カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

蒼天航路13話脚本:魔王の魅力

アニメ・蒼天航路は、曹操の生涯を描いた同名漫画のアニメ化作品。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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董卓による後漢の支配は続き、都・長安董卓は、弓を引きながら世界征服の野望を語る。ここも、弓矢や的が「無言で語る」(高屋敷氏特徴)。カイジ2期脚本と比較。

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そして宮中にて、舞や音楽の宴が催される。それを楽しむ幼い皇帝・劉協(りゅうきょう)と、それに付き合い寝転がる董卓が無邪気。キャラの幼さや無邪気さを引き出すのも、高屋敷氏の特徴。忍者戦士飛影脚本と比較。

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そんな中、養父の政治家・王允(おういん)と共に打倒董卓を図る貂蝉(ちょうせん)が、琵琶の奏者として登場する。貂蝉は、董卓に対し歪んだ感情を抱いており、殺意と同時に愛しさも感じていた。

貂蝉の奏でる美しい音色に、さすがの董卓も聞き入る。

その隙をつき、琵琶に仕込んでいた刃で貂蝉董卓に斬りかかる。
董卓はそれを難なくかわし、その巨体で貂蝉を抱き抱える。体格差を物ともせず立ち向かう貂蝉の姿が、ど根性ガエル演出と重なる。

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董卓は、何故自分を狙うのか貂蝉に問う。貂蝉は、歴史に名を残すことに苦心してきた王朝の伝統を、董卓が破壊したことを批判し、たとえ女であろうと、董卓を倒した者として自分の名を残したいと言い、董卓に噛みつく。この場面は、貂蝉が男気溢れるかっこよさを発揮しており、男女関係なく男気を描いてきた高屋敷氏の特徴が感じられる。めぞん一刻脚本でも、女子高生である八神が、男気溢れるかっこよさを見せている。

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あと、貂蝉董卓に噛みつくシーンは、ど根性ガエル演出の、ぴょん吉の噛みつき攻撃と重なるものがある。

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貂蝉の胆力を董卓は気に入り、后として彼女を迎える。この時、董卓貂蝉の着物を剥くが、ルパン三世2nd脚本の、銭形が不二子を剥くシーンが思い出される。

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その2ヶ月後、呂布が北方の匈奴討伐から帰ってくる。武勲を上げた労いとして、貂蝉が笛を奏でると、呂布貂蝉に惚れてしまう。言葉には出さねど、トンボや自然の描写で、それがわかるようになっている。こういった、「ものいわぬもの」の描写で状況を語るのは、高屋敷氏の大きな特徴の一つ。呂布の寡黙さが、それに拍車をかけている。ワンナウツあしたのジョー2脚本と比較。

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夜、呂布は女官や侍女を殺しながら貂蝉の寝所に乱入し、貂蝉を抱く。二人は激しく交わり、その激しさで壷が揺れ、割れる。「物」が状況を表す役割を担っており、高屋敷氏の特徴が出ている。元祖天才バカボン演出と比較。

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元祖天才バカボンでは、パパが壷に入っており、物=生きている、という同氏の概念が明確になっている。

呂布は、「俺は龍になる」と言い、貂蝉は、それに乗りたいと言う。禁断の愛が、ベルサイユのばらコンテの、フェルゼンとマリーに重なる。どちらのラブシーンも、イメージが多め。

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その後、貂蝉王允に、呂布を引き入れての打倒董卓計画を立案。そのためには、董卓を討てという、皇帝の詔勅(しょうちょく・皇帝の意思表示)が必要であると説く。彼女は王允に、その詔勅を出すよう皇帝を説得してほしいと頼む。

それを受け、王允は皇帝・劉協に、董卓を討てという詔勅を出すべきと直訴。

戸惑う劉協に王允は、董卓を討てる勇者を知っていると伝える。劉協が、その者の名を聞くと、王允は、呂布の名を挙げる。
ここも、龍のレリーフのアップ・間があり、「物が語る」という高屋敷氏の特徴が出ている。ここでは、龍=呂布であることを示している。DAYS脚本と比較。

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そして、董卓を討つべきという詔勅が出される。馬車に乗ったまま詔勅を聞く董卓の手が、感情と連動して描写される。元祖天才バカボン演出の、手が喋る回をはじめ。手のアップや、手のみの演技も、高屋敷氏の作品によく出てくる。忍者戦士飛影カイジ2期脚本と比較。

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董卓は馬車を破壊しながら姿を現し、詔勅を読み上げた者を斬殺する。

董卓は、劉協をたぶらかした者がいるとして、大臣達を詰問。そして直感で、首謀者が王允であると見抜く。

死を覚悟する王允であったが、貂蝉が割って入り、董卓を制止。董卓は、この事態が王允父娘の共謀であることを察し、そんな浅知恵では自分は倒せぬと言う。そこへ呂布が現れ、董卓を後ろから斬りつける。
そして呂布董卓の、人間離れした決闘が開始される。

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董卓は、呂布には真の王たる道・器がわかっていないと言い放つ。王の何たるかを説く姿が、カイジ脚本の会長が説く、王についての理と重なる。

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呂布は全力で斬りかかり、それを受けとめる董卓の剣が割れる。呂布の剣は董卓の眉間を捉え、ついに董卓は死ぬ。

この決闘の間、董卓呂布に言い放つ「王の理」はかっこよく、「善悪は単純ではない」事を描いてきた高屋敷氏の真骨頂かもしれない。アニメ版董卓は原作より少しキレイめにしてあり、悪役(?)としてのかっこよさが際立つようになっている。以前も書いたが、シリーズ構成の軸の一つと思われる。

また一方で、死しても歴史に名を残せればよいと覚悟を決める王允も、かっこよく描かれている。

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死した董卓の魂は赤き龍となり昇天。曹操も、龍が昇っていく様を目撃する。

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董卓の死後、董卓の身内は皆殺しにされ、董卓ともども、遺体が市中に晒される。そんな中、董卓の遺体のヘソに灯された(死体を見張るための)灯心の火が消えないという不思議な現象が起き、人々は震撼する。「火」の強調も、高屋敷氏の特徴の一つ。しかもこれは、文字通り「生きている」火。ど根性ガエル演出、コボちゃん花田少年史脚本と比較。

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王允は、自分の名を後世に残すため、他の史書を焼いたり、史家の蔡ヨウを処刑したりと、残虐な処置を行い始め、ついには貂蝉呂布を見捨てる決断をする。

雨が降る中、貂蝉は、一緒に寝ている呂布に王の器を感じられず、董卓こそ王の器だったと述懐する。そんな事を考えていると、董卓の残党によって彼女は殺されてしまう。目を覚ました呂布は、貂蝉の遺体に何かを感じつつも、何処かへ姿を消す。そして時を同じくして、董卓のへそから出ていた火も消える…。
雨が「活躍」し、ドラマを盛り上げるのも、高屋敷氏の特徴。めぞん一刻脚本と比較。

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一方王允も、都に戻った董卓の部下・李カクにより首をはねられてしまう。こうして、ますます乱世は広がる。

そして曹操は、再び蜂起した黄巾兵と戦うべく、エン州にいた。董卓死しても、まだ自分が天を掴むタイミングではないことを、曹操は察するのだった。 

  • まとめ

前半は貂蝉の、後半は董卓のかっこよさが目立つ。特にクライマックスである、王の道を説く董卓のかっこよさ、呂布董卓の死闘は特筆に値する。

前述の通り、アニメ版はどうも、董卓寄りになっているのを感じる。あれだけの暴君なのに、呂布達より董卓に肩入れしてしまいそうになるほど。これは新たな発見だった。

めぞん一刻脚本・最終シリーズ構成でも、原作に比べ、五代の可愛さ・無邪気さが目立つ作りで驚いたものだが、それに近いものを感じる。高屋敷氏の作品は、原作に寄り添いながらも、キャラクターの魅力や、感動するポイントが原作と大きく異なることが多い。ここに、同氏の妙技を感じる。

つまりは、同氏の好みに、知らず知らずのうちに視聴者が巻き込まれているのだ。本作の董卓の魅力も、その好例。

それに呼応するかのように、同氏特徴である「善悪の区別は単純ではない」さまが、本作のシリーズ構成の柱の一つとなって現れている。

もともと原作からして、三国志で悪役として描かれることが多い曹操を主人公としているわけで、アニメでも、それに従い、誰それを悪役として描く、というのを控えているのかもしれない。

そして三国志といえば、魏・呉・蜀それぞれにファンがいる歴史物。それへの配慮もあるだろう。

しかし、董卓については、反董卓軍に曹操劉備孫堅がいたわけで、彼らの共通の敵役として描いても、普通に通る。だが敢えてそうせず、しかも原作より董卓寄りになっているのは、かなり斬新。

また、カイジ(シリーズ構成・脚本)の兵藤会長と董卓が重なるのも驚いた。二人が説く「王の理」は異なるものの、王としての凄みは共通する。董卓のかっこよさは、貂蝉も実感しており、呂布に抱かれながらも董卓の「王の器」を恋しく思うほど。
また、何故彼女がそう思うのかが、今まで積み上げて来た董卓の魅力により、説得力を持つようになっている。
また、董卓役である大塚芳忠氏の熱演も、魅力の一つ。
そして、シリーズの半分を迎えた13話にて、董卓の死を描いたのも、高屋敷氏の相当な思い入れを感じるし、その構成の計算力の高さも凄い。
とにもかくにも、董卓の魅力がピークに達する回だった。