カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

ベルサイユのばら6話コンテ:作品・時代を越えた「縁」

アニメ・ベルサイユのばらは、池田理代子氏の原作漫画をアニメ化した作品。フランス革命前後の時代が、男装の麗人・オスカルを中心に描かれる。
監督は、前半が長浜忠夫氏、後半が出崎統氏。高屋敷氏は、前半の長浜監督下で数本、コンテを担当した。今回6話は、演出が出崎哲氏(出崎統氏の兄)、脚本が杉江慧子氏。

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今回は、

  • マリーが初めてパリに行く
  • 貧民街でのジャンヌ・ロザリー姉妹(後の重要人物)の暮らし
  • マリーを狙う貴族の暗躍
  • オスカルによるマリーの警護
  • 貴族の婦人に取り入るジャンヌ
  • フェルゼン(後のマリーの不倫相手)登場

が描かれる。

冒頭、高屋敷氏のコンテでよく出る、像ごし構図が出る。不思議なことだが、絵に関与できない脚本作でも、像はよく出る。ルパン三世2nd演出、カイジ・じゃりん子チエ脚本と比較。

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今回、演出が出崎哲氏であることや、高屋敷氏が、出崎統氏と長年仕事していたことも手伝ってか、出崎統氏の演出として有名な入射光演出がよく出る。エースをねらえ!(監督は出崎統氏)の、高屋敷氏演出回と比較。

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出崎兄弟演出といえば、鳥演出。高屋敷氏も出す。今回はコンテだが、高屋敷氏の鳥演出は、脚本からでも飛び出すのが驚異的。らんま「脚本」と比較。 

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そして、高屋敷氏特徴の鏡演出。

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この場合は、パリに行けるとはしゃぐマリーが鏡の前で目を閉じており、後ろの、心配するオスカルが見えていない。ルパン演出でも、不二子の背後にルパンが映っているのが意味深。
カイジ脚本では、カイジが、鏡に映る、心配顔の古畑・安藤に気付く。
カイジ2期脚本では、状況が見えているカイジだけが鏡に映っており、状況が見えていないおっちゃんが、鏡に映らない位置にいる。

出崎哲氏が演出なのもあり、出崎兄弟の有名な演出である、止め絵演出も出てくる。

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この場面は、マリーが幼い。幼く無邪気なキャラづけは、演出・脚本とも高屋敷氏の得意分野。そして、「私のパリ!」と何回もマリーが言うのだが、高屋敷氏の脚本上の特徴の一つとして、連呼があることを考えると、この連呼部分は、高屋敷氏の、コンテからの上書きかもしれない。

高屋敷氏の大きな特徴である、ランプ(この場合はシャンデリア)のアップ・間も出る。ルパン三世2nd演出、忍者戦士飛影カイジ2期脚本と比較。

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オスカルがマリーを評価する場面では、光が射し込む。はじめの一歩3期脚本にも、似た場面がある。ともに、大切な人を思う。

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ここの直後にも、像の意味深アップ・間がある。カイジ脚本と比較。脚本の方が、意味深度合いが増すのも不思議な所。

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マリーやルイ16世が気に入らないオルレアン公達が、良からぬことを企む場面で、オルレアン公がナイフをお手玉しているが、片手お手玉は、出崎兄弟がよくやるし、高屋敷氏もよくやる。高屋敷氏の、ど根性ガエル演出と比較。

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オルレアン公がナイフを投げるが、「物」が語る演出は、高屋敷氏の演出・脚本とも頻出。

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次に、貧民街の様子が描かれる。貧民がパン屋を覗いている場面は、極限状態での飯テロ。高屋敷氏は、飯テロ描写が演出・脚本とも上手い。あしたのジョー2脚本にて、減量に耐えかね、うどんを食べる西と比較。

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そして、貧民描写が蒼天航路脚本と被っていく。どちらも王朝末期。

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貧民達はパン屋を襲撃、そのどさくさに紛れて、貧民の少女、ジャンヌがパンを盗む。
その直後に、太陽のアップ・間がでる。ジャンヌの悪事を、太陽が「見ている」。高屋敷氏の出す太陽には意思があるのが特徴。あしたのジョー2・太陽の使者鉄人28号蒼天航路脚本と比較。

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帰宅したジャンヌは、鏡を見ながら身を整える。鏡を見ながら女性らしい動作をするのは、演出・脚本ともに、高屋敷氏の作品には多い。ルパン三世2nd演出と比較。

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かつて母親が貴族に見初められた事から、自分が貴族の末裔だと信じるジャンヌは、今の暮らしに不平不満を言う。
そんなジャンヌを、母がビンタする。ビンタも、高屋敷氏の作品では強調される。ど根性ガエル演出・カイジ2期脚本と比較。

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しかも今回は出崎哲氏が演出なので、哲氏の高速描写と、統氏のスロー描写が合体。また、高屋敷氏も、自身単独の作品で、出崎兄弟合体演出をよくやる(脚本含む)。

天井にカメラがあるような構図も、高屋敷氏の作品にはよくある。ルパン三世2nd演出と比較。

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脚本にも、不思議と似た絵面があり、その場合はストーリー性が増している。

ジャンヌは家を飛び出し、残された母は、ロザリー(ジャンヌの妹)を抱きしめる。手を握ったり、ハグしたりして親愛の情を示すのも、よく出る。監督作の忍者マン一平と比較。

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場面は転じ、オスカル達は、ド・ゲメネと、シャルル(実はテロリスト)の密会を目撃(後の伏線)。
一方で、ジャンヌはド・ゲメネに物乞いをし、ド・ゲメネに突き飛ばされる。
ジャンヌはド・ゲメネに悪態をつくが、ここの動作が、ど根性ガエルの演出ぽい。

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マリーとルイ16世がパリでパレードをする日、アンドレ(オスカルの幼馴染)は、シャルルとド・ゲメネがテロを企んでいるのを知り、それをオスカルに報告。オスカルはシャルルを追跡、剣を交える。殺陣や、止めを刺さない描写が、忍者戦士飛影蒼天航路の脚本と重なってくる。

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追い詰められたシャルルは、毒を飲んで自決してしまう。

そんな事があったとも知らず、マリーは無邪気に花火を眺める。あしたのジョー2脚本にて、花火を眺める丈と重なる。ともに、過酷な未来が待ち受けている。

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時を同じくして、川辺に佇むジャンヌは、マリーに悪態をつきながら川面に石を投げ入れる。

水面に石を投げ入れる描写は、演出・脚本ともによく出る。チエちゃん奮戦記脚本と比較。

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懲りもせず、ジャンヌは貴族に目を付け、ブーゲンビリエ侯爵夫人に、自分は貴族の末裔だと言い、まんまと夫人を騙す。
詐欺描写も、高屋敷氏の作品では強調される。画像は、騙される側と、騙す側。今回、チエちゃん奮戦記・カイジ脚本。

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後日、フェルゼンがパリに到着する。後のマリー・フェルゼン・オスカルの波乱万丈な運命を示唆する一枚絵が出るが、虹はよく出る。エースをねらえ!演出と比較。

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  • まとめ

ど根性ガエルでは、高屋敷氏が演出、出崎哲氏がコンテだったが、今回はその逆。

また、1980年版鉄腕アトムでは、高屋敷氏脚本・出崎哲氏演出コンテの回がある。
どの組み合わせにしろ、高屋敷氏と出崎哲氏のコンビネーションは抜群。高屋敷氏といえば出崎統氏のチーム要員の印象が強いが、出崎哲氏との絆の強さも窺える。

今回はコンテなので、話にはあまり関われなかったと思うが(コンテから話を上書きしまくる出崎統氏や富野由悠季氏は特例)、ベルサイユのばらでの経験は、その後の高屋敷氏の作品にに大きな影響を与えたと思う。

カイジ(脚本・シリーズ構成)でも、富める者と貧しき者が描かれ、Eカードでは、社会の縮図として、皇帝・市民・奴隷がカードに表される。今回は、リアルEカードの様相を呈している。

アニメのベルサイユのばらで、貧民描写が出たのは今回が初めてであり、高屋敷氏にこの回が回って来たのも運命的。後のカイジ蒼天航路の脚本に重なるものがある。

ジャンヌは、「貴族だろうが金持ちだろうが同じ人間じゃないか。生まれた時の運が悪かっただけで、割り食ってたまるか!」と言う。奇跡的にも、高屋敷氏は後に、カイジ2期にて「宿運の差」というサブタイトルの脚本を書いている。その回では、カイジも、そのライバルである一条も、生まれながらの「運」に翻弄される。勝負での宿運は一条が少し上回るも、過去の不幸な出来事で人を憎むようになった一条と、色々あったが人を愛し、愛されるカイジの「宿運の差」も、同時に描かれている。

ジャンヌは今後、どんどん悪女になってしまうのだが、一方で、妹のロザリーは、色々不幸な目には逢うものの、愛されるキャラになっていく。これも運命の「差」かもしれない。

とはいえ、今回のジャンヌは、不良ではあるものの、どこか無邪気なところがあり、憎めないキャラになっている。善悪の区別が複雑なのも、高屋敷氏の特徴。

また、前述の通り、無邪気なキャラ作りは高屋敷氏の十八番。今回はコンテからの演技づけで、それが表れているが、これが脚本でも表現されるのが不思議。下記画像は、忍者戦士飛影脚本との比較。

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カイジ1期脚本のEカード編では、全身全霊をもって、カイジが「奴隷」カードで「皇帝」である利根川を倒すが、ベルサイユのばらでは、史実の通り、貧しき人々が革命を起こす。この重なりも、奇跡的な縁。
そして、作品や年代を越えた「縁」が確実に、後の作品に生かされている事を確認できる回だった。