カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

F-エフ-27話脚本:「こころ」の大ピンチ

アニメ・F-エフ-は、六田登氏の漫画をアニメ化した作品。破天荒だが天才的なドライビングテクニックを持つ青年・赤木軍馬が、様々なドラマを経てレーサーとなり、数々の勝負を繰り広げていく姿を描く。
監督は真下耕一氏で、高屋敷氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。
今回は、コンテ/演出が古川順康氏、脚本が高屋敷英夫氏。

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  • 今回の話:

アニメオリジナルエピソード。
将馬(軍馬の異母兄)の暗躍により、マシンを破壊された軍馬は立て直しに奔走。
軍馬の熱意を受け、黒井(軍馬が所属するチームの代表)は、F3マシンを持つ、英二郎というフリーのメカニックを紹介する。
そんな中、またしても将馬の嫌がらせが入り、軍馬はライセンスを剥奪されてしまう…

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本記事を含めた、当ブログにおけるF-エフ-の記事一覧:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23F-%E3%82%A8%E3%83%95-

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将馬(軍馬の異母兄)の暗躍によってF3マシンを破壊された軍馬は、立て直しを図って、無茶なスポンサー探しを行うも、悉く断られる。
あしたのジョー2脚本でも、丈が大物と無茶な掛け合いをしており、それが思い出される。

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そんな折、タモツ(軍馬の親友だが、現在は、軍馬のライバル・聖のメカニック)は、アパートに一旦戻り、届いていた戸籍謄本を受け取る(パスポート取得のため)。静止画で見ると、今後のネタバレとなる情報が書いてあり、伏線だらけの構成に唸らされる。

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一方、JAFモータースポーツ部門担当で、協会専務理事の葛西は、匿名(将馬)の者から、軍馬がチンピラと喧嘩していたとの情報を受ける(前回の盗撮や、チンピラの仕掛けに関する伏線の回収)。

タモツと入れ違いでアパートに帰った軍馬は、年内最終のF3レースに勝ったら、聖(軍馬のライバル)がF3000にステップアップし、ヨーロッパに行く予定だという情報を純子(ヒロインの一人)から得て(ソースはタモツ)、焦燥する。

軍馬は、(将馬の手の者に襲撃され大怪我したため)入院中の黒井(軍馬が所属するチームの代表)を訪ね、何としても年内最後のレースに出て、聖と勝負したいと語る。
屋上で会話する状況が、空手バカ一代演出(コンテは出崎統氏)とシンクロ。

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また、屋上にはためく洗濯物という演出は、出崎統氏がよく使うが、同氏と長年一緒に仕事した高屋敷氏も、(演出・脚本作ともに)よく使う。
チエちゃん奮戦記・あしたのジョー2脚本と比較。あしたのジョー2については、コンテが出崎統監督。

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軍馬の熱意を受けた黒井は、F3マシンを持っているという噂があるフリーのメカニック・英二郎の情報を教える。
原作では、英二郎は黒井のチームメカニックであり、設定が大きく異なる。
アニメの英二郎の設定は非常に、あしたのジョー的で、高屋敷氏の、あしたのジョー(特に2)脚本経験が活かされている。

軍馬は、酒場で飲んだくれる英二郎に接触し、F3マシンを貸して欲しいと頼み込む。
カイジ2期(脚本)で、勝負をするために大金を貸して欲しいと、遠藤に交渉するカイジと重なってくる。英二郎も、カイジ2期の遠藤も、やさぐれている中、若者に野望を持ちかけられる所が共通。

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英二郎は軍馬を追い返そうとして割り箸を投げつけるが、ずば抜けた動体視力を持つ軍馬は、それを全てキャッチする。
軍馬が只者ではない事を察するも、英二郎は頑なに心を開こうとはしない。だが、軍馬は諦めない。
青年と中年男性の交流はやはり、あしたのジョー(脚本、特に2)における段平と丈、カイジ(脚本)における遠藤とカイジなどを彷彿とさせる。

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更に軍馬は、英二郎宅のガレージに眠るF3マシンのエンジンをかけてみる。
まるでタモツが整備したかのようなエンジン音に驚く軍馬だったが、英二郎に殴られる。
英二郎は、何とか軍馬を追い出し、マシンの傍らで酒を飲む。高屋敷氏は、人間の「孤独」を多く描く。

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マシンは人間みたいに裏切らない…が英二郎のモットー。「魂を持つような機械」は、元祖天才バカボン演出/コンテや、忍者戦士飛影脚本をはじめ、高屋敷氏は多く出している。

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翌日、軍馬は黒井に、英二郎とのやり取りを報告。そんな中、安田(黒井レーシングチームのチーフマネージャー)が、協会からの手紙を持ってくる。それは、軍馬のライセンス剥奪を告げるものだった。更なる絶望が、軍馬を襲う。
カイジ脚本はじめ、高屋敷氏は「絶望」も多く描く。

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その夜、聖はタモツやルイ子(聖の恋人)と共に、メーカーとのパーティーに出席。その席上、聖は(不治の病による)発作を起こすも、何とか持ちこたえ、早めに帰宅する。これも、あしたのジョー2(脚本)において、パンチドランカー症状に陥る丈を思わせる。

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一方将馬は、軍馬のライセンス剥奪の報に満足する。そしてユキ(軍馬を慕う、赤木家の元使用人。将馬に囲われている)に貢いだ4千万円(ユキはそれを、軍馬のチームに投資)を、他との取引によって補填し、父の総一郎に返すが、母からは、ユキと別れるように言われる。
このアニメオリジナル展開にも驚き。原作では、将馬は金を失ったままになっている。

そして、聖と入れ違いでパーティーに乗り込んだ軍馬は、協会専務理事の葛西に、ライセンス剥奪について問い詰める。
葛西は、(将馬が送りつけた)チンピラとの喧嘩写真を軍馬に見せる。事情を説明する軍馬だったが、葛西は去る。
ここも、あしたのジョー2脚本にて、大物に噛みつく丈を思わせる。

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話を聞きつけたタモツは、軍馬を詰問。
聖側に付いたタモツに言われる筋合いは無いとして、軍馬は拳を上げそうになるが、踏み止まる。カイジ2期(シリーズ構成)にて、イカサマをした班長を殴ろうとして踏み止まるカイジと比較。どちらも、殴ってもどうにもならない状況。

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その後、軍馬はレーシングスーツとヘルメットを着用し、岸田(軍馬を慕うインテリ青年)の車を走らす。高屋敷氏は、「自己を形成するもの」をクローズアップする。
元祖天才バカボン演出/コンテ、グラゼニ脚本、家なき子演出と比較。

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「何も無しで…一体どうやって走れってんだよ…!」と軍馬はサーキットの門にしがみつくのだった。
アイデンティティ喪失の危機を、高屋敷氏は長年、かなりのピンチとして描いており、高屋敷氏らしい展開と言える。

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  • まとめ

アニメオリジナルエピソードということで、高屋敷氏の、あしたのジョー(1は無記名、2は最終回含めかなり深く関わる)脚本経験がふんだんに使われている。特に、英二郎のアニメオリジナル設定が、あしたのジョーの段平を思わせる。

また、屋上のシーンなど、(長年一緒に仕事した)出崎統氏の演出を「持ち込む」手腕に、いつもながら驚く。
高畑勲監督作品である、じゃりン子チエにおいても、鳥や巨大夕陽など、高屋敷氏は「脚本」上から出崎演出を持ち込んでいる。
おそらく、そういった映像に誘導する状況作りが上手いのだと思う。

そして、くたびれた中年男性と、未来を掴もうとする若者との交流は、カイジの脚本・シリーズ構成においても見事に描かれており、今回の英二郎と軍馬のやり取りは、そのルーツを見たような気分になる。大元はやはり、あしたのジョーにおける、丈と段平の関係ということになるだろう。

長年描写している「孤独」も、今回は色濃い。孤独が万病のもとであることを、高屋敷氏は多くの作品で表しているが、まさに英二郎は酒浸りで、病んでいる。ただ、唯一の心の拠り所であるマシンが、僅かながら彼の孤独を救済している。

あと、英二郎のモットーである「マシンは人間みたいに裏切らない」であるが、これは、機械や物に魂が宿るような描写が多い高屋敷氏のこだわりが見られる。1980年版鉄腕アトム忍者戦士飛影などのロボットもの脚本においても、同氏は理屈抜きで、ロボットに「魂」があるものとして描いている。

軍馬の方は、ライセンス剥奪という、アイデンティティに関するピンチが発生する。彼は13話において掴んだ、「レーサーとしての自分」を失ってしまう危機にあり、「自分」を表すものであるヘルメットとレーシングスーツを着用するのは、その危機感をよく表している。

これに関しては、DAYSやグラゼニなどのスポーツアニメの脚本にて、意味深に背番号のアップが映るほか、元祖天才バカボンの演出/コンテなどにおいても、アイデンティティに関する表現は多い。高屋敷氏が多く出す「鏡」も、そういったアイデンティティに絡めて考えると面白い。

アイデンティティ喪失は、メンタル問題を引き起こす要因の一つであり、高屋敷氏は、それを非常に深刻なものとして扱う。高屋敷氏は長年、メンタル問題を描いており(何故かは不明)、その先見の明には、いつも驚かされる。

特に、はだしのゲン2(脚本)の、抑うつ症状が見られる老人に対する、子供達の対処(孤独にはさせないが、そっとしておく・自主性に任せる・無理強いをしない)は、ほぼ完璧に近いもので、非常に感銘を受けた。

今回の英二郎の孤独と、軍馬のアイデンティティ喪失の危機は、ともに「生きていく」上で深刻な問題。また、高屋敷氏がよく出すテーマ「自分とは何か」とも深く関わってくる。人間の「こころ」に取り組む同氏の姿勢に、あらためて感じ入った回だった。

ちなみに、アイデンティティ喪失の危機に関しては、高屋敷氏が演出/コンテを担当した、元祖天才バカボン21話Aでも描かれており、そちらも併せて見ると興味深い。