カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

じゃりン子チエ51話脚本:生きるための要素

アニメ『じゃりン子チエ』は、はるき悦巳氏の漫画をアニメ化した作品。小学生ながらホルモン屋を切り盛りするチエを中心に、大阪下町の人間模様を描く。監督は高畑勲氏。

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本記事を含めた、じゃりン子チエに関する当ブログの記事一覧:

https://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%81%98%E3%82%83%E3%82%8A%E3%82%93%E5%AD%90%E3%83%81%E3%82%A8

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  • 今回の話:

演出:佐々木正光氏、脚本:高屋敷英夫氏。

テツ(チエの父)は、東洋チャンピオンのボクサー・ソムデンとのスパーリングに挑む。

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マサル(チエのクラスメート)は、テツ(チエの父)そっくりなボクシング東洋チャンピオン・ソムデンのポスターを使い、テツが指名手配犯だというビラを作成する。ストロベリーパニックカイジ2期(脚本)ほか、悪質な事をする人物は憎たらしく描かれる。

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マサルのイタズラにチエが気分を害しているところに、ミツル(テツの幼馴染で、警官)が訪ねてくる。チエは、いじめられた子が犯罪をした場合の罪の如何をミツルに問う。ここは、テンポの取り方が上手い。

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困惑するミツルは、自殺してはだめだと言い、チエは「当たり前や」とキレる。
原作通りだが、自殺を強く否定する高屋敷氏のスタンスは、おにいさまへ…(脚本)のアニメオリジナルパートほか、色々な作品に見られる。

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今のチエでは会話が成り立たないので、ミツルは、おバァはん(チエの祖母)に、テツがソムデンのスパーリングパートナーに指名された事を知らせるが、おバァはんは面白がる。F-エフ-・めぞん一刻(脚本)ほか、おばあさんの元気さは強調される。

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一方レイモンド飛田(元ヤクザ・地獄組組長)は、テツと共にソムデンのもとへ向かう道中、夢のような事ばかり言ってはしゃぐ。まんが世界昔ばなし(演出/コンテ)、ワンナウツ(脚本)ほか、可愛いおじさんは多い。

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テツを見たソムデンは警戒するが、ソムデンのトレーナーは彼に発破をかける。
対戦相手側のドラマは、あしたのジョー2・はじめの一歩3期(脚本)などでも丁寧に描かれる。

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戦いのカンを取り戻すため、テツはたまたま目をつけたボクサー・秋山を練習相手に指名するが、はずみで彼をKOしてしまう。あしたのジョー2・はじめの一歩3期(脚本)ほか、ハードパンチャー描写は結構ある。

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そうこうするうち、スパーリングが開始される。ボクシング描写が凝っており、RAINBOW-二舎六房の七人-・あしたのジョー2(脚本)のボクシングシーンと比較すると面白い。

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テツが赴いたジムをつきとめたミツルは、おジィはん(チエの祖父)と共に、そこへ向かう。おジィはんは、珍しくテキパキと指示を出す。
宝島(演出)、ルパン三世2nd(脚本)ほか、覚醒する中高年キャラは印象に残る。

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小鉄(チエの飼い猫)は、テツはタフだから却って危険だと、ジュニア(お好み焼き屋・百合根の飼い猫)に話す。
まんが世界昔ばなし(演出/コンテ)、ガンバの冒険(脚本)ほか、動物の可愛さは細やかに描かれる。

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テツは無事であったが、顔がパンパンに腫れており、レイモンド飛田は怖がる。
ここも、F-エフ-(脚本)、ルパン三世2nd(演出/コンテ)などと同じく、おじさんの愛嬌が上手く引き出されている。

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一方ソムデンも顔がパンパンになっており、戦意喪失状態となる。ここも、はじめの一歩3期・あしたのジョー2(脚本)のように、対戦相手側のドラマが強調されている。

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レイモンド飛田は、テツとやっていくのが恐くなってきたと言い、彼の秘書は、ようやくそれに気付きましたかと口にする。
おにいさまへ…めぞん一刻ワンナウツ(脚本)ほか、優秀な脇役は数々の作品で目立つ。

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そして数日経過。時間経過を表すため、木葉の散る描写があるが(アニメオリジナル)、ストロベリーパニック・F-エフ-・グラゼニ(脚本)などでも、木葉を使った表現が見られる。

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テツは鏡を見て、顔の腫れが引いたことを確認する。あしたのジョー2・おにいさまへ…(脚本)ほか、鏡描写は数々の作品にある。

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テツは、スパーリングパートナーを務めた分の報酬を見つめてニヤつく。カイジ2期(脚本)の、カイジが初めて地下労働の給料を受け取った場面と比較すると面白い。どちらも使い道が肝心。

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そこへ拳骨(テツの恩師)が、チエと共に現れる。拳骨は、テツがまともに働いて金を得たことを褒める。ここは、テツ・拳骨・チエのやりとりが上手いことまとまっている。

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そこに、おバァはんが神棚を持って訪ねてくる。おバァはんはテツを縛り上げて、テツの給料を神棚にまつる。
ここも、コボちゃんめぞん一刻(脚本)などと同様、おばあさんが元気。

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そして、テツの給料で、テツに貸しがある面々で天丼を食べることに。招かれたミツルは、土産にかりんとう(テツの好物)を持ってくる。テツはぶつくさ言いつつも、かりんとうを食べる。F-エフ-(脚本)でも、親友を知りつくしている描写が印象的。

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皆、それぞれの思いを胸に天丼を食べる。ミツルとヒラメ(チエの親友)がテツに同情気味なのが温かい。飯テロは頻出。はだしのゲン2・新ど根性ガエル(脚本)と比較。

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ミツルは、テツが何処かへ消えたことに気付く。ここも、F-エフ-・RAINBOW-二舎六房の七人-(脚本)などと同じく、親友を気遣う描写が良い。

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テツは、おジィはんとラーメンを食べていた。二人の微妙な距離感を表す描写が、原作もアニメも秀逸。F-エフ-(脚本)にも、つかず離れずの、人と人の距離を表したアニメオリジナル場面があり、こちらも良い。

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テツは、もう二度と働かないと宣言するのだった。木々が映るが、木による「間」は、RAINBOW-二舎六房の七人-(脚本)、まんが世界昔ばなし(演出/コンテ)など、色々な作品に見られる。

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  • まとめ

 序盤にある、「自殺はだめ」という強いメッセージが興味深い。今回は原作通りだが、おにいさまへ…(脚本・シリーズ構成陣)では、原作を大きく変えてまで、このメッセージを打ち出しており、高屋敷氏の主張が垣間見える。

 そもそも、高屋敷氏はメンタル問題に関して鋭い視点を持っており、孤独の恐ろしさ(自殺にも繋がる)を、繰り返し色々な作品で訴えている。何故かは不明だが、いつも、そこに驚かされる。

 はだしのゲン2(脚本)でも、抑うつ傾向がある老人が、ゲンら子供達の仲間に迎えられることで、徐々に回復していく姿が描かれる。子供達の態度は、うつケアラーとしてほぼ完璧なのが印象深い。

 高屋敷氏の脚本デビューは、あしたのジョー1(無記名)だが、ボクシングは心理戦の側面があること、ライバルの死により丈がメンタルに大ダメージを受けることなどが、同氏に刺さったのかもしれない。

 いずれにせよ高屋敷氏は、メンタル問題と、そのケアについて、非常に的を射た描写が多く、そこも魅力の一つになっている。そこを踏まえて、はだしのゲン2(高屋敷氏脚本)を見るのも一考。

 それと関連するが、「食」の大切さを訴えることも、高屋敷氏のライフワークの一つと言える。今回終盤の、天丼、かりんとう、ラーメンどれも、美味しそうなだけでなく、じわりと温かみが感じられる。

 こういった「食」を通した人情・コミュニケーション(特にミツル、ヒラメ、おジィはん)を、高屋敷氏は印象づける。ともすれば、作品を代表する場面にもなっており、その手腕にはいつも感銘を受ける。

 孤独でないこと、美味しいものを食べること。シンプルだが、「生きる」こと、「心を保つ」ことに不可欠な要素と言える。これを、高屋敷氏は直球や変化球を使い分けて主張し続けており、やはりその姿勢や技術に脱帽する。