カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

1980年版鉄腕アトム39話脚本:ロボットにもある「男の背中」

 (Togetterのバックアップです。修正や追加などで再構成しています。) 

1980年版鉄腕アトムは、白黒の初代の後、1980年に制作された第二作目。 監督は、後にマクロス監督となる石黒昇氏。
原作コミック(「人工太陽球の巻」)とも比較していく。

━━━

世界各地で、人工の太陽のような機械(以下、人工太陽球)が周囲を焼き尽くすという事件が発生。人工太陽球のコンセプトは原作通りなのだが、長年、太陽を重要キャラと捉えて来た高屋敷氏が今回の脚本担当なのは興味深い。

高屋敷氏が監督を務めた忍者マン一平では、「偽のサンタ」が「偽の太陽」のような気球に乗ってやって来る。
今回も、まさに「偽の太陽」が出る話。こういった、「偽物」に対する怒りは、同氏作品で多く感じられる。

f:id:makimogpfb:20171126180441j:image

イギリスの私立探偵であるシャーロック・ホームスパンは、人工太陽球の開発者がお茶の水博士であることを突き止める。
ホームスパンのキャラクターデザインが原作と異なり、手塚作品の他の主人公・七色いんこになっている。
キャラ性はあくまでホームスパンだが。

f:id:makimogpfb:20171126180517j:image

また、オリジナルキャラクターとして、ホームスパンの友人で医者のDr.ワクチンが出てくる。
オリジナルキャラクターが可愛いおじさんというのが、なんとも高屋敷氏らしい。ルパン三世2nd脚本でも、オリジナルキャラクターが可愛いおじさん。
とにかく中高年好きのようだ。

f:id:makimogpfb:20171126180555j:image

ホームスパンは、お茶の水博士に人工太陽球についての話を聞くため、日本に行くことに。
一方日本では、怪しい集団が、お茶の水博士の家を見張っていた。
アトムが様子を見に行こうとするが、そこへホームスパンが訪ねて来る。

ホームスパンは単刀直入に、お茶の水博士に人工太陽球について問い詰める。
お茶の水博士は、冥王星開拓計画のために、かつて人工太陽球を作ったことを素直に認める。だが予算オーバーで計画は中止になり、人工太陽球は放置されていたという。

ホームスパンは、お茶の水博士が人工太陽球を操っている組織に狙われているとして、自分が博士に変装し、その間にアトムと博士が逃げる計画を提案。
その際、偶然ホームスパンの服を破ってしまったアトムは、ホームスパンの身体が機械だと知る。

ホームスパンは、過去に大怪我をして、頭部以外を機械化していた。彼は、この機械化がロボット医師によるものだとして、ロボット嫌いになったのだった。

機械の身体を晒すホームスパンの姿に、高屋敷氏特徴の「脱衣演出」が出ている。
剥き出しの自分を見せたり、アイデンティティ喪失の危機を示したり、守るものが無い試練を表したりする表現として、裸や脱衣がよく出る。

下記画像はその「脱衣演出」の例。
今回、チエちゃん奮戦記・カイジ・DAYS脚本。他も、裸や脱衣はよく出て来る。

f:id:makimogpfb:20171126180659j:image

ホームスパンは自身の計画通り、お茶の水博士に変装して、わざと組織に捕まる。
その間に脱出したアトムとお茶の水博士だったが、東京を襲う人工太陽球に遭遇。アトムは博士を避難させた後、人工太陽球に立ち向かうが、触手に絡め取られ敗北してしまう。

一方、お茶の水博士に変装したホームスパンは、人工太陽球を操る組織のボス・メイスンと対面する(原作では金三角)。彼の野望は、より強力な人工太陽球を博士に作らせ、地球・宇宙を支配する事だった。
そこへ、壊れたアトムも連れて来られる。

博士の変装をしているホームスパンは、渋々、メイスンの計画に従うふりをする。
その素直さをメイスンは疑い、監視を怠らぬよう部下に命令する。
敵も鋭さを発揮するのは、数々の同氏作品で見られる。ルパン三世2nd脚本の銭形然り。

f:id:makimogpfb:20171126180745j:image

ホームスパン(お茶の水博士の姿)は、人工太陽球を成層圏外に飛ばすよう、人工太陽球を操縦するロボットに命令するが、メイスンの部下に見つかり邪魔される。
ホームスパンは、駆けつけたメイスン達に正体を明かす。高屋敷氏特徴の豹変。カイジ2期脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171126180853j:image

ホームスパンは隙を見て脱出。
人がいなくなった隙に、アトムは操縦ロボットに手足を交換してくれないかと頼む(原作は、頭以外の全身)。何でも言う事を聞く仕様の操縦ロボットは、それを承諾。

一方ホームスパンは追手に撃たれ、足の機能が破損する。
危機一髪のところで、彼は操縦ロボットと手足を交換したアトムに助けられる。
それでもアトムに素直になれないホームスパンであったが、夜を待って、アジトに再潜入することにする。

そして夜になるが、雨が降ってくる(特徴:自然もキャラの一人として、様々な演出に関与させる)。
ホームスパンは足をひきずり、アジトに行こうとするが、思うように歩けず転倒。
アトムは、そんなホームスパンをおんぶし、一緒にアジトへ向かう。

アトムはホームスパンをおんぶしながら、「今の僕には、空を飛ぶ力も十万馬力も無いけど、悪い奴と戦う勇気だけはあります」と語る。
高屋敷氏特徴の、「少年」から「男」への豹変。家なき子演出、カイジ・DAYS脚本と比較。

f:id:makimogpfb:20171126180945j:image

また、「おんぶ」で心を通わせるのは、高屋敷氏の作品を追って行くと、歴史が感じられて面白い。今回はじめ、はだしのゲン2・RIDEBACKマッドハウス版XMEN脚本で出てくる。他にも、まだあるかもしれない。特に、はだしのゲン2脚本の、母をおんぶする場面は重要。

f:id:makimogpfb:20171126181013j:image

ホームスパンはアトムに背負われながらアトムの男気を感じ、ゲン2脚本では、ゲンに背負われた母が、ゲンの成長を感じる。
このシンクロも面白い。

f:id:makimogpfb:20171126181039j:image

心を通わせたアトムとホームスパンは、アジトの潜入に成功。
そして、アトムのメモリに記録されていた操縦法に則り、ホームスパンは人工太陽球を成層圏外へ飛ばすことに成功、アトムと喜び合う。

毎度不思議な高屋敷氏の特徴だが、喜び方が可愛い。はだしのゲン2・MASTERキートンカイジ2期脚本と比較。他も多数。

f:id:makimogpfb:20171126181103j:image
そういったシチュエーション作りが上手く、共通しているのかもしれない。

喜びも束の間、ホームスパンはメイスンに頭を撃たれてしまう。
怒りに燃えるアトムは、メイスンを投げ飛ばすのだった。
その後、ホームスパンは頭部を機械化。だが、アトムのようなロボットもいる事を知った彼は、自身のロボット化を後悔しなかった。しかし、ホームスパン家の血統については少し気になってはいた。

そんな彼に、Dr.ワクチンは「伝統とは血液ではないよ。心の中の誇りこそがそれを支えているんだ」と助言する。

f:id:makimogpfb:20171126181211j:image

このオリジナル台詞により、高屋敷氏作品で何故、疑似家族とその愛が描かれることが多いのか、少しわかったような気がする。
また、それは同氏作品の魅力にも繋がっている。

ホームスパンの様子を密かに見守っていたアトムとお茶の水博士は、笑顔で病院を去るのだった。

  • まとめ

とにもかくにも、今回は高屋敷氏の「おんぶ演出」の歴史を知ることができたのと、「伝統とは血液ではないよ」というアニオリ台詞により、同氏ポリシーである「疑似家族と、その愛」についての骨子が見えた事が大きな収穫だった。

あと、アトムの「勇気だけはあります」の台詞だが、原作ではアトムの独白。
それを、「雨の中、ホームスパンをおんぶしながら(男の顔で)宣言する」ように改変しているのが、長年「男の世界」を描いてきた高屋敷氏らしい。

また、アトムの「無邪気な心」と「成長しない身体」について、高屋敷氏なりに問題提起しているようにも、うまく改変しているようにも感じる。
同作品の13話における高屋敷氏脚本「電光人間」では、アトムに「悪い心」(悪賢さ)が無い事を指摘する構成になっている。

そして今回では、(身体的には)成長しないアトムが、精神的には「少年から男へ」成長する可能性があることを見せている。
女性作家作品である「めぞん一刻」の脚本・構成で「男の成長」を乗算したのにも驚いたが、アトムにも、それを適用するとは驚き。

この、「男の成長」「男の世界」を、どんな原作にも盛り込む姿勢は、やはり長年、出崎兄弟と一緒に仕事してきたこともルーツと考えられるわけだが、その中でも、同氏は「無邪気な少年が“男”に成長する」様を描くのを得意としている。

そういった意味では、主人公が(身体的に)成長しない「鉄腕アトム」という作品は同氏と相性が悪いのではないか?とも思えるわけだが、今回、アトムの身体的不具合、雨、おんぶ等の状況を作ることで、アトムの心が「男」になる可能性を見せている。

これは、なかなか大胆な行動で、やるとなったら我が強い、高屋敷氏の個性が炸裂している。
めぞん一刻脚本・構成にしろ、ジョー2脚本にしろ、曲げたくないものは曲げないポリシーがあると感じる。

もう1つの高屋敷氏のポリシー、「疑似家族と、その愛」についても、今回、オリジナル台詞により明確になっているわけだが、これも、あらゆる作品で色濃く出ている。カイジでも、カイジと石田さん・おっちゃんとの関係がクローズアップされている。

カイジ2期では、石田息子とカイジの繋がりにも焦点が当たっていて、地下シーンでは必ず石田息子が映るよう設定されている。これも、カイジが石田息子の母・父の代わりとなる疑似親子関係を描いており、だからこそラストが胸を打つ。

原作を大クラッシュする出崎統氏と長年仕事した割に、高屋敷氏は、原作に忠実な時は凄く忠実。そんな時でも、自分の出したいテーマはさりげなく入れている。
これは、高畑監督下の、じゃりん子チエの脚本経験が大きいと、私は考えている。

今回は、さりげなくはないが、自分の出したいテーマを原作から上手く抽出し、自身のオリジナルと混ぜている。
また、「伝統とは血液ではないよ」に、同氏の直球のメッセージを感じた回だった。