カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

空手バカ一代38話演出コンテ:全てを包み込む太陽

アニメ・空手バカ一代は、同名漫画のアニメ化作品。空手家・飛鳥拳(実在の空手家・大山倍達がモデル)が、己の空手道を極めるため、国内外の強敵と戦っていく姿を描く。
監督は岡部英二・出崎統氏。
今回は、脚本が吉田喜昭氏、コンテ・演出が高屋敷英夫氏。

━━━

ブラジルで大農場を経営する富豪・半田から、従業員に空手の心・技・体を教えて欲しいと頼まれた飛鳥は、ブラジルへと飛ぶ。

ブラジルの地に降り立った飛鳥を、半田と、その秘書・フレセドが出迎える。高屋敷氏の演出・脚本とも、味のある中高年男性はよく出る。画像は、味のあるおじさん集。
今回、ルパン三世2nd演出、太陽の使者鉄人28号脚本、元祖天才バカボン演出。

f:id:makimogpfb:20180401010905j:image

半田の財力は想像以上であったが、飛鳥は、半田の拝金主義に疑問を持つ。
そんな折、並外れた力と身体能力を持つ、農場の現場監督・オハラに、飛鳥は興味を持つ。

その後半田は、豪華な道場を見せびらかし、飛鳥は益々、半田に呆れる。

飛鳥が滞在することになる部屋も豪華で、フレセドはサイフォンで、半田農場で取れた最高のコーヒーを入れてくれる。

f:id:makimogpfb:20180401011018j:image

ここで気になるのが、あしたのジョー2の高屋敷氏脚本回で出てきた、西(丈のジムトレーナーで友人)のコーヒーサイフォンである(上記画像右)。西は、「本物のコーヒーが飲めんねん」と言うが、ここは、西の優しさや友情が「本物」であることを、暗に示している。
今回出てきたのは、「最高」のコーヒー。ここでは、半田の拝金主義を示すものだが、時を経て、あしたのジョー2脚本では、西の真心を示すものに変化している。
このように、「物」が重要な役割を担っているのは、高屋敷氏の大きな特徴。

そして飛鳥の部屋に、オハラが乱入してくる。オハラは、足技を駆使する格闘技・カポエラの使い手で、飛鳥に挨拶がてら、軽く攻撃を仕掛ける。半田は激怒し、オハラを殴って追い返す。半田はカポエラを嫌悪しており、カポエラの使用を禁じていた。

オハラと半田が退室した後、飛鳥はフレセドに、カポエラについて聞く。フレセドは、オハラがカポエラの達人であること、カポエラが、奴隷の間で発祥した格闘技と言われているため、虐げられた者達の怨念がこもっていると言われていること等を飛鳥に話す。
フレセドは夕陽を見ながら話しており、夕陽が意味深にズームアップされる。高屋敷氏特徴の、意思を持つような太陽。めぞん一刻脚本、元祖天才バカボン演出、蒼天航路脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180401011210j:image

夜、飛鳥の歓迎パーティーが催される。ここも、高屋敷氏特徴の飯テロ。コボちゃんカイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180401011309j:image

パーティーの席上にて、半田の娘・マヤが、空手が最強の格闘技なのかどうか、飛鳥に聞いてくる。
それを受け、半田は飛鳥に、空手のデモンストレーションを頼む。飛鳥は、空手は余興ではないとしながらも、渋々、技を見せる。
そこへ、またしてもオハラが現れ、カポエラで飛鳥に戦いを挑んでくる。火をバックにして、後が無い様が、カイジ2期脚本のイメージと重なってくる。火の演出も、高屋敷氏の作品ではよく出る。

f:id:makimogpfb:20180401011427j:image

戦いは拮抗するかに見えたが、マヤが銃を持ち出し威嚇射撃をしたため、中止となる。

マヤの意外な勇ましさは、あしたのジョー2脚本の葉子(丈のプロモーター的存在)と重なってくる。

f:id:makimogpfb:20180401011642j:image

パーティーを滅茶苦茶にしたオハラに対し、半田はクビを言い渡す。
オハラはそれに従うことにするが、ここの場面で、画面が回転・セリフにエコーがかかる。似たような演出技法が、ベルサイユのばらコンテに出てくる。

f:id:makimogpfb:20180401011831j:image

ちなみにエースをねらえ!演出でも似た感じの演出が出る。出崎統氏から伝授された感じがあり、好んで使っているものなのかもしれない。

また、もう一つ、出崎兄弟ゆずりの鳥演出が出てくる。前にも書いたが、高屋敷氏の鳥演出は脚本からでも出るのが驚異。ベルサイユのばらコンテ、家なき子演出、カイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180401011931j:image

その後オハラは、半田に退職金を要求。半田はそれに怒り、酒の入ったグラスをオハラに投げつける。キャッツアイ脚本、カイジ2期脚本と重なる。

f:id:makimogpfb:20180401012048j:image

銃を持ち出した半田に対し、オハラはマヤを人質に取って、退職金相当の身代金を要求、離れの小屋に立て籠る。

半田は飛鳥に泣きつくが、飛鳥は、そのままオハラに金を渡せばよいと突き放し、半田の拝金主義の愚かさを一喝する。
それに反発しながらも、半田は身代金を用意、オハラとの交渉の準備をする。

その頃、小屋にてオハラはマヤに非礼を詫びていた。ここも、出崎兄弟ゆずりの立体構図が出てくる。ルパン三世2nd演出、ベルサイユのばらコンテと比較。天井の梁を利用した立体構図が、コンテのクセの一つのようだ。

f:id:makimogpfb:20180401012224j:image

マヤはオハラを許し、なんとなく和らかな雰囲気になる。ここで、高屋敷氏の大きな特徴の一つ、ランプ演出が出現。脚本作でも、いや後年の脚本作の方が「活躍」している。あしたのジョー2・アカギ・ワンナウツカイジ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180401012258j:image

ランプは、高屋敷氏作品における太陽や月と同じで、全てを「見ている」ことが多い。
今回も、オハラとマヤの関係を「見て」おり、かつまた、二人の関係を表している。

一方半田は、もしもの時に備え、人や銃をかき集めていた。そんな中、飛鳥はフレセドに、何故半田がカポエラを憎んでいるのか尋ねる。
実は半田は、過去にカポエラ使いの山賊に、妻を殺された事情があった。こういった、色々な人の複雑な背景を描いて行くのも、高屋敷氏の特徴の一つ。

過去回想にて、半田の妻が最期までマヤを庇う描写があるが、母性の強調も、よく出る。ど根性ガエル演出と比較。

f:id:makimogpfb:20180401012419j:image

フレセドは、半田にもオハラにもシンパシーを感じており、人柄の良さが窺える。一見地味な人が見せる優しさをクローズアップするのも、よくある。めぞん一刻脚本の、明日菜(三鷹の婚約者)の運転手が思い出される。

f:id:makimogpfb:20180401012500j:image

そんなフレセドを見て、飛鳥は何とかしなければ…と思い、行動を起こすことにする。

交渉場所にて、半田はオハラに身代金を渡すも、従業員と共に銃を構え、彼を殺そうとする。
オハラはそれに抵抗、逆に半田を殺そうとする。
そんな二人に、飛鳥が割って入る。オハラは、飛鳥が邪魔だとして、カポエラで飛鳥を襲う。やむを得ない形で、飛鳥はオハラと対戦。上から攻撃を加える戦法で、見事オハラを倒す。

それに便乗する形で、半田はオハラに対し発砲。だが、マヤがオハラを庇い、軽傷を負う。マヤは、オハラを愛していたのだった。半田は、マヤの真摯な思いに胸を打たれ、矛を収める。

和解する彼等を、朝日が照らす。朝日を見ながら飛鳥は、もう一度ブラジルに来たい、その際は思う存分カポエラに挑んでみたいと思うのだった。ここも、願いを聞き届けるように、太陽が「活躍」。画像は、願いを聞く太陽や月。今回、エースをねらえ!演出、あしたのジョー2脚本、元祖天才バカボン演出。

f:id:makimogpfb:20180401012609j:image

  • まとめ

コンテと演出の両方を務めたこともあり、高屋敷氏の好みが存分に出ている。

複雑な背景が絡み、どれが善で、どれが悪か、はっきり区別ができなくなる様は、他の演出・脚本作にも脈々と受け継がれている。

また、義理人情についても、カイジの脚本・シリーズ構成含めて描かれることが多く、その温かさも、高屋敷氏の魅力の一つ。

そして、ルパンからカイジまで、同氏の理想の主人公像の一つとして、「中高年の人に優しい人間」というものがある。今回も、飛鳥が行動を起こしたのは、心優しき中高年男性・フレセドのためだった。

また、今回のフレセドのように、意外なキャラに視聴者が心を動かされるのも、高屋敷氏の作品にはよくある。他作品でも、「高屋敷氏が好きなキャラ」が、自然に視聴者の心に入り込む現象が発生し、それは原作と異なることが多い。原作に寄り添いながらも、そうなる所が、いつも驚かされる。

あと、またしてもランプ演出が飛び出しており、その歴史(40年以上)の長さにも驚かされる。この頃から、全てを「見ている」迫力があり、かつまた、出す目的が明確。

それは、太陽や月にも言えることで、今回も夕陽や朝陽が、全てを見守っていたり、人の願いを聞いたりする。こちらも歴史が長い。

今回の脚本の吉田喜昭氏は、元祖天才バカボンや、忍者マン一平(高屋敷氏監督作)などで、高屋敷氏との組み合わせが度々あり、温かい話や、可愛い話が多い。吉田氏は早くから活躍しており、数々の名作に関わっている。高屋敷氏との相性も良い感じを受ける。鬼籍なのが悔やまれる。

高屋敷氏が、コンテや演出にまわった場合、どの程度脚本を上書きしたり省略したりするのかはわからないが、「きっと、きっと」「そんな、そんな」など、単語を繰り返す所は、おそらく高屋敷氏の上書きなのでは、と思う。脚本の時に、そういった言い回しが目立つため。この「単語の繰り返し」は、後に、あしたのジョー2最終回脚本にて「葉子、葉子はいるか」や「こいつ、こいつをよ、もらってくれ…」など名アレンジを生み出すことになる。カイジ脚本も然りで、「18だ…次の張りは…18ミリで勝負だ。倒す…お前だけはな…!」など、良アレンジにより、迫力が増している。

今回は飛鳥が、他人の背中をちょっとだけ押してあげる回。吉田喜昭氏の温かい脚本とも相まって、複雑ながらも濃い義理人情が展開された回だった。

空手バカ一代36話演出:孤独と向き合う強者たち

アニメ・空手バカ一代は、同名漫画のアニメ化作品。空手家・飛鳥拳(実在した空手家・大山倍達がモデル)が、己の空手道を行くために、国内外の強敵と闘っていく姿を描く。
監督は岡部英二・出崎統氏。
今回は、脚本が小森静男氏、コンテが出崎統氏、演出が高屋敷英夫氏。

まず少し解説しておくと、東京ムービーのクラシック作品では、監督を「演出」、各回の演出を「演出助手」と表記している場合が多い。本作もその形式を取っているので、演出助手=各回の演出とカウントする。

クラシック作品では、この演出部分の好みやクセが、非常に出やすい。今でも演出といえば、制作における現場監督のような役まわりであるが、昔の作品は、演出によって絵柄や雰囲気、アフレコの具合まで極端に変わってしまう場合が多い。この差異の推測としては、班が分かれていること(これは今もだが)、競争が激しく、個性を出して頭角を現そうとしていた感じがあること、監督が、割と各演出に自由にさせていたこと、作品によっては監督不在であったこと、などが挙げられる。

いずれにせよ、エースをねらえ!家なき子などの、出崎統監督作品における竹内啓雄氏・高屋敷英夫氏の演出は極端に異なり、いち視聴者の私でも明確にわかるほど。

今回もそれが表れており、久々に本作でコンテを切った出崎統氏の効果も相まって、今までの回とガラリと雰囲気が変わっている。

話は、バリ島にて、カマキリ拳と言われる古武術の覇者・セオロと、飛鳥の決闘が描かれる。

冒頭に地図が出てくるが、高屋敷氏はよほどの地図好きと見え、演出・脚本ともに地図が頻出。挙げればキリがなくなってきたが、ルパン三世2nd脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180325010058j:image

飛鳥が、現地の日本人ホテルオーナー・斉藤と一緒に夕日を眺めるシーンで、高屋敷氏の大きな特徴である、意味深な太陽のアップ・間がある。この独特の、何か意思を持っているような「間」は、今回の場合は演出なので、比較的自由に調整できたと思うが、絵に関与できない脚本作でも同じような「間」が発生しているのが謎な所であり、かつまた高屋敷氏の魅力である。画像は今回、エースをねらえ!演出、ベルサイユのばらコンテ、蒼天航路脚本。

f:id:makimogpfb:20180325021116j:image

高屋敷氏の特徴の一つ、炎の意味深アップもある。こちらも今回は演出なので、独特の「間」を、自身で調整できている感じがある。脚本の場合は、ストーリーとの関連付けが濃くなっており、時を経れば経るほど、「間」の凄みが増す。蒼天航路ジョー2・太陽の使者脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180325021244j:image

あと、出崎(兄弟とも)演出の代名詞とも言える、船横切りもある。今回は監督の一人が出崎統氏であり、コンテも出崎統氏であるので当然ではあるが、高屋敷氏単体でも出てくる(演出・脚本とも)。画像は今回と、ルパン三世2nd演出。

f:id:makimogpfb:20180325021319j:image

斉藤が、ライバル会社が差し向けた刺客と戦う場面で、剣か宙に舞うシーンがあるが、ベルサイユのばらの、高屋敷氏コンテ回にも似たような場面がある。しかも、演出は出崎哲(出崎統氏の兄)氏。高屋敷氏と、出崎兄弟の繋がりは、いつも面白い。

f:id:makimogpfb:20180325021402j:image

飛鳥が斉藤に、カマキリ拳法について尋ねる場面では、ランプの意味深なアップ・間がある。これも、高屋敷氏の特徴の中ではおなじみ。もともと私がこれに気付いたのは、家なき子の高屋敷氏演出回。そのくらい、家なき子の演出ではランプが活躍する。
画像はワンナウツ脚本との比較。虫と絡めた演出すら似てくる。かたや演出、かたや脚本…。とにかく不思議。

f:id:makimogpfb:20180325021452j:image

バリ島のイメージとして、色々な像が出てくるが、像も、高屋敷氏の演出や脚本では、よく出る。じゃりん子チエ脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180325021521j:image

色々な予兆や状況を示す、月の意味深なアップ・間も出る。高屋敷氏は、太陽や月を「全ての事象を見ることができるキャラクター」と捉えているようで、こういった月の描写も顕著。元祖天才バカボン演出、じゃりん子チエ・蒼天航路脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180325021551j:image

カマキリ拳法の道場にて、飛鳥が試合を申し込むも断られる場面では、かつてカマキリ拳法と戦って命を落としたボクサーのグローブが映る。ここも独特の間が発生する。また、「魂があるかのようなグローブ」といえば、高屋敷氏が脚本を書いた、あしたのジョー2最終回にも出る。

f:id:makimogpfb:20180325021629j:image

これも、「万物に魂がある」と捉えている感がある、高屋敷のポリシーが関わっていると思われる。

カマキリ拳法の使い手だがゴロツキの男・バスクと、飛鳥が対峙するシーンでも、意思があるかのような像が「見ている」。あしたのジョー2脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20180325021716j:image

今回、出崎統氏のコンテというのもあり、あしたのジョー2(監督は出崎統氏)とのシンクロが色々ある。あしたのジョー2高屋敷氏脚本回(監督・コンテは出崎統氏)と比較。今回のバリ島も、あしたのジョー2のハワイも、エキゾチックな文化が描かれている。

f:id:makimogpfb:20180325021750j:image

斉藤が、かつてのカマキリ拳法の覇者で、他流試合でボクサーを殺してしまった男・セオロについて語るシーンでも、高屋敷氏特徴のランプ演出が出てくる。当時の制作技術の未発達さのおかげで、ランプ演出をしたいという念の強さを、逆に感じることができる。ワンナウツカイジ2期・蒼天航路「脚本」と比較。

f:id:makimogpfb:20180325021827j:image

山籠りをしているセオロを飛鳥が訪ねるシーンでは、セオロが太陽を背に現れる。
太陽や月が、人と人を引き合わせるような、高屋敷氏の雰囲気作りが感じられる。蒼天航路脚本でも、月が人と人を引き合わせる。

f:id:makimogpfb:20180325022126j:image

セオロは、試合でボクサーを殺めてしまったことを気にかけ、ボクサーの供養をしながら山にこもっていた。「孤独」「孤独からの救済」も、演出・脚本ともに高屋敷氏の作品にはよく出る。
あしたのジョー2高屋敷氏脚本回では、今回と同じように、対戦相手を殺してしまったホセの孤独が描かれている。ホセには丈が、今回のセオロには飛鳥が来て、幾分かの救済が成されている。

f:id:makimogpfb:20180325022550j:image

飛鳥に負けたことを逆恨みしたバスクに銃で撃たれ、飛鳥は頬にかすり傷を負ってしまうが、セオロは、血を拭けとばかりに、手拭いを投げてくれる。相手が必要としているものを渡す「贈り物演出」も、高屋敷氏の作品によく出る。
画像は今回と、蒼天航路・太陽の使者鉄人28号コボちゃんミラクル☆ガールズ脚本。どれも心がこもっている。

f:id:makimogpfb:20180325022748j:image

錯乱して手がつけられない状態のバスクを、元・師匠として責任を取ると言って、セオロが討つ。かつての弟子を手にかけたセオロは、涙を流す。ここも、あしたのジョー2脚本の、戦えば戦うほどライバルを壊してしまい、孤独になってしまうホセと被ってくる。

f:id:makimogpfb:20180325022358j:image

そしていよいよ、セオロと飛鳥の対決となる。飛鳥はセオロの剣により腕を負傷するも、一瞬の隙を捉えて勝利する。
飛鳥は、セオロの事を忘れない、たとえ自分が忘れても、自分の腕と血が、この事を覚えているだろう、と言う。

f:id:makimogpfb:20180325022916j:image

ここも興味深く、あらゆる演出や脚本で、手や足など、体のパーツにも魂があると捉えているらしき高屋敷氏のポリシーが感じられる。実際、監督作の忍者マン一平では、(原作通りだが)主人公・一平の目玉が意思を持ち、喋る。

セオロとの勝負を終え、バリ島を後にする飛鳥は、夕陽を見つめる。太陽と乗り物の組み合わせも、演出・脚本ともに、よく出る。ベルサイユのばらコンテ、太陽の使者鉄人28号脚本、ルパン三世2nd演出と比較。

f:id:makimogpfb:20180325021054j:image

画像(上段右)の、ベルサイユのばらの演出は出崎哲氏。哲氏は太陽や月を横切るタイプ。今回含め、統氏は太陽や月に向かっていくタイプ。兄弟で出る差異が面白い。そして、高屋敷氏は二人のハイブリッド的な所がある。

  • まとめ

今回の目玉は、高屋敷氏の太陽・月・ランプ演出の初期タイプが見られたことと、孤独・孤独救済描写。

ランプ演出については、当時の技術が足りなかったおかげで、演出の意図がより明確になっているのが大収穫だった。
単なる時間稼ぎや時間経過表現ではなく、高屋敷氏が非常に意識しているものだということが、これではっきりした。

今回が、今までと違う点の一つに、ナレーションの多用がある。ナレーションは、カイジ脚本・シリーズ構成はじめ、他の高屋敷氏の作品でも多用され、じゃりん子チエで初めてナレーションが使われた回の脚本が高屋敷氏である。なかなか興味深い。

これは、万物に魂があるという高屋敷氏のポリシーから考えるに、同氏が、ナレーターも重要キャラクターと捉えているからではないだろうか。現に、監督作忍者マン一平では、ナレーター役の、学校仮面というキャラがおり、活躍している。

そして、孤独描写。飛鳥のモノローグでも、セオロが自分と同じ孤独を抱えていることが語られる。その共感が、幾分かの、互いの孤独の救済になっている。

こういった、男と男による心の交流は、あしたのジョー2やワンナウツ脚本でも描かれている。

あしたのジョー2では、ホセ・丈ともに対戦相手を壊してしまう孤独を抱えており、二人は何かしらの共感を覚える。
ワンナウツでは、互いに足りないものを見つけたような、児島と渡久地(後に児島と同じプロ野球チームに入る)の、心の交流が描かれている。

f:id:makimogpfb:20180325022040j:image

そういった心の、いや魂の交流は、高屋敷氏の様々な作品に出ている。アカギやカイジの脚本・シリーズ構成でも、それは出ていて、アカギと鷲巣、カイジと兵藤会長といった、主人公とラスボスの、心と心の対話が描かれている。
そして、それを見守るのが太陽や月、物、自然などであることが、比較的初期の作品である今回で剥き出しになっており、貴重な回だった。