カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

おにいさまへ…13話脚本:友情の定義

アニメ・おにいさまへ…は、池田理代子氏の漫画をアニメ化した作品で、華やかな女学園を舞台に様々な人間模様が描かれる。
監督は出崎統氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成(金春氏と共同)や脚本を務める。
今回のコンテは出崎統監督で、演出が鈴木卓夫氏。そして脚本が高屋敷英夫氏。

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当ブログの、おにいさまへ…に関する記事一覧(本記事含む):

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%81%8A%E3%81%AB%E3%81%84%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%B8%E2%80%A6

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  • 今回の話:

蕗子(社交クラブ・ソロリティ会長)の理不尽な仕打ち(雨の中待ちぼうけをくらう)により熱を出したれい(謎めいた上級生で、蕗子の妹)を、薫(れいの親友。体育会系だが病を抱える)や奈々子は介抱する。
その後、れいは登校するも錯乱し、奈々子を蕗子と見間違えて抱き締める。

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冒頭は前回のリフレインだが、開幕の太陽のアップ・間が気になる。開幕太陽は、高屋敷氏の担当作に頻出。ベルサイユのばら(コンテ)、元祖天才バカボン空手バカ一代(演出/コンテ)と比較。どれも独特の「間」がある。

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そして、鳥が飛ぶ。出崎統監督の定番演出だが、高屋敷氏もよく出す。同氏の場合、絵をいじれない脚本作でも、最終映像が似てくるのが、相変わらず不思議なところ。F-エフ-(脚本)、宝島(演出)、空手バカ一代(演出/コンテ)と比較。

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蕗子(社交クラブ・ソロリティの会長)と、れい(謎めいた上級生)が、姓の異なる姉妹と知った奈々子は、(熱を出し寝込んでいる)れいの事を想い、電話をかけてみる。れいの部屋の人形が映るが、意味深な静物のアップ・間はよく出る。F-エフ-・グラゼニめぞん一刻カイジ2期(脚本)と比較。

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その頃れいは、(熱があるにも関わらず)蕗子の家の前に佇んでいた。薫(れいの親友。体育会系だが病を抱える)は彼女をタクシーで回収し、れいの住むアパートへ運び込む。
そこへ奈々子から電話がかかってきて、薫が応対。奈々子は、れいが一人では無い事に安堵する。高屋敷氏は、「孤独」を深刻な事として取り扱う。

奈々子は、おいしいものを沢山買って見舞いに行くと言い、れいの好物を薫に尋ねる。薫は、「そう言えば、れいが何かを美味しそうに食べているのを、今まで見たことがない」と答える(アニメオリジナル)。
飯テロをはじめ、「食と心」にこだわる高屋敷氏の姿勢が見える。

れいは、蕗子の弾くピアノの音色を思い出して取り乱し、浴室へ駆け込む。鏡にれいの姿が映るが、真実や状況を映し出す鏡は、多くの作品で出る。めぞん一刻あしたのジョー2・グラゼニ(脚本)と比較。どれも、鏡に映る(真実の)自分が見えていない。

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れいは、服を着たままシャワーを浴び始め、「何もかも…洗い流せたら…」と言う(アニメオリジナル)。シャワーは出崎統監督が好むほか、高屋敷氏もよく出す(原作を改変してでもシャワーを出すほど)。グラゼニカイジ2期(脚本)と比較(どちらもアニメオリジナル)。

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冷えきったれいの体を、薫は人肌で温める。その後、訪ねてきた奈々子と共に、彼女はれいを介抱する。
朝を迎え、薫は奈々子を送る。
どうしても戦いきれなくなった時、れいはきっと素直に苦悩を打ち明ける…と薫は太陽を見る(アニメオリジナル)。
太陽を見ながら思いを語る所が、宝島(演出)と重なる。

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れいと友達でいられるかどうかは、れいが苦悩を乗り越えて生きようと思う時まで、自分が待ってやれるかにかかっていると、薫は話す(アニメオリジナル)。
友情の厚さ/熱さを、高屋敷氏は様々な作品で描いており、同氏のポリシーが窺える。

薫と別れて家路につく奈々子が、れいと薫の絆について考える場面で、カモメが一羽飛ぶ。こちらも宝島(演出)の1シーンが重なってくる。

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奈々子が考え込む、友情という言葉では捉えきれない絆については、色々な作品で友情描写を強く打ち出す、高屋敷氏の考えの一部が出ており興味深い。

その日の昼休み、智子(奈々子の幼馴染)がテストを嘆くポエムを口ずさみ、マリ子(奈々子の級友で、ソロリティメンバー)と奈々子は笑う(アニメオリジナル)。
智子の台詞全般に言えるが、高屋敷氏の筆のノリが良い。

「戦うためにはまず体力」と言い、智子はサンドイッチを頬張る。飯テロは高屋敷氏の定番の特徴。F-エフ-(脚本)、宝島(演出)、カイジ2期・グラゼニ(脚本)と比較。

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奈々子は、学園に流れる怪談を耳にする。それはテスト前の習わしのようなものだとマリ子は解説し、以前に流行った、女学生と男装の麗人が、中庭の楡の木の下で心中したという怪談を紹介する(アニメオリジナル)。自殺に関する色々な考え方を、しばしば高屋敷氏は取り上げる。

伝説に出てくる二人は、何故死ななければならなかったのか?と奈々子は問う。マリ子は「知らない。でも幸せだったと思う。好きな人と死ねたんだから」と答える。
どうもここは、出崎統監督と高屋敷氏の問答のように思えてしまう。両氏とも長年にわたり、生と死にこだわりがある。

ソロリティが開く勉強会へ行く途中、音楽室から流れてくるピアノの音に気付いた奈々子は、れいが弾いていると確信して音楽室へ向かう。蕗子もまた、そこへ向かう。

奈々子は、一足先に音楽室へ着いた蕗子とれいの異様なやりとりを目撃する。
蕗子が去った後、れいは音楽室のベランダから飛び降りて何処かへ行き、奈々子は彼女を探す。
ここも、鳥の描写がある。らんま・F-エフ-(脚本)、ベルサイユのばら(コンテ)と比較。

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奈々子が、れいがよくいる時計塔の小部屋に行ってみると、(薬の飲み過ぎで)錯乱したれいが彼女の手を掴み、蕗子と見間違えて抱き締める。そして、一緒に死のうと迫る。
手と手のコミュニケーションは多い。グラゼニMASTERキートン・DAYS(脚本)と比較。

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  • まとめ

高屋敷氏は濃厚な友情描写を得意とするが、その真意が、薫の台詞から窺える。彼女の言葉をまとめると、どうしても戦いきれなくなった時に苦悩を打ち明けることができ、自分で生きようと思う時まで待ってくれる人こそ友達…ということになり、興味深い。

熱かったり、可愛かったり、美しかったりする友情を、高屋敷氏は様々な作品で表現するが、前述の、いわば高屋敷氏的な「友情の定義」は尊いものがある。同氏の描く友情の根本にあるものを、少し知れた気がする。

そして、アニメオリジナルの「心中伝説」。奈々子は心中に疑問を呈し、マリ子は「幸せだったと思う」と考える。
ここは、善悪や良い悪いの境界線を明確に引かない高屋敷氏のポリシーが見えるが、前述の通り、監督と同氏の問答がそのまま出ているようにも思える。

高屋敷氏は、孤独や精神疾患、悲観的な心理状態に起因する自殺に否定的である一方、「自分」をしっかり持った上での自刃や自爆を描くことがある(自己決断の尊重)。
そう考えると、今回出てくる心中伝説は、奈々子とマリ子の意見が同居する、難しい話。いずれにせよ、境界線のグレーさは、高屋敷氏的と言える。

あと、れいの側に薫がいることに、心から安堵する奈々子も印象深い。「孤独」は万病のもととなるだけでなく、最悪の場合、死や世界の危機を招くという、高屋敷氏の方針が直球で表れていていて良い。

「れいが何かを美味しそうに食べているのを、今まで見たことがない」という、薫のアニメオリジナル台詞も、「食」と「心」と「幸福」の関係性を長年訴えかける高屋敷氏らしいものであり、目を引かれる。本作はアニメオリジナルが多めなので、同氏の本音が垣間見えて面白い。

今回の「心中伝説」(サブタイトルにもなっている)は、錯乱し、(蕗子と見間違えて)奈々子に心中を迫るれいになぞらえているのは明白な上、蕗子と、れいの真の関係の伏線にもなっており、シリーズ全体を見渡した、シリーズ構成(の一人)としての計算力も光る。

思えば今回は1クールの節目であるので、重要な伏線を、アニメオリジナルを交えて設置したのかもしれない。高屋敷氏のアニメオリジナルは巧妙なものが多く、毎度感心させられる。短い原作を、比較的多い話数もたせる工夫がそこかしこにあり、今後も楽しみである。