カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

グラゼニ(2期)23話脚本:妥協しない精神

アニメ・グラゼニは、原作:森高夕次氏、作画:アダチケイジ氏の漫画をアニメ化した作品。監督は渡辺歩氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。
2期は1期最終回12話からの続きで、開始話数は13話。
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  • 本作のあらすじ:

プロ野球投手・凡田夏之介は、年棒にこだわるタイプで、「グラウンドにはゼニが埋まっている(すなわちグラゼニ)」が信条。そんな彼の、悲喜こもごものプロ野球選手生活が描かれる。

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今回は、コンテが齋藤徳明氏で、演出が渡辺正彦氏。そして脚本が高屋敷英夫氏。

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本記事を含めた、グラゼニに関する記事一覧:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%BC%E3%83%8B

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  • 今回の話:

契約更改の季節、年俸オタクの夏之介は本領を発揮し、選手達の来期年俸額を的確に予想する。
自分自身の契約更改の前日、お気に入りの定食屋・キッチン味平に来た夏之介は、客達や、想い人のユキに、プロ野球選手と認識される。
そして彼は、満を持して契約更改に挑む…。

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すっかり寒くなった時期、神宮スパイダース(夏之介が所属するチーム。ヤクルトスワローズがモデル)の選手達は次々に契約更改の日を迎える。

夏之介・渋谷(夏之介の友達で、先発投手)・大野(夏之介と同郷の後輩。外野手)は、トレーニング中に契約更改について話す。

今シーズンの自分はイマイチだったと思っている大野に対し、夏之介は彼のデータを分析した上で、年俸が3900万にアップすると予想する。
これは年俸オタクな夏之介の特技であり、このとき覚醒気味に。なんとなく、カイジ(脚本・シリーズ構成)の覚醒カイジが思い出される。

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結果、大野の来期年俸は夏之介の予想通り3900万円にアップし、彼は喜ぶのだった。

その後、バーで夏之介と渋谷は飲む。
飲み物の意味深なアップはよく出る。ワンナウツめぞん一刻おにいさまへ…(脚本)と比較。

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また、美味しそうな食べ物が出る。飯テロは高屋敷氏の定番。カイジ2期・チエちゃん奮戦記(脚本)、元祖天才バカボン(演出/コンテ)と比較。

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今シーズン、勝ち星に恵まれなかった渋谷は、年俸がダウンするだろうと言うが、またも夏之介は年俸オタクの本領を発揮し、現状維持、または少し上乗せされるだろうと予想。

かなりの特殊な手段だが、客観的かつ具体的なデータで渋谷を励ます夏之介の友情が、ここでクローズアップされている。
その証拠に、夏之介の台詞「心配性だな、お前も。優勝したんだぞ」のイントネーションが優しげ。

「義」を貫くには具体的な「理」が必要ということは、カイジMASTERキートン(脚本)でも強調されていた。

夏之介の読みは、またも的中。球団が提示した、渋谷の来期年俸は3650万円(50万円の上積み)。
キリが悪いとして、部長はその場で更に50万円アップを決定。かくして渋谷の年俸は100万円アップの3700万円に。渋谷は大喜びする。

事の次第を渋谷から聞いた夏之介は、球団側の提示額はもともと3700万円だったのだろうと語る。一旦3650万円と安く提示し、渋谷を喜ばせるため、その場で50万円アップする小芝居を打ったと、彼は推察する。

「理」と「利」のテクが色々出てくるあたり、やはりそれらがぶつかり合うギャンブルが展開される、カイジを思わせる。

そこへベテラン投手の川崎が来て、しばし夏之介達と会話する(アニメオリジナル)。

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川崎は球団側を「古狸」と呼び、彼等は今頃、自分への対策を練っているのだろうと言う。
ここは、ちょっとした伏線になっている。高屋敷氏は、しっかり機能するアニメオリジナルを入れるのが上手い。

その後、川崎と球団側の交渉はまとまらず、渋谷と夏之介はそのことを話題にする。
川崎の希望は3年契約。彼が来年39歳になることを考えると、いくら150勝投手とはいえ無理筋だと渋谷は言う。
一方夏之介は、川崎は自身の身体に自信があるのだろうし、20年のキャリアは次元が違うと語る。

噂をすれば…で、川崎と鉢合わせした夏之介と渋谷は、一緒にランニングすることに。渋谷は内心、川崎の体力や体つきに感心する。

川崎は、あと50勝して200勝投手になりたいと話す。

かなり難しい目標であると渋谷は思うが、夏之介は、川崎の体を見てると、それができるような気がすると言い出し、そうなれば、45歳で引退する頃には1億円プレーヤーに復帰しているだろうと彼を鼓舞する。
川崎は、それがこれからのモチベーションなのだと宣言する。

そして、川崎の2回目の交渉が始まる。球団側は、複数年契約は絶対無理だとして、1000万円アップの7000万円での単年契約を提示。
結果、川崎はそれを受け入れる。

それを知った夏之介は、案外これが川崎の狙いだったのでは…と渋谷に話す。
考えてみれば、渋谷も川崎も、今シーズン3勝4敗。なのに渋谷は100万円アップ、川崎は1000万円アップ。
「どっちが古狸なのか…真相は川崎さんにしかわからない」という夏之介のナレーション(アニメオリジナル)が入る。ちょっと前の川崎の発言「古狸」から来ており、中々ウィットに富んでいる。やはりここでも、アニメオリジナルが上手くはまっている。

夏之介のナレーションをバックに、口笛を吹きながら軽快なステップで並木道を行く川崎が映る(原作では、「(真相は)あなたが考えてください」と川崎が読者に語りかける)。 

ここで注目したいのは並木道。以前、19話の記事にて、並木道は「人生」の暗喩なのではないかと書いたが、ここでもアニメオリジナルで強調されているあたり、その可能性は強まったと言える。
下記画像は、蒼天航路(脚本)、家なき子(演出)、めぞん一刻(脚本)との比較。

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明日はいよいよ夏之介の契約更改だとして、自分の年俸も予想してみろと渋谷は言う。
「それが一番難しいんだよなあ」と夏之介は苦笑。
しかし彼は内心、「球団の査定は今までの経験から想定できるけどね」(アニメオリジナル)と、自信ありげに思うのだった。

ここでAパート終了(原作では1話目が終了)。先程のアニメオリジナルモノローグが、上手い「ヒキ」になっている。

それにしても、Aパートだけでも密度が非常に濃い。やるとなると、話を超圧縮するのが得意な高屋敷氏の特徴が出ている。

夜、夏之介はお気に入りの定食屋・キッチン味平へ行く。

驚くことに、このキッチン味平のエピソードは、原作では大分後。更にアニメでは、オリジナルシーンも多く、話の意味合いも大分異なる。

夏之介は、お気に入りのメニュー・唐揚げチャーハンに舌鼓を打つ。ここでも飯テロ。カイジ2期・チエちゃん奮戦記・コボちゃん・DAYS(脚本)と比較。

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そこに、スパイダースの大ファンだと言って、客の一人が夏之介に握手を求めてくる。
ここで、皿のアップ・間が出る。こういった「間」の表現は多い。カイジ2期(脚本)と比較。

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夏之介は、彼と握手する。手と手のコミュニケーションは、数々の作品で表現されている。宝島(演出)、F-エフ-・忍者戦士飛影(脚本)と比較。

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この光景を見た他の客も、次から次へと、夏之介に握手やサインを求めて来る。

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アニメでは、この「顔バレ」が、今シーズンの夏之介の「成果」の一つと捉えられており、感慨深いものがある。
原作では、次の年のオールスター戦の時期であり、とある事情で、かなり夏之介の心理状態が悪い。
つまり、原作ではネガティブ、アニメではポジティブな事象となっている。

このように、あっという間に原作の意味合いを大改変する手腕は、F-エフ-(シリーズ構成・全話脚本)*1や、おにいさまへ…(脚本・シリーズ構成陣)*2でも存分に振るわれており、その大胆さに毎度驚かされる。

店のおかみさんも、店員のユキ(夏之介の想い人)に色紙を渡し、夏之介にサインしてもらうよう促す。
ユキは夏之介の名前を、どこかで聞いたような気がする…と思う。

サインをユキに頼まれた夏之介は内心緊張する。それを見るユキは漸く、彼がスパイダースのファン感謝祭で、偶然隣に座った選手であることに気付く(20話参照)。

あの時、自分が大のテンプターズ(阪神がモデル)ファンだと言ってしまった事を思い出し、ユキは平謝りする。

気にしていないと、夏之介はしどろもどろで返すが、事情を聞いたおかみさんは、サービスでビールをつけるので、ユキにお酌するよう命ずる。

更に、つまみもサービスで出される。ここでも飯テロ。F-エフ-・MASTERキートンめぞん一刻(脚本)と比較。

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そして、一部の客やおかみさんは、夏之介の年俸に興味を持つ。
スマホで調べた結果、彼の年俸が1800万円だと知った彼等は、一軍選手の中では「下」の方だと噂する。

その会話を聞いてしまった夏之介は、確かに今は「下」かもしれないが、いつか「上」になって見せると奮起する。

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この流れはアニメオリジナルで、1期1話から今の今まで強調してきた彼の「熱さ」が出ており、緻密な構成計算の成果が出ている。

ユキから「頑張ってくださいね」と笑顔で言われた夏之介はハッとなる(アニメオリジナル)。

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ここも、何のために今まで頑張ってきたのかを色々悟ったような感じが出ており、今まで「構成」されてきた「アニメ版の凡田夏之介」を印象づけている。

「頑張りますよ、明日は!」と思わずユキに言ってしまった夏之介は、慌てて「こっちのことです」と取り繕った後、契約更改のことを思って、決意に満ちた顔になる(アニメオリジナル)。
どこかあどけない顔から真剣な「男の表情」になるのは、やはりどこかカイジと共通するものがある。

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そしていよいよ、夏之介の契約更改当日。シーズン途中での怪我はあったものの、プロに入ってから最高の成績を残し、優勝に貢献した事を考えると、球団が提示する額は2500万円だと、夏之介は推測する。

まず球団側は、ほぼ夏之介が考えていたのと同じ、客観的評価を述べる(アニメでは、原作よりコンパクトにまとめている)。
また、この時今シーズンが映像でも振り返られるが、カイジ1期の最終回手前(25話)も同じように、シリーズ全体を総括するシーンがある。

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今回(23話)も最終回手前であり、高屋敷氏の構成の一貫性が見える。

球団が提示したのは2450万円。そして、渋谷にしたのと同じように、部長が50万円アップしようと言い出す。つまり、夏之介の予想通り、2500万円になる。

自分の読みが当たったものの、「だがここで妥協したら負けだ(アニメオリジナル)」と夏之介は自分に言い聞かせる。ここも、アニメで培ってきた彼の「熱さ」が表れている。

「あの…僕のアピール、いいですか」と手を挙げた夏之介は、2600万円を希望する。

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驚く球団側に、彼は「僕の話を聞けば、100万アップせざるを得ないと思いますよ」と切り出す。
ここで、彼の眼鏡に球団側の二人が映る。状況や真実、心情を表す鏡描写は頻出。おにいさまへ…・F-エフ-・蒼天航路(脚本)と比較。

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以降、次回(最終回)へと続く。やはり、ここもヒキが抜群に上手い。

  • まとめ

最終回に向けて、怒濤のように出てくる高屋敷氏のテクニックやテーマに圧倒される。

Aパートのまとめ方の上手さ、キッチン味平のシーンの大胆な前倒しと大幅な脚色、終盤のヒキ…など、次々と高度な脚本技術が繰り出されてくる様は本当に凄い。

特に、原作だと大分後になるキッチン味平のエピソードを、契約更改エピソードとジョイントさせてしまった離れ業は驚異的。おそらく、ユキを出しておきたいという方針があったのだと思うが、それにしても見事。

テーマ的な事に目を向けてみると、やはり「自己」にまつわる哲学、男の美学、人の生きざま…という、いつも高屋敷氏が掲げているものが色々と出て来ている。

このあたりの構成パターンも流石で、ジャンルも年代も違うのに、本作がF-エフ-やカイジワンナウツ(いずれもシリーズ構成・脚本)、めぞん一刻(脚本・最終シリーズ構成)、家なき子や宝島(演出)と「同じカテゴリ」に見えてくる。

原作つきであろうと、共通したテーマを巧妙に浮き上がらせる技術は、いつものことながら鮮やかだし、期待をはるかに超えてくるのも唸らされる。

また、22話の記事で少し触れたが、契約更改を最終2話に置いたのも、高屋敷氏のテーマの一つ「自分を超えろ」を前面に出したいからではないだろうか。全く毛色が違うように見えるのに、F-エフ-やカイジと同じ展開・構成が見られるのも熱い。

何回か書いたが、(若いが)成人で「プロ」である夏之介は、既に「自分とは何か」(高屋敷氏のテーマの一つ)が普通の人よりわかっている。だからこそ今回も、自分を客観的に評価して、球団の提示年俸をズバリ当てられる。

なので、その次のステップ「自分を超える」に彼は何度か挑んでいる。特に、自分の年俸のジャスト10倍の選手・関谷と対決し勝利した1期6話は熱かった。

それを踏まえ、いよいよ夏之介は「今までの自分」を超える大きな節目である、契約更改に挑む。次回、その結末に注目したい。

契約更改での「自分超え」の前哨戦として、キッチン味平での顔バレがある。
12話(1期最終回)では、ユキはじめ誰も夏之介をプロ野球選手と認識しなかった。

それが2期序盤(14話)では、モブが夏之介を少し話題にする(アニメオリジナル)。

そして今回、頑張って優勝に貢献した甲斐あって、握手を求められるまでになるのは感無量。

アニメのキッチン味平は、夏之介を「測る」場として機能しているのも面白く、そしてその仕掛けが上手い。

今回の、原作と意味合いを全く変えてしまった妙技も流石。

あと、人生の暗喩・並木道。これを、一回り上の先輩・川崎が軽快に歩いて行くのも意味深。

本作は色々な人々の、そして夏之介の人生の一部を、視聴者が目撃していく作りにもなっている。

これもまた、あしたのジョー2最終回(脚本)はじめ、カイジやF-エフ-などに見られる高屋敷氏のテーマの一つ、「人生をどう生きるか」に繋がる。

あしたのジョー2(脚本)では、丈は「真っ白になるまで闘いたい」という強い意志を持っていた。

カイジは、命懸けの勝負に身を投じ、「勝つために生きる、生きるために勝つ」と覚醒する。

F-エフ-の軍馬は、「(レースで)走らなきゃ生きていけない」人間であり、ライバル・聖に導かれ、限界を超えた領域に突入する。

そして本作の夏之介は、「超厳しい世界だけど、好きで選んだ道」(1期最終回のアニメオリジナルモノローグ)である野球に生きると決めている。これが1期では丁寧に描かれた。

つまり彼も、野球に「全力で命(人生)を賭ける」男である。だから「自分とは何か」を決める指標たる「年俸」で妥協を選ばないのだ。

そう考えると夏之介は、やはり歴代の高屋敷氏担当作の名キャラクターに連なる、「熱い人間」で魅力的。次回で最終回となるが、しっかりと見届けたい。