カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

グラゼニ シリーズ構成・脚本:感想ツイート集(7~9話)

2018年制作のグラゼニ(高屋敷英夫氏シリーズ構成・全話脚本。監督は渡辺歩氏)についての、私の感想ツイートをまとめた。今回は7~9話まで。

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  • あらすじ

プロ野球投手・凡田夏之介は、年棒にこだわるタイプで、「グラウンドにはゼニが埋まっている(すなわちグラゼニ)」が信条。そんな彼の、悲喜こもごものプロ野球選手生活が描かれる。

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本記事を含めた、グラゼニに関する記事一覧:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%BC%E3%83%8B

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7話

大学で同じ野球部だったが、道が分かれた二人(東光と北村)の友情が可愛かったり、ほろ苦かったりする。F-エフ-(高屋敷氏シリーズ構成・全話脚本)の、軍馬とタモツの友情に重なるものがある。
どちらも、ただの仲良しではない複雑な関係。 

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F-エフ-の場合、軍馬とタモツは、互いの才能が共通の夢(F1)に不可欠と考えており、その点ではシビア。
今回の場合、かたやサブ捕手(東光)、かたやスポーツジャーナリスト(北村)と、道が分かれた二人の複雑な思いが描かれた。

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最後は、「いつまでたっても男の子」的な可愛さも描かれ、高屋敷氏の得意分野、「幼さ・可愛さ」が出ている。また、サブ捕手・東光がサイクルヒットを決めたり、苦手な牽制を成功させたりと、覚醒も描かれた(高屋敷氏は、覚醒を多くの作品で強調する)。

8話

2軍の外国人投手・トーマスの悲哀が描かれる。

冒頭気になったのは歯磨きシーン。過去作に結構出てくるので並べた。1980年版鉄腕アトム忍者戦士飛影・DAYS脚本と比較。

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このうち、1980年版鉄腕アトム忍者戦士飛影がアニメオリジナル。好みの状況なのだろうか?

今回、鏡演出が出てきた。これも過去作によく見られる。今回の場合、物事の側面しか見えていない状況を表している。ベルサイユのばらコンテ、あしたのジョー2・めぞん一刻脚本と比較。

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頻出の信号機演出が出てきた。F-エフ-・カイジ2期脚本と比較。

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ラスト近く、「全てを見ているかのような空」が映る。めぞん一刻MASTERキートン脚本と比較。

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高屋敷氏は、「天」(特に月や太陽)に重要な役割を課すことが多い。トーマス含め、色々な選手を「お天道様」が見守っている。

9話

引退してバッティングピッチャー兼スコアラーになった先輩・栗城の話。

印象深い喫煙シーンが出てくるが、高屋敷氏は、喫煙シーンを強調する事が多い。F-エフ-・カイジMASTERキートン脚本と比較。

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夏之介にアドバイスする栗城が、結構可愛い。赤面するなど、何やら可愛い顔をする男性キャラは多い。DAYS・F-エフ-・カイジ2期脚本と比較。

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(反面教師としてだが)夏之介は栗城に感謝し、抱きつく。ハグも結構な割合で出てくる/強調される。
ど根性ガエル演出、元祖天才バカボン演出/コンテ、監督作忍者マン一平と比較。

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栗城との交流を通し、スピードよりコントロールを重視するべきと悟った夏之介は、凛々しい顔になる。「凛々しく豹変」も、高屋敷氏の大きな特徴。エースをねらえ!演出、F-エフ-・カイジ脚本と比較。

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  • まとめ

色々な人達と交流し、「自分=プロ野球投手」であることを、更に強く意識していく夏之介。高屋敷氏がよく掲げるテーマ、「自分とは何か」「どういう自分になるかは、自分で決めろ」が、ますます出ている。

「普段は可愛く幼い面もあるが、覚醒すると豹変」も、よく表れており、高屋敷氏は、やはり「男の生きざま」を描くのが上手いのだという思いを強くした。