カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

空手バカ一代45話演出・コンテ:生き急ぐ若者を導く大人達

アニメ・空手バカ一代は、同名漫画のアニメ化作品。空手家・飛鳥拳(実在の空手家・大山倍達がモデル)が、己の空手道を極めるために、国内外の強敵と対戦する姿を描く。
監督は岡部英二・出崎統氏。
今回は、脚本が硲 健氏(誰かの変名という噂がある)、演出・コンテが高屋敷英夫氏。

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  • 今回の話:

帰国して空手道場を開いた飛鳥は、亡き愛弟子・有明に似ている高津に注目する。
しかし高津は、若さゆえに町中で喧嘩をする日々。そんな彼に飛鳥は、自らの体を張り、空手で私闘をしてはならぬと教えるのだった。

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開幕に、高屋敷氏の大きな特徴である太陽のアップ・間がある。今回も、「すべてを見ているキャラクター」としての存在感がある。
画像は開幕太陽集。今回、ワンナウツ・らんま脚本、元祖天才バカボン演出。

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高津が、亡き愛弟子・有明に似ていると、飛鳥が物思いにふける場面では、これまた高屋敷氏の大きな特徴・ランプの意味深アップが出る。
あしたのジョー2・ワンナウツカイジ2期・めぞん一刻・らんま・RIDEBACK脚本と比較。

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高津が、女性に絡むチンピラに喧嘩を売る場面があるのだが、ど根性ガエル演出や、1980年版鉄腕アトム脚本に重なるものがある。ど根性ガエルについては、同作品における高屋敷氏の演出の初回。思い出が強いのかもしれない。

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町中で喧嘩をした高津を、飛鳥がいさめる場面では、雨が印象的に描写される。天候や自然に重要な役割を持たせるのも、高屋敷氏の担当作によくある。1980年版鉄腕アトムめぞん一刻脚本と比較。

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Bパート開始時にも、高屋敷氏特徴の、意味深な太陽のアップ・間がある。画像は意味深夕陽集。今回と、エースをねらえ!演出、マッドハウス版XMEN脚本、ベルサイユのばらコンテ。
どれも物語と連動している。

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高津には瀬川という親友がおり、ヤクザと喧嘩をしようとする高津を懸命に止める。
熱かったり、可愛かったりする男同士の友情は、高屋敷氏の得意分野。めぞん一刻脚本、監督作忍者マン一平と比較。他も多数。

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ヤクザと喧嘩した高津の責任者として、飛鳥がヤクザに詫びを入れる場面が、アカギ脚本にて、アカギがヤクザに脅される場面と重なってくる。どちらも、ヤクザに物怖じしない。

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責任者として、ヤクザにボコられても無抵抗でいた飛鳥だったが、拳に対する落とし前は拳だけにして欲しいと言い、真剣白刃取りを披露。恐れをなしたヤクザは退散。ヤクザ達のびびり具合が、カイジ2期脚本のチンピラと重なる。

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飛鳥と、師範代の黒木は、高津に「空手に私闘なし」を教えたわけだが、二人の大人が若者を導く姿勢は、アカギ脚本における仰木(ヤクザの若頭)や安岡(アカギのプロモーター的な悪徳刑事)に通じるものがある。仰木と安岡は、生きるのに飽きているアカギに、ある意味、鷲巣(物語のラスボス)という生きがいを与えた。

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飛鳥は高津を破門せず、明日からしごいてやると宣言。飛鳥は、人に教えを授ける難しさ・尊さを知るのだった。そんな彼等を、月が「見ている」。これも、月や太陽を重要キャラと捉える、高屋敷氏の大きな特徴。
画像は、見守る月集。今回、蒼天航路脚本、エースをねらえ!演出、はじめの一歩3期脚本。

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  • まとめ

今回は、アカギ14話(脚本)と比較すると面白い。今回の高津も、アカギも、若さゆえに生き急ぎ、ヤクザと対立する。また、どちらも、自分に正しさがあるとして譲らない。

今回の場合は、飛鳥と黒木が、アカギの場合は仰木と安岡が、大人として駆けつける。

飛鳥は身をもって高津に、空手の精神や本当の強さを教え、黒木は、飛鳥の真意を高津に伝える。

一方アカギの方は、安岡が体を張ってヤクザとアカギの間に割って入り、仰木がヤクザと交渉してアカギを救い出す。

今回の高津は、有り余る若さと力をもて余しており、アカギは、生きるのにも死ぬのにも興味がないというか、無に近い境地におり、命知らずである。

飛鳥と黒木の熱い思いにより、高津は、本当の強さとは何なのかを知る。

アカギの場合は、仰木と安岡が、身を焦がすような勝負を求めるアカギのハングリーさを見越して、鷲巣という怪物を紹介する。

年上男性と、青年や少年の交流は、高屋敷氏の得意分野で、数多くの作品に生かされている。今回、その初期タイプが見られたのは収穫。

また、今回も、高屋敷氏の大きな特徴である、ランプ演出の初期タイプが見られたのも収穫だった。

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今回のような初期タイプにしろ、昨今の作品にしろ、ランプのクローズアップは「意味のあるもの」であることがわかる。また、今回のような演出・コンテ作ならわかるが、「脚本」作でも、同じような「ランプ演出」が炸裂するのは、やはり不思議。脚本とは、台詞を並べればいいわけではないことが窺い知れる。

ランプだけでなく、太陽や月、自然、天候、無機物など、「喋らないもの」を、高屋敷氏は「脚本」でも「活躍」させる。その手腕には、いつも驚かされる。
何故そのような脚本になるのかは不明だが、今回含む、豊富な演出経験が生かされているのは確か。

今回で、空手バカ一代における高屋敷氏の担当回は最後となる。ランプ演出の異様な強調具合をはじめ、後の担当作に繋がる要素が多数あり、非常に貴重な作品だった。