カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

グラゼニ(1・2期)シリーズ構成:特別なシーズン

アニメ・グラゼニは、原作:森高夕次氏、作画:アダチケイジ氏の漫画をアニメ化した作品。監督は渡辺歩氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。

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  • 本作のあらすじ:

プロ野球投手・凡田夏之介は、年棒にこだわるタイプで、「グラウンドにはゼニが埋まっている(すなわちグラゼニ)」が信条。そんな彼の、悲喜こもごものプロ野球選手生活が描かれる。

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本記事を含めた、グラゼニに関する記事一覧:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%BC%E3%83%8B

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今回は、シリーズ(1期・2期)全体を振り返っていく。

まず1期1話の、夏之介のアニメ改変モノローグ「逃げ出すわけにはいきません。だって僕には野球しかありませんから(決意に満ちた顔になる)」に、アニメの方針の一つが出ている。

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原作のモノローグは、「逃げ出せるわけもありません」→(表情は見えない)→「だって僕には野球しかありませんから」であり、どちらかというとクールめ。アニメでは「熱さ」を出して行こうという意図が見える。

さらに1期1話の、夏之介のアニメオリジナルモノローグ「今夜も僕はここで戦います。明日を、未来を勝ち取るために」でも、「熱さ」が積み重なる。

その後、夏之介のアイデンティティを表すもの(愛読している選手名鑑、グラブとボール)が映るのも、彼の「アニメにおける」キャラ付けを後押ししている。キャラクターのアイデンティティを示す物が映る場面は、高屋敷氏の担当作に多い。

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ちなみに「明日」「未来」は、高屋敷氏が要所要所で効果的に使うフレーズ。ルーツは、脚本参加した、あしたのジョー1・2(1は無記名)と思われる。

そして1期1話ラストで夏之介が思う、「ほんと厳しい世界です。(振り向く)けど、これが僕の仕事です!」(アニメオリジナル)もまた、アニメ版夏之介を、どういうキャラクターにするかを方向づけている。

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つまり、アニメの凡田夏之介は、「(若いが)大人」で「プロ」である故、「自分とは何か」(高屋敷氏がよく出すテーマ)を普通より知っており、金にこだわりつつも、野球に対する情熱があり、プロとしての「誇りと悟り」がある男――となっている。

ストーリーは原作に沿いつつも、1話目にして早くも原作とアニメのキャラ付けに相違が見られる。
高屋敷氏は本当に、キャラクターの掘り下げや作り込みが上手いし、独自のテーマや方針を混ぜ込むテクニックも絶妙。

更に夏之介を掘り下げるため、先輩・コーチ・友達・他球団レジェンド・素人…などの色々なエピソードを通し、他者から見た夏之介も描写される。

そして1期5話は、漫画家の牧場から見た「プロ」たる夏之介が描かれる。
ブルペンで黙々と投げ続け、マウンドに上がったら、鋭い牽制球一つで試合を終わらせるという「仕事」をやってのける彼の姿は、今までの積み重ねもあり、彼の熱さ・凄さを十分に表している。

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そして1期全体(全12話)の半分にあたる6話、夏之介は自分の年俸のジャスト10倍にあたる関谷と対決する。
夏之介のアニメオリジナルモノローグ「負けたくない!(年俸)1800万だけど(年俸)1億8000万に負けたくない!」が、また熱い。ここも、今までの積み重ねにより、そういう熱い心を持つ男なのだということが、わかるようになっている。

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ただ熱いだけでなく、(原作通りだが)攻めはあくまで理詰め。
「我ながら百点満点」なコントロールでフルカウントまで持って行き、最後の1球をセオリーから外し、胸元ギリギリへ投げることによって、夏之介は見事、関谷を仕留めることに成功する。

高屋敷氏は、カイジ(シリーズ構成・脚本)のような、頭を使った戦いが好み。同氏的にも、ここは原作と相性が良い。

1期シリーズ全体から見ても、ここは盛り上がり所で、シリーズ構成的にも、「自分を超える」(高屋敷氏のテーマの一つ)大事な局面。このエピソードを、1期シリーズの半分の6話に持ってくる構成力は半端なく、高屋敷氏の真骨頂。

その後7話の、現役か引退かの瀬戸際にある東光の話は、できるだけ現役を続け、グラウンドに埋まる銭(=グラゼニ)を掘りたい夏之介の思いと相まって、いぶし銀なものとなっている。
東光と、彼の親友・北村の友情もクローズアップされ、様々な友情を描くのが上手い高屋敷氏の腕が存分に振るわれている。

また、ラストのアニメオリジナル場面で、東光と夏之介が微笑み合うのも、野球への情熱がある者同士の、心の交流のようなものが感じられて良い。こちらも、友情描写の強化が見られる。

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8話では、外国人投手・トーマスの話を通じて、夏之介の有能な部分(ボール球を投げられる勇気がある)に気付かされる。また、この回の試合で、彼は勝利投手になっており(2勝目)、着々と成績を上げているのがわかるようになっている。
そう、夏之介にとっても視聴者にとっても、これは「特別なシーズン」なのだ。

9話は、引退してバッティングピッチャー兼スコアラーになった先輩・栗城から、フォーム変更を提案される話。

そのフォームに変えてみると、スピードアップはするものの、コントロールの精度が落ちることを感じた夏之介は考え込む。

そんな中、関谷に打たれた事で目が覚め、「反面教師もまた教師」であるとして、夏之介は栗城に抱きついて感謝し、フォームを戻す決断をする。

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これは、他人に言われるままにフォームを変えていたら選手生命が縮まっていたかもしれない分岐点。先に述べた通り、できる限り「グラゼニ」を掘り続けたい夏之介にとって、かなり深刻な話と言える。

ここで、フォームを戻しコントロール重視で行くと、夏之介は「自分」で決めるわけで、高屋敷氏のテーマの一つ「自分の道は自分で決めろ」が出ている。

ラストの夏之介の、アニメ改変モノローグ「スピードの誘惑に負けちゃいけません!コントロール!コントロールグラゼニ!!」も、原作より熱くシリアスで、いかにこの話が重要だったかがわかる。

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ところで、高屋敷氏のシリーズ構成は、よく9話に重要回を置く。カイジ1期はエスポワール編決着、カイジ2期はチンチロ編決着、ワンナウツマリナーズ戦決着。
この法則が、本作でも発動しているのも面白い。

10話は、他球団の新人選手にとって夏之介が脅威であることがわかる話。
自分より年俸が下の選手に滅法強い夏之介に2連続三振に追い込まれた、大阪テンプターズ(阪神がモデル)の新人野手・石元と江連が、仲良く二軍落ちしてしまう(試合はテンプターズの勝ち)。

夏之介は夏之介で、甲子園の完全アウェイな雰囲気に圧倒された事を悔しがり、「こんな日は街に出て一杯やんないと、おさまんないよね~」(アニメオリジナル)と思う。ここも、「熱さ」の積み上げが見られる。

11話は、瀬戸内カーナビーツ(広島カープがモデル)の中継ぎベテラン投手・原武の話。夏之介が尊敬する選手だけあり、原武は「自分とは何か」をよく知り、長い間中継ぎとしてやりくりしてきたし、ネットで人生相談もしている(人気もある)。
投手として原武を観察してきた夏之介は、なんと打者として立った際に、彼からホームランを打つ。

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ダイヤモンドを一周しながらも、夏之介は原武の凄さを噛みしめてもいた。
それはそれとして、原武は二軍落ちしてしまう。

シリーズ構成としては、プロとして尊敬する、しかも同じ中継ぎ投手である原武からホームランを打つ夏之介が描かれるわけで、「自分を超える」エピソード。これが1期最終回手前に配置されているのも劇的で上手い。

12話(1期最終回)は、夏之介が恋するユキと、彼女が働く定食屋・キッチン味平が初登場する。このキッチン味平、「一般人にとって夏之介とは何か」がわかる場所として、今回も2期も機能する。

夏之介は、常連客とユキが見に来た試合(テンプターズ戦)にて、交錯プレーで打者を負傷させたり、デッドボールを投げたり、ボールかストライクか際どい所を攻めて外国人打者を怒らせ、退場に追い込んだりして、テンプターズファンのユキを怒らせてしまう。

それでも、何かしら彼女の記憶に残ったのでは…と、彼は再びキッチン味平に赴くも、ユキには全く、プロ野球選手として認識されない。

これもまた、「自分とは何か」の一つ。

現実を思い知った夏之介ではあったが、マウンドに立つと(アニメオリジナル場面)、プロ野球は「好きで選んだ道」(アニメオリジナル)だし、「僕には野球しかありませんから」と思う。この時、夏之介はボールを見つめ微笑む。イントネーションも晴れやかで、「自分で自分の選んだ道を行く男」の、熱さ・誇り・悟りがある。

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このあたりが彼の魅力で、ここで炸裂するようになっている。

この「魅力」を爆発させる構成も見事で、前述の通り、1話において夏之介の熱さと、大人ならではの誇り・悟りを強調して「魅力の基礎」を築いている。その後、そういった魅力を段階的に増幅させて行き、6話(関谷との対決)で、魅力が爆発する(一回目)。その後も段階的に魅力を重ね、12話でもう一回爆発する。

この「ストーリーを追ってこその魅力」は、キャラクターメイキングにストーリーテリングも深く関わっていることがわかりやすい。夏之介は見た目が三枚目なので(愛嬌はあると思うが)、尚更である。

F-エフ-(シリーズ構成・全話脚本)*1の軍馬も、劇中で「サイテー男」と何度も言われているが、段階的に魅力を上げていき、クライマックスでそれが爆発する。

カイジ(シリーズ構成・脚本)もまた、最初に卑屈でダメな部分を見せた上で、覚醒モードの魅力が映える構成になっている。そして何よりも、人間的な優しさを持つ男であることが強調されて行く。

このように、マイナスからスタート(本作の夏之介は、若干プラスからスタート)しているのに、最終的に視聴者が主人公に惚れてしまうようにストーリーを組み立てるのが、高屋敷氏は非常に巧みで、毎度「やられた」と思う。

さて、テーマの提示やキャラクターの掘り下げが1期で出来上がったところで、2期が始まる。

本放送は、1期と2期の間にブランクがあり、それに合わせるかのように、2期は、夏之介が怪我から復帰する所から始まる(13話)。

アニメオリジナルを交えて原作の時系列を改変しているのだが、これまた上手くて唸る。

構成においても、あれだけ根底に野球への情熱がある夏之介が、怪我で何ヵ月も野球ができなかった(リハビリには励むが)というあたりに絶望があり、視聴者の胸も痛む。

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夏之介自身も、「僕は与えられたチャンス(臨時の先発時に怪我した)を物にできない小物だったんだ」と思い、いつになく沈む。

このあたりは、カイジ2期(シリーズ構成・脚本)にて、地下に落とされた上に、更に班長に負けて、「負け組の中の負け組」になってしまったカイジと、少し重なる。
高屋敷氏は、構成の中に絶望を差し挟むのも上手い。

それでも、先輩の徳永や、ブルペンコーチの迫田、友達の渋谷・大野の愛情に囲まれつつ夏之介は一軍復帰を果たし、優勝争いに貢献しようと奮起する。

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これは「新たな一歩」であり、2期最初のエピソードとして相応しい。そのための時系列操作や、アニメオリジナルの挿入も巧みで、驚異的。

14話では、夏之介と同時期に一軍に上がってきた外野手・樹に、夏之介が振り回されてしまう。ただ、樹を観察することで、彼は無意識に自分自身も見つめることになる。

また、この話ラストでキッチン味平およびユキが再登場(アニメオリジナル)。
一軍復帰後初のワンポイントリリーフ失敗(樹のミスもあるが)で、モヤモヤする夏之介の心を癒したのが、大好物の唐揚げチャーハンとユキの笑顔という、話の組み立てもまた、飯テロや笑顔を長年重視してきた高屋敷氏らしい。

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テンプターズファンのユキに「ごめんね」と思いながらも、優勝するのはスパイダース(夏之介の所属するチーム)であり、それに自分が貢献するのだと奮起する夏之介が熱い(ここでも「熱さ」の積み上げ)。

あと、ユキも店の客も、店にいる夏之介をプロ野球選手だと認識しないが、ニュースに映る夏之介を話題にする。これも、「(一般人にとって)自分とは何か」に、少し進展が見られる。

15話は、プロ意識の低い樹を叱咤する夏之介が見れるわけだが、今まで(アニメオリジナルを交えてでも)積み重ねてきた「熱さ」が、ここでも爆発する。
いつになく熱く語る彼の言葉には、「こんなにも熱い男だったのか」と驚かされる。正直、ここも「やられた」と思ってしまった。ここまで来たら、もう夢中にならざるを得ない。

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カイジや(F-エフ-の)軍馬を好きになっていく過程と殆ど同じで、ストーリーを通してキャラクターの魅力を上げていく高屋敷氏の計算力の高さに、またも脱帽することになる。

さらに16話、すんでの所で樹の一発に救われた夏之介が、樹に感謝して号泣する。「おれのせいで優勝を逃していたら、おれは今頃潰れていたかもしれない」という彼の言動(原作ではモノローグ)は、本当に胸を打つ。

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ロジカルに考えると、15話の叱咤も、16話の号泣も、ナレーションを務める夏之介が激しい感情を出す場面なので、ギャップに驚かされるのかもしれない。原作では客観的ナレーションなのを、アニメでは夏之介のナレーションに変更したことも、かなりの効果を発揮している。

17話は、当ブログ記事で再三述べた通り、高屋敷氏の「脚本力」が発揮された回。
ラジオスタジオで話しているだけなのに面白いという構成は、今までの同氏の脚本作の中でも(単体で見た場合)傑作の部類。
ラストのアニメオリジナル場面も、徳永の愛情に心が温まる。

シリーズ構成としても、リーグ優勝したのに日本シリーズに進めなかったことが悔しくてしょうがない夏之介の熱さと、そういう彼の気持ちを理解してくれる徳永の温かさが描かれ、友情が強調されている。

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18話は、トレードによってチームを去る是川の話で、またキッチン味平とユキが出てくる。

そこで、是川も夏之介も色々匂わせたのに、またしてもユキにプロ野球選手と認識されず、二人は現実を突き付けられる。

同時に、チームを愛していた是川が、チームを去らなければならない、現実の厳しさも描写される。

そんな是川の背中を見た夏之介は、もう一件(飲みに)行こうと呼び止め、笑顔を見せる。笑顔を見せるのはアニメオリジナルで、長年笑顔にこだわってきた高屋敷氏の意図も働いているような気がする。いずれにせよ、ここでも、(自分と同じく)野球に対する情熱がある人を見ると笑みがこぼれる夏之介の熱さが出ている良場面。

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だがしかし、こんなに野球を、チームを愛している是川が翌年引退してしまうことも、夏之介のナレーションで語られ、ほろ苦さが残る話となっている。

19話は、7話で出た東光と北村が再登場する。東光は戦力外となってしまい、同じく自由契約となった、他球団の西河内投手とトライアウトで対決する。
結果、東光も西河内も台湾の球団に拾われる。
19話のブログ記事でも書いたが、「人生」の暗喩としての並木道が出てくる。

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この「人生を表す並木道」、他の高屋敷氏担当作でもしばしば登場しており、その重要性が再確認できた。

これにも見られるように、本作2期は、色々な人の「人生」を描く事が多くなってくる。

20話は、ファン感謝デーでユキと交流する話だが、重要なのは、ユキにナンパを試みた渋谷が、今シーズンのイマイチさを振り返ると、女に現を抜かせない…と夏之介に語る終盤。20話についてのブログ記事にも書いたが、渋谷もまた夏之介と同じく、「プロ」だから「自分とは何か」が普通よりわかっている男。だからこそ二人は友達だし、夏之介は渋谷を見て微笑む(アニメオリジナル)。ここでも、夏之介の「笑顔」がキーとなっている。

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21話22話は、徳永の結婚と、彼の失職の危機の話。ここでも「人生」が描かれる。高屋敷氏は、他の担当作でも結婚回を色々手がけており、面白いところ。

幸い色々な偶然が重なって、徳永は解説者の職を失うことはなかったし、どんな状況にあっても、ついて来てくれる婚約者(朱美)にも恵まれる。

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彼の幸運は、後輩への愛情の深さが報われているからではないだろうか。アニメでも、オリジナルを交えて、徳永の後輩思いな所を強調している。

また、人生の先を行く先輩としての役割も徳永は担っており、シリーズ終盤手前に、このエピソードが置かれている意義は大きい。

そして、いよいよ23話から、契約更改エピソードが始まる。
ここでも、人生の暗喩たる並木道が出現。そこを、軽快なステップで、大先輩投手・川崎が歩いて行くのは意味深。

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あと、原作ではずっと後に出てくる、キッチン味平とユキのエピソードをここに持ってきて、夏之介が、とうとう客やユキにプロ野球選手と認識される展開にしたのが感慨深い。

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詳しくは23話についてのブログ記事に書いたが、原作ではネガティブだった話を、ここに配置したことでポジティブな話(頑張って優勝に貢献したのが報われた)に変えてしまった手腕は鮮やか。

そして夏之介は、「年俸オタク」の本領を発揮し、友達の来季年俸を次々と当てるばかりか、自分に提示される来季年俸も的中させる。これもまた、「自分とは何か」をわかっているからこそできる技。

しかし、そこで「妥協したら負けだ」と夏之介は思い(アニメオリジナル)、100万円の上乗せを要求する。ここも、アニメでは「熱さ」が加わっている。

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24話(最終回)では、アニメオリジナルパートがドラマを後押しする(詳しくは24話のブログ記事参照)。最後の最後に、本作17話で見せたような密室劇(殆どが、部屋の中で交渉しているだけなのに面白い)の傑作が見れた事にも感動。高屋敷氏の、底無しの脚本力に、またも参る。

そして、アニメオリジナルのエピローグを入れられる尺計算や、1期1話とのリンクにも唸らせられる。

ラストの「僕は(グラゼニを)掘り続けます。プロ野球選手である限り!!」というアニメオリジナルのモノローグも、「自分とは何か」がわかっている「男」の「熱さ」を締めくくっていて、感心させられる。

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最後の最後に「グッ、グラゼニ~!」と三枚目になるのも、ある意味キレイにオチがついているし、まだまだ若い夏之介の「未来」を感じさせる。

このように振り返ってみると、本作もまた、「自分で自分の道を選び、自分とは何かを見つめ、自分を超え、そして未来に進む、“熱い”男の生きざまの話」となっており、これはF-エフ-やカイジのシリーズ構成と共通する。

F-エフ-やカイジと少し異なるのは、夏之介は1期1話の時点で「プロ」であり「大人」であること。それでもやはり若いので、失敗や挫折もするし、成長もする。その辺りは新鮮だし、常にアップデートを怠らない高屋敷氏の姿勢には本当に敬服。

話数単位で見ても、密室劇の傑作が2本も投入されているのが凄い(17話24話)。同氏は、常に最新作がピークであることを再認識した。

再三述べるが、見た目は三枚目の夏之介が、話を追うと、非常に魅力のある主人公であるとわかる構成も見事すぎた。特に私が「やられた」と思ったのは5話6話15話16話。特に15話の、樹を熱く叱咤するあたりになるともう、「やばい」と思うくらいに好きになっていた。

それもこれも、緻密な「魅力の積み上げ」があったればこそ。高屋敷氏の技術と、いい意味での恐ろしさを大いに感じられた。

ナレーションが夏之介ということもあり、夏之介と共に、彼の特別なシーズン(プロ入りしてから最高の成績を修めた)を追っていくという楽しみもあった(原作では進行中だが)。アニメ化された部分は、彼の人生の中の、ほんの一節ではあるのだが、それをアニメで見れたことが嬉しい。また、契約更改まででアニメを区切った、シリーズ構成の妙技も凄まじかった。

それにしても、高屋敷氏の作品を追っていくと、大好きな作品・大好きなキャラクターに巡り会うことができる。同氏の作風が、たまたま私のツボに合うのだろうが、本当に感謝したいし、できる限り追って行きたい。

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最後に、こちらにも色々書いたので紹介する:

https://togetter.com/t/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%BC%E3%83%8Bmakimogpfb

*1:当ブログにおける、F-エフ-の記事一覧: http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23F-%E3%82%A8%E3%83%95-

おにいさまへ…34話脚本:死してなお、一人にあらず

アニメ・おにいさまへ…は、池田理代子氏の漫画をアニメ化した作品で、華やかな女学園を舞台に様々な人間模様が描かれる。
監督は出崎統氏で、高屋敷英夫氏はシリーズ構成(金春氏と共同)や脚本を務める。
今回のコンテは出崎統監督で、演出が佐藤豊氏。そして脚本が高屋敷英夫氏。

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当ブログの、おにいさまへ…に関する記事一覧(本記事含む):

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E3%81%8A%E3%81%AB%E3%81%84%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%B8%E2%80%A6

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  • 今回の話:

原作を大幅に改変したエピソード。
れい(謎めいた上級生)の事故死に、皆が打ちのめされる。
そんな中、事故の前に、れいが発注した赤いバラの花束が、蕗子(れいの姉)のもとに届く…。

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れい(謎めいた上級生)の事故死を、当直の先生から知らされた薫(れいの親友。体育会系だが病を抱える)は、事の次第を飲み込めずにいた。
時計のアップ・間があるが、似た表現は他の作品でも見られる。F-エフ-・コボちゃんカイジ(脚本)と比較。

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一方、夕陽が綺麗な場所に行く約束を、れいとしていた奈々子は、夜7時30分まで彼女を待って帰途につく。駅には智子(奈々子の幼馴染)がおり、何とか奈々子に状況を説明しようとするが、うまく言えず抱きついて泣き出す。抱きつく状況は結構ある。DAYS(脚本)、家なき子(演出)、グラゼニ(脚本)と比較。

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茫然としたまま病院に行った奈々子は、地下の部屋に入る。そこには薫、蕗子(れいの姉)、貴(れいの兄)がおり、そして、れいの遺体が安置されていた。
原作には無い描写で、「孤独にさせない」がポリシーの一つである、高屋敷氏らしいアニメオリジナル。

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れいが大事にしていたブレスレットが映る。魂がこもっている「物」のアップ・間は頻出。ルパン三世3期・めぞん一刻・F-エフ-(脚本)と比較。どれも遺品。

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遺体と対面した奈々子は錯乱し、れいの為にスープを作ろうと言い出すが、智子に現実を言われ、絶叫する。
高屋敷氏は食べ物に並々ならぬこだわりがあり(だから飯テロも多い)、「食」と「心」の結びつきについても、多くの作品で描いている。

貴は刑事から、検死を行うため、れいの遺体をすぐには返せないと言われる。
自殺の可能性もあると刑事は語り、煙草を吸う。
喫煙場面は、高屋敷氏の担当作に数多い。
めぞん一刻カイジ(脚本)、ルパン三世2nd(演出/コンテ)と比較。

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帰宅した奈々子を、奈々子の母と義父は優しく迎える。ニュースでは、れいが自殺した可能性もあると報じており、奈々子の義父は「自殺だとしたら、いかんな」と言う。精神疾患や悲観が原因の自殺に否定的な、高屋敷氏の主張が出ている。

そして奈々子は、れいが住んでいたアパートに電話をかけ、泣き崩れる。

一方蕗子は、自宅のリビングに佇む。強い風に吹かれて風見鶏が回るが、「物」が意味深に動く表現は色々な作品に出る。
F-エフ-・グラゼニ蒼天航路(脚本)、ベルサイユのばら(コンテ)と比較。

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そこへ、れいが事故直前に配送を頼んだ赤いバラ(蕗子が好きな花)の花束が、蕗子のもとに届く。それには手紙が添えられていた。手紙は実に多くの作品で印象に残る。宝島(演出)、F-エフ-・ワンダービートSめぞん一刻カイジ2期・ミラクルガールズ(脚本)と比較。

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手紙には、いつになく前向きな、れいの言葉が綴られていた。「明日」や「未来」といった「前に進む」心意気を、高屋敷氏は大事にする。ルーツはやはり、あしたのジョー1・2の脚本経験(1は無記名)なのではないだろうか。
「前に進め」がテーマの一つだった、家なき子の演出経験も大きいと考えられる。

蕗子は手紙を握りしめ、「こんな手紙一つ遺して、一人で死んでもいいっていうの?」「私に後から一人で飛べっていうの?」(蕗子は、れいと心中を図ったことがある)と膝から崩れ落ちる。
一人取り残される様は、ベルサイユのばら(コンテ)と重なる。

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翌日。午前中は学校を休んだ奈々子だったが、午後からは授業に出ようとして家を出る。だが、自然と足が、れいが死亡した現場に向かう。

そこには薫が来ており、その後彼女はゲームセンターに寄る。
レースゲーム描写があるが、レースものであるF-エフ-(シリーズ構成・全話脚本)の経験からかもしれない。実際、F-エフ-にもレースゲームをする場面がある。
どちらもアニメオリジナル。

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追ってきた奈々子に対し、今は他人を受け止められる状態に無い…と薫は言う。
奈々子は、事故当日、夕陽が綺麗に見える場所に、れいと行く約束だったと打ち明け、自殺ではないと断言する。
原作では自殺なのだが、ここでも、(精神疾患や悲観による)自殺に否定的な高屋敷氏の姿勢が見える。

れいの死因が自殺ではないと知った薫は、幾分か気が楽になったと奈々子に感謝するが、れいの死という事実は変わらないと言って去る。
「昨日と同じ、暑い日になりました」という奈々子のナレーションが入る。
季節の移ろいの情緒は、多くの作品で描写される。グラゼニMASTERキートンめぞん一刻(脚本)と比較。

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蕗子の家には刑事が来て、れいが奈々子と会う予定だったことを知っていた智子や、目撃者の証言により、れいの死は事故と断定したと話す。

れいは、鳥のように高く飛んだ…という、目撃者の証言内容を刑事から聞いた蕗子は、心が揺れる。出崎統監督も、高屋敷氏も「鳥」にこだわる。

夕焼けの中、奈々子は、れいと落ち合うはずだった駅に赴く。
強く生きていけそうな気がする…という、れいの言葉を思い出し、奈々子は少し微笑む。高屋敷氏は「笑顔」にこだわりがある。色々な感情を含んだ微笑は、グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)でも多く見られた。

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その夜蕗子は、れいの最後の贈り物であるバラと共に風呂に入り、れいを愛していた、寂しいと思うのだった。
花びらの表現は、めぞん一刻最終回(脚本)のラストシーンと、らんま(脚本)が印象深い。その他も、花の描写は多い。

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  • まとめ

33話(こちらも高屋敷氏脚本)に続き、殆どがアニメオリジナル。もはや、

  • 他人の思いを受け止めきれない薫
  • 蕗子がれいを愛していたこと

しか原作に沿っておらず、それすら台詞が大きく変更されている。

やるとなったら原作を大きく変える高屋敷氏の腕が、原作クラッシャーである出崎統監督のもと、大いに発揮されている。
この腕は、F-エフ-(シリーズ構成・全話脚本)でも存分に振るわれており、同氏が時折見せる大胆さに驚く。

グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)では、原作に忠実な部分と、大胆なアニメオリジナル部分とが入り交じっている。
一方で、じゃりン子チエMASTERキートン(脚本)は原作に非常に忠実。
高屋敷氏の臨機応変さを、色々な担当作を見ることで知ることができる。

本作では、れいの死因が自殺から事故に変更されているのが大きい。
病的に蕗子に心酔していた、れいがソロリティ(学園の社交クラブ)廃止運動などを通じ変わっていき、誇りを取り戻した蕗子を見ることで、前向きに生きる気力を得たことが、アニメでは丁寧に描かれた。

ただ、原作もアニメも、れいは死ぬ。
それでもなお、アニメでは遺体の周りに関係者が揃う描写があったり、次回(35話)では葬儀の場面があったりと、彼女は「一人ではない」という主張がある。
原作では、れいは一人「死」を見つめていて、かなり異なる。

そして、奈々子の義父の台詞「自殺だとしたら、いかんな」にも、先に述べた通り、(精神疾患や悲観での)自殺を否定する、高屋敷氏の強いメッセージが発せられており、その直球に驚く。今までも感じていた事だが(特に元祖天才バカボン演出/コンテの8話)、ここまでハッキリしているのは珍しい。

あと、奈々子が見せる、様々な感情が入った「微笑」も目を引く。
先に述べた通り、グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)でも、夏之介が色々な感情をたたえた上での微笑を見せることがあり(アニメオリジナル)、「笑顔」へのこだわりが半端ないことを知れたのは収穫だった。

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れいの死因変更(自殺→事故死)について話を戻すと、原作を変更するほどの、アニメ制作サイドの反発(?)には何があったのか、単純に興味深い。シリーズ構成(金春氏と共同)・脚本(れいが死ぬ回も脚本)の高屋敷氏も、無関係ではないと考えられる。

とにもかくにも、アニメのれいは、最終的には前向きで、死してなお「一人」ではなかった。これをどう捉えるかは各々あると思うが、「孤独は万病のもと」がポリシーの一つである、高屋敷氏の主張が如実に表れた、貴重なエピソードだった。

一方で、「寂しい」と吐露する蕗子の姿もまた、「孤独」の表れ。だがしかし、こちらも、れいからの愛あふれる手紙と花を貰っており、原作より救済されている。
アニメオリジナルの意味と意義を、またしても考えさせられた。