カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

カイジおよび福本作品、そのアニメが好きで、シリーズ構成の高屋敷英夫さんが、子供の頃からアニメのクレジットで凄くよく見る名前なので調べてみたものの膨大すぎてまとめきれなくなってきたので、自分のブログよりここに切り離してまとめることにしました。ツイッターアカウントは@makimogpfbです

F-エフ-18話脚本:自分の人生を生きる

アニメ・F-エフ-は、六田登氏の漫画をアニメ化した作品。破天荒だが天才的なドライビングテクニックを持つ青年・赤木軍馬が、様々なドラマを経てレーサーとなり、数々の勝負を繰り広げていく姿を描く。
監督は真下耕一氏で、高屋敷氏はシリーズ構成・全話脚本を務める。
今回は、コンテ/演出が杉島邦久氏、脚本が高屋敷英夫氏。

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  • 今回の話:

資金難だったが、岸田(軍馬を慕うインテリ青年)からマシンを譲り受け、ようやくFJ1600レースに参戦(2回目)できることになった軍馬達。
そんな中、タモツ(軍馬の親友で、メカニック)は、聖(軍馬のライバル)が病に侵されているのを知ってしまう。
様々な思いが交錯する中、レースが始まろうとしていた。

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本記事を含めた、当ブログにおけるF-エフ-の記事一覧:

http://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23F-%E3%82%A8%E3%83%95-

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聖がF3にステップアップした一方で、軍馬達は、岸田から譲り受けたマシンの整備に励む。
走りたくてしょうがない軍馬の気持ちを汲み取って、森岡(軍馬やタモツの雇用主で後援者)は、業務としてだが、軍馬に車を運転させる。
ここで信号機が出るが(アニメオリジナル)、状況と連動する信号機は、高屋敷氏の担当作によく出る。カイジ2期・グラゼニ脚本と比較。

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森岡は、軍馬の運転を見て「速くなった」と感心。タモツ(軍馬の親友で、メカニック)は「走ることに関しては天才」と軍馬を評すが、森岡は、速い人間というのは、才能ではなく、走らなきゃならない「理由」があるから速いと語る。
鋭い解説をする森岡は、はじめの一歩3期脚本にて、鋭い解説をしていた伊達を思わせる。

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夜、以前からの聖(軍馬のライバル)のスカウトを断るべく、タモツは電話をかける。
街灯と蛾が意味深に映るが、ランプ演出は本当に、高屋敷氏の演出作・脚本作に多い。空手バカ一代演出、ワンナウツ・アカギ脚本と比較。

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タモツからの電話に出た聖は発作を起こし、マグカップがうまく持てなくなる。それを見たルイ子(聖の恋人)は、慌てて聖をサポートしようとするも発作はひどくなり、彼女はタモツに助けを求める。
ここでは、マグカップが意味深に映る。意味深な「物」のアップは高屋敷氏の担当作に頻出。めぞん一刻忍者戦士飛影脚本と比較。

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タモツは、聖の家へ向かう。月が映るが、高屋敷氏は、「全てを見ている、重要なキャラクター」として月や太陽をよく使う。
空手バカ一代演出、ベルサイユのばらコンテ、蒼天航路脚本と比較。

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聖の家に着いたタモツは、ルイ子に抱きつかれる。感情が昂ったタモツは、ルイ子にキスする。彼は「あんまりルイ子さんが綺麗だから」と弁明し、謝る。この台詞はアニメオリジナル。
ワンダービートS脚本にて、「君があんまり寂しそうだったから」という台詞があるのだが、高屋敷氏の言い回しの癖が窺える。 

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ルイ子に案内され、タモツは聖の部屋へ入る。そこには、病による発作で憔悴しきった聖の姿があり、タモツは衝撃を受ける。ここでも、意味深な蛇口のアップ・間がある。また、憔悴する聖が、あしたのジョー2脚本の、減量中の力石(回想シーンだが)と重なってくる。こちらも、蛇口のアップがある。

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人知れず病と戦ってきた聖と、それを支えるルイ子の関係は、あしたのジョーにおいて、命を削る減量をする力石と、悲しみを抑えながら彼をサポートした葉子を思わせる。あしたのジョー2にて、高屋敷氏は、力石が回想シーンで出てくる回の脚本を書いている(あしたのジョー2の時点では、力石は故人)。

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練習走行の日(この状況設定はアニメオリジナル)、タモツは森岡に、「速い人間には、走らなきゃならない理由がある」という論の意味を尋ねる。
森岡は、ボクサーを例えに出し(原作ではシンガー)、ボクサーは戦わなきゃ生きて行けないから戦う、戦うことが人生だから…と言う。

例え話がボクサーに変更されているあたり、あしたのジョー2の脚本を書き、後に、はじめの一歩3期脚本を書くことになる高屋敷氏の、ボクシングに対する並々ならぬ思い入れが窺える。

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また、原作通りだが「自分の人生を生きる」が強調されており、「自分とは、(突き詰めれば)生きるとは何か」を多くの作品で投げかけてきた高屋敷氏の意向が感じられる。

夜、タモツは森岡の言葉を思い出しながら、以前聖から貰った契約書と、前金50万円を眺める。
そこへ軍馬が入ってきて、契約書をエロ本と勘違いして奪う(原作では、タモツ不在時に見る)。ここは、軍馬のアニメオリジナル台詞「おっぱいボインボインの本」など、台詞まわしが軽妙でコミカル。

金と契約書を見てしまった軍馬は、まだ断ってなかったのか、と憤って、これらを自分が返しに行くと言って改造トラクターを駆り、聖の家に赴く(アニメオリジナル)。
ここでも、月が映る。

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聖と対面した軍馬は、タモツに近づくなと釘を刺し、契約書と金を叩き返す(アニメオリジナル)。二人は睨み合うも、軍馬は直ぐに改造トラクターを発進させて去る。
やはりこの二人、あしたのジョー2(高屋敷氏脚本参加)における、丈と、彼のライバル達との関係が重なる(画像は丈・ホセとの比較)。

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そしてレース前日。ここでも、全てを見ているかのような夕陽が映る。あしたのジョー2・太陽の使者鉄人28号脚本、元祖天才バカボン演出/コンテと比較。

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どこかへ行った軍馬以外の皆は、弁当を食べる。高屋敷氏の大きな特徴・飯テロ描写が、ここで出る。グラゼニ・DAYS脚本と比較。

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一方軍馬は、サーキットに佇む。夜空には、流れ星が流れる(アニメオリジナル)。
これも、「天」に重要な役割を与える高屋敷氏らしさが出ている。
元祖天才バカボン演出/コンテ、めぞん一刻脚本と比較。

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元祖天才バカボンでは、「キャラクター」として、悲鳴を上げながら星が落ちるので、わかりやすい。

軍馬は自らの足でサーキットを走り、シミュレーションを行う。その間、アニメオリジナルで鳥が飛ぶ。長年一緒に仕事した出崎兄弟ゆずりの鳥演出は、高屋敷氏の作品でも多い。陽だまりの樹脚本、ルパン三世2nd演出/コンテ、ベルサイユのばらコンテと比較。

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「何人たりともオレの前は走らせねえ」と、軍馬はあらためて決意を固めるのだった。

  • まとめ

森岡の言葉「一人の人間が自分の人生を生きる」が非常に強調されている所に、高屋敷氏のポリシーが感じられる。アニメオリジナルで、わざわざタモツに復唱させているほどである。

その後に続く例え話が、アニメではボクサーに変更されているのも、前述の通り、あしたのジョー(主に2)の脚本経験が活かされているのが明白。ここまで思い入れが強いのか…と、あらためて興味深い。

例え話に出てくるボクサーは、どんなに痛い思いをしても、「戦わなきゃ生きていけないから」戦う。
高屋敷氏は、自分とは何か、生きるとは何か…を多くの作品で投げかけてきている。カイジ2期(シリーズ構成・脚本)でもそうで、「オレは勝つ!オレはそのために生きている!」とカイジが叫ぶのを、シリーズのクライマックスに持ってきている(その回の脚本は広田光毅氏)。

カイジ1期においても、カイジは(身を焦がすような)勝負の世界に身を投じ、耳を切り、指を切られても、前を見据える。
アカギ(シリーズ構成・脚本)でも、アカギは命を賭ける勝負をすること、人間の本質を探ることに生き甲斐を見出す。
本作の軍馬・聖も、命をいつ落とすかわからないレーサーである。

どれもこれも、「痛い/怖い思いをして、何でわざわざ」と言いたくなるような世界だが、丈、軍馬、聖、アカギ、カイジらにとって「自分の人生を生きる」とは、そういうことだから…なのかもしれない。
また、そういった「男の危険な生きざま」を描く高屋敷氏のこだわりも凄い。

聖の病気や、森岡の話を見せた上で、アニメオリジナルで軍馬と聖の対面を追加したのも上手い。出自も環境も性格も違う、この二人が「走らなければいけない理由があり、走らなければ生きていけない」という共通の精神を持っているのが、わかるようになっている。

1617話では、軍馬の場合の「走る理由」が描かれ、今回は聖の「走る理由」の一部が明かされた。また、7話(アニメオリジナルエピソード)にて、聖が軍馬の走りを「死を恐れない、怒りの走り方」と評したのも、ここで思い返すと面白い。やはりアニメオリジナル部分は伏線の役割を果たしており、その凝りように脱帽する。

あと、人知れず病と戦ってきた聖、それを支えるルイ子の「孤独」も描かれた。その孤独を幾分か「救済」する形で、タモツがそこに飛び込む。高屋敷氏は多くの作品で「孤独」「孤独救済/失敗」を描いており、ここでも強調されている。

今回は、森岡の言葉をはじめ、「シリーズ全体のテーマやメッセージ」が強めに発せられている。本作でも「自分とは何か」という投げかけが色濃いことが判り(というか、OPに浮かぶ文字からして、そうなのだが。詳しくは1話についての記事参照)、高屋敷氏の作家性を再確認できた回だった。