カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

1980年版鉄腕アトム31話脚本:「魂」が宿る機械の「愛」

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

1980年版鉄腕アトムは、白黒の初代の後、1980年に制作された第二作目。 監督は、後にマクロス監督となる石黒昇氏。

━━━

今回のエピソードはアニメのオリジナルで、演出・コンテが出崎哲氏(出崎統氏の兄)。高屋敷氏とは、統氏同様に関わりが深い。

━━━

とある山間部に、老人と、孫のさくらが経営するロッジがあった。
ロッジの主人である老人は、展示してある蒸気機関車を眺めるのが日課。
高屋敷氏の作品は、味のある老人が多いが、彼もその一人。監督作忍者マン一平や、MASTERキートン花田少年史脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171105164730j:image

アトム、クラスメイト、担任のヒゲオヤジは、遠足として老人のロッジに向かう。
道中の列車内で、シブガキ達は自分の大切な物を賭けてゲームをする。高屋敷氏の作品に頻出の博打。元祖天才バカボン演出、チエちゃん奮戦記・カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171105164826j:image

ロッジに到着したアトム達だったが、あいにく天候は悪く、嵐になる。これも、天を重要キャラと捉える高屋敷氏の特徴が出ている。
めぞん一刻花田少年史・アカギ脚本と比較。他も多数で、展開や演出に大きく関わる。

f:id:makimogpfb:20171105164901j:image

クラスメイト達は嵐や雷を怖がるが、リアクションが可愛い。これも高屋敷氏の特徴で、抱きついたりもよくある。演出だけでなく、脚本でもそうなるのが毎回不思議。
DAYS・怪物くん脚本と比較。ちなみに怪物くんも、雷を怖がる。

f:id:makimogpfb:20171105164953j:image

嵐はどんどん酷くなり、ロッジは土砂崩れなどで孤立してしまう。
古いダムの様子を見に行っていたアトムだったが、足のジェットが不調で、腕のジェットで飛ぶしかなくなる。鉄人28号太陽の使者の脚本もだが、同氏のロボットアニメ脚本は、ロボットが満足に動けなかったり、思い通りにならなかったりする展開が多い。

アトム達は、ロッジに飾ってある蒸気機関車に乗り脱出する計画を立てる。老人は最終的に承諾。
実は老人は、蒸気機関車のAIをベースにしたロボットだった。同氏特徴の、ありのままの自分を示す脱衣演出。ど根性ガエルルパン三世2nd演出、カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171105165314j:image

また、老人が機関車のAIであるという設定は、同氏の特徴である「物に魂」を、もろに体現していて興味深い。
老人のAIユニットを機関車にはめこむと、命が灯って生きているような描写になり、特徴が出ている。MASTERキートンめぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171105165348j:image

アトムが障害物を除去したり、レールを支えたりしながら、機関車は走行。目的地は、建設中の新規ダムを越えた地点。
機関車AIは全ての力を出しきり目的地に着くも、オーバーヒートでブレーキが利かなくなる。
一方アトムは足のジェットの不調の原因を突き止め(序盤に伏線あり)、それを除去。足のジェットが使えるようになる。

止まらなくなってしまった機関車を正面から止めようとするアトムだったが、エネルギー不足で失敗。しかも、先の線路が分断されておりピンチに。ここでヒゲオヤジが十字を切るのだが、元祖天才バカボンルパン三世2ndの高屋敷氏演出回でも十字を切る場面がある。

f:id:makimogpfb:20171105165546j:image

アトムは、先が無くなった線路を上方向に曲げて、列車をジャンプさせる。
この、列車をジャンプさせるネタも、高屋敷氏のルパン三世2nd演出コンテ回に出ており、脚本でも演出でも同じ事ができる高屋敷氏の不思議さが出ている。

f:id:makimogpfb:20171105165623j:image

ようやく列車は止まり、アトム達は窮地を脱する。しかし、機関車AIは力尽きてしまっていた。高屋敷氏特徴の、体を張る年上男性(ロボットだが)。ルパン三世3期・忍者戦士飛影キートン脚本と比較。特にルパン三世3期のキャラは、死んでしまっている。

f:id:makimogpfb:20171105165656j:image

さくらは祖父を探しに機関室へやって来るが、祖父がロボットだったとは信じがたく、祖父を探しまわる。高屋敷氏特徴の、ぼっち描写。ど根性ガエル演出、MASTERキートン脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171105165736j:image

また、さくらと老人の、疑似家族の愛を描いているのも同氏特徴が出ている。

さくらの姿を見て、アトムとヒゲオヤジは、お茶の水博士に、機関車AIを元の老人の姿に直してもらえるよう頼むことにするのだった。
雲の隙間から射す光が、一応の希望を感じさせる(特徴:天は重要キャラ)。家なき子演出、二舎六房の7人脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171105165836j:image

  • まとめ

アニメのオリジナル話である事もあり、高屋敷氏の特徴というか、何が好みなのかが非常によく出ている。
可愛かったり優しかったりする老人は、高屋敷氏の作品に数多く登場するわけだが、オリジナル話にまで出るあたり、相当に中高年キャラが好きなようだ。

今回の演出コンテである出崎哲氏は、本作の自身の脚本・演出回にて、家族がロボットだったという回を手がけている。その回では、ゲストキャラの妹がロボットだったのだが、今回は、祖父がロボット。いかに高屋敷氏が中高年キャラが好きかわかる。

高屋敷氏と出崎哲氏のタッグ関連作は多く、
ど根性ガエルでは、高屋敷氏が演出・出崎哲氏がコンテ。
ベルばらでは、高屋敷氏がコンテ・出崎哲氏が演出。
他も、役職が色々違えど、色々な作品で連携している。今回も、互いの好みを熟知している感。

あと、高屋敷氏の過去作ネタも結構出てくる。前述の、十字を切る動作や列車ジャンプもだが、雌牛や蒸気機関車ネタは、家なき子演出から来ていると思われる。また、老人(ロボット)が命を張って、血の繋がっていない子を守るのも、家なき子のビタリス的。

そして、高屋敷氏の大きな特徴である、「自然や物に魂」。
機関車の魂が意思を持って活躍するというコンセプトが、なんとも高屋敷氏らしい。
しかも、最初は老人の姿で喋るが、中盤から機関車AIになると喋らなくなる。

ここが正に高屋敷氏的で、「もの言わぬものが意思を持つ」という同氏のポリシーに則っている。
数々の作品で描かれてきた要素だが、ロボットが喋るのが当たり前のアトム世界でも、それが出て来た事に驚かされる。

また、人間(またはロボット)の本質を問う「脱衣演出」としての脱衣や裸を出す要素も入っている。老人がAIユニットを見せる場面はじめ、冒頭でも、ゲームに負けたアトムが剥かれて胸の中身を友達に見られる場面がある。なんとなく、賭けに(あえてだが)負けて裸にさせられたカイジと比較。

f:id:makimogpfb:20171105170336j:image

今回、蒸気機関車が活躍するわけだが、1980年代は、実際に蒸気機関車がどんどん退役していった時代でもある。
また、今回活躍した機関車・D51(デゴイチ)は沢山のファンがいる名機。
そういった時事ネタも絡んでいると思われる。

ところで、手を握って親愛の情を示す同氏特徴もよく出てきた。ど根性ガエル演出、キートン脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171105170439j:image
とにかくアニメオリジナル回なのも手伝い、高屋敷氏の特徴の宝庫になっている。同氏の好みを熟知しているっぽい出崎哲氏が演出なのもドラマチック。

高屋敷氏は、出崎哲氏の弟である出崎統氏とも長年一緒に仕事しているが、出崎統氏との仕事の場合も、互いの好みを熟知している様子が作品に出ている。
高屋敷氏と出崎兄弟の繋がりとしても、興味深い回だった。

花田少年史12話脚本:人生は己で決めろ

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

花田少年史概要: 舞台は、カラーテレビが憧れだった時代の日本の田舎。 事故を切欠に幽霊が見えるようになってしまった少年・花田一路が遭遇する様々なドラマが描かれる。

────

前回11話も高屋敷氏脚本。前回についての記事:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/entry/2017/11/06/125540

前回まで:
交通事故に遇い、生死をさまよう青年・春彦は、一路の体を借り、かつての恋人・加奈に会いに行く。加奈は春彦との娘・夏を産んでおり、春彦は現世への未練が強まってしまう。一方、魂を瀕死の春彦の体に入れた一路は苦しむ。

━━━

春彦が大金持ちの息子ということで、看護婦達は、もし彼に見初められたら玉の輿だと色めきたつ。モブの存在感の強さに、高屋敷氏の特徴が出ている。めぞん一刻脚本では、名無しキャラに名前をつけるほど。

今回は、看護婦の一人・町子の存在感が強く出ている。

f:id:makimogpfb:20171029174246j:image

一方、瀕死の春彦の体に入っている一路は苦しむ。
また、姿は春彦、中身が一路のため、見方によってはワイルドな男に見え、看護婦の町子は惚れ込む。

その頃春彦(体は一路)は、娘・夏と遊び、生きたいと強く願う。そんな彼を、天が「見ている」(特徴)。めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171029174334j:image

その一方で、一路(体は春彦)は何か食わせろと暴れる(特徴:食いしん坊)。この辺り、時系列が原作と異なり、高屋敷氏特徴の時系列操作が出ている。じゃりん子チエやカイジ脚本にもよく出ている妙技。
場面は転じ、加奈と、親代わりの小料理屋・たぬきやを経営する夫婦の会話になる。

加奈と、たぬきや夫婦は疑似家族的な関係。あらゆる高屋敷氏の作品にて、疑似家族関係と、その愛情が前面に出ている。
めぞん一刻脚本の住人達や、カイジ脚本における、カイジとおっちゃんの関係などが挙げられる。

f:id:makimogpfb:20171029174523j:image

たぬきや夫婦との会話で、加奈は過去を回想。
同棲していた春彦と加奈の仲は、金持ちである彼の親によって引き裂かれ、その際春彦は、生まれ変わったら今度こそ一緒に…と加奈に言うが、人生は一度きりだと加奈は反論(特徴:人生の価値の如何)。

だが、レールのある人生を強いられてきた春彦は、生まれ変わりを信じなければ生きていけない…と話す。
そして今、公園で遊ぶ夏と春彦(体は一路)は、誰かが置き忘れたオモチャを見つけ、それが大事にされていない事に気づく(特徴:物に魂)。元祖天才バカボン演出と比較。

f:id:makimogpfb:20171029174614j:image

元祖天才バカボン演出では、手荒に扱われ壊れたノコギリがパパを呪う。

今回のオモチャは、今ある人生を大事にしない春彦を表しているとも取れる。
その後、オモチャの本当の持ち主が現れ、春彦(体は一路)は殴られる。

これも、体の貸し借りをしている一路と春彦が重なり、意味深。その証拠に、夏が持っていた砂遊び用のバケツとスコップが意味深に映る(特徴:物が「見ている」)。このような物のアップ・間は、高屋敷氏の演出・脚本問わず出てくる。めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171029174708j:image

オモチャを大切にする…という夏とのやりとりで、春彦(体は一路)は、加奈との別れを回想する。加奈は、「一番大切なもの」は何かと春彦に問いかける。家が自分より大切なのか、とも(特徴:アイデンティティの如何)。
その時、春彦はその問いに答えられなかった。

だが今、春彦は何が大切かを痛感。加奈と夏を守り、生きたいと強く願う。

その頃、壮太(一路の親友)は一路宅を訪ね、行方知れずの一路を心配していた。ここはアニメのオリジナルで、一路自身の「生」の危機が強調されている。犬を使った間が、やはりめぞん一刻脚本と重なる。

f:id:makimogpfb:20171029174754j:image

そして一路(体は春彦)は危篤状態に陥っていた。そこへ、一路の知り合いの幽霊・カトリーヌが現れ、春彦の体と共に死ぬか、生きる気力を強く持ち、峠を越えるしか無いと、現状を解説する。

春彦(体は一路)の方はというと、夏と一緒にいたいと加奈に頼み込む。

だが、真面目に取り合ってもらえず、春彦(体は一路)は夏を抱えて走り出す。
しかしながら、体は子供のため、すぐにバテる(特徴:幼さの強調)。
追い付いた加奈は、今度生まれ変わったら夏の兄として産んであげる、と春彦(体は一路)を慰める。

そんな加奈に、春彦(体は一路)は「一生は、やはり一度きりだ」と言う。彼は、死に直面したことで、何が大切かわかったのだ。自分で決めた加奈との時間や、自分が自分であることが肝心であると。自分で決めた人生を生きよ…は高屋敷氏の作品にて多く強調されるメッセージ。

春彦(体は一路)は、「僕は自分を取り戻してくる」と言い、「生きるために」自分の体に戻るべく走り出す。
家なき子演出にて、自分の生き方を自分自身で選んだレミが、夕陽に向かい走り出すシーンを彷彿とさせる。
現に、夕暮れの中走る場面が原作より強調されている。

f:id:makimogpfb:20171029174911j:image

そして、走る春彦(体は一路)の前にカトリーヌが現れ、彼を病院にテレポートさせる。
こうして一路と春彦はそれぞれの体に戻る。

帰宅が遅くなった一路は、母から拳骨を食らう。
玄関のランプが強調されている(特徴)。ジョー2・めぞん一刻カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171029174950j:image

結局、テストや予防注射を春彦(体は一路)に受けさせるという一路の企みは水泡に帰す。
翌朝、登校を渋る一路の前にカトリーヌが現れ、春彦が快方に向かっていると報告。この辺りのカトリーヌ・一路・一路の友人である壮太・桂とのやりとりはアニメオリジナル。

カトリーヌは、テストや予防注射で死ぬわけではない、と一路に登校を促す。カイジ2期最終回脚本にて、仲間の所へ行け、とカイジを促す、やさしいおじさんと比較。

f:id:makimogpfb:20171029175048j:image

また、カトリーヌは、そんなに嫌ならテストも注射もない死後の世界に来るか?とも言う。

一路は「ごめんだね」と言い、友達のもとへ駆け出す。仲間の元へ走るカイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171029175125j:image

このオリジナルのやり取りにて、春彦だけでなく、一路もまた、本能的に、何が自分にとって大切かがわかったことが表現されている。

その後、加奈と夏の元へ、春彦が訪れる。
松葉杖を落とす動作(アニメオリジナル)などに、高屋敷氏の特徴が出ている(物をキャラクターとして捉え、演技させる)。めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171029175220j:image

春彦は、一度きりの人生を精一杯生きることを、自分で決めたのだった。

  • まとめ

前回11話に引き続き、「生きるとは、人生とは何か」の問いかけ。
終盤の、カトリーヌと一路とのオリジナルのやり取りにて、それが何なのかの補完が成されている。
また、自分で決めた道を行け…は、高屋敷氏が何度も投げかけるメッセージの一つで、カイジも然り。

カイジ脚本・シリーズ構成においても、今まで自分の道を自分で決めてこなかった事にカイジが気付き悔やむが、色々な経験を経て、自分で決断するようになって行くのがシリーズを通して描かれる。
めぞん一刻脚本・最終シリーズ構成においても、人生の岐路に立った五代の決断が描かれる。

カイジ1期(高屋敷氏シリ構・脚本)にて、カイジは様々な死のギャンブルで「死」に直面し、己の「生」とは何かを問われる。
今回の春彦と一路も、死に直面したことで己の「生」を見つめ直す機会を得る。

今回の春彦は「自分が自分であること」が大切だと気付く。
カイジも「オレがやると決めてやる。ただそれだけだ」「オレは(人を)押さない、押さないんだ」と、自己を強く保つ決意を、色々な経験を経て持つようになる。

原作つきでもオリジナルでも、「己を強く保て」「自分の決めた道を行け」は、高屋敷氏の作品で強く押し出されるメッセージ。
また、既に死んでいる、今回のカトリーヌや、カイジにおける、石田さんや佐原達といった死者には、「生」は二度と戻らない。

そういった、死者の示したメッセージも汲み取りつつ、人は生きていかねばならない。その意味で、オリジナルで挿入された、カトリーヌと一路の会話はなかなかウィットに富んでいる。
また、クライマックスで覚醒した春彦(体は一路)は男らしく描かれている。

カイジめぞん一刻のシリーズ構成・脚本にも言えることだが、高屋敷氏は原作に男の世界・男の生き様を加味することが多い。
特に、めぞん一刻にこれが適用されていたのには驚く。
これはやはり、男の世界を描く出崎統監督作品に長く関わって来たのが一因だろうか。

高屋敷氏の作品に滲み出る「生きるとは…」というテーマ、あしたのジョー2最終回脚本が代表的だが、元祖天才バカボンの演出や脚本でも多く描かれており、興味深い。
生きるとは…の答えがなんであれ、それが「自分で決めたこと」なら上等…ということかもしれない。

前回の11話・今回の12話は、カイジ1期の人間競馬・死の鉄骨渡りのエピソードや、カイジ2期最終回と見比べると面白い。
どれも「一度きりの人生をどう生きるか、どう決めるか」の深みが描かれている。
今回は、そういった高屋敷氏の一貫したテーマやメッセージを感じる回だった。

花田少年史11話脚本:一度きりの人生、一つだけの魂

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

花田少年史概要:
舞台は、カラーテレビが憧れだった時代の日本の田舎。 事故を切欠に幽霊が見えるようになってしまった少年・花田一路が遭遇する様々なドラマが描かれる。

────

夜更けの嵐の中、一路の知り合いの幽霊であり、元インチキ占い師であるカトリーヌが、一路の枕元にやって来て不吉を告げる。
嵐・雨・雪・晴天など、「天」を重要キャラとして扱い、不吉を予告したり情感を表したりするのは高屋敷氏の特徴。アカギ脚本と比較。予想通り、この嵐の描写はアニメのオリジナル。

f:id:makimogpfb:20171022174256j:image

なかなか起きない一路の頭の中をカトリーヌが覗くと、食べ物の事でいっぱいだった。特徴の飯テロ・食いしん坊。カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171022174327j:image

イラついたカトリーヌは、化粧を落としかけた怖い顔面を見せて一路を脅かす。

ようやく起きた一路に対し、カトリーヌは「明日恐ろしいことが起きる」と予言する。カトリーヌは、生前はインチキ占い師だったが、死後の予知は百発百中。

だが、流石の彼女も、詳細は予知できない模様。
ちなみにカトリーヌと一路が出会う回も高屋敷氏脚本。

朝、カトリーヌの予言が気になった一路は、家族や友人に対し疑心暗鬼になるが、いずれも杞憂に終わる。

一路の友人である壮太・桂と、大路郎(一路の父)が話し込んでいる際、犬のジロのアップ・間があるが、めぞん一刻で頻出していた、惣一郎(犬)の間が思い出される。 

f:id:makimogpfb:20171022174443j:image

学校にて、一路は壮太にだけ、カトリーヌの予言の話をする。こういった、男の子同士の可愛い友情は、同氏の特徴の一つ。コボちゃん脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171022174506j:image

壮太と話している最中、先生が通りかかり、明日はテストと予防注射があると言う。

一路は、テスト・予防注射が、カトリーヌの言う「人生最大の危機」であると思い込む(特徴・幼い)。
その頃、交通事故で重体になった青年・春彦は、死ぬ前に加奈という女性に会いたいと強く願っていた。
すると春彦は幽体離脱し、一路のもとにやってくる。

春彦は、死ぬ前にどうしても会いたい人がいるから、一路の体を、それまで貸して欲しいと頼み込む。
カイジ(シリーズ構成・脚本)にて、1千万チケットをカイジに託し、死の鉄骨を渡り切ったなら妻に獲得金を渡して欲しいと頼み込んだ石田さんと重なっていく。

f:id:makimogpfb:20171022174655j:image

カイジの石田さんも、今回の春彦も、虫のいい話ではあるが、命を賭けたお願い。
カイジは人の好さから、一路は無邪気さから、そのお願いを承諾してしまう。
もっとも、一路には、春彦の魂が入った一路の体にテストや予防注射を受けさせたいという打算もあったが。

一路と春彦が話している間にも、春彦の容態はどんどん悪化。
計器のアップ・間に、同氏特徴が出ている(もの言わぬものが“語る”)。カイジジョー2脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171022174759j:image

一路と春彦の会話と、実際の春彦の様子が頻繁に入れ替わるのにも、同氏特徴が出ている。

事は急を要するので、さっそく一路と春彦は魂を交換する。交換のやりとりの画が、やはりシリーズ構成のカイジと重なっていく。

f:id:makimogpfb:20171022174858j:image
春彦の体へ急ぐ一路の魂が巻き起こす風を察知したカトリーヌは、不吉を感じる。自然(この場合は風)=キャラが強調されている。めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171022174947j:image

魂を春彦の体に入れた一路は、春彦の感じていた痛みを一気に浴び悶絶。おまけに注射器を取り出した医者を見て恐怖する。
元祖天才バカボンの高屋敷氏演出回では、パパが大怪我をして、医者に恐怖する場面があるが、それを彷彿とさせる。

f:id:makimogpfb:20171022175019j:image

春彦の体に入った一路のもとに、カトリーヌが現れ、魂と体が馴染み始めていると指摘。これこそアイデンティティ喪失の危機で、色々な高屋敷氏の作品で扱われているテーマ。
一方で一路の体を借りた春彦は、どうしても会いたい女性・加奈の元へ急ぐ。

春彦(体は一路)は道中、一路の近所のおばあさんから、学校をサボっていると勘違いされ、拳骨を食らう。
だが慇懃無礼に謝る春彦(体は一路)を見て、おばあさんは、強くぶちすぎたのでは、と心配する。特徴である、やさしい老人の描写。MASTERキートン脚本と比較。 

f:id:makimogpfb:20171022175111j:image

その頃、春彦の体に入った一路は、治療を嫌がり、ぶーたれる。特徴の豹変描写。
また、元祖天才バカボン演出でも、バカボンに変装した犯罪者(中年)の、豹変演出が冴えていた。

f:id:makimogpfb:20171022175137j:image

春彦(体は一路)が無一文で困っていると、カトリーヌが現れ、「あんたって、やる気も生きる気も無い」と指摘する(特徴:甲斐のある生き方とは何か)。

だがこのままでは一路が危ないとして、カトリーヌは春彦(体は一路)を目的地までテレポートさせる。

春彦(体は一路)はついに、会いたがっていた加奈の姿を見ることに成功。加奈は、かつての春彦の同棲相手だった。
カイジ(シリーズ構成)にて、妻の苦境を見つめる石田さんと比較。

f:id:makimogpfb:20171022175233j:image

どちらも、現状を見るだけで、どうすることもできない状況。

すると、加奈に娘がいることが発覚。春彦(体は一路)は、それが自分と加奈の子供であると、すぐに察する。
彼は、しばらくは娘と共にいたいと強く願ってしまう。そして次回へ(次回も高屋敷氏脚本)。
物のアップ・間に同氏特徴が出ている(物をキャラクターと捉える)。めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171022175336j:image

  • まとめ

一路の特殊能力や一路の無邪気さによって、一見軽めに描かれているが、魂を交換するということ、死の直前に何かを託すこと、未練を晴らすこと、生きるということ、など、とんでもなく重い要素が入っている。カイジ(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)と比較すると面白い。

カイジ」の石田さんは、カイジに家族の事を託して死んでしまう。本作の一路のように、魂の交換はできないが、石田さんは、若くて芯の強い人間であるカイジを心から信じて死ぬ。
その願いはカイジに通じ、色々な局面でカイジを奮い立たせる。

対して春彦は、知り合ったばかりの一路に、とんでもなく重いお願いをしている。一路は一路で、テストや予防注射が、この世の終わりだと思うくらいに幼い。
求めるものが違いすぎる二人は、互いに、そのねじれに苦しむことになる。

魂を交換するということができてしまう本作だが、それにより、人生も魂も、一度きり、ただ一つのものであることが痛感できる作りになっている。
高屋敷氏の演出・脚本ともに、「甲斐のある人生とは何か」の問いかけは何度となくされている。

これについては、真っ白になり、燃え尽きたジョー2最終回脚本にて大きく描かれているし、アカギ(脚本・シリーズ構成)の「まだだ、限度いっぱいまで行く。地獄の淵が見えるまで」に代表される、アカギが問う「生死の意味」においても強調されている。

一度しかない人生を、どう生きるか決めるのは自分しかいないし、それを甲斐のあるものにするかどうかも、自分次第。
そう思うと、子供の一路に頼る春彦は少々ヘタレに見え、カトリーヌにも「やる気も生きる気もない」と指摘される。

ただ、そんな春彦も、死に直面したからこそ、加奈(とその娘)に会いたいと、行動を起こした所は、ガッツがある。
一方で、子供の姿でしか娘に会えず、どうすることもできない苦しみを春彦は味わうことになり、それは天罰とも代償とも取れる。

一路は一路で、子供らしい生き方を謳歌していたのに、予防注射やテストが嫌だからと、魂の交換に応じてしまう、無邪気さ故の愚かさが出ている。
元祖天才バカボン演出・脚本においてのパパ、鉄腕アトム(1980)脚本の電光(善悪の区別がつかないロボット)の話などでも、無邪気故の惨劇が描かれている。

高屋敷氏が時々投げかける、「生きるということ」。表現・状況は様々であるが、根底に流れるものは共通している気がする。
甲斐のある事や、スリルがある事、義理人情を重んじる事、などが代表的なものだが、今回も、一度きりの生をどう使うかを投げかけている。

また、高屋敷氏がよく描く「アイデンティティ喪失の危機」も、違う体に魂が馴染みかかるという状況をもって、今回は特に強調されている。
自分とは何か、自分の人生とは何か、生きるとは何か…
そんな重いテーマが隠されている回だった。

続きの12話についてはこちら:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/entry/2017/11/13/124211

1980年版鉄腕アトム21話脚本:人の業を「見ている」ロボット達

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

1980年版鉄腕アトムは、白黒の初代の後、1980年に制作された第二作目。 監督は、後にマクロス監督となる石黒昇氏。

━━━

豪華宇宙客船タイタン号は、月一周旅行に向けて順調に航行していた。
船内パーティーにて、取材のため乗り込んでいるアナウンサーがベラベラ名実況なのが、高屋敷氏特徴。下記画像は名実況達。ジョー2脚本・監督作忍者マン一平・らんま脚本。

f:id:makimogpfb:20171015162015j:image

タイタン号は、お茶の水博士の友人・神田博士の設計。それを祝いに、お茶の水博士とアトムも乗船していた。この状況設定はアニメのオリジナル。
だがタイタン号は、コンピューターの故障もあり、小惑星に激突。船は爆発の危険があるとして、皆は救命艇で避難するが、アトム含め逃げ遅れた乗客がおり、彼らは予備の救命艇で脱出。だが救命艇は故障し、月に不時着する。

救命艇に乗っていたのは、アトム・神田博士・少年のヨシオ・新婚夫婦のノリコとケンジ・成金社長の西山・会社重役の樽井・アナウンサー。

このキャラ名・キャラデは全てアニメのオリジナル。
この中で、ヨシオという名は高屋敷氏と長年仕事した、竹内啓雄(よしお)氏からとったのではないだろうか。
また、ノリコという名。リコというオリジナルキャラクターはXMENやらんま脚本で登場しており、気になる所である。あくまで推測だが、ど根性ガエル演出などで関連性がある演出家・棚橋一徳(かずのり)氏の“のり”から来ているのではないか?とも考えている。

アトム達が不時着した地は、夜は-200℃だが、日照時間中は人が生きられる温度になり、空気も存在。
一行はそれを知り喜ぶ。
いつも不思議だが、同氏作品は、演出も脚本も、喜ぶ姿が可愛い。家なき子演出、監督作忍者マン一平カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171015162129j:image

外に出た一行は、月の不思議な自然に圧倒される。
植物も一気に成長したりするのだが(原作通り)、高屋敷氏演出の、まんが世界昔ばなし「ジャックと豆の木」が思い出される。

f:id:makimogpfb:20171015162149j:image

一方、神田博士は救難信号を出せるように、救命艇の修理に励む。

その一方で西山と樽井は、でかい怪物を森で見たと、アトムに知らせる。

それを聞き、調査に向かったアトムは、朽ち果てた古い宇宙船を見つける。
船内には旧式のテープレコーダーがあり、女性宇宙飛行士・ミーニャの声が吹き込まれていた。

ミーニャによれば、事故でここに不時着し、イワンというロボットと共に何とか暮らしていたらしい。
また、ダイヤを見つけ、それをイワンに耳飾りとして与えた話も吹き込まれていた。
高屋敷氏特徴の、ぼっち・ぼっち救済描写が冴える。

f:id:makimogpfb:20171015162229j:image

ミーニャは病に倒れ、テープレコーダーに話を遺して死亡。
アトムが話を聞き終えた直後、イワンが現れる。イワンはミーニャを看病するプログラムを実行し続けており(特徴:ぼっち)、アトムも看病しようとする。アトムは困り、なんとか脱出する。

その頃、アナウンサー達は原生する果物を見つける。果物は美味で、彼らは食べまくる。
高屋敷氏特徴の飯テロ。しかも、このくだりはアニオリ。
相変わらず描写が食欲をそそる。チエ2期・キートンカイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171015162323j:image

アトムからミーニャの話を聞いたヨシオは、アナウンサー達を鼓舞しようとし、ダイヤの話もするが、彼らはダラダラし続ける。
だが神田博士が救難信号システムを直した途端、西山達はダイヤを欲しがる。カイジ脚本でも描かれている、人の浅ましさ。 

f:id:makimogpfb:20171015162354j:image

西山はダイヤを独り占めすべく銃を取り出し、ヨシオを人質に取って、アトムをダイヤの在処へ案内させる。
やむを得ずアトムがイワンにダイヤの在処を聞くと、ミーニャの墓に埋めたとのこと。

西山はヨシオに墓をあばくよう命令するが、ヨシオは拒否。
このヨシオ、少年ながら不屈の精神を持ち、勇敢で誇り高い好漢。カイジ1期9話脚本の、不屈の精神を持ち、汚い心を嫌悪するカイジに共通するものがある。同氏の好きなタイプなのかもしれない。 

f:id:makimogpfb:20171030121327j:image

f:id:makimogpfb:20171015162432j:image

そうこうするうち、雪が降ってくる。夜が来ると凍死は必至。アトムは、やって来る救出艇に乗るよう西山を促すが、西山は墓あばきを止めない。アトムは怒りとも呆れとも取れる表情をし、ヨシオだけを連れて艇へ向かう。人の業に怒るカイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171015162525j:image

そして、西山はダイヤを掘り当てる。カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171015162545j:image

f:id:makimogpfb:20171015162602j:image

また、雪などの「天」を重要キャラと捉えるのは高屋敷氏の特徴。下記は情感溢れる雪特集。今回、家なき子演出、めぞん一刻脚本。

f:id:makimogpfb:20171015162647j:image

ダイヤを手にした喜びも束の間、西山はイワンに捕まり、介護プログラムを実行されて身動きが取れなくなる。そして、そのまま夜を迎えることに…。
救出艇は西山を残し発進。窓から外を眺めるアトムは虚しさを覚えるのだった。
人間の浅ましさに悔し涙を浮かべるカイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171015162751j:image

  • まとめ

冒頭からして、アナウンサーがベラベラ名調子で喋る所に、高屋敷氏の特徴が出ている。台詞もほぼアニオリ。
これは、あしたのジョー脚本にて実況アナの台詞を書いてきた所から培われたと思うが、同氏が好きな、「男はつらいよ」の寅さんの口上からも来ているかもしれない。

ミーニャとイワンの過去話や、ひとりぼっちで過ごして来たイワンの描写についても、多くのぼっち・ぼっち救済を描いてきた高屋敷氏の特色が出ている。
監督作忍者マン一平でも、海岸でぼっちで過ごし、人を砂像に変えてしまう怪物の話がある。

忍者マン一平の方の怪物は、人に危害を加えすぎたとして一平達に退治されるが、怪物の寂しさも印象に残る話になっている。
一方今回のイワンは、自覚はなくとも、介護プログラムが人を殺める方向に働いてしまう。
それは、イワンを益々孤独にする。

「孤独は万病の源」は高屋敷氏が強く打ち出すメッセージの一つだが、今回もそれが強く出ている。
原作もアニメもミーニャの病名は明かされていないが、高屋敷氏的に考えると、アニメでは孤独が彼女を蝕んでいたとも取れる。

イワンとミーニャは互いの孤独を癒し合う関係にあったと思われ、ミーニャの死により、イワンは果てしない孤独に陥っている。それが何とも悲しい。
西山にしても、じきに死んでしまうだろうし、イワンの孤独はさらに強まることが予想される。

高屋敷氏の作品では、死を招きかねない孤独が、仲間や家族の愛により救済される例と、死を招く孤独にはまったまま狂ったり、死んだり、果ては世界の危機を招くまでに至る例とがある。今回は後者。

原作ではラストにナレーションが入り、強欲な者にバチが当たったことが強調されるが、アニメの場合は、イワンの孤独と悲しさが強調されている。

高屋敷氏の特徴として、「意思を持つ、もの言わぬもの」の活躍があるが、イワンもその好例と言える。

クライマックスで描かれる、ダイヤに目がくらんだ人間達の浅ましさは、カイジ1期9話脚本と比べると面白い。
命の危機にあっても、墓あばきを断るヨシオと、金に翻弄される人間の浅ましさを見てきたカイジの激昂は、重なるものがある。

そしてアトムやイワンは、人間の浅ましさを、ロボットとして客観的に「見ている」。
高屋敷氏の作品では、月や太陽などの自然や、ものいわぬ物たちが全てを「見ている」かのように描写される特徴があるが、今作でも、それが出ている。

そしてアトムには感情があるので、人の業を見て怒ったり悲しんだりする。
高屋敷氏が描写してきた、「もの言わぬもの」達も、アトムのようになれたなら、様々な表情を浮かべたかもしれない。その証拠に、同氏の児童向け作品では月や太陽に表情がつく。

このように、高屋敷氏のロボット描写は、「魂がある、無言のもの」の延長戦上にあり、相性はいいのではないだろうか(ロボットものは少ないが)。
とにかく今回は、孤独や、人間の業を見つめるロボット達が印象に残る回だった。

花田少年史9話脚本:作品・年代を超えて描かれる、インチキオカルトへの怒り

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

花田少年史概要:

舞台は、カラーテレビが憧れだった時代の日本の田舎。
事故を切欠に幽霊が見えるようになってしまった少年・花田一路が遭遇する様々なドラマが描かれる。

━━━

一路は下校途中に、占い師だと自称する謎の女に出会う。女は、かつてインチキ占い師だったが、今は違うらしく、「お隣さんが持ってきた大福を食べ損ねる」と一路の未来を予言。
画像はインチキオカルトの使い手集。今回、元祖天才バカボン演出、ルパン三世2nd・チエちゃん奮戦記脚本。

f:id:makimogpfb:20171008165802j:image

彼女の予言を聞いた一路は、お腹がすいていたため、「大福大福大福…」と連呼(高屋敷氏の脚本における特徴)しながら急いで家に向かう。

帰宅すると、予言通り、お隣の山崎さんが大福を花田家にくれていた。一路は、最後の1個を姉の徳子と取り合う。食べ物を巡る醜い争いは高屋敷氏の作品にて頻出で、ど根性ガエル演出にも出る。

f:id:makimogpfb:20171008165845j:image

争いの最中、大福は地面に落ちて台無しに。奇しくも、占い女の予言は当たった。元祖天才バカボン演出でも、僧侶の予言が次々当たる回がある。
一路は罰として、隣家の納屋に閉じ込められる。アニメオリジナルで夕日(特徴:全てを見守る太陽)が出てくるが、コボちゃん脚本と結構シンクロ。

f:id:makimogpfb:20171008165919j:image

そして、納屋の中に占い女がテレポートしてくる。彼女は、自分が幽霊であることを明かし、生前はインチキ占い師だったが、死後は予言が当たりまくるようになったと話す。
一路は、幽霊が厄介事を持ってきた、と反発。そこで彼女は、もうすぐ納屋から出してもらえると予言。更に、今夜の夕飯が、約束のハンバーグではなく、肉の入っていないライスカレーであることも予言。

予言通り、母ちゃん(寿枝)が、夕飯はライスカレーだと言って納屋から出してくれる。
母ちゃんは優しく、ど根性ガエル演出の、ひろしの母ちゃんが思い出される。

f:id:makimogpfb:20171008170049j:image
占い女の予言は続き、一路の皿にはイモが3個分配されるが、結局カレーを食べ損ねること言う。

予言通り、夕飯は肉の無いカレーだったが、一路の皿にはイモが4個入っていた。
特徴の飯テロ。DAYS脚本のカツカレーと比較。

f:id:makimogpfb:20171008170142j:image

イモの数が予言と違うことで安堵した一路だったが、徳子がイモを1個奪う。またも姉弟の醜い争いが始まるが、見かねた一路の祖父・徳路郎がイモ1個を一路に差し出す。
ど根性ガエル演出にて、ケンカを止めるためにおかずを差し出す母ちゃんと比較(特徴:無償の愛)。

f:id:makimogpfb:20171008170222j:image

だが寿枝に、数の不公平さが出るとたしなめられた徳路郎は、イモを自分の皿に戻す。結局、一路の皿には、予言通りイモ3個。

占い女は予言の的確さを自慢。うざがった一路は彼女に罵詈雑言を浴びせるが、それが父・大路郎に向けたものであると、皆に誤解される。

激怒した大路郎は、ちゃぶ台をひっくり返すが、大路郎と一路以外は、その前に皿を避難させる。
ルパン三世3期脚本にて、ルパンがテーブルをひっくり返しても、ご馳走を避難させていた次元と五右衛門が思い出される。
とにかく食いしん坊さが強調される。

f:id:makimogpfb:20171008170320j:image

一路は再び納屋に閉じ込められる。占い女は、予言の的確さを自慢した上で、一緒に組まないかと持ちかける。彼女の目的は、生前騙した客に正しい道を示すことで、地獄行きを回避する事だった。
彼女は、いずれご馳走にありつけると言い、半ば強引に一路とコンビを組む。

女は、マダム・カトリーヌと名乗り、一路を弟子のムッシュ・イチ~ロと名付ける。
元祖天才バカボン演出にて、インチキオカルトを駆使する坊主に、パパが弟子入りする話があるが、それを彷彿とさせる。

f:id:makimogpfb:20171008170403j:image

空腹でやる気が出ないと言う一路に、カトリーヌは、地蔵の傍にあった紙袋を渡す。
彼女は、袋の中にお菓子が入っているが、時を見極めて開けないと、食べられない物に変わってしまうと一路に警告する。
一路はそれを励みに、何とかカトリーヌと行動を共にする。

カトリーヌが贖罪したい一番目の客はホステス。特徴の、炎のアップが出る(キャラクターとしての炎)。ここはアニメオリジナル。コボちゃん脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171008170453j:image
更に、原作通りだが炎が生き物のように燃え盛る。チエちゃん奮戦記・キートン脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171008170523j:image

カトリーヌは一路の口を借り、田舎に帰って子を成せとホステスに助言する。

次に贖罪したい客は、受験生と、その母。
ここも、チエちゃん奮戦記脚本の、インチキ占い師が出てくる回と映像が似てくる。

f:id:makimogpfb:20171008170608j:image
カトリーヌは再び一路の口を借り、受験生に「成人したら働け」と助言。

母子は激怒し一路にゲンコツするが、一路達はテレポートで脱出。
カトリーヌは満足し、また会いましょうと言って消える。ご馳走については、迷子になりながら家に帰れば食べれると予言。
その頃、一路の父と祖父は一路を探し回り、母は一路のためにハンバーグを焼いていた。特徴の飯テロ。カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171008170652j:image

ハンバーグを焼く母を見て、徳子は嫉妬。ど根性ガエル演出にて、ひろしとピョン吉が母の愛を取り合う場面に重なるものがある。

f:id:makimogpfb:20171008170715j:image

一方、カトリーヌから渡された紙袋を一路が開けると、犬の糞が入っており、一路は脱力(特徴:イカサマ)。だが父達の声は近付いて来ており、彼女の予言は当たるオチ。

  • まとめ

じゃりん子チエ脚本(2期含む)と同じで、原作に忠実でありながら、じわじわ高屋敷氏の個性が出てくる作り。
特に一路の食いしん坊ぶりが、ほぼ全編に渡り発揮されており、強調されている。コボちゃん脚本にて、やたら食べるシーンや飯テロが多かった事に重なる。

あと、幽霊に振り回される話は、監督作の忍者マン一平の最終回にもあり、その経験が生きているのが窺える。
忍者マン一平の場合は、散々世話をしてやったのに、一平達は幽霊に恩を仇で返される(幽霊自身は無自覚)が、今回の場合、一応報酬は貰える(予定)。

f:id:makimogpfb:20171008170834j:image

あと、オカルト詐欺師については、私が見てきた中では元祖天才バカボン演出・ルパン三世2nd脚本・チエちゃん奮戦記脚本にて出て来ており、どれも、それに対する怒りのようなものを感じる。今回のカトリーヌも、地獄行き寸前だった訳で、面白い縁を感じる。

元祖天才バカボンでは、インチキ坊主が、どうとでも取れる予言をパパに言い、パパが坊主を信じてしまう事例が描かれる。この場合は、パパにかけられた洗脳が、バカボンの涙により解かれ解決する。
一方今回のカトリーヌは死んでおり、既に罰を受けている状態。

カトリーヌは今まで騙した客に対し贖罪をして回るわけだが、人生において的確な助言をするのみ。

そしてカトリーヌは、他の客については、騙された事に既に気付き学んだから、贖罪の義務は無いと言う。ここは、善悪の区別は単純ではないという高屋敷氏のポリシーが浮き出ている。

紙袋を使ったイカサマについてだが、これも、カトリーヌが培ったイカサマ術にかかれば、子供の一路など簡単に騙せることが描かれている。結局一路は、「開ける時を間違った」と信じ込んだままになっており、子供の無邪気さが出ている。これも、高屋敷氏の得意分野。

原作通りにしろオリジナルにしろ、高屋敷氏の作品にはイカサマの上手いキャラは沢山出てくるわけだが、善悪問わず、それに感心させられる作りになっている。
対してオカルト詐欺については、前述の通り、怒りのようなものが表れている。何故かは不明だが。

それとは別の話になるが、母の愛情についても、今回含めてクローズアップされることが多い。
また、なんだかんだ言っても一路が家族に愛されている事も描かれている。
疑似家族にしろ、血縁家族にしろ、家族愛が強調されているのも興味深い。

まとめると、
オカルト詐欺に対する怒り・イカサマ・善悪の区別の難解さ・幼さ・家族愛・母性・食いしん坊・飯テロ
について今回は強調されている。2000年代ともなれば、高屋敷氏の引き出しはかなり豊富。その歴史を感じる回だった。

1980年版鉄腕アトム13話脚本:「悪い心」の欠如

Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。)

1980年版鉄腕アトムは、白黒の初代の後、1980年に制作された第二作目。
監督は、後にマクロス監督となる石黒昇氏。

━━━

ロボット展覧会の目玉であるロボット・電光は、偏光で照らさない限り、透明で姿が見えない仕様の美しいロボット。
高屋敷氏特徴・「意思を持つ“物”が人知れず様々な事象を見ている」にマッチした設定。 

f:id:makimogpfb:20171001155313j:image

そんな電光を、スカンクが狙う。煙草演出が渋い(特徴)。カイジ2期脚本と比較。色々な作品で、煙草が原作より目立つ。今回のはアニオリ。

f:id:makimogpfb:20171001155340j:image

スカンクは、電光を盗むことに成功する。

そしてスカンクは電光に次々と悪事をさせる。原作では悪事の描写が長いが、映像で見せることで大幅に短縮。文字演出も使い、大胆に省略している。ジョー1脚本疑惑・アカギ・カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171001155435j:image

更にスカンクは、ヒゲオヤジに電話をかけ挑発。そこで、ヒゲオヤジはスカンクを挑発し返す(特徴:知略)。逆上したスカンクは、電光を見せると言ってヒゲオヤジと待ち合わせの約束をする。煽りの上手いカイジ(脚本)に重なる。 

f:id:makimogpfb:20171001155517j:image

ヒゲオヤジはスカンクとの待ち合わせ場所周辺に警官隊を配置。そこへスカンク一味と電光がやってくる。だが、作戦を知らないアトムが直情的にスカンク一味を攻撃し、作戦は台無し。直情的な義憤では勝てない…というメッセージは高屋敷氏の作品に多く出る。

作戦を台無しにしてヒゲオヤジに叱られたアトムは、自室にて落ち込む。そこへ、電光が訪ねてくる。先程戦った時に、アトムが人間と違うことに気付いたためだ。

アトムは、電光を街へ連れ出し、善悪の区別を教えようとする。街がクリスマス仕様なのはアニオリ。

電光は、アトムの指示で善行をする。帽子を拾ってかけ直すのは、ジョー1脚本疑惑・赤ルパン脚本に、男にしつこく絡まれる女性を助けるのは、ど根性ガエル演出に出てくる。この善行内容はアニオリ。
悲しいことに、人々は電光が透明なので恐がる。

f:id:makimogpfb:20171001155627j:image

それでもアトムは電光をクリスマスパーティーに誘う。
パーティーに来た電光にアトムは、位置を確認するためのパーティーハットをあげる(特徴:その人に必要な贈り物)。監督作忍者マン一平でも、仲間を救う為に髪を失った一平にサンタが帽子をくれる。

f:id:makimogpfb:20171001155710j:image

アトムから、電光がパーティーに来ることを聞いていたヒゲオヤジは、サンタに扮して発信機入りのペンダントをプレゼントし、電光にカラースプレーをかけ、何とか足だけは視認できるようにする(特徴:知略)。発信機作戦はルパン脚本にも出る。

f:id:makimogpfb:20171001155754j:image

スプレーを嫌がった電光は逃走、スカンクの元へ戻る。
スカンクは、視認できるようになった電光を用無しと判断。時限爆弾を持たせ、ヒゲオヤジの元に向かえと命令する。爆弾を気に入った電光は爆弾を人に渡すのを嫌がるが、結局命令に従う(特徴:無邪気)。

一方、発信機によりスカンクのアジトを突き止めたアトム達は、スカンク一味を捕らえる。
その直後、お茶の水博士から、電光が爆弾を持ってアトム宅に現れたが逃走したという連絡が入る。
発信機はスカンクにより外されてしまったため、捜索は難航。

大々的な捜索の末、電光は筑波山麓にいると判明。
吹雪の中さまよう電光の姿が、家なき子演出や、じゃりん子チエ・MASTERキートン脚本と重なる。

f:id:makimogpfb:20171001155952j:image

電光の進行方向には病院があり、このままでは大惨事を招くとして、警官隊はやむを得ず電光を電磁分解砲で破壊する。

電光は、雪山の中死んでしまうが、MASTERキートン脚本では、雪山の中、狙撃されたセミョーノフが生き残っている。

f:id:makimogpfb:20171001160026j:image

アトムは「誰も恨みません…」と言うも、せっかく友達になれたのに…と悲しむ。
そして夜空に星が輝くのだった(特徴:一キャラクターとしての“天“。また、ここはアニオリ)。元祖天才バカボン演出と比較。

f:id:makimogpfb:20171001155918j:image

  • まとめ

高屋敷氏特徴である、「無邪気さ」が、今回は悲劇を招く。
また、善悪の判断がつかない電光は、原作通りの設定ながら、同氏のテーマの一つ「善悪の区別は単純ではない」を色濃く押し出しやすいキャラクターとなっている。

元祖天才バカボンにおける高屋敷氏の演出や脚本では、パパの無邪気さが大惨事を招くことが多い。元祖天才バカボンはギャグで済むが、今回は深刻で、最悪の結果を招いてしまう。
無邪気さとは何なのかも考えさせられる作りになっている。

また、同氏がよく作品に込めるメッセージである「直情的な義憤だけでは勝てない。理も必要」が、今回も、アトムの義憤がヒゲオヤジの作戦を台無しにしてしまうという流れを印象づける事により出ている。

ヒゲオヤジがサンタに扮して電光に発信機をつけ、足に塗料を付着させる場面はアニオリ。
原作では、スカンクのアジトを見つけるのも、電光の足に塗料を塗るのもアトム。
アニメではヒゲオヤジにこれをさせる事で、大人と子供の差別化を図っている。

ヒゲオヤジは今回、挑発や煽り、知略、騙しテクニックなど、大人かつ人間ならではの策を使う。
対して、子供の心を持つアトムにはそれができない…ということが招く悲劇とも取れるように、今回の話は設計されているのではないだろうか。

勝負に勝つには義憤だけでなく知略や悪知恵も必要…という高屋敷氏のテーマは、ど根性ガエル演出、まんが世界昔ばなし脚本「きつねのさいばん」からアカギ・ワンナウツカイジ脚本&シリ構まで強く発せられているが、アトムには備わっていない機能。

原作序盤でも、スカンクが「アトムは完全じゃないぜ。なぜなら、わるい心を持たねえからな」と言っている。
高屋敷氏はこれを話の焦点にしているように見える。上記のスカンクの台詞は、アニメには無いが、話全体でそれが解る作り。

人間的な悪知恵や知略を使う事をヒゲオヤジに担当させる事により、アトムに備わっていないもの…すなわち「わるい心」が浮き彫りになっている。
そして、「人間とロボット」「大人と子供」の差が淡々と描かれている。どちらが悪いとも言わず…。

それを受けての、アトムの終盤台詞「誰も恨みません…」なのではないだろうか。原作通りだが、直後のお茶の水博士の台詞、「スカンクが悪いと思いたまえ」がアニメには無い。これにより、「善悪の区別は単純ではない」という高屋敷氏のテーマを出せている。

ちなみに、電光の声は菅谷政子さんで、エースをねらえ!のマキや、家なき子のレミと同じ声。エースをねらえ!家なき子も、高屋敷氏演出参加作。それも手伝い、今回の話が「保護者がいない場合のレミ死亡ルート」にも見える。

1980年版アトムは、原作の長い話を、超圧縮して1話で完結させるスタイル。
今回、幸いな事に原作との比較ができたが、「どこを省略し、どこを強調させるか」が見えた。それにより、同氏の提示するテーマが益々見えた回だった。

MASTERキートン26話脚本:太陽が照らす愛

 (Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。) 

MASTERキートンは、かつて英国特殊部隊SASで活躍したキートンが、ある時は保険調査員として、またある時は考古学者として世界を周り、様々な事件に遭うドラマ。
今回の舞台は冬のドイツ東部・ライプツィヒ(旧東ドイツ)。

冒頭にて、高屋敷氏の演出や脚本によく出る、窓やランプ、物の意味深なアップ・間がある(特徴:物や自然をキャラと捉え、無言で語らせる)。下記画像はRIDEBACK脚本との比較。

f:id:makimogpfb:20170924173813j:image

下記画像はジョー2脚本との比較。

f:id:makimogpfb:20170924173858j:image

東ドイツの水泳選手で五輪の金メダリスト・ノイマンは、とある事情でホームレスとなり、ユーゴ内戦から逃れた難民達と、廃屋の中で暮らしていた。
ノイマンは生きる気力を失い、死にたがっていた。
ゲン2脚本の、死にたくても死ねない老人を思わせる。

f:id:makimogpfb:20170924173936j:image

一方難民達は、故郷を追われて苦しいはずなのに、笑顔が絶えない。ノイマンは、それを不思議に思っていた。
難民達の笑顔は、はだしのゲン2脚本にて、原爆被害にあっても、たくましく生き、笑い合うゲン達と重なる。

f:id:makimogpfb:20170924174012j:image

難民の子供・イリアは、よくノイマンに接してくる(特徴:ぼっち救済)。そんなイリアに、ノイマンは金メダルをあげる(特徴:贈り物)。
ジョー2脚本で、孤独に佇むホセに対して丈が話しかけ、それに応えてホセが折れたコインを渡す場面が思い出される。 

f:id:makimogpfb:20170924174052j:image

難民達があたっている焚き火のアップが入るが、同氏演出・脚本とも火のアップ・間はよく出る。ど根性ガエル演出と比較。
まんが世界昔ばなしでは「動物達と火」という、「なぜ人類が火を使うようになったか」という話の演出までしている。

f:id:makimogpfb:20170924174121j:image

ある日、雪だるまを作っていたイリアに、極右のスキンヘッド達が因縁をつけてくる。スキンヘッド達はユーゴ難民を差別しており、嫌がらせをしたり、暴力をふるったりする。
はだしのゲン2脚本でも、原爆で負った火傷のせいで、かつ子が差別を受ける。 

f:id:makimogpfb:20170924174158j:image

そこにノイマンが来て、自分を殺せとスキンヘッド達に言う。自殺願望キャラは、同氏の演出・脚本によく出て、強く描写される。これも興味深いところ。
だがスキンヘッド達は、ノイマンの異常さに圧倒され、退散。ちょっと、カイジがチンピラを撃退する場面と比較してみた。

f:id:makimogpfb:20170924174254j:image

イリアの親はノイマンに感謝するも、ノイマンは内心、死ねなかったことを惜しむ。
その後、難民達はユーゴ名物の、豚の血入りソーセージを焼く(特徴:飯テロ)。ここも、はだしのゲン2脚本の、皆で餅を焼く場面と重なる。どちらも苦境の中での楽しみ。 

f:id:makimogpfb:20170924174322j:image

そこへ、キートンがやってくる。キートンは持ち前の人懐さで、すぐ難民達と打ち解ける。そして、共に酒盛りを始める。
一方、イリアはノイマンにもソーセージをあげる。
特徴の、「皆で食べるご飯は美味しい」。ど根性ガエル演出、カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20170924174403j:image

そんな折、またもスキンヘッド達が嫌がらせをしに来る。
外に出ていたノイマンとイリアは、再びスキンヘッドと対峙。スキンヘッドのリーダーは、イリアが持っていた金メダルを見て、ノイマンの正体に気付く。ノイマンは、金メダルを獲るも、ドーピングをしていたのだった(コーチが本人に知らせてはいなかったが)。

そんなノイマンに対し、スキンヘッド達は暴行を加えるが、キートンが難民達と共に、つららを武器にした組織戦を展開。スキンヘッド達を撃退する(特徴:知略)。
キートンは、ノイマンに敗れた銀メダリストのヴェンナーの依頼で、ここに来たことを明かす。

ヴェンナーは、ドーピング云々より、ノイマンの泳法を高く評価しており、一緒に水泳関係の仕事をしようと誘うつもりだった。
だがノイマンは、自分の体は薬の副作用でボロボロだからと言い、固辞する。
それでもキートンはヴェンナーを連れてくる。

だがノイマンは、何処かへ姿を消していた。
人知れず去ろうとするノイマンを、イリアが止めようとするが、ノイマンは聞かなかった。
この場面、不思議なことに、出崎演出(特徴)ぽく船が横切っていく(アニオリ)。ジョー2脚本と比較。他作品でも多い。 

f:id:makimogpfb:20170924174522j:image

ノイマンの決意の固さを理解したイリアは、もらった金メダルを返そうとする。その拍子に、イリアは川へ落ちてしまう。
ノイマンはすかさず川へ飛び込み、イリアを助ける(特徴:体を張る年上男性)。ルパン三世3期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20170924174546j:image

ドーピングで体がボロボロであるノイマンは、イリアを助けた後、自身が川へ沈んでしまう。

ノイマン臨死体験をし、そこで光を見る。天国へ行けると思ったノイマンだったが、その光は太陽だった。特徴の、「全てを見守る太陽」。ジョー2脚本でも、太陽が「見ている」。 

f:id:makimogpfb:20170924174636j:image

ノイマンは意識を取り戻す。ヴェンナーに助けられていたのだった。そして、自分が生きていることを、涙を流して喜ぶ難民達に気付く。
ノイマンは、彼等が「家族」なのだと悟る(特徴:疑似家族)。
ゲン2脚本にて、老人を家族として迎えるゲン達と比較。

f:id:makimogpfb:20170924174729j:image

ノイマンは、「家と家族を見つけた」と、ヴェンナーの誘いを丁重に断り、難民達と生きていくことにする。
そして、イリアと共に作った雪だるまに、金メダルがかけられたのだった。

  • まとめ

背景に戦争があることもあり、はだしのゲン2脚本を思わせるものが多々ある。
特に、はだしのゲン2の、死にたくても死ねない老人と、今回のノイマンが重なっていくのは面白い。

死にたくても死ねない…は鬱の症状の一つだが、「そっとしておく」という周囲の適切な対処も、ゲン2脚本と同じ。原作通りなのだが、ここの強調具合に、はだしのゲン2と通じるものがある。つくづく、はだしのゲン2脚本の、鬱病対処描写には驚かされる。

自殺願望者の描写は、ど根性ガエル演出、元祖天才バカボン演出時代にも、よく出てくる。以前書いたが、カイジ2期(脚本・シリ構)の、おっちゃんも自殺同然のことをする。
そして、それを止めるキャラクター達も印象的に描かれている。

じゃりん子チエにて、おバァはんが「寒くてひもじいと死にたくなるから、ご飯は食べよう」と言う名シーンがある回も、奇しくも高屋敷氏脚本回。今回、極寒の中で難民達がソウルフードを食べ、笑い合う事にも通じるものがある。

そして、あらゆる作品で出る「孤独は万病の源」が、今回も描かれている。そして、「孤独にさせない」ことが大切だと今回も説く。
ノイマンも終盤、自分が一人ではなく、家族同然の人々に囲まれていたことに気付く。

こういった、精神疾患と、その対処について強く描かれているのが高屋敷氏の作品の魅力だと感じるわけだが、やはりルーツは、脚本参加の、あしたのジョー(無記名の1も含む)における力石の死であるのでは?と考えている。丈も悩み苦しむが、一人ではない事に徐々に気付き、ジョー2最終回手前(高屋敷氏脚本)では、泪橋の皆が自分の心にしっかりといる事を自覚している。

また、今回「太陽」が活躍している。まんが世界昔ばなし「幸福の王子」演出では、王子と燕の魂が太陽に回収される。今回も、意識を取り戻したノイマンが目にしたのが太陽。原作より目立っている。
そして太陽が照らしたのは、ノイマンの「家族」である難民達。

監督作忍者マン一平EDでは、顔のついた太陽が出てきて、最終的に太陽の中に仲間達の顔が映る。
これを見るに、高屋敷氏にとって太陽がいかに重要なキャラクターであるかがわかる。また、太陽は万事を見て、時に真実を照らす、というメッセージも感じられる。

今回のサブタイは原作通りで、ズバリ「家族」。MASTERキートンは全話、原作と同じサブタイなのだが、疑似家族と、その家族愛を描いて来た高屋敷氏にはうってつけのサブタイと話になっている。

毎度、奇跡的に同氏が得意な要素が入っている原作が回ってくるような感じを受けるが、奇跡で片付けずに考えると、強調したい箇所やテーマが共通しているのだろう。
今回も、自殺防止や精神疾患に対する鋭いテーマが出て驚かされる回だった。