カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

F-エフ-28話脚本:心と体のアンバランス

アニメ・F-エフ-は、六田登氏の漫画をアニメ化した作品。破天荒だが天才的なドライビングテクニックを持つ青年・赤木軍馬が、様々なドラマを経てレーサーとなり、数々の勝負を繰り広げていく姿を描く。
監督は真下耕一氏で、高屋敷氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。
今回は、コンテが杉島邦久氏、演出が遠藤徹哉氏、脚本が高屋敷英夫氏。

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  • 今回の話:

アニメオリジナルエピソード。
将馬(軍馬の異母兄)の嫌がらせによってライセンスを剥奪され、消沈する軍馬を見かねた純子(ヒロインの一人)は、タモツ(軍馬の親友だが、現在は軍馬のライバル・聖のメカニック)に状況の打開を頼み込む。
一方、不治の病と闘う聖は酷い発作を起こし…

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本記事を含めた、当ブログにおけるF-エフ-の記事一覧:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23F-%E3%82%A8%E3%83%95-

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ライセンスを剥奪された後、アパートに帰って来ない軍馬を心配する純子(ヒロインの一人)は、協会専務理事と仲が良い聖(軍馬のライバル)に、状況を相談してみて欲しいと、タモツ(軍馬の親友だが、現在は軍馬のライバル・聖のメカニック)に頼み込む。

当の軍馬は、英二郎(F3マシンを持つ、フリーのメカニック)のガレージに入り込み、F3マシンのエンジンをかける。怒る英二郎に対し軍馬は、マシンがサーキットを走りたがって泣いている…と語る。
機械には魂があるという主張は、1980年版鉄腕アトム脚本はじめ、高屋敷氏は多くの作品で出している。

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ライセンスを剥奪されたため、もうここには来ないと英二郎に告げた軍馬は、レースに出さないのに、マシンを大事に手入れしているのは何故か…と彼に問う。「余計なお世話だ」と英二郎は返し、軍馬は去る。
ここは、高屋敷氏のよく出すテーマ「自分とは何か」が少し出ている。

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その後、黒井(軍馬の所属するチームの代表)に呼び出された軍馬は、(黒井の仲間がいる)ロンドンで再起を図るよう促される。
前回に引き続き、(高屋敷氏が長年一緒に仕事した)出崎統氏がよく出す、「屋上・はためく洗濯物」演出が出る。あしたのジョー2脚本(コンテは出崎統氏)と比較。

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軍馬は、「聖の奴に勝たなきゃ…オレは何処にも行けやしねえんだよ…」と言い、黒井の提案を断る。
ここも、はためく洗濯物と心情が連動するつくりになっている。

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一方、意を決したタモツから軍馬の事情を聞いた聖は、この事でタモツの調子が悪くなっては困るからと、協会専務理事に掛け合ってみることを約束。
紳士的なライバルという意味では、あしたのジョー2(高屋敷氏脚本参加)のホセに通じるものがある。

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聖は早速、協会専務理事・葛西に掛け合う。
軍馬が只のバカか本物かが、自分でもよくわからなくなってきた…と聖は葛西に話す。カイジ2期脚本にて、敵側ながらカイジを「バカか利口かわからん男」と評価した黒崎が、少し重なってくる。
聖に折れた葛西は、事件の再調査を約束する。

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葛西との話を終えた聖は、ルイ子(聖の恋人)とのランチ後、(不治の病の)発作を起こす。全てを見ているかのような太陽が意味深に映るのは、あしたのジョー2脚本にて、パンチドランカー症状が出て倒れた丈を太陽が「見ている」場面と通じる。

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混濁する意識の中、聖は幻覚に苦しむ。極限状態での精神世界の描写は、カイジ(シリーズ構成)はじめ、色々と高屋敷氏担当作に多く出てくる。

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聖は更に、精神世界を彷徨う。映像も、ゴッホのオマージュ的な画が出るなど、狂気がよく表れている。

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そして聖は、病院へ救急搬送される。

その一方、久々にアパートに帰った軍馬は、食事も取らずに部屋に直行。純子は心配するが、軍馬に「他人の事だと思って気楽な事言うぜ」と言われる。あしたのジョー2脚本にて、丈のパンチドランカーを心配するも、彼に徹底的に無視される葉子と重なる。

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前回から引き続き、アイデンティティ喪失の危機にある軍馬のメンタルは風前の灯火で、食欲不振となって表れている。
このあたりも、メンタル問題に鋭く切り込む、高屋敷氏の特徴が出ている。
じゃりン子チエワンダービートS脚本などでも、「食」が人間の心身にとって如何に大事かが表現されている。

病院にて意識を取り戻した聖は、看護士の制止を振り切り、ルイ子・タモツと共に強引に自宅に帰る。夜空には赤い月がかかる。不吉な赤い月は、チエちゃん奮戦記脚本にも登場。

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高屋敷氏は、「物言わぬもの」に重要な役割を与えるが、その中でも太陽と月は、かなり重要な役を担っている。

聖は、明るい部屋にいるのに「やけに暗いな。電気を点けてくれ」と言い出し、タモツとルイ子は衝撃を受ける。
あしたのジョー2脚本の、右目が殆ど見えなくなった丈と比較。

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ついに視力に支障をきたした聖だが、「オレはオレの人生を走る。死ぬまでな」と主張する。

聖は、(F3を走るようになってから)迫り来る死のおかげで、あらゆる壁が無くなり、自分の限界など何処にも無いと感じることが出来ると語る。
イメージに宇宙空間が出るが、カイジ2期・アカギ脚本にも、宇宙空間は出現している。

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聖の精神世界が再び出てくるわけだが、あしたのジョー2・カイジ2期・アカギ脚本ほかでも、精神世界の表現は多い。あしたのジョー2(脚本)においては、故人(力石)との会話も可能。

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他方、安田(黒井レーシングチームのチーフマネージャー)に電話したユキ(軍馬を慕う、赤木家の元使用人。軍馬の異母兄・将馬に囲われている)は、軍馬がライセンスを剥奪された事を知る。
彼女は、軍馬の母の形見の指輪(17話参照)を見つめ、悲しむ。
意思を持つかのような「物」は、高屋敷氏の担当作によく出る。
あしたのジョー2・ワンダービートS脚本と比較。

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そして、聖の壮絶な決意を目の当たりにしたルイ子とタモツは、放心状態で佇む。
タモツは、「サーキットは墓場じゃねえ…墓場じゃねえだよ…」と思うのだった。原作にもあるモノローグだが、単語やフレーズを繰り返してリズムを取る、高屋敷氏のアレンジのクセが出ている。

  • まとめ

軍馬はライセンス剥奪により、聖は病気により、レースができなくなるかもしれない危機に陥る。
ここで思い出したいのは、この二人が「走らなければ生きて行けない」人間であるということ(18話参照)。
そうなると、かなり深刻な事態であると言える。

高屋敷氏の出すテーマの一つに、「生きる=生き甲斐があること」があるのだが、生き甲斐を失う=死、または死よりも恐ろしい事、ということになる。
あしたのジョー2脚本、監督作の忍者マン一平、アカギ・カイジシリーズ構成/脚本にも、それは表れている。

あと、聖の精神世界については、アカギやカイジのシリーズ構成/脚本で出て来た世界と共通するものがあり、興味深い。
命を賭けた極限の状態で見える境地だからであると思うが、それだけ、高屋敷氏の担当作には、熱く命を燃やすキャラが多いということかもしれない。もしくは、そこを強調しているということか。

また、アニメオリジナル回にも関わらず、原作を予言するような箇所が結構ある。
黒井が軍馬に提案する渡英であるが、原作では、(アニメ放送後の展開になるが)軍馬が渡英し、(とある理由により)どん底からの再スタートを切る。構想を六田氏から得ていたのだろうか?

そして、「聖の奴に勝たなきゃ…オレは何処にも行けやしねえんだよ…」という軍馬の台詞は深い。アニメオリジナルの名台詞だと思う。
シリーズ全体の構成として、聖を追いかける軍馬という軸が設定されており、聖を抜かない限り、軍馬は自分を超えられない。この台詞は、それを如実に表している。

聖については、(高屋敷氏が脚本参加した)あしたのジョー(1は無記名、2は最終回含め深く関わる)の力石・丈・ホセが混ざって同居しているような趣があり、高屋敷氏の(当時の)経験を全力で使っている感じを受ける。
そのせいか、アニメオリジナルでも、聖の名言は多い。まるで原作にあるような感じすらある。それだけ、アニメと原作のリンクは深い。

「食」についても、食欲不振=メンタルが危険な方向に行っているサインであることを描いている。
高屋敷氏は、じゃりン子チエにおいて、(原作通りだが)寒くて独りでひもじいと死にたくなるから、ごはんは食べよう…と、おバァはんが語る回の脚本を担当しており、そこをかなり強調している。

今回は、アイデンティティの喪失・食欲不振・対人コミュニケーション不良など、とにかく「メンタルの崩壊」が生々しく描かれており、高屋敷氏の、メンタルヘルスに対する鋭い切り口に改めて驚かされる。

身体は無事でも心の危機にある軍馬と、心は強くとも身体の危機にある聖の対比が色濃く描かれた今回は、今後の展開(最終回)を考えると感慨深いものがある。
最終盤を前に、構成の冴えが益々感じられる回だった。