カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

RAINBOW-二舎六房の七人1話脚本:虹の重み

アニメ・RAINBOW-二舎六房の七人-は、安部譲二氏原作・柿崎正澄氏作画の漫画のアニメ化作品で、戦後間もない少年院に入所した七人の少年達のドラマが描かれる。監督は神志那弘志氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成・脚本を務める。
今回のコンテは神志那監督で、演出は倉田綾子氏。そして脚本が高屋敷氏。

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  • 今回の話:

1950年代、様々な罪を背負って少年院に入所した真理雄ら6人は、房(二舎六房)の先住者・桜木六郎太と出会う。
最初は六郎太に反発する6人だったが、強くて根は優しい彼に次第に惹かれていく。

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アバンは、一本の木のアップから始まる。自然や物が醸し出す「間」の描写は、高屋敷氏の様々な担当作に出てくる。めぞん一刻・チエちゃん奮戦記(脚本)と比較。

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このアバンは物語の50年後で、この始め方はアニメ独自。同氏は時系列操作が上手い。

そして、アバンからシームレスにOPに入り、時が50年ほど遡った事がわかるようになっている。
主要人物達の夢が掘られた木に触れる真理雄(主人公格)が映るが、魂が宿ったようなものに優しく触れる手の描写は、数々の作品に見られる。F-エフ-(脚本)と比較。

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基本的にOPはシリーズ構成の範疇ではないと思うのだが、OPの光の鳥が、カイジ2期(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)OPや、火の鳥鳳凰編(同氏と金春氏脚本)の火の鳥と重なる。他作品でも、長年一緒に仕事した出崎統氏の影響か、高屋敷氏は鳥を重用する。

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更にOPについてだが、ラストがカイジ2期(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)とシンクロを起こしている。

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前述の鳥といい、これといい、奇跡的な偶然で片付けずに考えると、スタッフがカイジ2期と一部共通であること、監督・高屋敷氏ほかスタッフが一丸となってテーマを理解しているであろうこと等が挙げられる。

時はアバンから遡って、昭和30年(1955年)7月の雨の日となる。雨は、あらゆる作品で強調される。おにいさまへ…・F-エフ-(脚本)、空手バカ一代(演出/コンテ)と比較。おにいさまへ…では、主人公にとって大事な日が、いつも雨だというアニメオリジナル設定があるほど。

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6人の少年が、(一般の)バスに乗ってくる。彼等は少年院に護送される犯罪者であった。
彼等がバスに乗る前、乗客の一人である幼女が、人形に物を食べさせるごっこ遊びをしていたが、食にこだわる高屋敷氏らしい(台詞も改変されている)。

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幼女が落とした人形を、少年達の一人が拾ってあげるが、幼女は怖がって泣く。

少年達がバスを降りると、幼女は人形を投げ捨て、看守の石原は、人形を拾った少年に暴行を加える。

人形のアップ・間がある。こういった「物」のアップ・間は頻出。おにいさまへ…・F-エフ-(脚本)、空手バカ一代(演出)と比較。

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その後、6人は少年院へと入る。
状況と連動した排水口が映る。コボちゃん(脚本)にも同様の表現が見られる。

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少年達は、少年院の医師・佐々木から、検査という名目のセクハラを受ける(ガラス棒を肛門に突っ込まれる)。
笑顔に隠された凶悪な面があるのは、カイジ2期(シリーズ構成・脚本)の大槻班長が思い出される。

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すっかり虚脱した6人は、2舎の第6房(すなわち、タイトルの“二舎六房”)に入れられる。
房の水道の蛇口から水滴が落ちる。似た描写は、しばしば見られる。F-エフ-・おにいさまへ…めぞん一刻(脚本)と比較。

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二舎六房には先住の青年がいた。
彼は6人を煽り、彼等は激高。
それを受け、青年は本格的なボクシングの構えを見せる。あしたのジョー2や、はじめの一歩3期の脚本ほか、高屋敷氏はボクシングに縁がある。
また、本作の神志那監督は、はじめの一歩の総作監

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房の先住青年は、ボクシングの技を駆使し、襲いかかる6人を次々と倒す。
倒れる6人の止め絵と共に、人物紹介のナレーションが入る。止め絵→人物紹介の流れは、チエちゃん奮戦記(脚本)にも見られた。

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6人の名前と特徴は以下の通り。()内は通称。

  • 水上真理雄(マリオ):短気
  • 遠山忠義(ヘイタイ):いかつい
  • 前田昇(スッポン):小柄
  • 野本龍次(バレモト):眼鏡
  • 横須賀丈(ジョー):美形
  • 松浦万作(キャベツ):大柄

以降、ここでは下の名前で表記する。

真理雄は、生きてたって仕方ないから殺せと、先住青年に言う。
すると、青年は眉をひそめる。
原作より強調が見られ、(悲観や精神疾患による)自殺に否定的な、高屋敷氏のスタンスが見える。この姿勢は、元祖天才バカボン(演出/コンテ)にも見られた。他も多数。

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丈は、これで勘弁して欲しいと言って、口の中に隠していた煙草を差し出す。
大切な物を持つ「手」のクローズアップは、よく出る。MASTERキートンカイジ・F-エフ-(脚本)と比較。

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そこへ石原が来る。状況を把握した彼は、先住青年を警棒で滅多打ちにし、他の6人に青年を殴れと命じる。できないと言った真理雄は殴られそうになるが、青年は、彼等に罪は無いと言って庇う。

更に暴行を加えようとした石原を制止したのは佐々木であったが、佐々木の本性を知る青年は、彼を睨む。
カイジ2期(脚本)にて、大槻の本性を面と向かって言うカイジが重なる。

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いつしか雨が上がり、雲の隙間から光が射す。こういった状況を高屋敷氏は好むのか、色々な作品に見受けられる。あんみつ姫(脚本)、宝島(演出)、F-エフ-(脚本)と比較。いつもながら、絵に関与できない「脚本」作同士でも、画が似てくるのが不思議。

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先住青年は、龍次の眼鏡と日光を利用し、丈が先程差し出した煙草に火をつける。
原作通りなのだが、ど根性ガエル(演出)の、レンズと日光で火を起こす場面が思い出される(こちらは夢オチ)。

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丈から名前を聞かれた先住青年は、煙草の煙を吐き出して、少し怒った表情を見せる。煙草を使った感情表現は多用される。カイジ2期・グラゼニ(脚本)、ルパン三世2nd(演出/コンテ)と比較。

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先住青年は、人に名前を聞く時は、まず自分から名乗るものだと怒るが、丈に煙草を差し出し、全員でまわして吸えと言う。
こういった優しさは、様々な作品で印象に残る。
MASTERキートン(脚本)、宝島(演出)、カイジ2期(脚本)と比較。

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なおも警戒する真理雄に対し先住青年は、お前達を手懐けても何の得も無いと煙草を渡し、皆が外の世界で辛い目にあってきたことくらい、わかっていると言う。
背中で語るようにするのは、グラゼニ(脚本)でもよく見られた改変。

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真理雄は煙草を吸う。
感情や状況と連動し、煙草が灯る。こういった表現は結構出る。
カイジカイジ2期・グラゼニ(脚本)と比較。

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真理雄が吐き出す煙草の煙と共に、ランプが映るが、ランプ描写は実に沢山出てくる。
おにいさまへ…あんみつ姫グラゼニ・アカギ(脚本)、宝島(演出)と比較。

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「うめぇ…」と真理雄は煙草を味わい、涙を流す。極限状態の中で、嗜好品や食べ物を味わう描写は多い。カイジ2期・あんみつ姫(脚本)、宝島(演出)と比較。

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太陽が顔を出す。その光を浴びながら、先住青年は名前を名乗る。その名は桜木六郎太。彼は以降「アンチャン(兄ちゃん)」と慕われることになる。
太陽の「活躍」は数多い。宝島(演出)、F-エフ-・ワンダービートS(脚本)、空手バカ一代元祖天才バカボン(演出/コンテ)と比較。

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再来年の夏は、皆でシャバにいたいと六郎太は言う。皆を太陽が照らしていく。光と心理の関連づけは、宝島(演出)やカイジ2期(脚本)等にも見られた。

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そして、空に虹がかかるのだった(原作だと“虹を架けた”という文)。
虹は、特に演出時代に多用され、脚本になると、意味合いが深くなっている。
宝島(演出)、ベルサイユのばら(コンテ)、エースをねらえ!(演出)、F-エフ-(脚本)と比較。

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  • まとめ

本作の本放送は2010年で、カイジ2期本放送(2011年)の前年にあたる。
そのため、前述の通りカイジ2期(高屋敷氏シリーズ構成・脚本)との共通点が多い。本作で培った「プリズンもの」のノウハウを、カイジ2期地下編に活かしたとも考えられる。

また、高屋敷氏が得意とする、「自然」や「物」を使った比喩・暗喩表現が、そこかしこに見られる。アニメになったらどういう映像になるかを熟慮した脚本だから、脚本作同士でも映像が似てくるという怪現象が起こり続けるのではないかと、私的には思う。

この時期(2010年頃)になると、高屋敷氏の培った経験は膨大なものになっており、引き出しも充分ある。それでも、カイジ2期(シリーズ構成・脚本)や、近年のグラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)に至るまで、新しい作品になればなる程アップデートが見られ敬服する。

話の大半が少年院の房の中という閉鎖された空間なのに飽きさせない作りは、カイジ1・2期(シリーズ構成・脚本)のギャンブル場面(特に2期7話)や、MASTERキートン8話(脚本)・グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)17話の密室劇に通じるものがある。この技術も凄まじいものがある。

物語の50年後という、アバンの大きな時系列操作も目立つ。おにいさまへ…グラゼニの脚本でも、器用な時系列操作による原作改変が見られたが、本作では、それがどう作用するのか注目したい。

六郎太のカリスマ性や優しさは、カイジに重なるものがある(古くは、高屋敷氏が演出参加した宝島のシルバーなど)。こういった「重なり」は、前面に出したい箇所や、強調したい箇所が同じだからではないかと思っている。

高屋敷氏の定番である、熱い友情描写に関しても、どんどん濃くなりそうな兆候があり、こちらも注目。六郎太が割と完成された人間であるのに対し、あとの6人が成長中といったあたりも、宝島*1(同氏演出参加)のシルバーとジムを彷彿とさせる。

太陽の「活躍」も印象深い。初期のど根性ガエル演出(1972年頃)から実に数十年に渡り表れている特徴で、もう本作(2010年頃)になると、意味合いは非常に深いものになっている。こういう繋がりを見ていくのも面白い。

終盤の虹に関しても、昔(演出時代)に比べて扱いが格段に重い。だが、長年の積み重ねによるものなのは間違いない。
虹が重要な本作と、虹を重用してきた高屋敷氏の巡り合わせは奇跡的だが、同氏の引き出しの豊富さが、こういった奇跡を生むのではないかとも思えた。

*1:当ブログの、宝島に関する記事一覧: http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E5%AE%9D%E5%B3%B6

おにいさまへ…39話(最終回)脚本:命と桜の息吹

アニメ・おにいさまへ…は、池田理代子氏の漫画をアニメ化した作品で、華やかな女学園を舞台に様々な人間模様が描かれる。
監督は出崎統氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成(金春氏と共同)や脚本を務める。
今回のコンテは出崎統監督で、演出が吉村文宏氏。そして脚本が高屋敷英夫氏。

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当ブログの、おにいさまへ…に関する記事一覧(本記事含む):

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%81%8A%E3%81%AB%E3%81%84%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%B8%E2%80%A6

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  • 今回の話:

大筋の大筋以外、殆どがアニメオリジナル。
それぞれが、それぞれの気持ちを整理し、夏が終わる。そして武彦(奈々子の文通相手/義兄)と薫(武彦の恋人。体育会系だが病を抱える)の結婚式が行われ、二人はドイツに旅立つ。そして時は巡り、桜咲く頃…

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奈々子は、母や義父と共に祭りを楽しむ。能の舞いの場面は、空手バカ一代(演出)や、あしたのジョー2(脚本)と共通するものがある。どれも、コンテは出崎統氏。

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提灯のアップ・間があるが、こういったランプを使った表現は、高屋敷氏の担当作に実に多い。宝島(演出)、蒼天航路ワンナウツ(脚本)と比較。

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ここで、奈々子達は武彦(奈々子の文通相手/義兄)と薫(武彦の恋人。体育会系だが病を抱える)に偶然会う。改めて、武彦は父(奈々子の義父)に、薫と結婚する事を伝える。

後日、奈々子と智子(奈々子の幼馴染)は、マリ子(奈々子の級友)の新居(両親が離婚したため)を訪ねる。以前の家より小さいマンションの一室だが、海や船が見える。
出崎統監督は船を好み、長年一緒に仕事した高屋敷氏も船を多用する。F-エフ-(脚本)、ルパン三世2nd(演出/コンテ)、アカギ(脚本)と比較。

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マリ子は、家は小さくなったがケーキとお茶はケチらないと言う。「食と心」に並々ならぬこだわりがある高屋敷氏らしい。めぞん一刻(脚本)や元祖天才バカボン(演出/コンテ)にも、ケーキにこだわる場面がある。

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月1回は会いたいと言ってきている父に、どう答えるか考えているマリ子に対し奈々子は、13年間息子(武彦)に会わなかった義父の話や、れい(死亡した、謎めいた上級生)の話をして外を眺める。
鳥が飛ぶが、これは出崎統監督の定番演出で、高屋敷氏もよく使う。宝島(演出)、ルパン三世(演出/コンテ)、F-エフ-(脚本)と比較。

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ここのところ、人の事ばかり気になってしまうと吐露する奈々子に、マリ子は、大人になったからだと言って、優しく抱きつく。スキンシップ多めの友情表現は多い。グラゼニ・F-エフ-(脚本)、家なき子(演出)と比較。

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マリ子は、(奈々子と違って)大人になんかならない、人の事なんか考えてたら損をする…と開き直る。そんな彼女を、智子はからかう。マリ子の意見は、それはそれで一理あり、物事の色々な側面を描写する高屋敷氏のポリシーが出ている。

一方、蕗子(廃止された学園の社交クラブ・ソロリティの会長)は別荘で乗馬を楽しむ。出崎統監督は乗馬を好む傾向があり、高屋敷氏も、それを踏襲している節がある。あしたのジョー2・キャッツアイ(脚本)と比較。

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武彦の親友で、蕗子の兄である貴も、別荘で休養しつつ、武彦の結婚式の準備を手伝う予定を立てる。
執事の五十嵐(アニメオリジナルキャラクター)は、蕗子が少女期に武彦に恋していたことを見抜いており、それとなく蕗子を案ずる。優しい執事は、宝島(演出)やF-エフ-(脚本)でも強調された。

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蕗子は、少女期に武彦と初めて会った、滝のある場所に佇む。出崎統監督・高屋敷氏共に、滝を好む。空手バカ一代エースをねらえ!(演出)、忍者マン一平(監督)と比較。このうち、空手バカ一代エースをねらえ!のコンテは出崎統氏。

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蕗子は、亡き妹・れいが男性と恋をした場合どうだったかに思いを馳せる。
蝶が飛んで行くが(出崎統監督が好む)、蝶の表現も、高屋敷氏の担当作に多い。ワンナウツあんみつ姫あしたのジョー2(脚本)と比較。このうち、あしたのジョー2は出崎統監督のコンテ。

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蕗子は、水をすくう。手による感情表現は、様々な作品に見られる。カイジ・F-エフ-・MASTERキートン(脚本)と比較。

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蕗子の心の中にいる、れいは「あなたは、まだ本当の恋をしていない」と蕗子に告げ、彼女の未来の恋に乾杯する。飲み物の意味深アップも、色々な作品に出てくる。グラゼニ・F-エフ-・MASTERキートン(脚本)と比較。

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少女期の、武彦への恋が唯一無二の恋だと考えていた蕗子は戸惑う。蕗子の恋の象徴であるパラソルのイメージが出るが、魂が宿ったような「物」の表現は数多い。
めぞん一刻・チエちゃん奮戦記・グラゼニ(脚本)と比較。

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蕗子が、(心の中の)れいとの対話を終えた後、夕陽が映る。全てを見守る夕陽は頻出。宝島(演出)、F-エフ-・めぞん一刻蒼天航路(脚本)と比較。

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帰りが遅いので心配し、迎えに来た貴に、蕗子は抱きついて泣く。抱擁場面は結構ある。ど根性ガエル(演出)、ベルサイユのばら(コンテ)、1980年版鉄腕アトム(脚本)と比較。

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その後、ドレスを着込んだ蕗子は、鏡の前に立ち、「れい…これでいい」と胸の中で呟くのだった。真実や現実を映す鏡の表現は、多く見られる。じゃりン子チエめぞん一刻(脚本)、ルパン三世2nd(演出/コンテ)、カイジ2期(脚本)と比較。

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夏休みも終わる頃、奈々子は義父を誘って川辺を散歩する。ボートが横切っていくが(出崎統監督の定番)、同様の表現が、高屋敷氏の担当作にもしばしば見られる。宝島(演出)、あんみつ姫めぞん一刻(脚本)と比較。

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奈々子は思い切って、自分の実の父は、どんな人だったのか義父に尋ねる。高屋敷氏のテーマの一つ「自分とは何か」が出ている。
義父は、その人は奈々子の母と結婚せずに別れた事しか知らないと答える。彼女は「心に鍵をかけた」のではないかと彼は語り、それでも彼女は魅力的だし、奈々子にも、鍵をかけた事の一つや二つあるのではないかと説く。

義父と奈々子の会話の中、太陽と鳥が映る。太陽は、ありとあらゆる事象を見るものとして扱われる。F-エフ-・太陽の使者鉄人28号ワンナウツ(脚本)、元祖天才バカボン(演出/コンテ)と比較。

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色々と吹っ切れた奈々子は、新しい季節を迎える準備が出来る。ここでも、太陽が印象的。

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ここまでで、マリ子・蕗子・奈々子の「心の整理」が丁寧に描かれている。高屋敷氏は、やるとなると非常に密度の濃い脚本を書く。

新学期。(傷害事件を起こした)マリ子の停学が短縮され、彼女は元気な姿を見せる。微笑ましい友情描写は多く出てくる。
エースをねらえ!(演出)、グラゼニあんみつ姫陽だまりの樹(脚本)と比較。

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(マリ子と喧嘩したが和解した)三咲ほか、色々な生徒も、晴れやかな顔で登校してくる。高屋敷氏の、モブに対する愛情は深い。めぞん一刻(脚本)のモブも、原作より目立っていた。

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バスケの地区予選にて、(バスケ部部長である)薫は、亡き親友・れいと同じ背番号で試合に挑む。その姿を見て、奈々子は感極まって泣く。
背番号が「語る」描写も、様々な作品に見られる。DAYS・グラゼニ(脚本)と比較。

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そして、薫と武彦の結婚式の日になる。教会のステンドグラスの「間」があるが、こういった、絵が醸し出す「間」は、しばしばある。
あしたのジョー2・DAYS・カイジ2期(脚本)と比較。

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結婚式が開始される。高屋敷氏は、多くの作品で結婚回を担当している。めぞん一刻あしたのジョー2・陽だまりの樹(脚本)と比較。

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薫は、「この命ある限り」武彦を愛すと誓う。グラゼニ(2期)最終回(脚本)には、「プロ野球選手である限り」というアニメオリジナルモノローグがあり、繋がりが感じられる。また、めぞん一刻最終回(脚本)のサブタイトルは「この愛ある限り!一刻館は永遠に…!!」である。

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武彦と薫は、手を繋ぐ。手から手へ想いを伝える場面は、とにかく沢山ある。グラゼニ・F-エフ-・ワンダービートSワンナウツめぞん一刻(脚本)と比較。

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晴れて夫婦となった武彦と薫を、皆が祝福する。晴れやかな顔で、皆が新郎新婦を祝福する場面もまた、数々の作品にある。あしたのジョー2・めぞん一刻グラゼニ(脚本)と比較。高屋敷氏のポリシー「皆がいるから自分がいる・自分がいるから皆がいる」が感じられる。

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(武彦の研究のため)武彦と薫がドイツへ旅立つ日、武彦は改めて、実の父(=奈々子の義父)に挨拶する。
父と子のドラマは、F-エフ-(脚本)やワンダービートS(脚本)にも見られる。

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奈々子は、手紙を書くと言って、彼らを見送る。奈々子は武彦に、れいと同じ香り(煙草)を感じる。彼女は、飛行機を見上げ物思いにふける。ここも、真実を映す鏡描写がある。F-エフ-・蒼天航路(脚本)、ベルサイユのばら(コンテ)と比較。

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月日は流れ、奈々子は高校三年生となる。そしてドイツから、武彦と薫の間に子どもが生まれたという手紙が届く。
原作では薫の訃報であり、大きく異なる。
赤ちゃんを絡めた名場面は、グラゼニめぞん一刻・F-エフ-(脚本)にもある。

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大分大人びてきた奈々子には、気になる男性ができたが、その人は武彦に似ていない(暗褐色の瞳ではない)と、彼女は思うのだった。
高屋敷氏は、主人公の劇的な成長を組み立てるのが非常に上手い。
宝島(演出)、F-エフ-・めぞん一刻カイジ(脚本)の、最終回と序盤を比較。

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ラストシーンを、あしたのジョー2(脚本)、宝島(演出)、めぞん一刻カイジ2期(脚本)と比較。並べてみると感慨深い。
本作は、桜が重要な役割を担う、めぞん一刻に近いものがある。

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  • まとめ

原作に沿っているのは、

  • 薫と武彦の結婚、ドイツ行き
  • れいの香り(煙草)を、奈々子が思い出す

あたりで、それすら大幅にアレンジされている。特に、薫の訃報(原作)を、出産報告(アニメ)に変えたのには、驚くばかり。アニメも、薫の命は長くない事が示唆されてはいるが、大分救済されている。

キャラクターの救済といえば、F-エフ-(シリーズ構成・全話脚本)*1のユキが挙げられる。原作では悲惨な運命の彼女は、アニメ最終回では別ルートに行っており、原作の悲惨さを和らげている。

グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)*2でも、原作のネガティブな事象を、一気にポジティブなものに変えるという技術が使われていた(23話)。
高屋敷氏は、やるとなったら原作を大胆に変えられる(本作は、原作クラッシャーな出崎統監督の意向も大きい)事がわかり、やはり驚かされる。

先に述べたが、話の密度の濃さが凄い。マリ子・蕗子・奈々子・薫それぞれのエピソードが丁寧に描かれており、これが1話内に収まっているのが信じられない。この感覚は、グラゼニ(2期)最終回でも感じられた。

グラゼニ(2期)最終回(脚本)とのシンクロといえば、これも前述の通り、本作の「この命ある限り(愛する)」と、グラゼニの「プロ野球選手である限り(グラウンドに埋まる銭=グラゼニを掘り続ける)」がある(どちらもアニメオリジナル)。
本作もグラゼニも、全身全霊をもって「自分で決めた道を行く」姿が描かれている。

「命ある限り」愛に生きた結果、薫は子どもを産む。原作には、この描写がない。
この大幅な改変は興味深い。
F-エフ-15話(脚本)では、(他人の)赤ちゃんを見た軍馬が、原作と正反対の行動を取っている。高屋敷氏は、赤ちゃんに尊さを感じているのではないだろうか。

薫と武彦の結婚式もまた、原作には無い描写。こちらは、あしたのジョー2・めぞん一刻(脚本)の経験が存分に活かされている。結婚式もまた、高屋敷氏のテーマの一つ「自分で自分の道を決めろ」に大きく関わるイベントだから、重視しているのかもしれない。

主人公の成長にも注目したい。
あらゆる作品で、高屋敷氏は「成長」を劇的に描く。毎度、この手腕は見事。
シリーズ構成(本作は金春氏と共同)が計算しつくされているのが感じられ、こちらも毎度の事ながら脱帽。

生と死、人生などの暗喩として活躍する「桜」の強調も見られた。
下記画像は、めぞん一刻はだしのゲン2・RIDEBACK(脚本)との比較。本作の場合、桜に始まり、桜に終わる。高屋敷氏は、「自然」に大きな「役割」を課す傾向がある。

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そして、キャラクターの掘り下げは最初から最後まで、ぬかりがなかった。このあたりも、流石の一言。グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)も同様。
シリーズが長くても短くても、これができる手腕が驚異的。

ベルサイユのばらに高屋敷氏が最後まで参加していた場合、キャラクターの成長(例えばロザリーあたり)を軸に入れた、前向きなラストになったのではないか…と考えた事がある。
本作は、それが実現したような感覚を受けた(特に奈々子の成長や、薫の出産)。

高屋敷氏担当作の多くは、最後にキャラクターが「前」を向き、自分で決めた道を行く。その姿は感動的であり、かつまた、そのための緻密な計算が感じられる。本作もまた、同氏の技術と才能が十二分に見られて圧巻だった。

  • 追記

薫のストーリーが大幅に変わったのは、原作者の池田理代子氏の指示があったかららしい(ツイッターで頂いた情報)。