カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

おにいさまへ…5話脚本:終わりなき問い

アニメ・おにいさまへ…は、池田理代子氏の漫画をアニメ化した作品で、華やかな女学園を舞台に様々な人間模様が描かれる。

監督は出崎統氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成(金春氏と共同)や脚本を務める。

今回のコンテは出崎統監督で、演出が宇田忠順氏、脚本が高屋敷英夫氏。

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当ブログの、おにいさまへ…に関する記事一覧(本記事含む):

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%81%8A%E3%81%AB%E3%81%84%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%B8%E2%80%A6

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  • 今回の話:

奈々子を独占したいマリ子(奈々子のクラスメイトで、学園の社交クラブ・ソロリティのメンバー)は、智子(奈々子の幼馴染)に嘘をつき、彼女を奈々子から引き離す。
一方、れい(謎めいた上級生)と蕗子(ソロリティ会長)は、どうやら複雑な関係であることが示唆される。
また、武彦(奈々子の文通相手)と奈々子の縁も明かされる。

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開幕、くまのぬいぐるみのアップ・間がある。こういった、まるで魂を持つような「物言わぬもの」の「間」は、高屋敷氏の担当作に多い。ルパン三世2nd(演出/コンテ)、グラゼニ蒼天航路(脚本)と比較。

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奈々子を独占すべく、マリ子(奈々子のクラスメイトで、学園の社交クラブ・ソロリティのメンバー)がついた嘘が原因で、奈々子からの電話に出なかった智子(奈々子の幼馴染)は、ぬいぐるみにパンチする。
F-エフ-・あしたのジョー2・はじめの一歩3期(脚本)など、ボクシング要素は頻出。

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奈々子の母は、武彦(奈々子の文通相手)の事を気にしながら皿洗いをする。
皿洗いを心情と絡める表現は、しばしば見られる。F-エフ-・めぞん一刻コボちゃん(脚本)と比較。

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翌朝、奈々子は智子から避けられ、ショックを受ける。そこへ、マリ子が後ろから抱きつく。
無邪気な友情描写は多い。グラゼニ(脚本)、ど根性ガエル(演出)、コボちゃん(脚本)と比較。
本作やグラゼニなどは、アニメオリジナルで追加をするほど、友情描写が強化されている。

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ソロリティ入会儀式の準備に行く途中、奈々子とマリ子は、薬に依存するれい(謎めいた上級生)の手をはたく薫(病を抱えるが体育会系で、れいの親友)を目撃する。
手と手のコミュニケーションは多く出る。
F-エフ-(脚本)、宝島(演出)、カイジ2期(脚本)と比較。

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薫は、れいをビンタする。原作通りだが、かなり強めに表現されている。
原作通り・オリジナルともども、高屋敷氏はビンタに縁がある。ベルサイユのばら(コンテ)、カイジ2期(脚本)、ど根性ガエル(演出)と比較。

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れいは薫にビンタし返し、「いい顔だ。その眼を見ると、生きてるのが楽しくなっちまう」と薫に言う。なんとなく、じゃりン子チエ(脚本)にて、生きる意味を(特に春になると)考えるジュニアと、それに付き合わされる小鉄の関係が重なる。

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そこへ蕗子(ソロリティ会長)が通りかかる。
花のアップ・間があるわけだが、こういった表現もよく出てくる。めぞん一刻ワンナウツコボちゃん(脚本)と比較。

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蕗子に誘われ、ソロリティ入会儀式の準備に付き合わされたれいは、蕗子がわざと落とした剣山で怪我をする(奈々子だけが、蕗子の行動を目撃)。
奈々子は、咄嗟にれいを手当てする。
ここも、手と手のコミュニケーション。ワンダービートSMASTERキートンカイジ2期(脚本)と比較。

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れいを見かけた薫は、怪我の原因が蕗子であると察し、「どうしてだ、どうしてそこまで自分を追い詰める!どこまで傷ついたら気が済むんだ!」と問う(アニメオリジナル)。想いを熱くぶつける状況は、カイジ2期・グラゼニ・F-エフ-(脚本)でも印象的。

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ソロリティ入会儀式にて、蕗子はマリ子に、「あなたの微笑みは、五月の陽の光のように爽やかです。決して絶やすことのないように」と言う(アニメオリジナル)。
実際、高屋敷氏は「笑顔」を重視する。
あんみつ姫(脚本)、宝島(演出)、F-エフ-・グラゼニカイジ2期・DAYS(脚本)などなど、良い笑顔を見せる場面は多い。

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続いて蕗子は奈々子に、「あなたが愛を得る時、それはあなたの優しさが愛を作り上げたのだと…」という言葉を贈る。これもアニメオリジナル。これらの言葉は、「他者から見た自分」であり、高屋敷氏のテーマの一つ「自分とは何か」が感じられる。

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一方、奈々子の母は武彦と喫茶店で話す。
原作だと、二人の会話はもう少し後。グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)などで見られるような、大胆な時系列改造が施されている。

また、コミュニケーションツールとしてのコーヒーは、色々な作品で出る。F-エフ-・カイジ(脚本)、宝島(演出)と比較。

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武彦は、奈々子の義父の前妻の息子、つまり彼女の義兄であることが、ここで判明する。心情・状況と連動するランプが映るが、これは実に多い描写で、挙げればキリがない。カイジ2期・RIDEBACKめぞん一刻グラゼニ(脚本)と比較。どれも点灯・消灯が意味深。

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武彦は、奈々子の母や父親を恨むような気持ちは無くなったし、奈々子に素性を打ち明けるつもりも無いとして、奈々子の母を安心させる。
彼女が去った後、雨が降ってきて、武彦は過去を思い出す。劇的な雨の描写は多い。空手バカ一代(演出/コンテ)、エースをねらえ!(演出)、F-エフ-・めぞん一刻(脚本) と比較。

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自宅に戻った武彦は、少年期の、ある雨の日にこっそり、父と奈々子、奈々子の母が楽しそうにしているのを見に行った事を思い出す。ここも、高屋敷氏的テーマ「自分とは何か」を投げかける効果を生んでいる。
また、同氏は「孤独」も重く取り扱う。

そして、今の武彦を表す物が映る。アイデンティティを示す物を映すのは、よくある。グラゼニ(脚本)、元祖天才バカボン(演出/コンテ)、あしたのジョー2(脚本)と比較。

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その頃、薫はれい宅に電話をかけていたが、れいは蕗子からの電話だと思い込み、出ないと決め込む(アニメオリジナル)。電話に重要な役割が課されることは、結構ある。あしたのジョー2・MASTERキートン・F-エフ-・ワンナウツ(脚本)と比較。

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夜中、奈々子は悪夢を見る。アニメでは、夢の具体的な内容が描かれている。
その中で蕗子が、「愛は同時に、憎しみと怒りと疑いを生みます」と奈々子の手を掴む。これも頻出の、手と手のコミュニケーション。
F-エフ-(脚本)、宝島(演出)と比較。

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夢の中の蕗子は、更に続ける。「もしあなたが傷ついたのならば、あなたも相手を傷つければいい」と。そして剣山を落とす。バラが散るイメージが出るが、前述の通り、ここも花の意味深描写。あんみつ姫(脚本)、宝島(演出)、あしたのジョー2(脚本)と比較。

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飛び起きた奈々子は、母と義父を心配させるが、夢を見ただけだと言う。
今夜の雨は止みそうにない…と奈々子は思うのだった。ここも、雨がドラマを盛り上げている。ワンナウツ・F-エフ-(脚本)、ベルサイユのばら(コンテ)と比較。

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  • まとめ

色々なキャラクターが、「自分とは何か」を問うような構成になっている。このあたり、長年(現在も)「自分」にまつわる哲学を突き詰めている節のある、高屋敷氏の手腕が存分に振るわれている。

武彦の場合は、「奈々子の義父の実の息子」である「自分」の存在が、無かった事のようになっていて、それでいて奈々子は実の妹のように可愛いと思う「自分」もいるという、複雑なものを抱えている。

薫は、必要以上に薬に頼るれいと、「もっとスポーツ(バスケ)をしたいのに、病を抱えている自分」とを無意識に対比し、怒りをぶつける。
ここは、グラゼニ2期(同氏シリーズ構成・全話脚本)にて、プロ野球選手として生きていくと決めた「自分」とあまりに違う意識の持ち主を叱咤する夏之介が重なる。

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グラゼニ2期(脚本)の夏之介の場合は、自分を自分たらしめ、「好きで選んだ道」である「野球」が、怪我で4ヶ月もできなかった経緯がある*1

薫の場合は、スポーツ万能で、バスケに青春を賭けたいのに、1年間も病で休学し、闘病を続けている。

どちらも、それを考えると、視聴者の胸が痛む構成になっている。

その一方、蕗子に病的なこだわりを見せ、常軌を逸した行動/言動をし続けるれいは、「自分」を見失っているように見える。
だが、「生きてるのが楽しくなっちまう」と、薫を通しては、生きている自分を実感しているようだ。
また、高屋敷氏の、精神疾患に対する鋭い視点も光る。

薫の、「どうしてだ、どうしてそこまで自分を追い詰める!どこまで傷ついたら気が済むんだ!」というアニメオリジナル台詞は、熱い友情を描いてきた同氏のこだわりが感じられる。
あと、(いい意味での)男性的なメンタルを、性別問わずキャラクターに付与する技術も見られる。

「自分」というものを考え、もがく人達の渦中にいる奈々子もまた、何故(スクールカースト上位の)ソロリティに(比較的平凡な)「自分」が選ばれたのかわからず、また、ふと立ち止まると、自分の実の父親はどういった人だったのかわからずに悩んでいる。

そして蕗子は、ソロリティ入会儀式にて、「他者から見たマリ子と奈々子」の長所を言ってくれるが、そういった広い視野を持つ反面、れいに対し苛酷な仕打ちを続ける。
このあたりは、あらゆる作品で、人間の複雑さを描いてきた高屋敷氏の意向が見える。

つまり、「自分とは何か」→「人間とは何か」という問いかけが行われている。じゃりン子チエ(脚本)でも、ジュニアが「自分は何故猫なのか」「生きている実感とは何か」について考え込む場面の強調が見られる。
また、アカギ(シリーズ構成/脚本)でも、アカギが人間の本質に興味を持つ。

そういった終わりの無い問いかけをすることが、「生きる」ということかもしれない。高屋敷氏は、あしたのジョー2(脚本。最終回含む)や、F-エフ-・カイジグラゼニ(シリーズ構成/脚本)など、「男の生きざま」を描くのに長けるが、根底には「生きるとは何か」があるのではないか…と考えさせられた。