カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

蒼天航路シリーズ構成:割りきれないもの

アニメ・蒼天航路は、同名漫画のアニメ化作品で、曹操の生涯を描く。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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今回は、蒼天航路の「シリーズ構成」としての高屋敷氏の仕事を追う(つまり、シリーズ全体)。

蒼天航路についてのブログ記事一覧はこちら:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E8%92%BC%E5%A4%A9%E8%88%AA%E8%B7%AF

最終回(脚本は、ふでやすかずゆき氏)は、曹操袁紹(えんしょう)の一大決戦について描かれ、袁紹軍の将、文醜(ぶんしゅう)と曹操との戦いが描かれる。

知略と知略のぶつかり合いの末、曹操文醜軍を川に誘い込む。

そして曹操軍は堰を決壊させ、文醜軍を一網打尽にする。今回は高屋敷氏の直接脚本回ではないのだが、ルパン三世3期の高屋敷氏脚本の、火山湖を決壊させるシーンが重なる。

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追い詰められた文醜に、曹操は言う。

「まるで袁紹と同じだな、文醜。お前という人間を武と智で割れば、きれいに割り切れて残るものがない。
お前達には、心の闇がない。心の闇が無い者は確かに強い。
だが、俺以上に心の闇を持ち、俺を惹きつける者だけが、俺の全てを奪うことができるのだ。お前の負けだ、文醜。」

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それを聞いた文醜は躊躇するも、曹操に斬りかかる。そんな文醜を、曹操は討つ。

曹操は、黄昏に佇み、剣を収める。

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一方、曹操に、共に政治をやらないかと言われて迷い、「心の闇」が解放された関羽(現在、劉備張飛と分かれ、曹操下にいる)は修羅と化していた。
そんな関羽に、張飛が挑む。それを劉備が止めようとするも、二人は斬り結び…

暗転、その後の彼等の活躍が文字で表される。

最後に、「破格の英雄曹操は 蒼天をー駆け抜けていく」という一文で、物語は締め括られる。

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  • シリーズ全体のまとめ

やはり私が11話についてのブログ記事で予想した通り、高屋敷氏の大きな特徴である、「善悪の区別は単純ではない」というテーマが構成の柱の一つになっている。
その証拠に、最終回のクライマックスにて曹操が「割りきれない心の闇」について語るシーンが大きく強調されている。

三国志の乱世においては、善悪の区別などつけてはいられない。そして、それぞれに大義があり、生きざまがある。また、複雑に人間模様や心理が絡み合う。
そんな世界を駆ける英傑達は、「割りきれないもの」を抱えていると言える。

あと、高屋敷氏の作品に頻出するテーマ、「自分とは何か」も、やはり浮き彫りになっている。曹操は、自分には単純に割りきることのできない「心の闇」があると自覚しており、それを受け入れている。また、それを上回る闇を持つ人間でなければ、自分から全てを奪うことができないと言う。
これは、曹操が「己を強く保つ」ことができる人間であるから出る言葉であろう。
「己を強く保て」というメッセージも、高屋敷氏は多くの作品で発している。

さらに、「自分の生き方は自分で決めろ」という、これまた高屋敷氏がよく出すメッセージも発せられている。蒼天航路は、自分の生き方を自分で決めることができる、強いキャラクターが多い。かつまた、高屋敷氏はそれをシリーズを通して強調してきた。

あと、以前も書いたが、男が将に、将が「龍」になるまでの「成長」も、シリーズを通して描かれたと思う。

高屋敷氏脚本の、まんが世界昔ばなし「きつねのさいばん」では、「義憤だけでは天下を取ることができない」、「天下を取るには、狡猾さや知略も必要」であると発している。

この物語の「きつね」は残虐なことも平気で行うが、知略に長け、周囲を丸め込む狡猾さを持っており、天下を取る。
一方、義を持ち、直情的な「おおかみ」は正々堂々、きつねに対決を挑むが、きつねの知略の前に敗れ、大怪我を負ってしまう。
こうして、きつねの天下になるわけであるが、ナレーションは「本当にこれでいいの?」と視聴者に問いかける。
上記を踏まえると、残虐で知略に長けるきつねが曹操、おおかみが「武と智で割り切ることができる」文醜、果ては文醜と同じタイプの人間である袁紹に見えて来るから面白い。

この構図は高屋敷氏が同じくシリーズ構成や脚本を務めたワンナウツでも適用されており、直情的で優等生であるプロ野球選手・児島が、裏社会で賭け野球をする渡久地(主人公)達を責めるが、渡久地は「言うことはかっこいいけど勝負を舐めてる」と言い返し、児島を負かしている(その後、リターンマッチで児島が勝つが)。

このように、過去作品にて出たテーマや要素が姿・形を変え新しい作品に、原作つきであろうとオリジナルであろうと受け継がれていくさまが、高屋敷氏の作品を追う上で非常に興味深く、かつまた戦慄を覚える点である。

脚本や演出内に高屋敷氏の特徴を見つけるのも面白いが、シリーズ構成ともなれば、同氏の発するテーマがシリーズ全体にのしかかっている。

めぞん一刻の最終シリーズ構成が、最終的に高屋敷氏の特徴まみれになっていることにも度肝を抜かれたが(こちらを参照)、未完だと思っていたアニメ版蒼天航路が、きっちりと高屋敷氏のテーマを大放出した上で終わっていることにも、多いに驚かされた。

そして、「シリーズ構成」としての高屋敷氏の計算力の高さに、脱帽するしかない。というか、恐ろしささえ感じる。アニメ版蒼天航路は、それを踏まえた上で再評価できる作品だった。

そして総監督の芦田豊雄氏が2011年に亡くなっているのが、悔やまれてならない。(総)監督やコンテ作としては、本作が遺作にあたる。それも込みで、アニメ版蒼天航路は、再評価されるべき作品であると私は思う。

  • 補足

高屋敷氏の蒼天航路シリーズ構成についての考察ツイートのまとめ:

https://twitter.com/i/moments/961459000360427520

  • まとめ2

もう少し考察してみると、曹操が言うところの、割りきることのできない「心の闇」、同じく高屋敷氏がシリーズ構成・脚本を務めたカイジやアカギでも表現されている。

アニメ版アカギのサブタイトルは「闇に舞い降りた天才」(原作は「闇に降り立った天才」)。アカギそのものが、何を考えているのか、どんな人間なのかがハッキリわからないキャラクターであり、その「割りきれない心の闇」は深く大きい。というか闇そのものである。これを踏まえると、サブタイトルに「闇」が使われていることが、かなり意味深に響いて来る。

1話にて、安岡さん(刑事だが、後にアカギのプロモーター的存在になる)はアカギの本質を暴こうとするが、最終話ではアカギの「闇」の深さに戦慄する。
アカギはアカギで、一旦鷲巣(ラストの対戦相手)の本質を暴いたと思っていたら、鷲巣の心に未知の領域があることを知り、命を賭けてでも鷲巣の本質を見るべく、対戦を続行する。原作では、その後も対戦は続く(なんと連載は約10年ほど、それに費やす)わけだが、アカギが鷲巣の本質を知ろうとした所で鷲巣戦を区切った所に、「割りきれない、人間の心の複雑さ」を描いて来た高屋敷氏の計算高さを感じる。

あと、何度か書いているが、アニメ版のアカギは「東京タワーが見守る中、一筒牌に始まり一筒牌に終わる」構成になっている。そこも、「もの言わぬものが意思を持っている」ことを描いてきた高屋敷氏らしい。

そしてカイジのシリーズ構成・脚本でも、蒼天航路と同じく、終盤にて「割りきれない心」の闇が描かれている。

Eカードにて、カイジは全身全霊をもって利根川を倒すが、後に利根川が焼き土下座の刑に処されるのを見て、涙を流す。ここの強調も「善悪の区別は単純ではない」という高屋敷氏のポリシーの表れであり、蒼天航路で言うところの「割りきれない心の闇」である。

それを踏まえると、終盤での兵藤会長とカイジのやり取りも意味深。

会長は、自分は「ギャンブルに脳を焼かれている」と吐露し、カイジが自分と同じタイプの人間であると、誘うように言う。
カイジカイジで、会長の言うように、今後ギャンブルに脳を焼かれるようになるのだが、会長とは違う「未知の領域」がある。そこが、どんな事があっても義理人情を貫こうとしたり、利を蹴ってでも人を助けようとしたりする所。2期では、それが色濃く描かれるようになる。

こういった、人間の心の複雑さは高屋敷氏のあらゆる作品で強調されているが、あしたのジョー2脚本でも、それは出ている。丈もまた、何を考えているのか常人にはわからないキャラクター。高屋敷氏が、原作からして意見が分かれる最終回の脚本を書いたのも劇的。

そこを考えると、高屋敷氏の演出・脚本で「鏡」がよく出て来る事が面白い。真実や、真の姿を映すものとして使われているが、鏡には「人にはわからないもの」が「見えている」とも取れる。カイジでも、鏡が相当に強調されている。
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ルーツは、演出参加した「エースをねらえ!」で、ヒロインのひろみが、よく鏡に映った自分に話しかけていた所あたりだろうか。

こうして振り返ってみると、高屋敷氏は永遠とも取れるテーマ、「人間の本質」について、あらゆる作品で何十年も取り組んでいると言える。

アニメ版蒼天航路を見たことで、高屋敷氏の投げかけるテーマの共通性が、また色濃くなった。繰り返しになるが、本当に、あらためて見てみてよかったと思う。

蒼天航路21話脚本:戦士の成長、軍師の覚悟

アニメ・蒼天航路は、同名漫画のアニメ化作品で、曹操の生涯を描く。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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曹操呂布を直接見たいと言い、大軍を率いて呂布の領である徐州(じょしゅう)へと向かう。

一方、曹操の命を受け、先に呂布軍と戦っていた劉備は、義兄弟の関羽張飛と共に呂布に下るが、呂布は彼等を投獄する。

劉備を生かしておけば曹操をおびき出すエサになるためであるが、狂戦士である呂布が、そんな冷静な判断を下せる事に、呂布の軍師の陳宮(ちんきゅう)も、劉備も驚く。

一方曹操は、かつてない大軍を知略を持って動かす準備を進める。

呂布陣営では陳宮が、曹操軍を迎え討つための布陣を敷いていた。夜、陳宮呂布と話す。このとき意味深に月が映る。高屋敷氏の大きな特徴である、重要キャラクターとしての月の描写。チエちゃん奮戦記脚本と比較。

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呂布は食事をしながら陳宮の話を聞く。高屋敷氏の作品は、おいしそうな食事シーンが多い。ここも、シンプルな食事なのに美味しそうに見える。監督作忍者マン一平、新ど根性ガエル脚本(コンテ疑惑もあり)、ルパン三世3期脚本と比較。

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陳宮は、内通者がいる可能性があるとして、自分一人に作戦を任せて欲しいと訴える。
呂布は、「曹操が憎いか」と陳宮に問い、陳宮は「憎い」と答える。呂布も、曹操が憎いと言い、茶碗を握り潰す。呂布がこういったコミュニケーションを取ることは滅多にないことなので、陳宮は感動する。

直訴が効き、陳宮は作戦指揮の全権を任される。
後日、夕陽が不吉に陳宮を照らす。ここも、太陽が重要な役割を担っており、高屋敷氏の特徴が出ている。太陽の使者鉄人28号脚本と比較。

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夕陽や夕焼けが不吉を告げているのは陳宮も察していたが、呂布から作戦を一任されているのだから、と自らを奮い立たせる。

陳宮呂布に会いに行くと、呂布の(政務関連の)部下である陳珪(ちんけい)・陳登(ちんとう)が先客にいた。陳宮は前々から、この親子と曹操との内通を疑っており(実際、内通している)、彼等を怪しむ。
陳珪親子は、(呂布には似つかわしくない)籠城戦をするよう進言。そうすれば、民の心を掴むことができると言う。
民の上に立つ、つまり「王」になることは呂布の目標であるため、呂布は籠城戦をすることを決意。

陳宮は、たとえこれが陳珪親子の謀り事であろうとも、呂布の、「王」となりたい意志を汲み取り、呂布の決断に従うことにする。ここで、陳宮の兜の意味深アップがあるが、これも、物に意思や魂を持たせる高屋敷氏の特徴。家なき子演出、DAYS・めぞん一刻脚本と比較。

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陳宮は、「自分は呂布の軍師であるか」と呂布に確認する。呂布は、それを肯定。呂布に太陽光が射し込む。ここも、「太陽」が状況に連動して活躍している。はだしのゲン2脚本と比較。

呂布の言葉を聞いた陳宮は益々、「呂布の軍師」としての志を高めるのだった。

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また、ここは高屋敷氏の投げかけるテーマ、「自分とは何か」「自分の道は自分で決めろ」が表れているシーンでもある。

一方曹操は陳珪親子から、呂布が籠城戦を決意したという報告を受ける。

曹操は、戦いに生き、戦いにに己を求める「純粋戦士」たる呂布が、その衝動を抑えていることに感心し、そして警戒する。

時を同じくして、獄中の劉備も、呂布の籠城に驚く。だが、呂布の生涯のピークは今で、天下を取る気配がしない、と予想する。

かくして曹操軍と呂布軍の戦が始まった。

呂布はなんと、籠城戦にも関わらず、門を開けては単騎で無双し、また門を閉めるという行動に出る。この時、兵士が槍の束を持って呂布につき従い、槍を補充してくれる。こういった優秀モブの描写も高屋敷氏の特徴。太陽の使者鉄人28号脚本と比較。

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また、兵士から呂布へ槍を渡す手がクローズアップされる。手から手へ思いを伝える描写も、大きな特徴。カイジ(シリーズ構成)、ワンナウツMASTERキートン脚本と比較。

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人間離れした呂布の強さに、曹操軍の兵士達は萎縮してしまう。

そんな様を見て、曹操軍の猛将・夏候惇は歯がゆい思いをし、アイパッチがその勢いで破れる。ここも、「物」が心情と連動し、活躍している。MASTERキートンめぞん一刻脚本と比較。

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曹操は、呂布のやり方に苦笑し、呂布は攻略しにくい美女のようだ、と評する。

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高屋敷氏のポリシーの一つに「善悪を明確にしない」事が挙げられるが、それが表れている。

そうは言っても勝たなくてはならないので、曹操は軍師の一人・荀攸(じゅんゆう)に策を問う。

荀攸は、川を氾濫させて城を水攻めにすることを提案。筆頭軍師の荀彧(じゅんいく)は、荀攸の策は正しいが、徐州の民の反感を益々買ってしまうとして、曹操がどんどん憎まれていく事を悲しみ、泣く。高屋敷氏の作品は、泣くキャラが強調される。カイジ2期・太陽の使者鉄人28号脚本、元祖天才バカボン演出と比較。

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曹操は、百年先を見据えて戦をしなければならないとして、あえて憎まれ役となることを受け入れる。ここも、「善悪の区別は単純ではない」という高屋敷氏のポリシーが表れている。

そんな中、大地に雪が積もる。呂布軍は、周囲に曹操軍がいないことに気付く。彼等は、曹操軍が雪のせいで撤退したのだと思い込み、大喜びする。雪などの「天」が強調され、活躍するのも高屋敷氏の特徴。めぞん一刻脚本と比較。

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また、喜び方が可愛いのも特徴。太陽の使者鉄人28号あしたのジョー2脚本と比較。

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喜びも束の間、曹操軍の水攻めが開始される。自然を味方につけるのも、高屋敷氏の作品では、よく出てくるし、原作つきでは強調される。自然=キャラと捉えていることの表れ。ルパン三世3期脚本(オリジナル)でも、火山湖を決壊させる作戦が出てくる。

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かくして呂布呂布軍は、絶体絶命のピンチに陥るのだった。

  • まとめ

予測した通り、高屋敷氏はシリーズ構成の柱の一つとして、「善悪の区別は単純ではない」事を前面に出している。陳宮呂布の覚悟も、曹操達の覚悟も、等しく荘厳に描かれている。

また、呂布の軍師として全身全霊で彼に仕える生き方を選んだ陳宮の姿に、「自分とは何か」「自分の生き方は自分で決めろ」という、高屋敷氏がよく発するメッセージが込められている。

もともと陳宮曹操の軍師であったが、呂布に仕えることを自ら「選択」し、そして呂布と共に命を賭けることを「生き甲斐」とした。「生き甲斐」がある事こそ「生きる」こと、というテーマも、カイジ含め、高屋敷氏の作品によく出てくる。

次回、三国志の筋通り、呂布陳宮は一蓮托生、共に壮絶な最期を遂げることになるのだが、呂布に仕えたことを後悔しない、陳宮の立派な姿が描かれている。

一方で、自由な戦士だった呂布は、「王」、そして「龍」になるために努力し、「成長」している。そして努力が実り、将として、そして王として兵士に慕われるようになった。

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「成長」を描くのは高屋敷氏が得意とする所であり、少年や青年が「男」になる構成が多い。以前も書いたが、蒼天航路では、もっと踏み込んで、「男」が「王」に、そして「龍」に成長する様を描いている。

だが劉備が予想した通り、呂布の成長はピークに達してしまった感がある。そうなると、あとは龍として昇天するのみとなる。

そんな運命の悲しさはあるが、呂布陳宮が、自分で自分の生き方を選んだ事が、強く印象に残る回だった。

蒼天航路20話脚本:「男」から「龍」へ

アニメ・蒼天航路は、同名漫画のアニメ化作品で、曹操の生涯を描く。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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曹操は、皇帝・劉協(りゅうきょう)を奉り、豫州(よしゅう)の許(きょ)を都とした。だが、宛城(えんじょう)にて張繍(ちょうしゅう)の反乱に遭い、貴重な部下達や、長男の曹昴を失ってしまう。

そして曹操が許都に撤退した後も、張繍軍との戦は続いた。

一方徐州では、賭けがもとで曹操軍に下った劉備を中心に、呂布軍との交戦が続いていた。

そんな中、曹操は勇猛果敢な兵士・楽進(がくしん)を将に昇格させる。

楽進は、なんとなく忍者戦士飛影(高屋敷氏脚本参加)のダミアンに雰囲気が似ている。

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高屋敷氏は、ダミアン初登場回の脚本を書いており、その後の脚本回もダミアンへの思い入れが感じられる。雰囲気が似て来てもおかしくないかもしれない。

また、曹操軍の筆頭軍師・荀彧(じゅんいく)の甥・荀攸(じゅんゆう)が新たに軍師として加わる。荀攸は冷静で、曹操達を客観的に見ることができる目を持っている、優秀な人物。可愛いおじさん的なところもあり、こちらも高屋敷氏の得意分野を生かせるキャラクター。ルパン三世2nd脚本でも、愛嬌があり、そこそこ頭もキレる、トロンボというキャラクター(アニメオリジナル)が出てくる。

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新たな戦力を得た曹操は、あらためて張繍軍と交戦することに。

張繍軍には賈ク(かく)という優秀な軍師がいて、彼は曹操を追い込むための緻密な作戦を立てる。曹操曹操で、新たな将である楽進をサポートしつつ、賈ク(かく)との知略合戦を繰り広げる。

モノローグを多用した頭脳戦は、カイジの脚本にも生かされており、カイジ2期脚本7話では、カイジとの駆け引きを繰り広げる大槻班長のモノローグが大半を占める。それでいて緊張感とテンポが持続しており、近年の高屋敷氏の脚本の中でも屈指の出来。今回は、それを彷彿とさせる。結果的に、賈ク(かく)は曹操に、班長はカイジに、頭脳戦で敗北する。

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このようなキャラ同士の駆け引きや知略合戦は、高屋敷氏の得意分野と見られ、色々な演出や脚本作で見られる。戦いには善悪関係なく知略が必要、というポリシーが窺える。

曹操との知略合戦に敗れた賈クであったが、何故か曹操は止めを刺さず、兵を引く。

賈クはそれに疑問を持つが、すぐに、曹操が自軍の新顔(楽進たち)を育てるために、自分達を利用したことに気が付くのだった。

ここまでで、賈クのモノローグが多用されたこともあり、賈クにもシンパシーを感じる構成になっている。善悪の区別を単純にしないのも、高屋敷氏の特徴。

一方、曹操の命を受けて呂布軍と戦っている劉備達は、呂布の軍師・陳宮(ちんきゅう)に手を焼いており、ジリ貧になっていた。

そんな状況でも飯を元気にかっこみ、口についた米粒を舐め取る劉備の食いしん坊描写に、高屋敷氏の特徴が出ている。挙げればキリがないが、監督作の忍者マン一平、新ど根性ガエル脚本(コンテ疑惑もある)と比較。

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再び呂布軍が迫って来ているという報を受けた劉備は、嫌な予感がすると言い、堂々と(?)逃げ出す。

ここで戦慄するのが、劉備が太陽を横切る描写。元祖天才バカボン演出・ルパン三世2nd演出と重なる。

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他の演出・脚本作でも似たような描写があり、「脚本」なのに過去・未来作と絵面が似てくる怪現象が、ここでも出ている。
あと、高屋敷氏の作品では、太陽は重要なキャラクターなので、そのこだわりも感じられる。

劉備軍が逃げる最中、関羽劉備を守るため、しんがりを務めることに。
すると呂布軍の将・張遼(ちょうりょう)が、関羽に一騎討ちを挑んで来る。張遼は、シ水関の戦いでの呂布関羽の一騎討ちに影響を受けており、関羽と同じく青龍刀を使う。両者は互角に戦うが、好機に声を出した張遼が、その隙をつかれ敗北。ここも、なんとなくベルサイユのばらコンテ、忍者戦士飛影脚本と雰囲気が似てくる。

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関羽張遼に、青龍刀を使うのは十年早いと言い放ち、止めは刺さずに去る。ここも、青龍刀という「もの」に魂があるかのような表現や強調が続き、もの言わぬ物をキャラクターと捉える高屋敷氏の特徴が出ている。

一方で劉備は、兵達を逃がし、自分達は呂布に下る決断をする。ここで劉備が着物を脱ぐのだが、ここの強調に、高屋敷氏の特徴である、アイデンティティの如何を問う「脱衣演出」が出ている(服=アイデンティティを示す物)。チエちゃん奮戦記脚本と比較。

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とにもかくにも、脱衣や裸は、主にアイデンティティと絡めてよく出てくる。

劉備達は呂布と対面するが、ここでも、特徴である、太陽の強調描写がある。

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狂戦士であるはずの呂布は、珍しいことに、劉備達に興味や殺意を抱かず、自軍の大切な将である張遼の身を案ずる。劉備は、そんな呂布に「やばさ」を感じるのだった。ここでは、呂布劉備も「将」の顔に豹変している。豹変も、高屋敷氏の特徴。

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曹操は、劉備達については泳がせておくことにする。曹操劉備と同様、狂戦士ではなく、軍師や兵を率いる「将」として成長している呂布に興味を抱き、今の呂布は「美しく見える」とすら言う。ここの強調も、善悪の区別を単純にしない高屋敷氏のポリシーが出ている。

曹操は、将としての呂布を自身の目で見るため、大軍を率い、呂布のいる徐州へと向かうのだった。

  • まとめ

全体を通して、軍師達の生きざまや活躍が描かれ、前半は荀攸賈ク、後半は陳宮(呂布の軍師)の思いや考えがクローズアップされている。

知略描写を得意とする高屋敷氏にとって、知略を生業とする「軍師」はうってつけのキャラクター。それも手伝い、軍師達が生き生きと動く。

また、長くてもテンポがよく、名調子なモノローグが続き、緊迫感が持続する構成に、名作であるカイジ2期7話脚本との繋がりを見ることができる。

もともと、テンポが速く名調子な長台詞は、高屋敷氏の特徴であるが、それが今回、存分に生かされている。

そして、狂戦士から将へ「成長」(?)した呂布についても描かれる。前半では、兵から将へ昇格した、曹操軍の楽進が描かれており、それと絡めて考えるのも面白い。

もともと高屋敷氏は、家なき子最終回演出を筆頭に、少年から男へと成長する様を描くのが得意なわけだが、本作では、一人の男が「天を目指す将」へと成長する様も描いている。

呂布はしばしば、高屋敷氏脚本回(今回含む)で、「自分は龍になる」と志を高めており、「自由な戦士であるが故、王の器ではない」と董卓に指摘された所を直しつつある。

本作では、原作通りだが「天を目指す将」は龍に例えられ、死ぬと魂が龍となって天へ昇る。

高屋敷氏は、本作のシリーズ構成にて「一人の男」が「龍」へと成長する様も描いているのではないだろうか。

段々と、シリーズ構成のテーマが見えて来る回だった。

蒼天航路13話脚本:魔王の魅力

アニメ・蒼天航路は、曹操の生涯を描いた同名漫画のアニメ化作品。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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董卓による後漢の支配は続き、都・長安董卓は、弓を引きながら世界征服の野望を語る。ここも、弓矢や的が「無言で語る」(高屋敷氏特徴)。カイジ2期脚本と比較。

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そして宮中にて、舞や音楽の宴が催される。それを楽しむ幼い皇帝・劉協(りゅうきょう)と、それに付き合い寝転がる董卓が無邪気。キャラの幼さや無邪気さを引き出すのも、高屋敷氏の特徴。忍者戦士飛影脚本と比較。

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そんな中、養父の政治家・王允(おういん)と共に打倒董卓を図る貂蝉(ちょうせん)が、琵琶の奏者として登場する。貂蝉は、董卓に対し歪んだ感情を抱いており、殺意と同時に愛しさも感じていた。

貂蝉の奏でる美しい音色に、さすがの董卓も聞き入る。

その隙をつき、琵琶に仕込んでいた刃で貂蝉董卓に斬りかかる。
董卓はそれを難なくかわし、その巨体で貂蝉を抱き抱える。体格差を物ともせず立ち向かう貂蝉の姿が、ど根性ガエル演出と重なる。

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董卓は、何故自分を狙うのか貂蝉に問う。貂蝉は、歴史に名を残すことに苦心してきた王朝の伝統を、董卓が破壊したことを批判し、たとえ女であろうと、董卓を倒した者として自分の名を残したいと言い、董卓に噛みつく。この場面は、貂蝉が男気溢れるかっこよさを発揮しており、男女関係なく男気を描いてきた高屋敷氏の特徴が感じられる。めぞん一刻脚本でも、女子高生である八神が、男気溢れるかっこよさを見せている。

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あと、貂蝉董卓に噛みつくシーンは、ど根性ガエル演出の、ぴょん吉の噛みつき攻撃と重なるものがある。

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貂蝉の胆力を董卓は気に入り、后として彼女を迎える。この時、董卓貂蝉の着物を剥くが、ルパン三世2nd脚本の、銭形が不二子を剥くシーンが思い出される。

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その2ヶ月後、呂布が北方の匈奴討伐から帰ってくる。武勲を上げた労いとして、貂蝉が笛を奏でると、呂布貂蝉に惚れてしまう。言葉には出さねど、トンボや自然の描写で、それがわかるようになっている。こういった、「ものいわぬもの」の描写で状況を語るのは、高屋敷氏の大きな特徴の一つ。呂布の寡黙さが、それに拍車をかけている。ワンナウツあしたのジョー2脚本と比較。

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夜、呂布は女官や侍女を殺しながら貂蝉の寝所に乱入し、貂蝉を抱く。二人は激しく交わり、その激しさで壷が揺れ、割れる。「物」が状況を表す役割を担っており、高屋敷氏の特徴が出ている。元祖天才バカボン演出と比較。

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元祖天才バカボンでは、パパが壷に入っており、物=生きている、という同氏の概念が明確になっている。

呂布は、「俺は龍になる」と言い、貂蝉は、それに乗りたいと言う。禁断の愛が、ベルサイユのばらコンテの、フェルゼンとマリーに重なる。どちらのラブシーンも、イメージが多め。

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その後、貂蝉王允に、呂布を引き入れての打倒董卓計画を立案。そのためには、董卓を討てという、皇帝の詔勅(しょうちょく・皇帝の意思表示)が必要であると説く。彼女は王允に、その詔勅を出すよう皇帝を説得してほしいと頼む。

それを受け、王允は皇帝・劉協に、董卓を討てという詔勅を出すべきと直訴。

戸惑う劉協に王允は、董卓を討てる勇者を知っていると伝える。劉協が、その者の名を聞くと、王允は、呂布の名を挙げる。
ここも、龍のレリーフのアップ・間があり、「物が語る」という高屋敷氏の特徴が出ている。ここでは、龍=呂布であることを示している。DAYS脚本と比較。

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そして、董卓を討つべきという詔勅が出される。馬車に乗ったまま詔勅を聞く董卓の手が、感情と連動して描写される。元祖天才バカボン演出の、手が喋る回をはじめ。手のアップや、手のみの演技も、高屋敷氏の作品によく出てくる。忍者戦士飛影カイジ2期脚本と比較。

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董卓は馬車を破壊しながら姿を現し、詔勅を読み上げた者を斬殺する。

董卓は、劉協をたぶらかした者がいるとして、大臣達を詰問。そして直感で、首謀者が王允であると見抜く。

死を覚悟する王允であったが、貂蝉が割って入り、董卓を制止。董卓は、この事態が王允父娘の共謀であることを察し、そんな浅知恵では自分は倒せぬと言う。そこへ呂布が現れ、董卓を後ろから斬りつける。
そして呂布董卓の、人間離れした決闘が開始される。

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董卓は、呂布には真の王たる道・器がわかっていないと言い放つ。王の何たるかを説く姿が、カイジ脚本の会長が説く、王についての理と重なる。

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呂布は全力で斬りかかり、それを受けとめる董卓の剣が割れる。呂布の剣は董卓の眉間を捉え、ついに董卓は死ぬ。

この決闘の間、董卓呂布に言い放つ「王の理」はかっこよく、「善悪は単純ではない」事を描いてきた高屋敷氏の真骨頂かもしれない。アニメ版董卓は原作より少しキレイめにしてあり、悪役(?)としてのかっこよさが際立つようになっている。以前も書いたが、シリーズ構成の軸の一つと思われる。

また一方で、死しても歴史に名を残せればよいと覚悟を決める王允も、かっこよく描かれている。

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死した董卓の魂は赤き龍となり昇天。曹操も、龍が昇っていく様を目撃する。

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董卓の死後、董卓の身内は皆殺しにされ、董卓ともども、遺体が市中に晒される。そんな中、董卓の遺体のヘソに灯された(死体を見張るための)灯心の火が消えないという不思議な現象が起き、人々は震撼する。「火」の強調も、高屋敷氏の特徴の一つ。しかもこれは、文字通り「生きている」火。ど根性ガエル演出、コボちゃん花田少年史脚本と比較。

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王允は、自分の名を後世に残すため、他の史書を焼いたり、史家の蔡ヨウを処刑したりと、残虐な処置を行い始め、ついには貂蝉呂布を見捨てる決断をする。

雨が降る中、貂蝉は、一緒に寝ている呂布に王の器を感じられず、董卓こそ王の器だったと述懐する。そんな事を考えていると、董卓の残党によって彼女は殺されてしまう。目を覚ました呂布は、貂蝉の遺体に何かを感じつつも、何処かへ姿を消す。そして時を同じくして、董卓のへそから出ていた火も消える…。
雨が「活躍」し、ドラマを盛り上げるのも、高屋敷氏の特徴。めぞん一刻脚本と比較。

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一方王允も、都に戻った董卓の部下・李カクにより首をはねられてしまう。こうして、ますます乱世は広がる。

そして曹操は、再び蜂起した黄巾兵と戦うべく、エン州にいた。董卓死しても、まだ自分が天を掴むタイミングではないことを、曹操は察するのだった。 

  • まとめ

前半は貂蝉の、後半は董卓のかっこよさが目立つ。特にクライマックスである、王の道を説く董卓のかっこよさ、呂布董卓の死闘は特筆に値する。

前述の通り、アニメ版はどうも、董卓寄りになっているのを感じる。あれだけの暴君なのに、呂布達より董卓に肩入れしてしまいそうになるほど。これは新たな発見だった。

めぞん一刻脚本・最終シリーズ構成でも、原作に比べ、五代の可愛さ・無邪気さが目立つ作りで驚いたものだが、それに近いものを感じる。高屋敷氏の作品は、原作に寄り添いながらも、キャラクターの魅力や、感動するポイントが原作と大きく異なることが多い。ここに、同氏の妙技を感じる。

つまりは、同氏の好みに、知らず知らずのうちに視聴者が巻き込まれているのだ。本作の董卓の魅力も、その好例。

それに呼応するかのように、同氏特徴である「善悪の区別は単純ではない」さまが、本作のシリーズ構成の柱の一つとなって現れている。

もともと原作からして、三国志で悪役として描かれることが多い曹操を主人公としているわけで、アニメでも、それに従い、誰それを悪役として描く、というのを控えているのかもしれない。

そして三国志といえば、魏・呉・蜀それぞれにファンがいる歴史物。それへの配慮もあるだろう。

しかし、董卓については、反董卓軍に曹操劉備孫堅がいたわけで、彼らの共通の敵役として描いても、普通に通る。だが敢えてそうせず、しかも原作より董卓寄りになっているのは、かなり斬新。

また、カイジ(シリーズ構成・脚本)の兵藤会長と董卓が重なるのも驚いた。二人が説く「王の理」は異なるものの、王としての凄みは共通する。董卓のかっこよさは、貂蝉も実感しており、呂布に抱かれながらも董卓の「王の器」を恋しく思うほど。
また、何故彼女がそう思うのかが、今まで積み上げて来た董卓の魅力により、説得力を持つようになっている。
また、董卓役である大塚芳忠氏の熱演も、魅力の一つ。
そして、シリーズの半分を迎えた13話にて、董卓の死を描いたのも、高屋敷氏の相当な思い入れを感じるし、その構成の計算力の高さも凄い。
とにもかくにも、董卓の魅力がピークに達する回だった。

蒼天航路12話脚本:天を見上げる者達

アニメ・蒼天航路は、同名漫画のアニメ化作品。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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後漢を支配する暴君・董卓は、汜水関の戦いにて反乱軍を蹂躙。都・洛陽を燃やした後、長安に都を移した。

その後、焦土と化した洛陽に孫堅の軍が入城。夏候惇(曹操軍の重鎮)の助言もあり、孫堅は洛陽の復興を目指すことに。

調査中、孫堅達は五色の龍の気を放つ箇所を発見。そこを掘り起こしてみると、王朝に代々伝わる玉璽(ぎょくじ=皇帝が使う印章)が出土した。高屋敷氏特徴の「生きているような“物”」。意味深なアップ・間が、龍が出てくる原作通りの演出に拍車をかけている。つまり、「物が生きている」ことがわかりやすくなっている。1980年版鉄腕アトム脚本でも、「魂」を持つAIが重要な役割を演じており、それがアップ・間により表現されている。

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孫堅は、玉璽がある限り、洛陽の意味は失われていないとして、復興に励む。その噂を聞き、多くの豪族達が洛陽に集まる。

董卓長安遷都や、孫堅による洛陽復興の情報は、はるか西方にまで及び、曹操の命で西方に旅に出ていた曹操の軍師・荀彧(じゅんいく)の耳にも届く。ここも、高屋敷氏特徴の「全てを見ているキャラクター」である太陽の意味深アップ・間がある。ベルサイユのばらコンテと比較。

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一方、反董卓軍を統括していた袁紹(えんしょう)も、董卓への対抗策を、太陽を見ながら練っていた。あらゆる者が同じ太陽を見ている…という演出(月にも適用)は、高屋敷氏の演出や脚本に多く出てくる。

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曹操は故郷に身を寄せ、父と囲碁に興ずる。ここも、碁石の意味深アップがある。アカギやカイジ(脚本・シリーズ構成)にも、ゲームに使われる物の意味深アップが沢山出てくる。

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曹操は父に、今の自分には金と策が必要と言う。そこへ、曹操の言う「策」、つまり軍師の荀彧が旅を終えて曹操のもとにやって来る。曹操碁石を打った直後に荀彧がやって来たり、曹操が荀彧を「策」と例えるあたりに、「人ではないもの」を活躍させる高屋敷氏の特徴が出ている。

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その2年後。董卓の支配する都・長安は、恐怖政治ではあるものの栄えていた。

文人・蔡ヨウがその様子を書き記していると、董卓とその部下がやって来る。
この時、香炉のアップになり、董卓達が来ると煙がなびく。ここも、高屋敷氏の特徴である「意思を持つもの」の描写。めぞん一刻脚本と比較。こちらも、意思を持つように煙が動く。

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董卓の部下は、蔡ヨウが董卓を誹謗するような事も記述しているとして、蔡ヨウを批判する。
だが董卓は、蔡ヨウとの問答の末、自分の有り様を書き記すことを許す。ここの問答で、蔡ヨウの瞳に董卓が映る。高屋敷氏特徴の、「真実を映す鏡」演出。あしたのジョー2脚本と比較。

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ここでは、粗暴であるが王者の器がある董卓の、真の姿を映している。瞳には真の姿が映っているのだが、蔡ヨウは董卓の真の姿を、まだ探っている最中という演出にもなっている。

董卓は蔡ヨウの文才を認め、その才を見抜けなかったとして、蔡ヨウの事を告げ口してきた部下の目を刺すのだった。

そんな董卓に反発する者は多く、国の政務を執る司徒(役職名)・王允(おういん)もその一人だった。

どうすれば董卓を打倒できるか王允が考えあぐねていると、彼の養女・貂蝉(ちょうせん)が、自分が董卓の懐に潜り込み、策を練る手伝いをすると進言。
王允は反対するが、貂蝉の決意は固い。美しくなって董卓に取り入るべく、彼女は瞼を自分で切り、整形する。
ここで、灯の意味深アップ・間がある。これも高屋敷氏の特徴で、あらゆる作品に出てくる。挙げればキリがないが、あしたのジョー2・めぞん一刻カイジ脚本と比較。

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貂蝉は整形時に出た血を唇に塗り、狂気を見せる。意味深に口紅を塗る場面は、度々高屋敷氏の作品に出る。ルパン三世2nd演出・めぞん一刻脚本と比較。

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洛陽では、袁紹が勢力を拡大しつつある旨を袁術(孫堅と同盟中)から聞いた孫堅が、袁紹と戦うべく、荊州に赴くことを決意する。

出立の日、曹操から孫堅のもとに派遣されている夏候惇は、次に会うときは董卓を討つ時だと、孫堅と約束を交わす。中年男性同士の渋いやりとりは、高屋敷氏作品でよく強調される。太陽の使者鉄人28号・アカギ脚本と比較。

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一方曹操はエン州にて、農民の反乱を鎮圧する戦に参加する。
天下を「治める」ことを目指す曹操は、農民の扱いには慎重になるべきと説く。

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荀彧もそれに賛同し、曹操が農民を取り込むよう進言。そのために、農民のリーダーとなっている巨漢・虎痴(こち)の存在を曹操に伝える。

その虎痴とは、曹操の青年期において、共に戦った許チョ(1話登場)であった。曹操は、より多くの民を救いたいのなら、生涯ずっと自分に仕えよ、と許チョを説得。男の熱い友情描写も、高屋敷氏の特徴(少し無自覚天然BLなところあり)。忍者戦士飛影脚本と比較。

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その頃孫堅は、多くの民の指示を得ながら進軍していた。孫堅の家臣や家族達は、荊州を制することができれば天下が見えて来る、と沸き立つ。

孫堅は、ひとり月を眺める。ここも特徴である、「重要キャラクターとしての月」。雲に隠れたり、雲から顔を出すことで、未来を予兆し、現状を照らす。火の鳥鳳凰編脚本(金春氏との共著)と比較。

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孫堅が今後の未来について、月を見ながら考えていたところ、突如として、敵である劉表軍の兵に射られてしまう。

射られてもなお孫堅は倒れず、射手達は恐れをなして逃げ出す。

孫堅は天命が尽きるのを感じ、悔いはないとして、龍となって昇天する。

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虫の知らせか、器が割れ、孫堅の長子・孫策は不吉を感じる。ここも、特徴として「物」が活躍している。めぞん一刻脚本と比較。

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孫堅の魂が龍となり天に昇るさまを、曹操も目撃。巨星が堕ちた事を察するのだった。

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そして長安では、貂蝉董卓に取り入るべく、準備をしていた。雷が波乱の幕開けを知らせる(特徴:天=重要キャラ)。花田少年史・アカギ脚本と比較。

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  • まとめ

今回も、太陽や月といった「天」が活躍している。忍者マン一平(監督)や元祖天才バカボン(演出や脚本)では、太陽や月に顔がついていたり、声を出したりするのでわかりやすいが、本作含めシリアス作品での効果は更に大きく、凄みを感じるほど。

また、今回の主軸となっている孫堅の死であるが、まんが世界昔ばなしの「幸福の王子」演出にて、王子像とツバメの魂が太陽に回収される場面が思い出される。つまり、高屋敷氏が描く死=太陽や月、すなわち天に昇ることであると見て取れる。サブタイトルも、「孫堅昇天」。

だからこそ月は、間もなく天命が尽きる孫堅を「見ている」。そして孫堅も月を見上げる。孫堅は明るい未来を夢見て月を見ていたのだが、無情にも孫堅は死んでしまう。
だが孫堅は、悔いることなく昇天。「悔いがない」ことが強調されるあたり、あしたのジョー2最終回脚本の、「真っ白な灰になるまでやったから悔いがない」丈の、ラストの微笑が思い出される。

そして、蔡ヨウと董卓の問答のシーンにて、高屋敷氏の特徴の一つ、「善悪の区別は単純ではない」が描かれている。本作では、このテーマに割と重きを置いているような感じがする。戦乱の世に、善も悪も無い…からであろうか。

アニメ蒼天航路の特色として、董卓をはじめとした、悪役(?)キャラのかっこよさが目立つことが挙げられる。本作における、高屋敷氏のシリーズ構成方針の軸かもしれない。

一方、貂蝉の男気(女性だが)も描かれる。性差なく高屋敷氏は男気を描くが、貂蝉もまた、固い決意を押し通す強い人間だということを前面に出している。

今回、色々な武将が出て、それぞれの戦場を駆けているが、皆、同じ太陽や月を見ている。彼らは「天」を目指しており、そんな彼らを「天」が見ている。
そういった関係性を感じる回だった。

蒼天航路11話脚本:善悪なき戦場

アニメ・蒼天航路は、同名漫画のアニメ化作品。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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後漢支配下に置いた北方の暴君・董卓(とうたく)に対し、袁紹(えんしょう)を中心にした反董卓連合軍が結成された。その中には、曹操のほか、後の英傑となる劉備張飛関羽孫堅らもいた。

董卓連合軍は、都へ進むための関門である砦・汜水関を落とすべく進軍、戦闘に入る。

曹操は、曹軍の旗をあらゆる隊に持たせる作戦に出る。なぜなら、董卓軍の将・華雄曹操の重鎮・夏侯惇が討ち取った情報が広まっており、曹軍が多いと思わせれば董卓軍が怯むと踏んだためである。

様々な旗の意味深なアップが続くところに、高屋敷氏の特徴が出ている(意思を持つ物)。DAYS脚本でも、意思を持つかのような背番号の意味深アップ・間がある。

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また、曹操は戦況を把握するため駒を使うが、この、駒のアップ・間も特徴的。ここも、駒に意思があるかのように描かれる。カイジ脚本でも、物が意思を持っているような描写が沢山出てくる。

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一方劉備は、自分達(劉)の旗が必要だと言い出す(特徴:アイデンティティを示す物)。
そして、自分達も曹軍のように、戦場に轟くような武勲を上げ、評される事が必要なことに気付く。

都の洛陽では、曹操の思惑通り、曹軍の実際の数がわからず董卓軍は困惑していた。

そんな部下達を、董卓は一喝。その最中、化け物じみた強さの戦士・呂布が名乗りを上げる。
呂布は勝手に董卓の愛馬・赤兎馬を駆り出陣。偶然にも、RIDEBACK(高屋敷氏脚本・シリーズ構成陣)では、赤くて馬のような主役ロボットが出て来る。

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RIDEBACK1話(高屋敷氏脚本)のサブタイトルは「深紅の鉄馬」。少し赤兎馬を意識したサブタイトルかもしれない。

一方劉備は宣言通り、ボロ旗ながらも旗を掲げる。そして、両軍が激しく交差する戦場にて、何かとんでもないものが迫ってくるのを感じる。彼の予感は当たり、呂布がやって来る。呂布は敵も味方も関係なく殺し、暴れ回る。

そんな呂布張飛は武者震いし、一騎討ちを挑もうとするが、劉備呂布の人間離れした強さを感じ、関羽張飛を止めるよう頼む。「義弟(おとうと)が死ぬ」と言う劉備の姿に、高屋敷氏の特徴である、疑似家族間の愛情が見て取れる。

劉備の内にある徳の高さを感じ取った関羽は、その気持ちに武をもって応えるべく、自分が呂布と戦うと決意。
ここも、特徴である旗のアップ・間があり、関羽の決意に呼応している。

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また、今回の劉備関羽のように、目と目、手と手で通じ合う描写は、たびたび高屋敷氏の作品に出てくる。ルパン三世3期脚本と比較。

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こうして、関羽呂布の死闘が開始される。劉備関羽の強さに感動し、あらためて天下を取ろうと決意する。

関羽呂布の決闘により、両軍は膠着状態に入る。

それを見守る袁紹は、自軍をこの機に乗じて動かすべきか迷う。
曹操はそんな袁紹を焚き付け、それを受けた袁紹は自軍を動かす。カイジ2期脚本にて、遠藤さんをうまく煽り味方につけるカイジと重なる。

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そんな中、猛牛の大群で反董卓連合軍を蹴散らしながら、董卓が戦場に到着する。
董卓は残虐に兵を殺しまくり、死体の山を築く。
戦場には幼い皇帝も来ており、劉備は、どさくさに紛れて皇帝に接近。劉備の挙動の可笑しさ・無邪気さに、皇帝は笑顔を見せる。高屋敷氏特徴の、年齢性別問わない無邪気さ・幼さが出ている。太陽の使者鉄人28号脚本と比較。

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劉備は皇帝に、皇帝の血を引く(真偽不明)自分が天下を取ると宣言して去る。張飛にお姫様抱っこされる劉備が、これまた幼い。

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一方、董卓の残虐さに、反董卓連合は萎縮。やむを得ず、袁紹は兵を撤退させる。

曹操は、敵ながらも董卓の強さと、一見粗暴に見えても、緻密に練られた行動に感心する(特徴:善悪の区別は単純ではない)。

その後、董卓は都・洛陽を燃やす。ここも、「キャラクター」として炎や都市が描かれており、めぞん一刻脚本の、まるで生きているような一刻館などが思い出される。

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また、立ち昇る炎が龍となる。ここも、炎が「生きている」描写となっている。

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洛陽を燃やした後、董卓は都を長安に移し、自らを「太師」と名乗るのだった。

  • まとめ

まず目を引くのは、劉備の幼さ・無邪気さ。その幼さは、純粋さでもあり、戦況を鋭く見ることができる。また、ちゃっかり皇帝に会いに行き、皇帝の笑顔を引き出している所も強調されている。
劉備の無邪気さは、幼い皇帝の孤独を癒す面もある(特徴:ぼっち救済)。

また、「人ではないもの」がキーキャラクターとなっているのも高屋敷氏の特徴。今回は「旗」。旗はアイデンティティを表すものの一つであり、曹操はそれを作戦に、劉備は自分達の存在を知らしめるために使う。アイデンティティの如何も、高屋敷氏の作品によく出てくる。

そして、たびたび出てくる特徴、「善悪の区別は単純ではない」件について。残虐の限りを尽くす暴君・董卓でさえ、少しキレイめにして、かっこよささえ感じられる将として描いている。高屋敷氏は、この「敵ながらかっこいい」さまを描写するため、本作含め原作に大ナタを振るうことがあり、こだわりが感じられる。

終盤では、燃やされる「洛陽」という都市に「生死」があることが描かれている。

燃え盛る炎の中から龍が出現するシーンの強調も、炎が「生きている」ことを表しており、高屋敷氏らしさが出ている。

あと、人ではあるのだが、呂布は今回、雄叫び以外は一切喋らない。演出や脚本で「喋らない“もの”の無言の主張」を描いてきた高屋敷氏にとって、呂布は得意な事を生かせるキャラクターなのかもしれない。

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さらに、劉備の無邪気さに対して曹操の冷静さが描かれる。曹操は大局的に戦場を見ており、関羽呂布といった派手な豪傑を評しながらも、戦場全体を注視している。今回、曹操の役割は一見地味だが、「善や悪を決めつけない」目で戦場を見ている。

カイジ1期最終回(高屋敷氏脚本)にてカイジは、兵藤会長は悪人なのだから敗れるべき、と、戦略なき運に頼り、会長に負けてしまう(一方会長は戦略があった)。また、火の鳥鳳凰編(脚本・金春氏と共著)では、茜丸が、自分より彫刻の才がある我王に嫉妬し、元は犯罪者である彼の彫刻が認められるべきではないと主張。その愚かさを見ていた火の鳥により、茜丸は炎に焼かれ死ぬ。

このように、高屋敷氏の作品は、「悪人だから」「残虐だから」敗れるべき、という屁理屈によって、真の「理」を忘れてしまうことに警鐘を鳴らす。

悪人などという言葉に収まらないほどの暴君である董卓だが、曹操は、その中にある「理」を見つめている。その様は、高屋敷氏の理想とも取れる。派手な役回りの劉備達に負けず劣らず、董卓曹操の魅力が描かれていた回だった。

蒼天航路2話脚本:愛に生きるという「選択」

アニメ・蒼天航路は、曹操の生涯を描いた同名漫画のアニメ化作品。高屋敷氏はシリーズ構成も務める。
監督は学級王ヤマザキや頭文字D4期などを監督した冨永恒雄氏。総監督は、バイファムやワタルなどのキャラクターデザインで有名な芦田豊雄氏。

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ゴロツキ集団・爆裂団の首領に勝ち、生き残った爆裂団を配下に加えた曹操は、洛陽に戻った。

友人・袁紹は、出世コースから外れてしまうと曹操に忠告するが、曹操は気にしない。

そんな折、曹操は街の茶屋で奴隷同然に働かされている胡人(はるか西方の民族)の娘・水晶に目を止める。
曹操は水晶に近付き、水晶を見つめる。
水晶は驚き、茶作りの道具を取り落とす。
ここで道具のアップ・間・動きが入るところに、高屋敷氏の特徴が出ている(物をキャラクターと捉え、演技させる)。あしたのジョー2・めぞん一刻脚本と比較。

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曹操は水晶を馬に乗せて湖へ連れて行き、ともに湖に飛び込む。

顔を隠し、一見汚い身なりだった水晶は、湖の水に洗われ、その美しい姿を晒す。曹操は、水晶が美しいことが最初からわかっていたのだ。
水面には、その「真実」が映る。ここは原作通りではあるが、高屋敷氏の作品では「真実を映す鏡」が多く出てくる。これもまた、鏡をキャラクターと捉えているためと考えられる。
元祖天才バカボン演出、じゃりん子チエ・あしたのジョー2脚本と比較。

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二人は、たちまち恋に落ちる。
水晶は、様々な外国の話や、獅子のこと、色々な天下人のことを曹操に伝える。
そんな水晶の頭に曹操は優しく触れ、
「この小さな頭には面白い話が一杯に詰め込まれている」と誉める。
水晶はその愛情に涙を流す。
高屋敷氏特徴の、優しい手つき。はじめの一歩3期脚本と比較。

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その後も二人は逢瀬を重ねる。ここで夕陽が映る。太陽を高屋敷氏は重要なキャラクターと捉えているようで、よく出る。ベルサイユのばらコンテ、家なき子演出、あしたのジョー2脚本と比較。

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ここでも、夕陽が二人を「見ている」ような存在感を発揮している。

また、二人は馬に乗って夕陽に向かい進んで行くのだが、家なき子演出と似てくる。

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毎度ながら、「脚本」なのに画が共通していくのが不思議。

水晶は、自分の故郷の言葉「アモーレ」を、自分が一番大切にしているものとして伝える。「アモーレ」とは、愛を語る時に使う言葉であった。二人は、ともに「アモーレ」と何回も叫ぶのだった。

ここでも、沈み行く夕陽が二人の運命を示唆するように映る。

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幸せも束の間、水晶は、絶対的な権力を持つ宦官・張譲にもらわれることが決まってしまう。雇い主である茶屋夫婦に逆らえるはずもなく、水晶はひとり泣く。

水晶と結婚するべく曹操が茶屋を訪れるも、時すでに遅く、水晶は張譲のもとへ行ってしまっていた。

曹操は激怒し、その勢いで壷が割れる(特徴:物=キャラクター)。めぞん一刻脚本と比較。

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その夜、不吉を示すような月が出る。月も高屋敷氏の作品では重要キャラクター。チエちゃん奮戦記脚本・元祖天才バカボン演出・エースをねらえ!演出と比較。

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怒りに燃える曹操は、張譲の屋敷を訪ねる。張譲に対面した曹操は、水晶を返せと迫るが、張譲は取り合わない。

このままでは曹操が危険だと察した水晶は、わざと曹操にそっけない態度を取る。
そんな水晶に、曹操はあの言葉、「アモーレ」を使う。

その気持ちを受け取った水晶は、曹操との恋は自分に生きる力を与えてくれたと、曹操に感謝する。
そして、全てを覚悟の上で、水晶は張譲に斬りかかる。だが、水晶の刀は張譲の頬に傷を負わせるのみとなる。

水晶は直ちに張譲の衛兵に刺される。
瀕死の水晶は、曹操に「生きて」と言い、こと切れる。

悲しみと怒りをもって、曹操は襲いかかる衛兵達を斬り殺し、屋敷を出る。

曹操は水晶の遺言の通り、生き抜くことを決める。

そのために、曹操は爆裂団に身を潜めるよう言い渡すが、張譲曹操の家の庭に水晶の死体を吊るすという、残忍な嫌がらせをする。

怒り心頭の曹操だったが、両親に、水晶を曹家の墓に丁重に葬るよう頼み、自身は部尉(警備隊長)の命に従い、牢に入る。

だが、その目は生きることを諦めてはいなかった。高屋敷氏特徴の、不屈の精神。カイジ脚本と比較。

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  • まとめ

まず、サブタイトルの「アモーレ」。高屋敷氏の作品では、「人ではないもの」がテーマになっていたり、重要な役を担っていたりする。

今回の「アモーレ」は、水晶が「一番大切にしているもの」。だからサブタイトルに使われ、話の主軸となっている。

また、太陽や月が全てを見ている。全てを「見ている」は、「未来」も含まれる。だから不吉を示すこともできる。

高屋敷氏が監督を務めた忍者マン一平には、月や太陽に表情がついているため、わかりやすくなっている。

まとめれば、「天」が重要なキャラクターなのだ。後年になればなるほど、その「役割」は重くなり、迫力が増す。「脚本」でも、いや「脚本」の方がその迫力が画面に表れるのが毎度不思議なところである。

そして、水晶の生きざまが描かれる。彼女の哀しい運命は原作通りだが、原作より男気(女性だが)を感じる。高屋敷氏は、様々な作品にて、性別を問わない男気を描いている。

また、「自分の人生は自分で決めろ」というメッセージは高屋敷氏の作品にて数多く発せられているのだが、今回の水晶然り。

太陽の使者鉄人28号41話脚本では、「フローレ博士」と「女王エスコ」という2つの顔を持つ女性が出てくるが、彼女は、死ぬ運命とわかっていても「女王エスコという自分」を自らの意志で選択する。

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今回の水晶も、死ぬとわかっていても「曹操を愛している自分」を選択した。

これは、カイジにも表れていて、カイジに全てを託すことを確固たる意志で決定し死んだ石田さんや、指を切られることがわかっていても、自らの意志で負けを受け入れたカイジに生かされている。

こういった、「己を強く持ち、自分の意志で人生を決めろ」というメッセージは様々な作品にて見受けられるわけだが、そのルーツはデビュー作の「あしたのジョー1」脚本(無記名)にあり、それが脈々と受け継がれているのではないだろうか。

そして、家なき子演出では「前に進め」というテーマが出てくる。

また、あしたのジョー2脚本(特に最終3本)でも、燃え尽きるのがわかっていても、「真っ白」になるまでボクシングをやりたいという、丈の強い意志が描かれている。

こう見ていくと、「自分の意志で人生を決める」ことがいかに大切かがわかってくる。

今回の水晶は、自らの意志で曹操の恋人として生き、散る。
その強さが印象に残る回だった。

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ちなみに少しネタバレすると、曹操はその後、公正な裁判官との問答の末、釈放されている。