カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

グラゼニ(2期)17話脚本:あたたかい秋風

アニメ・グラゼニは、原作:森高夕次氏、作画:アダチケイジ氏の漫画をアニメ化した作品。監督は渡辺歩氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。
2期は1期最終回12話からの続きで、開始話数は13話。

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  • 本作のあらすじ:

プロ野球投手・凡田夏之介は、年棒にこだわるタイプで、「グラウンドにはゼニが埋まっている(すなわちグラゼニ)」が信条。そんな彼の、悲喜こもごものプロ野球選手生活が描かれる。

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今回は、コンテがボブ白旗氏、演出が渡辺正彦氏で、脚本が高屋敷英夫氏。

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本記事を含めた、グラゼニに関する記事一覧:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%BC%E3%83%8B

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  • 今回の話:

夏之介が属する神宮スパイダース(ヤクルトスワローズがモデル)がセリーグ優勝を果たした後の、とある秋の日。
徳永(夏之介の先輩で、現在は解説者)の推薦もあってラジオ番組に呼ばれた夏之介は、緊張を和らげようとして酒を飲む。
だが、それが悪い方に働き、彼は本音をぶっちゃけ始める…

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冒頭、秋を感じさせる銀杏並木が映る。季節の移ろいを感じさせる表現は、高屋敷氏の担当作によく出てくる。めぞん一刻・チエちゃん奮戦記・めぞん一刻(脚本)と比較。

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ラジオ番組に出ることになった夏之介は、よそいきの3ピースで徳永(夏之介の先輩で、現在は解説者)や竹岡(チームのマネージャー)の目の前に現れ、二人を苦笑させる。偶然にも、F-エフ-(脚本)では、パーティーに呼ばれたタモツ(主人公・軍馬の親友)が一張羅を皆に披露して爆笑される場面がある。今回のは原作通りだが、F-エフ-の方はアニメオリジナル。こうした重なりも、面白いところ。

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収録前、夏之介は緊張を和らげるべく、密かに酒を飲む。酔った姿に愛嬌があるキャラクターは、不思議と多い。宝島・ど根性ガエル(演出)、カイジ2期(脚本)と比較。

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ここからは、殆どがスタジオ内でのやり取りで構成される。
高屋敷氏は、閉鎖された空間を描いていても、緊張感を持続させたり、飽きさせないよう持っていったりする技術に長ける。
MASTERキートン8話(脚本)では、誘拐犯と電話で交渉するだけ、カイジ2期7話(脚本)では、大槻が3回サイコロを振るだけで1話まるまる使っているのに、全く飽きさせない作りになっており唸らされる。今回も、その手腕が存分に発揮されている。

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本番(生放送)が始まり、シーズンを振り返るよう話を振られた夏之介は、怪我で4ヶ月も棒に振ってしまったことを語る。
同じく番組に呼ばれた中継ぎ投手である大阪テンプターズ(阪神がモデル)の源田や、文京モップス(巨人がモデル)の辻本は、怪我から復帰後の夏之介のピッチングは凄かったとフォローしてくれる。

夏之介の自嘲は「自分が見た自分」であり、源田や辻本の賞賛は「他者から見た自分」。
ここは、「自分とは何か」という、高屋敷氏がよく掲げるテーマと、原作がよくマッチしている。また、そのように感じさせるよう、強調したい箇所を原作からピックアップしている技術もあると思う。

源田と辻本のフォローを受けても、夏之介の嘆き節は止まらず、いじけモードに入ってしまい、パーソナリティーの松本アナは慌てる。
この夏之介のいじけっぷりの理由は、後々明かされることになる。それが気になるような構成になっている所も見事。

夏之介の異変に気付いた徳永は、メディア露出はモチベーションアップにつながるし、それ相応の活躍をした…と彼にラジオ出演を勧めたことを回想する。
この回想は原作通りだが、今回のアニメオリジナルのラストを考えると、大きい意味を持つよう設計されている。このあたりも、高屋敷氏の計算力の凄まじさを感じる。

スタジオでは夏之介が、源田や辻本の年俸が自分とは段違いに高いことを挙げたり、辻本の外車(複数台所有)を羨ましがったりと、暴走に暴走を重ねる。

それにしても原作通りなのに、カイジ(脚本・シリーズ構成)と重なってくるのが不思議。遠藤がカイジの卑屈さ(手が届かない金にうんざりして、外車にイタズラする)を指摘するあたりが思い出される。

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ふと我に返った夏之介は、慌てふためく徳永と竹岡を見て、自分が失言を重ねまくっている事に気付く。

そんな夏之介に松本アナは、来年は給料が上がって、高級車が買えるのでは?と話を振る。
それを聞いた徳永は、「夏之介~(話に)乗るな…!乗っちゃだめぇ~」とハラハラする。この徳永のモノローグはアニメの追加であり、後輩思いな彼の側面が強調されている(他の回でも見られる)。

徳永の思い虚しく、夏之介は自分の年俸(1800万円)では高級車の所有は無理だと吐露した上、「明日をも知れぬ僕の現役生活…やっぱ貯金したいんだよね~…」と言う。
電波に乗ったその言葉は、リスナーに響き渡ってしまう。

ちなみに、ここも不思議なことだが、指をモジモジさせるのが、高屋敷氏の過去担当作と重なってくる。宝島・エースをねらえ!(演出)、カイジ2期(脚本)と比較。

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困惑した松本アナがクライマックスシリーズの方に話題をスイッチすると、夏之介は「日本シリーズは実は何年も前からなくなっている」と爆弾発言する。

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ここでAパートが終わる。この尺計算やヒキも見事(原作では2話構成で、前編がここで終わる)。

今の日本シリーズは、クライマックスファイナルステージに勝ったチーム同士が争う、「クライマックスファイナルファイナル」であり、両リーグの優勝チームが争う場合のみが、本当の日本シリーズだと、夏之介は語る。
(実際に)野球ファンが誰しもモヤモヤ思っていることを、彼はハッキリ言ってしまったのである。

何故それを言ってしまったのか…それは、夏之介が属するチーム・神宮スパイダースが、セリーグ優勝したものの、クライマックスシリーズファイナルステージで(セリーグ2位の)大阪テンプターズに負けてしまったからであり…つまり、日本シリーズに進出できなかった負け惜しみなのである。
原作もアニメも、ここで初めて、この物語のクライマックスシリーズの結末が語られるわけで、どちらも構成が上手い。

そして、アニメでは夏之介の「熱さ」が乗算されていることが、ここでも上手く働く。見かけによらず、夏之介が人一倍負けず嫌いで、日本シリーズに出れなかったことを相当に悔しがっていることがわかるようになっている。

それもそのはずで、クライマックスシリーズファイナルステージにて、夏之介はピンチを押し出しフォアボールの1失点で切り抜ける上々の働きを見せるも、味方が1点も取れずに負けてしまったのだ(ちなみに総合的には、夏之介はクライマックスシリーズファイナルステージにて9人の打者をノーヒットに抑えている)。
この試合の内容をここで映すのが、やはり原作もアニメも上手い。

「僕は悔しくて、切なくて、悲しくて…」と夏之介は続けるが、突如表情を変え、ジョークだ、ドッキリだと言って切り抜ける(途中で素面に戻った)。
ネットは紛糾し、源田や辻本も怒ったまま(酒をひっかけた事は察してくれていたが)、ラジオ番組は終わる(原作はここまで)。

そしてここからは、アニメオリジナル場面になる。

番組を終え、夏之介と徳永は二人きりになる。

夏之介は、自分の押し出しフォアボールで、チームが日本シリーズに出れなかったことが、自分の中でずっと尾を引いていたことを痛感する。

そんな夏之介に、徳永は飲みに行こうと言い、夏之介は、やめておくと答える。
「いっちょまえに反省しとんのか」と徳永に問われ、
「…うん…」と夏之介はうなずく。

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徳永は微笑み、
「じゃ、ラーメンでも食って帰るか」と夏之介の背中を優しく押す。

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夏之介は「はい…」と同意。

そして木葉が舞い、「秋風が身に染みる…痛恨の夜でした…グラゼニ…」という夏之介のナレーションで締め括られる。

状況や心情に合わせて木葉が舞うのは、よく出てくる。高屋敷氏は、「自然」に色々な役割を課す。めぞん一刻・F-エフ-・MASTERキートン(脚本)と比較。

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  • まとめ

私が高屋敷氏の脚本作の中で屈指の名作だと思っている、MASTERキートン8話とカイジ2期7話に匹敵するか、それ以上のクオリティの、圧倒的脚本技術が見られる。
これらに共通するのは、殆ど舞台が動かない密室劇であるということ。
それなのに、とにかく飽きさせない。これは凄いことだと思う。

驚かされるのは、ほぼ原作通りに進行していたのに、ラストパートのアニメオリジナルシーンにより、話の雰囲気がガラッと変わったこと。
原作通りのパートで笑わせに来て、後のアニメオリジナルパートでじわり泣かせる構成はもう、凄いを通り越して、(いい意味で)非常に恐ろしい。

アニメでは1期1話から、アニメオリジナルを追加してでも、夏之介は熱い男だということを前面に出している(「今夜も僕はここで戦います。明日を、未来を勝ち取るために」というアニメオリジナルモノローグなどなど)。

その蓄積が効き、自分の押し出しフォアボールで、チームが日本シリーズに行けなかったことが本当に、本当に悔しかったという、彼の熱い気持ちが手に取るようにわかるようになっている。

そして、そんな夏之介だからこそ、徳永が優しく声をかける。この流れも自然で上手い。また、1期の頃から、夏之介を気にかける徳永のシーンを(アニメオリジナルを交えて)差し挟んできたことが効いている。カイジ2期(高屋敷氏シリーズ構成/脚本)でも、地下シーンになると必ず石田の息子を映していたことが思い出される。どちらも、後の感動に繋がっており、構成力の高さが光る。

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更に言うならば、徳永が夏之介にラジオ出演を勧める回想場面(原作通り)が、ラストのアニメオリジナルパートでの、徳永が見せる優しさの伏線として機能している。
つまり、日本シリーズに行けず落ち込む夏之介を、ラジオ出演させることで元気づけようとした徳永の計らいが感じられる。

また、「ラーメンでも食って帰るか」という徳永のアニメオリジナル台詞は、じゃりン子チエ(脚本)にて、寒くてひもじいと死にたくなるから、ご飯は食べよう…と話しながら、おバアはんとチエがラーメンを食べる名シーンの要素も感じる。
それに加え、長年飯テロを出してきた高屋敷氏の、「食と幸福」についての一貫性も見え、非常に同氏らしい。

秋風が身に染みても、徳永の温かい愛情が感じられるという余韻も見事すぎる。

前述の通り、MASTERキートン8話やカイジ2期7話に匹敵する、いやそれ以上かもしれない見事な脚本構成を目の当たりにし、やはり高屋敷氏は、いつも最新作がピークの人だったのだ…という思いを強くした。