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カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

めぞん一刻55話脚本:「物」が表す恋愛心理戦

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めぞん一刻は、高橋留美子先生の代表作であるラブコメ。大学生(元浪人生)の五代と、五代が住むアパート「一刻館」の管理人で未亡人の響子との、山あり谷ありのラブストーリー。

高屋敷氏は、めぞん一刻の最終シリーズ(53話~最終話)のシリーズ構成を担当しており、脚本を多数執筆している。今回は同氏脚本初出の55話。

話は、五代が教育実習で行った女子高の生徒・八神が、勘違いが発端で五代に惚れてしまい、猛アタックを開始している所から。

前の回の54話では、八神が体育倉庫でブラ・ブルマ姿で五代を襲うも、担任と響子に見つかり未遂に終わる。

今回の55話では、体育倉庫の一件以来、担任の目が厳しくなった八神が、別のアプローチを企む。

まず驚いたのは、八神の友達3人に、原作よりも、かなり個性がついていること。モブや名無しに存在感がある高屋敷氏の特徴が、もろに出ている。クレジットも名前つき(悦子・敦子・麻美)で、声優も今見ると豪華(林原めぐみTARAKO深雪さなえさん)。らんま13話脚本でも、同氏はアニメオリジナルで、モブに名前(ミッチ、ユッコ、リコ、ジュンコなど)や個性をつけ、長々会話させている。しかも、らんま13話脚本については、ミッチ=望月智充監督、松下先生=松下P、ひろし=ど根性ガエル、などスタッフや自身の過去作を元ネタにしているようだ。

画像は今回と、らんま13話脚本の、個性ある脇役達。

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響子が八神の通う高校の卒業生であり、教師の惣一郎(響子の亡き夫)と結婚した話を担任から聞いた八神は、教師に惚れたのはお互い様だから、響子が自分の恋路に口を出す権利はないという結論を導き出す。その結論を後押しするように、靴が落ちてくる(友達が八神を呼ぶため落とした)。ここも、物がキャラクターとして意思を持つ高屋敷氏の特徴が出ている。しかもアニオリ。画像は今回と、カイジ破戒録脚本。カイジにおいても、黒崎の結論を後押しするように、黒崎の投げた賽子のアップになる。

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再度、響子への闘志を燃やす八神は、友達3人も来るからと言って、週末に部屋に遊びに行く約束を五代と強引に交わす。

帰宅した五代は、八神が一刻館の場所を知っているので、教育実習が終わっても八神のアタックが止みそうに無いことを悩む。ここも、高屋敷氏特徴である、ランプのアップ・間が出てくる(ランプがキャラとして、全てを見ている)。画像は今回と、らんま・カイジ・アカギ脚本(頻出なので、例を挙げればキリがないが)。

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宣言通り、友達を連れて一刻館を訪れた八神は、五代が(惚れた弱みで)響子に頭が上がらないこと、響子が五代を憎からず思っていることを、すぐに見抜く。

更に、響子が出したお茶について、響子と五代が同じカップ、八神達が違うカップであることに、八神は内心、憤慨する。ここもカップのアップが続き、特徴が出ている。

画像は今回とカイジ脚本。カイジにおいても、一人暮らしによくある事だが、遠藤に違うカップを出しており、それが丁寧に描かれている。年上には意外と礼儀正しい(年上に敬称をつけることも多い)カイジの性格が表れている。

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今回についても、自分と五代のカップを同じにした、響子の無意識の嫉妬心が表れている。こういった、物をクローズアップしたドラマが非常に高屋敷氏らしい。これも原作より強く、尺を取って描かれている。

また、四谷(一刻館の住人)と遊ぶ八神の友達が幼く可愛い。これも同氏特徴。それに連動して、作画も幼く、可愛くなる。画像は今回と、はだしのゲン2脚本。

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この、幼く可愛くなる演出を、高屋敷氏が相当に意図的にやっていることが、最近の同氏脚本であるDAYSで明らかになった。DAYSでは、つくし(主人公) が、ボールと無邪気に戯れる主将(水樹)を見て「こんな風に笑うんだ」と内心驚く。ここも、主将が幼く可愛い感じになっていて、印象的に描写されている。

高屋敷氏の演出やコンテにおいて、この、幼く可愛くなる現象は異様とも言えるくらい強調されているのだが、脚本でもそれが出ている。演出コンテは解るのだが、脚本からでも出ているのが、毎回不思議でならない。それくらい、強く出ている個性ということだろうか。

話を戻すと、八神の裏の計画を耳打ちされた友達が、カップのお茶をこぼし、連鎖で他の友達や八神のカップも倒れる。ここも、カップの意味深なアップ・間がある(特徴)。これから起こる波乱を、カップが予言している。

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五代と響子が同じカップ、八神達が違うカップであることや、この意味深なカップのアップ・間を見ても、カップが重要な役を演じているのがわかる。これは水面下の心理戦を描くのに適役。心理戦が肝であるカイジやアカギのシリーズ構成・脚本でも、この「物を使った」心理戦の描写がかなり使われている。もともとの演出傾向が、ギャンブルものであるアカギ・カイジと相性がいいのかも。

 

Bパート開始の際、時間経過描写として鉄橋が出てくるが、鉄橋が出崎演出(出崎直系である特徴)。画像は今回と、エースをねらえ!演出、カイジED。

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カイジEDには、高屋敷氏が脚本を多数執筆した(最終回含む)、あしたのジョー2OPのオマージュもある(廃車場)。シリーズ構成がOPやEDに口を出せるのか非常に謎だが、少なくともシリーズ構成をしたカイジ・アカギ・二舎六房の七人のOPやEDに高屋敷氏のエッセンスを感じるのは確か。推測としては、OP、ED用のミニ脚本があるとか、監督に意向を伝えるのが上手いとか、が考えられる。

めぞん一刻の出崎演出的な鉄橋については、めぞん一刻の2代目監督である安濃高志氏が、エースをねらえ!の制作進行であったことも関与していると思われる(今回含む最終シリーズの監督は吉永尚之氏)。

更に時間経過描写として、はためく洗濯物の間がある。これも洗濯物や風が役を演じている。

画像は、今回とカイジ脚本。カイジの場合は、不吉を告げる役。

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夕刻、八神は友達が帰っても居残り、五代の部屋に泊まると言って聞かない。なんとか帰らせようとする五代だったが、八神はいきなり服を脱ぎ、パジャマに着替える(特徴:脱衣演出)。アイデンティティの着脱や、保護するものが無い状態の試練、裸の心の描写として、同氏作品は、(原作通りでも)脱衣や裸がよく出てきて、強調される。今回もそれが出てきた。画像は今回とカイジ脚本。

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カイジの場合、裸(守るものがない)の状態から生還し、心は剥き出しのままなので、インナーシャツを着ていない状態。今回の八神の場合は、服を脱いでパジャマを着たことにより、なりふり構わずに好きな人の部屋で夜を過ごす覚悟を決めた状態。

状況により解釈は変わるが、これも「服」が演じる、様々な役まわりが感じられ面白い。「服」もキャラというのは、シャツに貼り付いたカエルが主人公である、ど根性ガエルの演出で特に培われたものかもしれない。

 

パジャマになったから帰れないという強引な理由で居残った八神は、五代や一刻館住人に手料理を振る舞う。ここも、特徴の飯テロ。焦げたキャベツとか入ってるから、一概に美味しそうとは言えないが。とにかく同氏作品は、食べる描写が多い。画像は今回と、新ど根性ガエル脚本。どちらも独身男性の部屋にて皆がワイワイご飯を食べる(特徴:ぼっち救済)。

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このシーンでは四谷も、大勢で食卓を囲むのはとても楽しい、と言うし、同氏の特徴である疑似家族愛も入っている。そもそも、めぞん一刻の最終シリーズ構成にて、高屋敷氏は疑似家族愛を強く押し出している。

 

いよいよ夜も深まり、一刻館住人は床を作ったりして八神と五代を囃し立てる。八神は意固地になり布団に入って見せるが、当然ながらそのままという訳にも行かず、八神は響子の部屋に泊まることに。そして響子の部屋に泊まるルートは八神の計画範囲内であった。なかなか知略を使っている(特徴)。

夜更け、響子と二人きりになった八神は、教師と結婚した響子を先輩扱いし、暗に自分と五代の交際を響子が咎める権利はないと牽制。

一方、寝つけない五代の部屋の、流しのアップが映り、意味深な間がある。これも、落ちる水滴や流しが、五代の不安を代弁する「役」を担っていて、同氏の特徴が出ている。画像は今回と、新ど根性ガエル脚本。

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響子と八神は、布団の中で会話する。意固地になった響子は、一般論で説教したり、五代の悪口などを言ったりしてしまう。それを、心配して様子を見に来た五代が立ち聞きしてしまう。五代は呆れてその場を去る。五代の呆れ具合は、子供の喧嘩に呆れるような感じで、原作と少しニュアンスが異なる。ここも、幼さを描く高屋敷氏らしさが出ている。また、原作(女性目線)と異なる、男性からの客観的な視点も感じられる。

八神と響子の論戦は続き、八神は、五代は響子が好き、とハッキリ言う。そして響子も五代が好きなのでは、と返答を迫る。

ここも高屋敷氏の特徴が出ている。同性でも異性でも、好きな人には好きと素直に言うポリシーが同氏にはあるようで、はだしのゲン2脚本において、政がゲンに対し(人間として)好きだとハッキリ言ったり、XMEN脚本において、秘めたる恋心を「好き」とハッキリ表現したり、さらには忍者戦士飛影脚本にて「好きなら好きって言っちゃえよ」という台詞があったりする(次回予告パート)。

このように同氏は、ある意味切り札であるワード、「好き」をあっさり出す主義。そのため、素直じゃない響子の代わりに、八神に色々ハッキリ言わせている。気に入っているキャラなのではないかと思われる。

八神の詰問に対し、響子は「私は…別に…」と、戸惑いながら答えてしまう。直後、色々な思いを遮るように、朝の電車の描写になる(下記画像左)。つまり、キャラとして電車が邪魔する(特徴)。はだしのゲン2脚本でも、色々難しい憲法9条についての授業を、「雨」が遮る(下記画像右)。

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そして朝、八神は五代に馴れ馴れしく絡みながら学校に行く。そんな二人を見送る響子は、無意識にヤキモチを焼き、惣一郎(犬)の毛をむしるのだった。

  • まとめ

特に同氏の特徴が出ていたのは、カップが表す恋愛心理戦。原作より、かなりクローズアップされていて驚いた。これも「脚本」なのに、もの言わぬ物に重要な役を負わせていて面白い。

同氏の「脚本」作は、「見る」ことで特徴がわかるのが魅力の一つ。映像作品なのだから「見せる」ことに特化している。台詞だけ聞いていればいいわけではない。

あと、興味深いのは五代の描写。話の筋が原作通りでありながら、五代が弟のように幼かったり、お兄さん的な男性らしさがあったりする。私は、響子を軸に原作を読んでいたが、アニメの高屋敷氏担当シリーズは、なんというか五代が可愛い。カイジは原作もアニメも幼く可愛い面があるが、アニメ版めぞん一刻の五代の可愛さについては、原作とは違う、新しい発見だった。もともと高屋敷氏は、幼かったり可愛かったりしても、出崎統監督作品で「男の世界」を演出や脚本で描いてきた。それを高橋留美子作品、しかもラブコメに持ち込んだらどうなるか?が見れる、めぞん一刻は興味深い。五代がきちんと「男の子」や「男」に見えるのは、高屋敷氏の持つ、独自の「男の世界」の賜物と言える。

また、脚本一発目において、「好きなら好きとハッキリ言う」というポリシーが八神を使って炸裂していたのが意外だった。高橋留美子作品では、「好き」と中々言わない・言えないのが常。この真逆のポリシーをどうハンドルしていたのか注視したい。

そして、一刻館住人と五代・響子の疑似家族愛に早速重点が置かれている。家なき子演出や、はだしのゲン2・カイジ脚本等においても疑似家族愛が濃く描かれていたが、めぞん一刻においても同様だった。
これらのうち、オリジナルが大部分のゲン2以外は原作通りの話なのに、共通した高屋敷氏のテーマが流れている。原作通りでありながら作家性を出す手腕が、めぞん一刻でも存分に発揮されているのが感じられる回だった。