カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

オヨネコぶーにゃん6A話脚本:基礎となるもの

アニメ『オヨネコぶーにゃん』は、市川みさこ氏の漫画をアニメ化した作品。
ゆでた家に押しかけた、ふてぶてしい猫・オヨヨ(ぶーにゃん)を中心にしたギャグが繰り広げられる。
総監督:笹川ひろし氏、監督:葛岡博氏、シリーズ構成:金子裕氏。

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本記事を含む、当ブログの、オヨネコぶーにゃんに関する記事一覧:

https://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%82%AA%E3%83%A8%E3%83%8D%E3%82%B3%E3%81%B6%E3%83%BC%E3%81%AB%E3%82%83%E3%82%93

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  • 今回の話:

サブタイトル:「ネコずもう」

コンテ/演出:高須賀勝己氏、脚本:高屋敷英夫氏。

原作にもあるエピソード。優勝すれば賞金1万円の、ネコずもう大会に出場すべく、オヨヨが奮闘する。

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ネコずもう大会に出場すべく、オヨヨはチューパー(オヨヨを飼っている、ゆでた家に住みついているネズミ)相手に相撲の稽古をするが、チューパーに、短足である事をからかわれる。低レベルのいさかいは、ガンバの冒険(脚本)ほか、結構出る。

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ネコずもう大会は、優勝賞金1万円。それを知った、たまご(オヨヨの飼い主)も俄然乗り気になる。スケールが違うが、金目当ての競争は、カイジ(シリーズ構成・脚本)でも印象的に描かれている。

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そこにモンブラン(たまごの同級生)が通りかかり、たまごが、オヨヨに反則技ばかり教えているとつっこむ。だが、たまごは、勝てばいいと開きなおる。イカサマや反則だらけの厳しい世界は、ワンナウツ(シリーズ構成・脚本)でも強調されている。

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モンブランから、出場する猫が強者ばかりと聞いたオヨヨは、やる気をなくすも、アレレ(近所の美猫)が、強い猫が好きと言うのを耳にし、気力を取り戻す。異性のために奮起するのは、ガンバの冒険(脚本)やルパン三世2nd(演出/コンテ)などにも見られる(多くはない)。

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オヨヨは優勝を目指し、特訓に励む。コーチ役の、たまごの指示が本格的。もしかしたら高屋敷氏は、あしたのジョー2の脚本執筆時に、(トレーニングについての)何らかの取材をしたのかもしれない。

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すっかり力をつけたオヨヨは、満を持してネコずもう大会に挑むが、「短足すぎて始めから、お尻が地面についている」ため初戦敗退。見ていたアレレはずっこける。ヒロイン(?)が試合を見守るのは、はじめの一歩3期・あしたのジョー2(脚本)などを想起させる。

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たまごは、来年に向け、短足を克服する特訓をオヨヨに課すのだった。
ここも、あしたのジョー2(脚本)のトレーニング場面に重なるものがある。

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  • まとめ

 スケールが全然違うが、「金」目当てに競争するのは、カイジ(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)っぽくて、比較すると面白い。とにかく、「金」絡みで話を転がすのが、高屋敷氏は上手い。

 ただ、金に目がくらむ、たまごと違い、オヨヨは途中から、アレレに男として認められたくて奮起する。ベタな動機だが、意外と、高屋敷氏はこのネタを積極的には使わない。男ばかりの世界を扱うことが多いからだろうか。

 思えば、あしたのジョー2(高屋敷氏脚本陣)の丈は、金やヒロインのためにボクシングをするわけではなく、自分が「真っ白に燃え尽きる」までやりたいからボクシングをやっているわけで、中々考えさせられる。

 一方カイジ(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)のカイジは、借金の保証人になったことから、大金を得るために命がけのゲームに参加することになる。だが、2期(同氏シリーズ構成・脚本)含め、カイジは最終的に、他人のために自分の利を蹴る行動に出ている。

 あと、アカギ(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)のアカギは、あしたのジョー2(同氏脚本陣)の丈に近いような精神状態にあり、「地獄の淵が見えるまで」「限度いっぱいまでいく」のが信条。大金は絡んでいるが、命を燃やし尽くすような勝負に、彼はこだわっている。

 つまりは、発端が金や宝であったとしても、途中から、ヒューマンドラマとしての側面が見えてくる構成にすることが、高屋敷氏は多い。今回のオヨヨが、(賞金も欲しいが)アレレに認められたいという方向に行くのも、その一環かもしれない(ネコだが)。

 一方、現実として、金が無ければ人は生きて行けない。グラゼニ(高屋敷氏シリーズ構成・全話脚本)でも、それは痛い程強調されている。グラゼニの主人公・夏之介は、まさに自分の価値を決めるものとして、年俸にシビアに向き合っている。

 以前にも少し書いたが、高屋敷氏が「金」と「食」にこだわるのは、それらが人間の基礎となるものだからではないだろうか。この「基礎」を軸にすれば、キャラの色々な側面が描ける、といった計算式が、高屋敷氏の中にあるのかもしれない。そう考えると面白い。