カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

めぞん一刻70話脚本:ラブコメにも適用される「不屈の精神」

めぞん一刻は、アパート「一刻館」に住む青年・五代と、一刻館管理人で未亡人・響子との、山あり谷ありのラブコメ(原作・高橋留美子先生)。高屋敷氏は最終シリーズ構成と脚本を担当している。監督(最終シリーズ)は吉永尚之氏。

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五代の就活の様子を見に上京した、五代の祖母・ゆかり婆ちゃんが田舎に帰る日がやって来た。

別れを惜しむ響子に、ゆかり婆ちゃんは、もうすぐ亡き夫のお盆だから、と理由を告げる。「(亡き)爺ちゃんが寂しがる」というフレーズに、高屋敷氏の、ぼっち救済ポリシーが出ている。また、この話全体で、ゆかり婆ちゃんが響子にとっては「未亡人の先輩」であること、「未亡人でも女を捨てない」ことが強調されている。冒頭でも、ゆかり婆ちゃんが着物を直す仕草が丁寧に描写されている。

響子は、ゆかり婆ちゃんへのプレゼント(特徴:贈り物)を買うため、五代を買い物に誘う。五代も、今日の就活の会社回りは1社しかないので快諾。

五代が出かけた後、ゆかり婆ちゃんは昼寝をする。その間、木々などの自然を描写する間が長く発生する(特徴)。こういった、物いわぬもの達の意味深な間は、同氏の演出・脚本で、視覚的に目立つ個性。しかも脚本での方が意図が緻密で迫力がある。これも不思議な特徴の一つ。下記は今回とカイジ脚本。

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カイジの方も、カイジが目覚めるまでの、意味深な間が発生している。今回も、自然や虫の描写をじっくりした後、ゆかり婆ちゃんが昼寝から目覚める。

この、自然や無機物などをキャラクターと捉えて、まるで何かを言っているような間は、どんなに尺が短くても入ることがある。下記は今回と、新ど根性ガエル脚本(コンテ演出疑惑もあり)。新ど根性ガエルは30分2話構成なのに、じっくり入れているのが凄い。

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ゆかり婆ちゃんが昼寝から目覚めた頃、五代と響子は約束通り、ゆかり婆ちゃんへのプレゼントや、五代の実家への土産を買いにデパートでショッピング。響子がプレゼントを選んでいる間、五代は指輪売場に目が行く。ここも、指輪が五代を誘うような間やアップがある(特徴)。

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また、案内する売り子が存在感がある(特徴:優秀モブ)。勿論、今は買えない値段なので、逃げるように五代は立ち去る。

喫茶店にて、五代は響子の手を見ながら、売り子の言葉を思い出す。ここも手のアップ・高速回想の特徴が出ている。

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手のアップについては、元祖天才バカボン演出の、手が喋る回などで演出意図の解答が見れる。高屋敷氏は、手や足なども別個のキャラとして見ている。これは近年のDAYS脚本でも健在で、「足を別個の生命体と見ろ」という直球台詞がある。

婚約指輪も買えない自分に溜め息が出る五代は、なんとしても就職してみせますから、と響子に宣言する。響子は戸惑いながらも、笑顔を見せる。

昼下がり、ゆかり婆ちゃんは外で自家製梅酒を楽しむ。ここでも特徴の、西日や風の間がじっくり描写される。また、一人ぽつんとしている、ゆかり婆ちゃんの相手をするように惣一郎(犬)が絡んできて(特徴:ぼっち救済)、ゆかり婆ちゃんと惣一郎(犬)は一緒に梅酒を飲む。

帰路につく五代と響子は、二人きりで買い物できた事を互いに喜び、いい雰囲気に。しかし、雨が降りそうな雲行きになって来たため、一刻館へと急ぐ。

二人が一刻館に着くと、ゆかり婆ちゃんと一刻館住人が玄関で梅酒を飲んで盛り上がっていた。ここも特徴の疑似家族愛が出ていて微笑ましい。しかも、最初は一人で飲んでいたゆかり婆ちゃんを救うように、ほぼ全員で飲んでおり、特徴である、ぼっち救済が出ている。

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惣一郎(犬)は、すっかり酔っており、響子に執拗に絡む。五代は惣一郎(犬)を止めようとした際、響子の服の裾を破ってしまう。そこへ雷と雨が来て、その後の惨劇?を演出する。ここも、雷と雨がキャラとして活躍する。また、向日葵のアップ・間が発生する。下記は今回と家なき子演出。

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事故とはいえ響子の服の裾を破ってしまった五代は、響子から咄嗟のビンタをくらってふてくされるが、ほどなくして両者は仲直り。その後、ゆかり婆ちゃんの送別会が催される。

ゆかり婆ちゃんへ贈る言葉を言う際、響子は祖父母を幼い頃亡くした事を語り、「お婆ちゃんて、こういうものだったんだなあって…」と大真面目に言う。ここも、血のつながらない疑似家族愛の特徴が出ている。ゆかり婆ちゃんは、後に響子にとって重要な人物になるので、伏線にもなっている。

ここで響子は、ゆかり婆ちゃんへプレゼントを渡す(中身はバッグ)。これも高屋敷氏特徴の、心がこもった贈り物。下記は今回とコボちゃん脚本。

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ゆかり婆ちゃんは喜び、「管理人さんは、ええ人ら」とお礼を言う。

宴もたけなわとなった頃、雷のせいで停電となる。ここも、雷が宴を盛り上げるキャラとして「出演」している。下記は今回と、怪物くん脚本。

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暗闇で、響子が抱きついたと勘違いした五代は喜ぶが、明かりがつくと、抱きついていたのは惣一郎(犬)と判明。雨のせいか、屋内に入りこんでいたのだ。惣一郎(犬)と五代はドタバタするが、ゆかり婆ちゃんの梅酒で惣一郎(犬)は大人しくなる。その際、ゆかり婆ちゃんは「犬だって一人は寂しいもんな」と言う。ここも、高屋敷氏のポリシーが直球で出ている。あと、優しくナデナデしたり、手つきが優しいのも、色々な作品でよく出てくる特徴。

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すっかり酔った惣一郎(犬)は響子に甘えまくり、五代はそれが気に食わなくて飲みまくる。一刻館住人が、惣一郎(犬)と響子が、まるで夫婦だと囃し立てるため、酔った五代は惣一郎(犬)から惣一郎(響子の亡き夫)を連想・妄想し、惣一郎(犬)と同レベルでいがみ合うのだった(特徴:幼い)。

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翌日、ゆかり婆ちゃんは旅支度をするのだが、鏡(特徴)を見て口紅を塗る仕草が丁寧に描写されており、同氏ルパン三世2期演出を連想させる。こちらも口紅描写が丁寧。

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また、演出・脚本問わず頻出する鏡描写。挙げればキリがないが、じゃりん子チエ脚本と比較。
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チエの場合、テツとチエが似ている箇所があると鏡が告げる。ゆかり婆ちゃんの場合、まだまだ女を捨てていない姿を鏡が映し出している。どちらも、キャラとして鏡が活躍。

こういった鏡描写、初期では、ど根性ガエル演出で出ている。

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こちらも、鏡を見たマリヤ(ひろしの飼い猫)が、食べ過ぎて太ってしまったことにショックを受ける。これをはじめ、鏡が現状を映し出すキャラとなっているケースが多数存在する。

話を戻すと、ゆかり婆ちゃんは二日酔いの五代を叩き起こし、荷物持ちをさせる。一刻館の皆も、見送りに行くことに。ここも、特徴の疑似家族愛が出ている。

新幹線のホームで別れる際、ゆかり婆ちゃんは五代の手を握る。これも頻出する特徴。ど根性ガエル演出と比較。

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見送りは、そのまま進行するはずだったが新幹線が遅延し、復旧するまで時間がかかることに。時間をつぶすため、またも一刻館住人とゆかり婆ちゃんは酒盛りを始める。

酒の匂いのせいで、五代の二日酔いがひどくなり、響子はそれを心配する。五代はいつもああやって甘える手口を使う、と四谷は、ゆかり婆ちゃんに耳打ちする。それを受け、ゆかり婆ちゃんは持っていた巾着袋を五代の頭にクリーンヒットさせる。ここも、何故か脚本なのに、出崎哲氏ゆずりの回転演出が出てくる。出崎哲氏コンテ・高屋敷氏演出のど根性ガエルと比較。

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また、出崎兄弟ゆずりの指パッチンも出てくる。

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その後も酒盛りは続き、その間に新幹線のダイヤは復旧。新幹線は出発してしまう。結局、次の新幹線が来るまで酒盛りは続いたのだった。

色々あったが、無事に実家に着いたゆかり婆ちゃんは、電話にて、響子は五代にはもったいないが、絶対に諦めるな、と五代に発破をかける(特徴:不屈の精神)。カイジ脚本でも、「絶対に諦めねえ…!最後まで…!」という台詞があり、話全体で「諦めない」事が大事であると、かなり強調されている。

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諦めない精神は、同氏の作品によく出てくるポリシー。出崎兄弟直系の「男の世界」が、ラブコメである本作でも顔を出している。 

ちなみに、奇跡的にカイジ脚本と似た構図が出る怪現象発生。茫然としている状況が似ているせいだろうか。

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ゆかり婆ちゃんは、五代の事をよろしく頼む、と一刻館の皆に酒代を渡していた。それを聞いた五代が急いで部屋に戻ると、すでに一刻館の皆は酒盛りを始めていた。またも二日酔いが悪化した五代は、(介抱しようとした)響子の部屋に行けるチャンスを得るも、それどころではなくトイレに駆け込むのだった。

  • まとめ

今回も出て来た、自然や無機物の間。特に、ゆかり婆ちゃんが昼寝をしている際の自然や虫の作り出す「間」は長く、それを見ていると、何故か「お年寄りに優しくしなきゃなあ」という気分になる。脚本なのに、こういった沈黙の間が「語る」のが毎回凄いと思う。それでいて話の密度は濃く、かなり圧縮されている。

そして、毎回出てくる特徴である、キャラ(特に五代)の幼さ。ついに犬と同レベルに。原作より強調される五代の幼さ・可愛さは、響子の母性本能を刺激するよう設定されているのではないか、と前に書いたが、今回も、甘えるのが五代のいつもの手口…と四谷が言うので、さらに裏付けが取れた。

その一方で、やはり出てきたのが「男なら諦めるな」的な「男の世界・美学」。以前も書いたが、高橋留美子原作作品にこういった男の世界を組み込むのは興味深い。

また、ゆかり婆ちゃんは夫に先立たれ、老いてもなお女であることを忘れていないことが、着物を直したり、口紅を丁寧に塗ったりする描写にて強調されている。いわば、未亡人である響子に、女を諦めないよう、先輩として手本を示している。こちらも、「諦めるな」が強調されている。

こういった不屈の精神を強調するポリシーのルーツは、やはりデビューまわりの「あしたのジョー1」の脚本経験(無記名)から来ていると思われる。丈も、何回打たれても諦めず立ち向かうファイトスタイル。その姿勢が、ラブコメにも適用されているのが面白い回だった。