F-エフ-30話脚本:自分を超えろ
アニメ・F-エフ-は、六田登氏の漫画をアニメ化した作品。破天荒だが天才的なドライビングテクニックを持つ青年・赤木軍馬が、様々なドラマを経てレーサーとなり、数々の勝負を繰り広げていく姿を描く。
監督は真下耕一氏で、高屋敷氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。
今回は、コンテ/演出が古川順康氏、脚本が高屋敷英夫氏。
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- 今回の話:
異母兄・将馬と殴り合った後、軍馬はユキ(赤木家の元使用人。軍馬の異母兄・将馬に囲われていたが逃走)と再会。そしてユキから、軍馬の母の形見の指輪が、非常に高価なものであると知らされる。ユキの「走って」という全身全霊の想いを受け、軍馬は年内最後のF3レースにて聖に挑む…
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http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23F-%E3%82%A8%E3%83%95-
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序盤は、アニメオリジナルエピソードが展開される。
冒頭の、波間に揺れるロープの意味深な「間」だが、高屋敷氏の担当作には、このような「もの言わぬもの」の「間」が多く見られる。めぞん一刻脚本と比較。
雨宿りしながら、今までの事情を聞いたユキ(赤木家の元使用人。軍馬の異母兄・将馬に囲われていたが逃走)は、聖(軍馬のライバル)の情けを受けてまで走りたくないと意固地になる軍馬を、「そんな事で走らないなんて、軍馬様らしくない」と諌める。
ユキは言う。
「私の知ってる軍馬様は、そんな弱音吐いたりなんかしなかった。そんな情けない顔なんか見せたりなんかしなかった。そんな事で簡単に夢を捨てたりなんかしなかった」と。
ここのユキの台詞はリズミカルで、高屋敷氏のクセが出ている(同じ音の単語で揃える)。
ユキの言葉に逆上しかける軍馬であったが、「(自分の知っている軍馬は)いつも眩しいくらいに輝いてた」という言葉を受け、拳を収める。
そしてユキは、(預かっていた)軍馬の亡き母の指輪を見せる。
軍馬はそれを払いのけるが、ユキは、再鑑定の結果、指輪が非常に高価なものである事がわかったと告げる。
ユキは指輪を拾い上げる。
「思いのこもった物を持つ手」を、高屋敷氏は強調する。
あしたのジョー2・MASTERキートン・カイジ脚本と比較。
「走って…!」と絞り出すようにユキは言い、涙する。雨の中のドラマも、同氏は多く出す。めぞん一刻・あしたのジョー2と比較。
一方、英二郎(軍馬の親友・タモツの父で、フリーのメカニック)は、息子・タモツ(現在は聖のメカニック)の幼少期を回想。
そこへ、岸田(軍馬を慕うインテリ青年)とユキに支えられながら軍馬が訪ねて来て、1千万円以上する指輪(原作では億)を見せ、F3マシンを貸して欲しいと頼む。
若者と中年男性の交流は、高屋敷氏の得意とするところ。
指輪が母の形見であると言う軍馬の、真剣な眼差しを見た英二郎は、「お前、聖って奴に勝てるか」と、マシンを貸すことを了承(指輪を受け取ったかは不明)。
やはりここも、はじめの一歩3期脚本の鴨川と一歩、カイジ2期脚本のカイジと坂崎など、疑似的父子のような関係が描かれ、高屋敷氏の真骨頂を感じる。
ここまでが、26話あたりから続いた、アニメのオリジナル展開。
そして時は流れ、年内最後の鈴鹿F3レースが開催される(原作は春)。ここから、ほぼ原作に沿った流れになる。
サーキットには、純白のマシンを駆る軍馬の姿があった。
ここで、純子(ヒロインの一人)の象徴である、軍馬のヘルメットのキスマークデカールが意味深に映り(アニメオリジナル)、どうもデカールに生キスマークが重なっているように見える。
29話で大喧嘩した軍馬と純子が、仲直りしたのかもしれない。
または、純子とユキ、二人の女の想いで、いま走ることが出来ている軍馬を表しているのかもしれない。
いずれにせよ、ここも、高屋敷氏の担当作によくある、「魂のこもった物のアップ・間」が出ている。
軍馬のマシンの音を聞いたタモツは、まるで自分が整備したようだ、と驚愕する。
これも、高屋敷氏がよく表す「魂が込められた物」。ワンダービートS・1980年版鉄腕アトム(脚本)にも、それは表れている(挙げればキリがないが)。
そこへ英二郎が現れる。その後、タモツ・英二郎父子は互いに言葉を、思いをぶつけ合う。
元祖天才バカボン(演出/コンテ/脚本)やMASTERキートン(脚本)などなど、父子の様々なドラマも、高屋敷氏は取り扱う事が多い。
予選結果は、軍馬4位(原作では5位)・聖8位となった。
その夜、英二郎とタモツの関係を知った軍馬がタモツの前に現れる(アニメオリジナル)。タモツは軍馬に、今の聖に勝つのは難しいだろう、と言う(ほぼ原作通り)。
聖はマシンの性能+ドライバーの領域をフルに引き出し、120%の力で走れると、タモツは解説(原作では、軍馬の所属するチームの代表・黒井が語る)。軍馬は、なら自分は150%で走ると言い返し、順位表を破る。
順位表を破るのはアニメオリジナル。
意味を成さない紙を破る表現は、結構出る。ワンナウツ脚本、エースをねらえ!演出と比較。
タモツも軍馬も、負けるわけにはいかない…と、一歩も引かず。
親友同士が真剣勝負をするわけだが、エースをねらえ!(高屋敷氏演出)では、先輩と後輩、忍者戦士飛影(同氏脚本)では親友同士の対決が描かれたのが思い出される。
その頃ルイ子(聖の恋人)は、聖の体が発光しているように感じていた。原作通りだが、アカギ(脚本)における、アカギ発光イメージに重なる。
聖はルイ子に、雪がいつから降っていたのか尋ねる。彼は不治の病が進行し、雪が見えない位に視力が落ちていた。
それでもレースに出ると言う聖に対し、ルイ子は「覚悟は出来ている」と泣く。聖は「冷たい奴だ」と抱き止める。原作通りだが、雪の中の恋愛場面は、めぞん一刻(脚本)の、雪降る夜に結ばれた五代と響子を思わせる。
そして、決勝の日は快晴。サーキットに赴く聖に、軍馬が声をかける。
軍馬の方に光が当たり、聖が影の方に立つ意味深な構図(アニメオリジナル)は、カイジ2期脚本にて、遠藤が、カイジを眩しく感じる立ち位置にいる構図と重なるものがある。
軍馬はまず、ライセンスの件で聖に礼を言うが、「どんな事があっても勝たせてもらう」と決意表明する(アニメオリジナル)。
聖は、そんな軍馬の手首を掴み、「必ずオレのテールに食らいつけ。そうすればお前に、面白いものを見せてやる」と言う。
手首を掴むのはアニメオリジナルで、手で思いを伝える表現が多い、高屋敷氏らしさが出ている。
続けて聖は、「今日お前に、自分を超える方法を教えてやる」と告げる。
これを口に出して軍馬に伝えるのはアニメオリジナル(原作では、レース中のモノローグ)。聖が言いたいことを言えたあたり、アニメは、まるで原作の改変世界のような趣がある(シリーズ全体に言えるが)。
軍馬は、「何か変だぜ」と聖の様子に疑問を持つ。
そうこうするうち、決勝が始まる。
そしてレースの演出・作画は圧巻。
ストレートで同タイムを出すなど、軍馬と聖は「二人の世界」に入り込んで行く。
その様は、あしたのジョー2・はじめの一歩3期脚本のような、ボクシングの世界を思わせる。
聖と軍馬は2・3位に順位を上げ、トップに肉薄。テールに食らいついて来る軍馬に満足する聖は、「約束通り、自分を超える方法を教えてやる」と決心する。
1位を走る車が派手にスピンして吹っ飛ぶのを目の当たりにしても、二人はコンセントレーションを切らさないのであった。
- まとめ
ここに来て、アニメオリジナルでユキと指輪が活躍する。原作では、指輪の再登場はアニメ放映のずっと後、物語の終盤であり、アニメの猛烈な先行具合に驚く。結局のところ、原作の指輪の使われ所を探していたら、最終巻まで読み進んでしまったほど。
指輪が大きな役割を持ったのは、「物言わぬもの」に役割を与えてきた、高屋敷氏の経験と個性が大いに生かされていると思う。また、17話の、指輪の意味深な描写が今回に繋がっており、伏線設置と、その回収が見事。
また、アニメ版のユキは原作より大分救済されており、かつ、彼女の行動・言動は胸を打つ。ユキ役の水谷優子氏も名演で、早逝が悔やまれる。
雨の中、想いをぶつける彼女の姿が、めぞん一刻の響子や、あしたのジョー2の葉子(どちらも高屋敷氏脚本)と重なるのも感慨深い。
軍馬と英二郎の関係を、アニメオリジナルで掘り下げた所も上手い(原作では、二人の関係はここまで密接ではない)。
つくづく、高屋敷氏は疑似的父子を描くのが上手いと思った。
その一方で、血の繋がった父子である、タモツと英二郎の関係と対立も面白い。
そしていよいよ、聖と軍馬の戦いが描かれるわけであるが、13話において「自分とは何か」に目覚め、(自分の中の)父親を打破した(アニメオリジナル)軍馬が、父親の先にいた聖に再び挑み、「自分を超える」ことに挑む。
この、畳み掛けるような高屋敷氏のシリーズ構成は、相変わらず凄いと思う。
28話にて、聖に勝たない限り自分を超えられないと悟った軍馬であるが(アニメオリジナル)、その聖が今回、「自分を超える方法を教えてやる」と言うわけで、この繋がりも上手い。この二人が、二人だけの世界に突入して行くのは、自然な流れ。
あと、自分で決めた道を行き(2話)、自分とは何かを知り(13話)、自分で未来を勝ち取り(25話)、自分を失いかけ(27~28話)、自分を取り戻し、自分を超えることに挑む(今回)…と、やはり「自分」がキーになっている所に、高屋敷氏のポリシーを感じる。
高屋敷氏は長年、「自分とは何か」「自分で道を決めろ」「全力で自分の人生を生きろ」というテーマを、あらゆる作品で提示しており、それがブレない。
残すは最終回のみとなった今回、そういった同氏のポリシーが怒涛のように表れており、興奮必至の回だった。