カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

F-エフ-1話脚本:「前に行く」男

アニメ・F-エフ-は、六田登氏の漫画をアニメ化した作品。破天荒だが天才的なドライビングテクニックを持つ青年・赤木軍馬が、様々なドラマを経てレーサーとなり、数々の熱い勝負を繰り広げていく姿を描く。
監督は真下耕一氏で、高屋敷氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。
今回は、コンテが真下耕一監督、演出が石山貴明氏、脚本が高屋敷英夫氏。

───

  • 今回の話:

群馬県の大富豪・赤木総一郎の愛人(故人)の息子、赤木軍馬は、天才的なメカニックの腕を持つ親友・タモツにより改造されたトラクターを乗り回し、様々な車をぶっちぎる日々。
そんなある日、軍馬はBMWを駆るレーサー・聖に出会い敗北。
後日、偶然にも聖に再会した軍馬は、タモツがチューンアップしたスターレットで、再び彼に挑むのだった。

───

OP開始時、「つよさ…」「よわさ…」「はかなさ…」「じぶん…らしさ…」という、意味深な文字が浮かぶ。

高屋敷氏の発するテーマに、「自分とは何か」「どういう自分になるかは、自分で決めろ」というものがあり、それがもろに表れている。また、同氏が脚本参加した、あしたのジョー2のサブタイトル法則である、「必ず“…”を入れる」を適用している。

f:id:makimogpfb:20180519220347j:image

開幕に、意味深な太陽と花の描写がある。高屋敷氏の特徴として、「自然の活躍」があり、それは演出作・脚本作両方で確認できる。家なき子演出、めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180519220418j:image

続いて、よそ者達の乗るカマロ(車種名)の登場時に鳥が飛ぶ。長年一緒に仕事した出崎兄弟ゆずりの鳥演出は、高屋敷氏の演出・脚本作ともに頻出。ベルサイユのばらコンテ、空手バカ一代演出/コンテ、カイジ脚本と比較。 

f:id:makimogpfb:20180519220528j:image

改造トラクターに乗る軍馬と、軍馬の親友のタモツは、カマロに乗る青年達に煽られる。その際、軍馬はバカにされて煙草を鼻に突っ込まれる。この、煙草のくだりはアニメのオリジナルで、煙草演出を強調する高屋敷氏の個性が見られる。太陽の使者鉄人28号脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180519220614j:image

バカにしたお礼とばかりに、軍馬は超絶なドライビングテクニック(ちなみに無免許)で改造トラクターを駆り、カマロをぶっちぎるが、自分達も転倒して、肥溜めにはまってしまうのだった。ここのカーアクションの作画は超絶。

f:id:makimogpfb:20180519220647j:image

その後も軍馬は懲りもせず、女の子達(原作ではソープ嬢達)をトラクターに乗せて夜の街を爆走する。

f:id:makimogpfb:20180519220727j:image

当然、軍馬は警察に咎められるわけであるが、地元の大富豪である父・総一郎の権限で放免となる。

その後、総一郎は1人囲碁を打ちながら、軍馬や、亡き軍馬の母(総一郎の愛人)のことをなじり、軍馬はそれに激しく反発する。

蒼天航路脚本では、曹操が父と仲良く囲碁を打つ場面があり、まるで作品を越えて赤木父子が救済されたような感慨がある。演出も、重なるものがある。

f:id:makimogpfb:20180519220807j:image

総一郎は軍馬を、自分の「出来の悪いイミテーション」のようだと吐き捨て、父子の溝は更に深まる。

軍馬は鬱憤を晴らすように、今度はタモツをトラクターに乗せて暴走、154台の車を抜く。タモツが「どこに行くんだ」と尋ねると、軍馬は「前だ。前に行くんだ」と答える。これはアニメでの追加台詞。高屋敷氏は、カイジ脚本でも、「死んだみんなのためにも…前だ!もっと前に行くんだ」というモノローグを追加しており、演出参加した家なき子のテーマの1つ、「前へ進め」への強い思い入れが窺える。

f:id:makimogpfb:20180519220922j:image

軍馬の爆走が止まらぬ中、1台のBMWが勝負を挑んで来る。運転するのは、プロのレーサー、聖であった。原作と違い、恋人のルイ子も乗っており、彼女はタバコに火をつける。ここも高屋敷氏の、煙草へのこだわりが感じられる。あしたのジョー2脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180519221027j:image

結局、軍馬達はプロである聖のBMWに敗北し、川に転落してしまう。
後日、軍馬はタモツの家を訪ねる。その際、軍馬は鶏から卵を奪って食べる。ほぼ原作通りの場面だが、はだしのゲン2脚本にて、原爆ドームに巣を作った鳥の卵を、ゲン達が食べる場面に重なる。

f:id:makimogpfb:20180519221055j:image

軍馬は納屋にて、タモツが知り合いからチューンアップを頼まれていたスターレットを見つける。慌てるタモツであったが、「友達だよな」と迫る軍馬に参って、運転を許してしまう。発進するスターレットの演出が、元祖天才バカボンの高屋敷氏演出/コンテに重なる。かなりのシンクロで、驚いた。こういった奇跡が起こり続けるのが面白い。

f:id:makimogpfb:20180519221134j:image

改造スターレットで爆走する軍馬であったが、偶然にも聖のBMWと再会。すぐに聖を追いかける。タモツは、軍馬の動体視力や状況把握能力に驚愕する。原作通りだが、アカギ脚本にて、アカギの才に驚愕する南郷と重なる。構成の組み立て方に共通性があるためか。

f:id:makimogpfb:20180519221207j:image

改造スターレットをもってしても、聖のBMWとはスペック差があったのだが、軍馬はとんでもないショートカットをして、聖に追い付く。

f:id:makimogpfb:20180519221305j:image

聖も聖で熱くなり、ルイ子に「相手はまだ子供よ」とたしなめられる。
こういった「男の無邪気さ」の描写は、高屋敷氏の得意とするところ。

車体をぶつけながら煽ってくる聖に対し、軍馬は自分の服を、聖の車に向かって投げつけ、運転を妨害する。原作では、更にとんでもない(放送できない)行為もする。脱衣や裸は、アイデンティティーの如何を絡めて、高屋敷氏の演出や脚本で強調される(カイジ然り)。ここでも、かなり強調されている。

f:id:makimogpfb:20180519221348j:image

脱ぐものがなくなって全裸の軍馬は、アメリカから帰国した軍馬の異母兄弟、将馬・雄馬と、総一郎を乗せた車とすれ違う。総一郎は、更に怒りを募らせるが、温厚な雄馬は、軍馬を「元気そう」と評す。この場面は、どこか出崎演出的で、出崎兄弟と縁深い高屋敷氏が脚本であるのは劇的。

f:id:makimogpfb:20180519221409j:image

結局の所、スターレットはガードレールに激突、勝負は終わる。アニメのオリジナルで、聖の背後に夕陽が映る。太陽や月の意味深な「活躍」は、高屋敷氏の作品には頻出。元祖天才バカボン演出/コンテ、ベルサイユのばらコンテ、あしたのジョー2脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180519221442j:image

車を降りても聖と軍馬は衝突。軍馬は聖に殴りかかるも返り討ちにあい、吹っ飛ばされる。聖は「サーキットじゃな、お前より速いやつは五万といるんだぜ」と言い残し、去る。この台詞は、終盤のアニメオリジナルでの場面で非常に重要になってくる台詞らしいので、覚えておきたい。

f:id:makimogpfb:20180519221528j:image

ちなみに聖は、どことなく雰囲気が「あしたのジョー」のホセや力石に似ている。高屋敷氏は脚本で、あしたのジョー(特に2)に深く関わっており(2の最終回含む)、なかなか運命的なものを感じる。

f:id:makimogpfb:20180519221556j:image

全裸でボロボロになるも、軍馬は闘争心を高め、前を見据えるのだった。
同じく全裸でボロボロでも、絶対に諦めないカイジと比較。

f:id:makimogpfb:20180519221632j:image

「守るものがない」裸状態での試練は、高屋敷氏の演出・脚本作で、よく強調される。

  • まとめ

1話からして、高屋敷氏の全力投球を感じ、圧倒される。
特にOPの「じぶん…らしさ…」という言葉は、「自分とは何か」という、高屋敷氏がよく出すテーマを直球で投げており、驚く。

今回も、天や自然といった「物言わぬもの」の活躍が目立つ。冒頭から花や鳥が活躍し、最後も太陽が映える。こういった、「演出でも脚本でも、やる事が同じ」という不思議な現象は、戦慄すら覚える。

序盤は、改造トラクターでカマロの鼻をあかすなど、痛快な展開を見せるが、軍馬の冷たい家族関係もクローズアップされる。「孤独」、「孤独救済」は、高屋敷氏が重点を置いている事の1つ。冷たい家庭で孤立する軍馬のフラストレーションや影が、時折顔を見せるように構成されている。

軍馬の孤独描写は、タモツに何回も言う、「オレとお前は友達だよな」という台詞の強調にも表れている。家族の中で孤立する軍馬にとって、タモツやユキ(軍馬を慕う、赤木家の使用人)は命綱とも言うべき存在であることの、うまい表現になっているし、高屋敷氏らしい強調だと思う。

そして、オリジナルで追加された「前だ。前に行くんだ」という台詞。前述の通り、カイジ脚本での追加モノローグである「前だ。もっと前に行くんだ」と重なるのが本当に感慨深いし、演出参加した(最終回含む)、家なき子の「前へ進め」は、高屋敷氏自身が、非常に大切にしているテーマなのだと感じられる。

ライバルである聖については、あしたのジョー2脚本で培った経験をフルに生かしていると考えられる。軍馬とカイジに重なるものがあるように、聖もまた、丈のライバルであるホセや力石に重なるものがある。その「重なり」は、高屋敷氏が自身の仕事に、持てる経験を、常に全力で注ぎ込んでいるために発生するのではないだろうか。

本作は、1話あたりの密度が濃く、原作消費スピードも速い。それでいて、効果的な追加シーンもある。これは、長い原作を超圧縮する必要があった、1980年版鉄腕アトムの脚本経験が生かされているように思える。この脚本技術は、約100ページを1話に圧縮するような事もある、カイジの脚本にも生かされており、そういう面でも繋がりが見られて面白い。

本作は、シリーズ構成かつ全話脚本ということで、高屋敷氏が発するテーマやメッセージは非常に濃い。当時の高屋敷氏の集大成とも言えるかもしれず、これからも、じっくりと取り組みたい。

ベルサイユのばら18話コンテ:風が巻き起こす、禁断の愛

アニメ・ベルサイユのばらは、池田理代子氏の漫画をアニメ化した作品。フランス革命前後の時代が、男装の麗人・オスカルを中心に描かれる。
監督は、前半が長浜忠夫氏、後半が出崎統氏。高屋敷氏は、前半にて数本、コンテを担当した。今回18話は、演出が山吉康夫氏、脚本が杉江慧子氏、コンテが高屋敷英夫氏。

━━━

  • 今回の話:

マリーに取り入っているポリニャック夫人の陰謀により、オスカルは襲撃され負傷。偶然通りかかったフェルゼンに助けられる。
フェルゼンの久々の訪仏に、マリーは胸踊らせるが、フェルゼンは政略結婚することに。
それを知り、マリーはショックを受ける。
だがオペラ会の日、林で鉢合わせしたマリーとフェルゼンは、互いの想いを爆発させるのだった。

━━━

冒頭から、高屋敷氏の特徴である、炎のアップ・間が出てくる。家なき子演出、空手バカ一代演出、あしたのジョー2脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180512222656j:image

ちなみに、暖炉の中からの構図は、家なき子(高屋敷氏演出参加)などで出崎統氏(家なき子監督)が好んで使っていた。

高屋敷氏のコンテの癖の1つに、長年一緒に仕事した出崎兄弟ゆずりの、手前にオブジェクトを大胆に置く構図がある。高屋敷氏のは、出崎兄弟の中間くらいのダイナミックさがある。ルパン三世2nd演出/コンテと比較。

f:id:makimogpfb:20180512222820j:image

本作における、以前の高屋敷氏のコンテ回(11話)でもそうだったが、オスカルのばあや(アンドレの祖母)が可愛い。高屋敷氏の作品では、大人が子供のように泣く事が多い。
ルパン三世2nd・元祖天才バカボン演出/コンテ、1980年版鉄腕アトム脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180512222928j:image

監督作忍者マン一平では、「大人だって泣きたい時があるんです」という直球台詞がある。

11話のコンテに続き今回も、カードゲームが出てくる。忍者戦士飛影・キャッツアイ・カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180512223036j:image

頻出の、意味深なランプのアップ・間も出てくる。画像はシャンデリア集。
今回、家なき子演出、ルパン三世2nd演出/コンテ、カイジ2期脚本。

f:id:makimogpfb:20180512223108j:image

フェルゼンの訪仏を知り、マリーが喜ぶ場面のイメージ映像では、白鳥が出てくる。これも、出崎兄弟ゆずりの鳥演出。家なき子演出と比較。 

f:id:makimogpfb:20180512223154j:image

続いてのイメージ映像も、家なき子の高屋敷氏演出回と雰囲気が重なる。

f:id:makimogpfb:20180512223235j:image

オスカルは、自分を襲撃した首謀者・ポリニャック夫人を鋭い眼光で見つめ、ポリニャック夫人は狼狽する。
証拠が掴めなかったので、今回はここまでとなるが、カイジ2期脚本では、証拠を掴んだ上で、カイジが班長に逆襲している。ここも、時と作品を越えたリベンジのようで、比較すると面白い。

f:id:makimogpfb:20180512223327j:image

フェルゼンとオスカルが話し込む場面にて、高屋敷氏のコンテの癖と見られる、手前にアーチ状のオブジェクトを置く構図が出る。ルパン三世2nd演出/コンテと比較。

f:id:makimogpfb:20180512223457j:image

本作における高屋敷氏コンテ回全てに、虹が出てくる。本作11話コンテ、エースをねらえ!演出と比較。同氏の好みなのかもしれない。

f:id:makimogpfb:20180512223534j:image

フェルゼンが結婚すると知り、マリーがショックを受ける場面でも、出崎兄弟ゆずりの鳥演出が出る。高屋敷氏のは、後年(特に脚本作)になると、ストーリーとの関連性が、より密接になっていく。空手バカ一代演出/コンテ、カイジ脚本、ルパン三世2nd演出/コンテと比較。

f:id:makimogpfb:20180512223559j:image

ところで、高屋敷氏の演出・脚本作ともに、苦悩したり疲れたりしているキャラが、木によりかかる画がよく出てくる。これも癖なのかもしれない。元祖天才バカボン演出/コンテ、めぞん一刻じゃりン子チエ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180512223632j:image

オスカルがフェルゼンの言葉を思い出す場面では、フェルゼンの画がぐるぐる回転する。似たような演出が空手バカ一代演出/コンテにある。

f:id:makimogpfb:20180512223726j:image

また、台詞を何回もリフレインさせるのは、高屋敷氏の脚本によくあるので、コンテにて同氏が連呼指定をしたかもしれない。

そして、オスカルが考え込む場面でも、火の意味深なアップ・間が出てくる。太陽の使者鉄人28号MASTERキートン脚本、ど根性ガエル演出と比較。

f:id:makimogpfb:20180512223814j:image

オスカルの飲むワインに、マリーとフェルゼンのイメージが映るが、忍者戦士飛影脚本とシンクロを起こしている。忍者戦士飛影脚本執筆時に、本作の経験を生かした可能性がある。

f:id:makimogpfb:20180512223851j:image

更に、ワインにオスカルが映る。己と向き合ったり、真実を映したり、状況を映したりする鏡演出は、高屋敷氏の作品によく出る。蒼天航路カイジ1、2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180512223934j:image

オペラ会の日、林で鉢合わせしたマリーとフェルゼンは、互いの想いを爆発させ、抱き合う。ここでは、木々や風が2人の恋をアシスト。高屋敷氏の作品では自然が重要な役割をする。めぞん一刻脚本では、雪が恋をアシストした。

f:id:makimogpfb:20180512224007j:image

恋愛と母子愛の違いこそあれど、抱擁シーンが、家なき子演出と似てくる。年代も近く、本作における高屋敷氏のコンテは、全体的に雰囲気が家なき子と重なる。

f:id:makimogpfb:20180512224040j:image

フェルゼンとマリーは、ついに結ばれる。同じく禁断の愛(呂布貂蝉)が描かれた、蒼天航路脚本と比較。どちらも暗喩やイメージが多め。

f:id:makimogpfb:20180512224111j:image

  • まとめ

マリーとフェルゼンのラブシーンは、後に高屋敷氏の様々な演出・脚本作に生かされることになる。特に、風や葉といった、自然の役割が重要となる。ラブコメである、めぞん一刻の脚本・最終シリーズ構成でも、これは存分に生かされていた。特に、雪の夜に五代と響子(主人公とヒロイン)が結ばれる描写は印象的。

f:id:makimogpfb:20180512224302j:image

近年は、アカギやカイジワンナウツなど、男ばかりの作品の脚本・シリーズ構成が多いが、ラブロマンスも同氏の守備範囲内であることを、今回は思い出させてくれる。

そして鳥演出も、要所要所でうまく機能している。気になるのは、イメージの止め絵にも鳥が描かれていること。以前の高屋敷氏コンテ回のイメージ絵と比較。

f:id:makimogpfb:20180512224353j:image

イメージ絵の案を誰が出すのかは、その時その時で様々(脚本・コンテ・演出・作画など)なので、発案者は不明ではあるが、とにかくイメージ絵にまで出張るくらいに、鳥が活躍している。

富野由悠季氏・出崎統氏などの特例を除き、コンテは根本的に話をいじれない(勿論、アレンジは可能)わけだが、脚本からイメージを膨らませ、画の設計をすることができる。その、「イメージを膨らませた部分」が、高屋敷氏が得意とする、舞い散る葉やランプなどの「活躍」なのではないだろうか。

不思議なことに高屋敷氏は、これら「物や自然の活躍」を、脚本でも行う。アニメは映像作品なのだから、脚本であろうとも、視覚情報を目一杯使うことを、最初から意識していると考えられる。

最初の段階である脚本が、その後の工程を意識していないと、コンテ、作画、演出は困ることがあるという。コンテや演出の経験も豊富な高屋敷氏は、「アニメにするための脚本」を書く事に長けているのでないか…と私は考えている。そうであれば、同氏の脚本作・演出作の完成映像が似通ってくる原因が、少し見えて来る。それでも、不思議ではあるが。

あと、テーマ的な話になるが、今回のマリーは「王妃としての自分」を捨てて、「フェルゼンを愛する、一人の女としての自分」を選んでいる。高屋敷氏の発するテーマに、「自分とは何か」「どういう自分になるかは、自分で決めろ」というものがある。今回はコンテなので、脚本ほどの関与はできなかったであろうが、ここに関してはテーマの共通性が見られ、興味深い。後の脚本作に生かしたかもしれない。

ベルサイユのばらにおける高屋敷氏の仕事はコンテのみで、今回が最後。だが、後年の脚本で同氏が意識しているらしきことと、共通の部分が見られる、貴重な作品だった。

ベルサイユのばら11話コンテ:カイジに継がれた、オスカルの怒り

アニメ・ベルサイユのばらは、池田理代子氏の漫画をアニメ化した作品。フランス革命前後の時代が、男装の麗人・オスカルを中心に描かれる。
監督は、前半が長浜忠夫氏、後半が出崎統氏。高屋敷氏は、前半にて数本、コンテを担当した。今回11話は、演出が山吉康夫氏、脚本が山田正弘氏、コンテが高屋敷英夫氏。

━━━

  • 今回の話:

マリーは王妃となり、オスカルは近衛連隊長に昇進する。
だがマリーは政務を放り出し、北欧貴族の美声年・フェルゼンに夢中になる。
事態が深刻になる前にと、オスカルはフェルゼンに帰国を促す。
その後オスカルは、ド・ゲメネが貧民の子供を撃ち殺す場面に遭遇、怒りに震える。
一方、オスカルの進言を受け、フェルゼンは帰国。マリーは孤独を感じるのだった。

━━━

冒頭、長年一緒に仕事した出崎兄弟ゆずりの鳥演出がある。脚本にシフトすると、高屋敷氏は鳥にどんどん意味を持たせるようになる。らんま・コボちゃんじゃりン子チエ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505212438j:image

そして、高屋敷氏のコンテ癖の一つ、手前レイヤー左右にオブジェクトを置く構図が出てくる。結構ユニークで、ベルサイユのばらにおいて、高屋敷氏のコンテだとわかる目印になっている。監督作忍者マン一平空手バカ一代演出・コンテ、ルパン三世2nd演出・コンテと比較。

f:id:makimogpfb:20180505212517j:image

サブタイトル表示時から、高屋敷氏の大きな特徴である、印象的な夕陽のアップ・間がある。今回も、全てを見ているかのような存在感がある。
忍者戦士飛影脚本、空手バカ一代演出、蒼天航路あしたのジョー2脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505212546j:image

近衛連隊長となったオスカルと、マリーが話すシーンにて、高屋敷氏特徴の、鏡演出が出てくる。
真実や状況を映す役割を担っており、ここでは、角度的に、マリーを案ずるオスカルが映っておらず、マリーは現状に気付けない。
じゃりン子チエめぞん一刻脚本、ルパン三世2nd演出・コンテ、カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505212615j:image

ところで、高屋敷氏の演出や脚本は、キャラが無邪気で幼くなる傾向があり、今回もそれが出ている。後にオスカルの恋人となるアンドレがコミカルで幼い。
エースをねらえ!演出、めぞん一刻脚本と比較。どれもヒロインの恋人となるキャラだが、高屋敷氏にかかると、「男の子」的な一面を見せる。

f:id:makimogpfb:20180505212648j:image

あと、ベルサイユのばらにおける高屋敷氏コンテ回では、オスカルのばあや(アンドレの祖母)が可愛い。高屋敷氏は、味のある老人の描写が相当得意なのではないだろうか。あらゆる作品で、印象に残る。
画像は、味のあるおばあさん集。
今回と、花田少年史めぞん一刻MASTERキートン脚本。

f:id:makimogpfb:20180505212718j:image

オスカルがマリーを案ずる場面でも、窓にオスカルを映す、鏡演出が出ている。ここでは、状況を把握しているオスカルが、はっきりと自分の顔を見る。カイジめぞん一刻あしたのジョー2脚本と比較。カイジと、めぞん一刻の五代は自分と向き合い、あしたのジョー2の金竜飛は、自分と向き合えず、鏡を見ていない。

f:id:makimogpfb:20180505212744j:image

オスカルが、マリーとフランスの行く末を案ずる場面では、ロウソクの火が意味深に映る。ランプや火が意味深に映る、高屋敷氏の大きな特徴が出ている。空手バカ一代演出・コンテ、ワンナウツ蒼天航路脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505212814j:image

マリーがカード遊びに興じているが、カイジはじめ、高屋敷氏の演出や脚本では、割とカードゲームが出てくる。カイジ・キャッツアイ・忍者戦士飛影脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505212844j:image

宮廷の噴水に虹がかかる場面かあるが、演出時代の高屋敷氏は、よく虹を出す。エースをねらえ!演出、シリーズ構成・脚本作である、「Rainbow-二舎六房の七人-」のOPと比較。「二舎六房の七人」では、シリーズ全体で、虹が重要な役割を担う。後年の脚本作になるにつれ、虹の意味合いが格段に深くなる。

f:id:makimogpfb:20180506014310j:image

マリーにつき従うメルシーとノワイユは、味のある良キャラで、こういった、若者を見守る大人達を印象深く描写するのも、高屋敷氏の得意とするところ。
アカギ脚本、空手バカ一代演出・コンテ、カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505212941j:image

マリーとフェルゼンが、互いに好意を寄せあっているのが明確に分かる場面では、風が印象的に描写される。また、紙の描写は、高屋敷氏の作品では頻出。
風、雨、雪など、天候に役割を持たせるのも、高屋敷氏の特徴の一つ。
MASTERキートンめぞん一刻脚本、監督作忍者マン一平カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505213011j:image

貧民の子供・ピエールがド・ゲメネに射殺され、オスカルが怒りと悲しみに打ち震える場面は、カイジ脚本の、利根川に仲間達を殺されたカイジが激怒する場面と、恐ろしいまでのシンクロを起こしている。かたや話をいじれないコンテ、かたや絵をいじれない脚本…奇跡的な事だが、絵も話もオーバーラップする。
高屋敷氏の巻き起こす、こういった奇跡には、いつも驚かされる。

f:id:makimogpfb:20180505213054j:image

そして高屋敷氏は、カイジ20話脚本にて、何も持たぬ「奴隷」として、カイジが「皇帝」たる利根川を討つ話の脚本を担当した際、ベルサイユのばらにおける、今回の話を思い出しているのではないか?と思うくらい、カイジが、自身の仲間達だけでなく、ピエールの無念も晴らしたように見える。両作品の色々な場面が思い出され、劇的。

f:id:makimogpfb:20180505213124j:image

終盤、迫力ある夕陽の意味深なアップ・間がある。かなり物語とリンクしている、重要な役回り。
空手バカ一代演出・コンテ、キャッツアイ・めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505213158j:image

フェルゼンが帰国する場面では、出崎兄弟ゆずりの坂道遠近が出てくる。ルパン三世2nd演出・コンテと比較。

f:id:makimogpfb:20180505213216j:image

フェルゼンの帰国を知ったマリーは、扇子を取り落とす。高屋敷氏は、「物」が意思をもつかのように描写する。あしたのジョー2・めぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180505213239j:image

フェルゼンがいなくなり、マリーは孤独を感じる。「孤独」が人を蝕む描写は、高屋敷氏の作品によく出てくる。仲間に裏切られ、孤独になってしまったカイジ(脚本)と比較。

f:id:makimogpfb:20180505213305j:image

孤独からの救済描写もよくあるが、今回は原作通り、破滅が示唆される。

  • まとめ

とにかく目を引くのは、ピエールを射殺したド・ゲメネに激怒するオスカルと、仲間を殺され、利根川に激怒するカイジが、恐ろしいまでに重なり、そしてカイジ20話脚本にて、利根川を討つカイジが、自身の仲間達だけでなく、ピエールの仇まで取ったように見えること。
ド・ゲメネと利根川、奇跡的に、名前まで似ている。

奇跡的な偶然で片付けてしまいたいところだが、原因としては、どちらも、

  • 貧富の差が前面に押し出されていること
  • 金持ちに、貧しき者が殺されていること
  • 主人公が、上記の事柄に激怒すること
  • 主人公が、義理人情に溢れる人間であること

が挙げられる。

更に、高屋敷氏の強調したい部分が、コンテと脚本の違いこそあれど、両作品で共通していると考えられる。演出にしろ脚本にしろ、高屋敷氏は、出したいテーマを直球で投げてくることが多い。それが、画面にありありと表れるから、奇跡的シンクロが起こり続けるのかもしれない。

高屋敷氏の作品を見るたびに思うことであるが、その時その時で、持っている引き出しを全力で使っているように感じる。そのため、後年になればなるほど、引き出しが多くなり、話に込められた意味が非常に濃厚になっていく。カイジ脚本・シリーズ構成(2007)と、ベルサイユのばらコンテ(1980)の年月の差は、30年近い。得た経験を確実に積み上げ、必要な時に着実に使う、高屋敷氏の「引き出しの多さ」を感じた回だった。

空手バカ一代45話演出・コンテ:生き急ぐ若者を導く大人達

アニメ・空手バカ一代は、同名漫画のアニメ化作品。空手家・飛鳥拳(実在の空手家・大山倍達がモデル)が、己の空手道を極めるために、国内外の強敵と対戦する姿を描く。
監督は岡部英二・出崎統氏。
今回は、脚本が硲 健氏(誰かの変名という噂がある)、演出・コンテが高屋敷英夫氏。

━━━

  • 今回の話:

帰国して空手道場を開いた飛鳥は、亡き愛弟子・有明に似ている高津に注目する。
しかし高津は、若さゆえに町中で喧嘩をする日々。そんな彼に飛鳥は、自らの体を張り、空手で私闘をしてはならぬと教えるのだった。

━━━

開幕に、高屋敷氏の大きな特徴である太陽のアップ・間がある。今回も、「すべてを見ているキャラクター」としての存在感がある。
画像は開幕太陽集。今回、ワンナウツ・らんま脚本、元祖天才バカボン演出。

f:id:makimogpfb:20180428202835j:image

高津が、亡き愛弟子・有明に似ていると、飛鳥が物思いにふける場面では、これまた高屋敷氏の大きな特徴・ランプの意味深アップが出る。
あしたのジョー2・ワンナウツカイジ2期・めぞん一刻・らんま・RIDEBACK脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180428202908j:image

高津が、女性に絡むチンピラに喧嘩を売る場面があるのだが、ど根性ガエル演出や、1980年版鉄腕アトム脚本に重なるものがある。ど根性ガエルについては、同作品における高屋敷氏の演出の初回。思い出が強いのかもしれない。

f:id:makimogpfb:20180428202938j:image

町中で喧嘩をした高津を、飛鳥がいさめる場面では、雨が印象的に描写される。天候や自然に重要な役割を持たせるのも、高屋敷氏の担当作によくある。1980年版鉄腕アトムめぞん一刻脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180428203029j:image

Bパート開始時にも、高屋敷氏特徴の、意味深な太陽のアップ・間がある。画像は意味深夕陽集。今回と、エースをねらえ!演出、マッドハウス版XMEN脚本、ベルサイユのばらコンテ。
どれも物語と連動している。

f:id:makimogpfb:20180428203049j:image

高津には瀬川という親友がおり、ヤクザと喧嘩をしようとする高津を懸命に止める。
熱かったり、可愛かったりする男同士の友情は、高屋敷氏の得意分野。めぞん一刻脚本、監督作忍者マン一平と比較。他も多数。

f:id:makimogpfb:20180428204019j:image

ヤクザと喧嘩した高津の責任者として、飛鳥がヤクザに詫びを入れる場面が、アカギ脚本にて、アカギがヤクザに脅される場面と重なってくる。どちらも、ヤクザに物怖じしない。

f:id:makimogpfb:20180428203145j:image

f:id:makimogpfb:20180428203201j:image

責任者として、ヤクザにボコられても無抵抗でいた飛鳥だったが、拳に対する落とし前は拳だけにして欲しいと言い、真剣白刃取りを披露。恐れをなしたヤクザは退散。ヤクザ達のびびり具合が、カイジ2期脚本のチンピラと重なる。

f:id:makimogpfb:20180428203242j:image

飛鳥と、師範代の黒木は、高津に「空手に私闘なし」を教えたわけだが、二人の大人が若者を導く姿勢は、アカギ脚本における仰木(ヤクザの若頭)や安岡(アカギのプロモーター的な悪徳刑事)に通じるものがある。仰木と安岡は、生きるのに飽きているアカギに、ある意味、鷲巣(物語のラスボス)という生きがいを与えた。

f:id:makimogpfb:20180428203437j:image

飛鳥は高津を破門せず、明日からしごいてやると宣言。飛鳥は、人に教えを授ける難しさ・尊さを知るのだった。そんな彼等を、月が「見ている」。これも、月や太陽を重要キャラと捉える、高屋敷氏の大きな特徴。
画像は、見守る月集。今回、蒼天航路脚本、エースをねらえ!演出、はじめの一歩3期脚本。

f:id:makimogpfb:20180428203530j:image

  • まとめ

今回は、アカギ14話(脚本)と比較すると面白い。今回の高津も、アカギも、若さゆえに生き急ぎ、ヤクザと対立する。また、どちらも、自分に正しさがあるとして譲らない。

今回の場合は、飛鳥と黒木が、アカギの場合は仰木と安岡が、大人として駆けつける。

飛鳥は身をもって高津に、空手の精神や本当の強さを教え、黒木は、飛鳥の真意を高津に伝える。

一方アカギの方は、安岡が体を張ってヤクザとアカギの間に割って入り、仰木がヤクザと交渉してアカギを救い出す。

今回の高津は、有り余る若さと力をもて余しており、アカギは、生きるのにも死ぬのにも興味がないというか、無に近い境地におり、命知らずである。

飛鳥と黒木の熱い思いにより、高津は、本当の強さとは何なのかを知る。

アカギの場合は、仰木と安岡が、身を焦がすような勝負を求めるアカギのハングリーさを見越して、鷲巣という怪物を紹介する。

年上男性と、青年や少年の交流は、高屋敷氏の得意分野で、数多くの作品に生かされている。今回、その初期タイプが見られたのは収穫。

また、今回も、高屋敷氏の大きな特徴である、ランプ演出の初期タイプが見られたのも収穫だった。

f:id:makimogpfb:20180428203742j:image

今回のような初期タイプにしろ、昨今の作品にしろ、ランプのクローズアップは「意味のあるもの」であることがわかる。また、今回のような演出・コンテ作ならわかるが、「脚本」作でも、同じような「ランプ演出」が炸裂するのは、やはり不思議。脚本とは、台詞を並べればいいわけではないことが窺い知れる。

ランプだけでなく、太陽や月、自然、天候、無機物など、「喋らないもの」を、高屋敷氏は「脚本」でも「活躍」させる。その手腕には、いつも驚かされる。
何故そのような脚本になるのかは不明だが、今回含む、豊富な演出経験が生かされているのは確か。

今回で、空手バカ一代における高屋敷氏の担当回は最後となる。ランプ演出の異様な強調具合をはじめ、後の担当作に繋がる要素が多数あり、非常に貴重な作品だった。

空手バカ一代44話演出:「自然」と一体になる魂

アニメ・空手バカ一代は、同名漫画のアニメ化作品。空手家・飛鳥拳(実在の空手家・大山倍達がモデル)が、己の空手道を極めるために、国内外の強敵と対戦する姿を描く。
監督は岡部英二・出崎統氏。
今回は、脚本が吉原幸栄氏、コンテが出崎統氏、演出が高屋敷英夫氏。

━━━

以前書いたが、本作は監督を「演出」、各話演出を「演出助手」とクレジットしているので、本作の演出助手=各話演出とする。実際の内容も、各話演出助手でかなり雰囲気が違う。クラシック作品においての演出(現場監督のような立場)は、なぜか個性のばらつきが激しい。

━━━

  • 今回の話:

香港にて、太極拳の達人・陳と手合わせした飛鳥は、陳の熟練した動きの前に敗れる。

その後 、陳から太極拳の心技を学んだ飛鳥は、武者修行の旅から帰ってきた陳の弟子・カオと勝負し、陳から学んだ「武道の心」で勝利するのだった。

━━━

冒頭、出崎演出でおなじみの太陽+航空機構図が出る。今回はコンテが出崎統氏だが、高屋敷氏は「脚本」からでも似た感じの画が「出力」されるのが、毎度の怪。忍者戦士飛影・太陽の使者鉄人28号脚本、元祖天才バカボン演出と比較。

f:id:makimogpfb:20180421211039j:image

舞台となる香港は、高屋敷氏の作品にて複数回登場している。今のところ、私が視聴済なのはルパン三世2nd脚本と、太陽の使者鉄人28号脚本。他にもあるかもしれない。

f:id:makimogpfb:20180421211108j:image

ホテルのネオンの意味深なアップ・間に、高屋敷氏らしさを感じる。めぞん一刻脚本と比較。この「間」も、脚本からでも出るのが不思議。

f:id:makimogpfb:20180421211139j:image

タクシーのシーンで、出崎演出定番の坂道遠近が出るが、高屋敷氏単独でも出す。高屋敷氏のルパン三世2nd演出・コンテ、ベルサイユのばらコンテと比較。

f:id:makimogpfb:20180421211233j:image

太極拳の達人・陳は、一見柔和な老人だが、心技ともに飛鳥を凌駕するほど強い。味のある老人を描写するのは、高屋敷氏の得意分野で、演出・脚本ともに、視聴者の心に残る老人は多い。画像は今回と、監督作忍者マン一平蒼天航路忍者戦士飛影脚本。

f:id:makimogpfb:20180421211307j:image

飛鳥と陳が手合わせする場面にて、竹林の意味深な描写があるが、こういった、意思を持つかのような自然の描写は高屋敷氏の演出・脚本作で多い。めぞん一刻マッドハウス版XMEN・チエちゃん奮戦記脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180421211348j:image

陳による円・球の動きを説明する場面にて、陳の身体がゆっくり回転する。
360度きっちり作画する回転描写は、出崎哲・統兄弟の特徴。高屋敷氏も、それに則り単独でも出し、かつ「脚本」でも出力される。画像は今回と、チエちゃん奮戦記脚本、監督作忍者マン一平

f:id:makimogpfb:20180421211417j:image

飛鳥が陳の下で修行する場面では、滝が出てくる。どうやら出崎統氏は滝が好きなようで、エースをねらえ!(監督は出崎統氏)でも出る(演出は高屋敷氏)。そして高屋敷氏監督作忍者マン一平、同氏シリーズ構成カイジ2期でも、滝は印象的に描写されている。

f:id:makimogpfb:20180421211508j:image

滝に続き、花も意味深に描写される。これも、「間」に、高屋敷氏の、「自然や物は意思を持っている」というポリシーが表れている。あしたのジョー2・めぞん一刻マッドハウス版XMEN脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180421211532j:image

武者修行から帰ってきたカオを迎える場面でも、龍の像のアップ・間がある。像は、高屋敷氏の作品に多く出て来る。像には「魂」がこもりやすいからかもしれない。あしたのジョー2脚本、ベルサイユのばらコンテ、カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180421211601j:image

カオが、虎を倒した話をする場面にて虎の絵が映るが、これも独特な「間」がある。また、アカギ脚本の虎の絵と重なるものがある。こちらも「間」がある。

f:id:makimogpfb:20180421211655j:image

続いて、龍の絵も、「間」をもって、意味を持つ表現になっている。カイジ2期・DAYS脚本でも、意味を持つ「絵」の「間」が出てくる。

f:id:makimogpfb:20180421211714j:image

そして月も、全てを「見ている」かのような「間」と共に表現されており、この特徴は、高屋敷氏の作品に数多く出てくる。
はじめの一歩3期・あしたのジョー2・マッドハウスXMEN脚本と比較。脚本作でも、演出作と同じような「間」があるのが、やはり不思議。

f:id:makimogpfb:20180421211747j:image

飛鳥は、陳から教わった「心」をもってカオを倒し、日本へと帰国する。
飛行機+太陽のシーンが、マッドハウス版XMEN「脚本」とシンクロを起こしている。

f:id:makimogpfb:20180421211859j:image

奇跡と片付けずに考えると、「コンテ師が画を想像しやすい脚本」だから、かもしれない。だが、シンクロ現象が多過ぎて、そこはもう怪現象としか言いようがない。

ラストでは、不屈の精神の象徴としての龍が出てくる。蒼天航路(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)の龍が思い出される。

f:id:makimogpfb:20180421211947j:image

蒼天航路では、原作通りだが、三國志の英傑は龍に喩えられ、死す(成長しきる)と龍となり昇天する。
蒼天航路のシリーズ構成では、「成長しきると龍となる」ことが強調されていた。
今回の場合も、飛鳥の成長が、龍に喩えられている。

  • まとめ

自然と一体になって悟りを開くような、陳の説く「武道の心」は、高屋敷氏がよく表現する、「意思を持つかのような自然や物」と相性がいい。いや、そうなるように高屋敷氏の「好み」が話に出ているからかもしれない。この時代の各回演出は、各自、「好み」を強烈に出してくる傾向がある。

家なき子」「エースをねらえ!」など、出崎統監督作品では、コンテが出崎統監督で共通していても、竹内啓雄氏と高屋敷氏の演出は極端に違う。それだけ、出崎統氏のコンテを、どう「演出」するかは、演出担当者の個性にかかっているのかもしれない。これは、漫画原作とアニメスタッフの関係に似たものがある。出崎統氏は漫画家経験があるだけに、興味深い。

今回、高屋敷氏が前面に出したいテーマの一つに、「不屈の精神を持つ者は、成長して龍となる」がある。前述のように、高屋敷氏は、蒼天航路のシリーズ構成にて「英傑が龍となるまでの成長」をテーマの一つにしている。偶然か意図的か、この2作品に共通点があったのは驚き。

また、今回描かれた「不屈の精神」の大切さ。カイジのシリーズ構成・脚本においても重要な構成要素になっている。

ルパン三世2nd、太陽の使者鉄人28号などの脚本でも、一度負けてからのリベンジという構成は多め。ルーツはやはり、デビュー作のあしたのジョー1脚本(無記名)と思われる。

今回は、舞台が香港であることをはじめ、後年の色々な作品のルーツを多く発見できた回だった。

空手バカ一代42話演出・コンテ:時を越える個性

アニメ・空手バカ一代は、同名漫画のアニメ化作品。空手家・飛鳥拳(実在の空手家・大山倍達がモデル)が、己の空手道を極めるために、国内外の強敵と対戦する姿を描く。
監督は岡部英二・出崎統氏。
今回は、脚本が小森静男氏、演出・コンテが高屋敷英夫氏。

━━━

  • 今回の話:

舞台はフランス。格闘をショー扱いする、ブラッド・ジョー(格闘マニアの大富豪)やカイザー(プロレス興行師)に飛鳥は怒り、彼等と袂を分かつ。が、彼等は飛鳥に、命がけの「地下プロレス」の存在を明かす。
地下プロレスの帝王・ロゴスキーの強さを目の当たりにした飛鳥は、彼との対戦を決意。かくして死闘は始まった…。

━━━

ブラッド・ジョーとカイザーが飛鳥を地下プロレスに案内する場面にて、警備員が懐中電灯を照らすが、懐中電灯ネタは高屋敷氏の作品によく出てくる。らんま・チエちゃん奮戦記・カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180414224632j:image

地下プロレスは、逃げようとした者は殺されてしまう掟がある。その掟に則って、レスラーが殺されてしまうのを、飛鳥は目撃。なんとなく、カイジ(シリーズ構成・脚本)の、エスポワールにおける犠牲者と被る。

f:id:makimogpfb:20180414224704j:image

レスラーが殺されてしまう場面では、高屋敷氏の特徴であるランプのアップ・間がある。
画像は不吉なランプや灯。今回、ベルサイユのばらコンテ、アカギ脚本、RIDEBACK脚本。

f:id:makimogpfb:20180414224728j:image

命を賭けた地下プロレスは、暇をもて余した金持ち達に大人気。これもカイジ(シリーズ構成・脚本)の、人間の生死を楽しむ金持ち達と重なっていく。

f:id:makimogpfb:20180414224905j:image

地下プロレスの帝王・ロゴスキーのイメージ映像で、鳥が出てくる。長年一緒に仕事した出崎兄弟ゆずりの鳥演出。家なき子演出、めぞん一刻・太陽の使者鉄人28号脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180414224930j:image

ロゴスキーの試合場面では、高屋敷氏の特徴であるランプ演出が入りまくり、かつまた、同氏の他の担当作と、どんどん絵面が似てくる。絵を管理できない「脚本」でもそうなるのが、毎回不思議。
らんま・じゃりン子チエあしたのジョー2「脚本」と比較。

f:id:makimogpfb:20180414225009j:image

さらに、同氏の他作品とのシンクロは続く。じゃりン子チエ脚本、元祖天才バカボン演出と比較。高屋敷氏と縁の深い出崎哲氏は、よく回転作画を使うが、高屋敷氏も、よく使う。何故か脚本でも、回転場面は多い。

f:id:makimogpfb:20180414225043j:image

飛鳥がロゴスキーとの対戦を決意する場面でも、高屋敷氏のランプ演出が炸裂。当時の技術の限界で、ランプの自己主張が激しい。
あしたのジョー2・らんま・はじめの一歩3期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180414225308j:image

地下プロレスには、饒舌なリングアナがいるが、高屋敷氏の作品には、早口で饒舌な実況者やアナウンサーはつきもの。らんま・カイジ・1980年版鉄腕アトム脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180414225140j:image

飛鳥とロゴスキーが対峙する場面が、カイジ2期「脚本」とシンクロを起こしている。こういった奇跡的偶然が起こり続けるのも怪。

f:id:makimogpfb:20180414225220j:image

月または太陽が「見守る」演出が、今回も出てくる。ワンナウツ脚本と比較。どちらも、懸命にトレーニングする姿を、月や太陽が「見ている」。

f:id:makimogpfb:20180414225358j:image

ロゴスキーに殺されかける悪夢にうなされ、飛鳥がシャワーを浴びる場面があるのだが、あしたのジョー1の、高屋敷氏脚本疑惑回(無記名)にて、丈を恐れるウルフ金串がシャワーを浴びる、似たような場面がある。そのため、疑惑が強まる。確定はできないものの、高屋敷氏の記憶に深く残る回であったのは確か。

f:id:makimogpfb:20180414225436j:image

いよいよ飛鳥とロゴスキーが対戦する場面が、らんま脚本やカイジ2期脚本とシンクロを起こしている。これも奇跡的。

f:id:makimogpfb:20180414225456j:image

  • まとめ

リング上での戦いということで、あしたのジョー2・らんま・はじめの一歩3期「脚本」とのシンクロが多い。とにかく不思議なのは、この「脚本」から出力された画が、似てくるということ。

何回か書いているが、奇跡とか怪現象で片付けずに、原因を考えてみると、画を想像しやすい脚本のため、コンテ師が出力する画が似てくるのではないか…と考えている。それでも不思議な現象で、面白いところ。

あと、他の高屋敷氏担当回と同じく、今回もナレーションが多用される。ナレーション多用は、ワンナウツやアカギ、カイジのシリーズ構成・脚本が代表格。ナレーターを重要キャラと捉える高屋敷氏の姿勢が、この時代から強く出ている。

そして、36話演出に続き明らかになった、ランプ演出の強調。

f:id:makimogpfb:20180414225742j:image

当時の技術の限界のおかげで、ランプを強調したいという高屋敷氏の意志が明確になり、考察する上では大収穫である。

また、話全体から醸し出される個性のせいか、今回、「カイジみたい」というネットの意見が見られた。これも運命的。

家なき子(高屋敷氏演出参加)の炭鉱編も、「カイジ地下編みたい」というネットの意見が非常に多かった。
シチュエーション、強調したい箇所、テーマ、好みなどが総合されて画面に出力されると、それが、高屋敷氏の過去・未来作と重なっていき、特に意識しなくても、「(高屋敷氏の他の担当作と)似ている」と感じるように出来ているのだろう。

高屋敷氏は、主張したいところは絶対に譲らない、固い意志があるのではないか?と感じることがある。統一性を犠牲にしてでも、個性が突出していることが多々あり、今回も、ランプの激しい自己主張に、それが出ている。

私が興味を持ったのも、高屋敷氏の持つ強烈な「個性」。今回のランプの自己主張は、それを思い出させてくれた。

また、激しい競争を生き抜くには、それくらいの「個性」がなければならないのかもしれない。

空手バカ一代40話演出:雨が見守る死闘

アニメ・空手バカ一代は、同名漫画のアニメ化作品。空手家・飛鳥拳(実在の空手家・大山倍達がモデル)が、己の空手道を極めるために、国内外の強敵と対戦する姿を描く。
監督は岡部英二・出崎統氏。
今回は、脚本が吉原幸栄氏、コンテが出崎統氏・演出が高屋敷英夫氏。

━━━

以前書いたが、本作は監督を「演出」、各話演出を「演出助手」とクレジットしているので、本作の演出助手=各話演出とする。実際の内容も、各話演出助手でかなり個性が違う。クラシック作品においての演出(現場監督のような立場)は、なぜか個性のばらつきが激しいのも興味深いところ。

━━━

  • 今回の話:

格闘マニアの大富豪・ブラッド・ジョーに招かれ、飛鳥はフランスに赴く。
当地にて飛鳥は、フランスの伝統的格闘技・サファーデ(サバット)の達人・ボーモンと決闘することに。2時間を超える死闘の末、飛鳥はボーモンを空中3段蹴りで倒すのだった。

━━━

冒頭にて、水溜まりに映るエッフェル塔と、葉の意味深な「間」がある。この「間」は高屋敷氏の特徴で、脚本作でも出る。出崎統氏の凝ったコンテと、高屋敷氏の、「物や自然が“語る”」演出が融合。画像は、高屋敷氏の「葉が語る」場面集。今回、MASTERキートンめぞん一刻脚本、エースをねらえ!演出。

f:id:makimogpfb:20180407221854j:image

また、頻出の太陽のアップ・間が、今回も出る。当時の技術の限界で、太陽が異様に目立っている。そのおかげで、「太陽を出したい」という意志を明確に感じ取れる。らんま脚本、元祖天才バカボン演出、MASTERキートン脚本と比較。後年の脚本作になると、意味や迫力が増す。

f:id:makimogpfb:20180407221929j:image

飛鳥がブラッド・ジョーと対面する場面では、両者が固い握手を交わす。握手などの、手を使ったコミュニケーションは、高屋敷氏の作品によく出る。今回の場合、ブラッド・ジョーの一方的な思いを描いている。
画像は握手集。今回、忍者戦士飛影あしたのジョー2・ルパン三世2nd脚本。

f:id:makimogpfb:20180407222000j:image

ブラッド・ジョーと飛鳥が話す場面では、ブラッド・ジョーが葉巻をくゆらす。印象的な喫煙描写も、高屋敷氏の作品ではおなじみ。キリが無いので、カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180407222030j:image

ブラッド・ジョーは飛鳥に、自分のスクラップ・ブックを見せるが、こういった新聞記事ネタや紙ネタも、高屋敷氏の特徴のひとつ。アカギ・チエちゃん奮戦記脚本、監督作忍者マン一平と比較。

f:id:makimogpfb:20180407222055j:image

あと、はだしのゲン2脚本に、「元新聞記者」の老人が出てくるのが気になる。もしかしたら、高屋敷氏が好きな職業なのかもしれない?

飛鳥とブラッド・ジョーが、柔道の道場へ車で向かう場面では、出崎統氏コンテの定番の構図(橋+乗り物)が出る。影響下にある高屋敷氏も、これを使うが、やはり高屋敷氏の驚異的なところは、「脚本」からでも、似た絵面が出力されるところ。ベルサイユのばらコンテ、ルパン三世2nd演出、忍者戦士飛影脚本と比較。他も多数(脚本作含む)。

f:id:makimogpfb:20180407222139j:image

ちょっとした小ネタだが、柔道の道場にて、コーチが笛を吹く場面が他作品とシンクロを起こしている。エースをねらえ!演出、カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180407222213j:image

フランスでは、空手が殆ど知られていない事が判明し、飛鳥が落ち込む場面では、出崎統氏コンテでおなじみの、屋上演出が見られる。これも、高屋敷氏は「脚本」からでも出すことが何故かできる。チエちゃん奮戦記脚本、あしたのジョー2脚本と比較。あしたのジョー2は、出崎統氏のコンテだが。

f:id:makimogpfb:20180407222321j:image

飛鳥が、サファーデの達人・ボーモンとの決闘に向かう場面では、高屋敷氏の大きな特徴である、ランプ演出が出てくる。めぞん一刻カイジ2期「脚本」と比較。

f:id:makimogpfb:20180407222353j:image

同じく大きな特徴である、像の意味深な「間」が出る。ベルサイユのばらコンテ、ルパン三世2nd演出、じゃりン子チエカイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180407222416j:image

飛鳥とボーモンが対峙する場面では、やりすぎなくらい雨が自己主張。これも、「天」をキャラクターと捉えているらしき、高屋敷氏の意志が感じられる。
画像は、雨の中でのドラマ集。今回と、めぞん一刻あしたのジョー2・ワンナウツ脚本。

f:id:makimogpfb:20180407222435j:image

死闘の末、飛鳥は決死の空中3段蹴りでボーモンを倒すが、ブラッド・ジョーが、空手のPRになると言って写真を取る。あまりよろしくない態度だが、笑顔が可愛い。
笑顔が可愛いのは、今回のような「演出」なら分かるのだが、「脚本」作でも可愛い笑顔は頻出。そういうキャラ作りをしているからだろうか?あしたのジョー2脚本、監督作忍者マン一平、DAYS脚本と比較。他も多数。

f:id:makimogpfb:20180407222509j:image

飛鳥は、ブラッド・ジョーの非礼な態度を一喝し、倒れているボーモンに手を差し伸べる。ここも、高屋敷氏の大きな特徴である、手から手へ思いを伝える行為。
ワンナウツ忍者戦士飛影MASTERキートン脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180407222540j:image

  • まとめ

気になるのは、ナレーションの多用。36話演出(出崎統氏コンテ)もそうだった。高屋敷氏の作品(特に脚本)では、ナレーションを重要キャラと捉えている節があり、ナレーションは多用される。本作において、出崎統氏コンテ+他の人の演出では、ここまでナレーションは多用されていない。
この時代の演出は、好みが全体に反映されやすい。それを思うと、高屋敷氏の意向なのかもしれず、もしそうなら、高屋敷氏の作風の一つ、ナレーション多用の初期型かもしれない。

そして今回も、太陽・ランプ・像・雨演出の初期型が見れたのが収穫だった。特に雨演出は、当時の技術の限界のおかげで、「雨を強調したい」という意図が丸見え。探究する側としてはありがたい。

今回の対戦相手であるボーモンは、誇り高い精神の持ち主で、飛鳥もそんな彼に好感を持つ。敵やライバルにもシンパシーを感じるようにさせるのは、高屋敷氏の得意分野であり、脚本作、特にシリーズ構成も務める作品では炸裂する。今回のも、それの初期型かもしれない。最初期はあしたのジョー1脚本(無記名)と思われる。

また、雨は、飛鳥がフランスに降り立った時と、決闘の間に降っており、決闘の後の雨上がりについては、「ブローニュの森は、雨上がりの優しさを取り戻していた」というナレーションが入る。こういった所も、「天」や「自然」を重要なキャラクターとする高屋敷氏の意向が窺える。

フランスが舞台なだけあり、後年の出崎統氏監督作品・家なき子に通じるものがある。家なき子も、シリーズの半分が、出崎統氏コンテ+高屋敷氏演出の組み合わせ(もう半分の演出は竹内啓雄氏)。つまり、今回の組み合わせと同じである。その意味では、家なき子のルーツ的な所がある。もともと私が高屋敷氏の歴史に興味を持ったのは、家なき子を見て、カイジ(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)のルーツを感じたからなので、カイジのルーツのルーツを見た感じで、感慨深い回だった。