答えがなんであれ、それが「自分で決めたこと」なら上等…ということかもしれない。

前回の11話・今回の12話は、カイジ1期の人間競馬・死の鉄骨渡りのエピソードや、カイジ2期最終回と見比べると面白い。
どれも「一度きりの人生をどう生きるか、どう決めるか」の深みが描かれている。
今回は、そういった高屋敷氏の一貫したテーマやメッセージを感じる回だった。