カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。ツイッターアカウントは@makimogpfbです。

RIDEBACK1話脚本:再びの桜

アニメ『RIDEBACK』は、カサハラテツロー氏の漫画をアニメ化した作品。
元ダンサー・尾形琳を中心に、人型可変ビークルライドバック”を巡る混乱を描く。監督は高橋敦史氏で、シリーズ構成が高屋敷英夫氏・飯塚健氏。

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本記事を含めた、当ブログのRIDEBACKに関する記事一覧:

https://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23RIDEBACK

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  • 今回の話:

コンテ:高橋敦史監督、演出:高橋敦史監督・若林漢二氏、脚本:高屋敷英夫氏。

GGP(原作ではGGF)と名乗る革命組織によって世界が統治されている中、元ダンサーの尾形琳は、入学した大学でライドバック(人型可変ビークル)“フェーゴ”と出会う。

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開幕は、ヒロインの尾形琳(おがた・りん)初主演のバレエの舞台から始まる(アニメオリジナル。原作ではバレエではなくダンス)。ライトが意味深に映るが、おにいさまへ…グラゼニ(脚本)ほか、状況と連動するランプは頻出。

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琳のナレーションで、この世界がGGP(原作ではGGF)という革命組織に統治されていることが語られる。そんな中でも、舞台が自分の“世界”だと琳は思う。グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)でも、野球が自分の生きる道だという夏之介のモノローグがある(アニメオリジナル)。

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ところが、舞台中に琳は足を怪我してしまう(原作では本番前に負傷し降板)。
ライトが意味深に映り、そして消灯する。ここも、状況と連動するランプ描写。おにいさまへ…グラゼニ(脚本)と比較。

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その後、琳は大学(武蔵野文芸大学)に入学する。桜の美しさに、琳は親友(かつ、これから寮のルームメイト)の、しょう子と共にはしゃぐ。花の意味深な描写は多く、特に桜は“生と死”を表すことが多い。おにいさまへ…・F-エフ-・めぞん一刻(脚本)と比較。

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これからの新生活を、琳としょう子は楽しみにする。このやりとりはアニメオリジナル。入学式の日に親友と仲睦まじく話すコンセプトは、おにいさまへ…(脚本)と共通するものがある。

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すると、一片の桜の花びらが琳の手に乗り、そして落ちる。こういった、桜の花びらの印象的な表現は、めぞん一刻最終回(脚本)にも見られた。

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入学式後、琳は寮から、祖母の深雪に電話する(原作では、琳は深雪の家から大学に行く)。夕陽が映るが、夕陽は頻出。ベルサイユのばら(コンテ)、おにいさまへ…(脚本)と比較。

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風呂上がりのしょう子に、琳はあらためて、これからよろしくと言う。
ストロベリーパニック(脚本)でも、ヒロインとルームメイトの交流が丁寧に描かれている。

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後日、琳は、すずりという1年生に声をかけられる。彼女は琳と、琳の母(天才舞踏家)の熱烈なファンだという。すずりは、原作と異なる部分が多く、ど根性ガエル(演出)の五郎や、F-エフ-(シリーズ構成・全話脚本)の岸田に近い(主人公を非常に慕うスタンス)。

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すずりは琳の手を取り、如何にファンであるかを語る(また、琳の母が震災で亡くなっている事もわかる)。手によるコミュニケーションは頻出。ワンダービートSMASTERキートン(脚本)と比較。

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しょう子は理由を作って、琳をその場から抜けさせ、すずりには、琳がバレエを辞めたことを説明する。説明がわかりやすい。
カイジ2期1話(脚本)でも、アバンだけで見事に1期の説明が成されており、高屋敷氏の、話をまとめる上手さがわかる。

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一方、にわか雨が降りだし、雷も鳴ったので、琳は通りがかったガレージの中に入る(原作では道に迷って入る)。雷と桜の印象的な描写は、おにいさまへ…1話(脚本)と重なる。

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そして、ガレージの中の蛍光灯が点灯・消灯し、琳は謎のマシン(人型可変ビークルライドバック”の“フェーゴ”)を目にする。ここも意味深なランプ描写。
おにいさまへ…カイジ2期(脚本)と比較。

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すると菱田という2年生が現れ、琳をライドバック部入部希望者と勘違いし、“フェーゴ”に試乗させる。
ライドバックは人をおんぶするように乗せる。おんぶといえば、はだしのゲン2・RAINBOW-二舎六房の七人-(脚本)が印象深い。

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フェーゴは不具合を起こし、琳を乗せ走り出す。琳は、ダンスで培った絶妙なバランス感覚で、フェーゴに乗るのを楽しむ。フェーゴに「おんぶ」され生き生きと桜の中を走る琳と、はだしのゲン2(脚本)で、桜の中、死に行く母をおんぶするゲンは、比較すると感慨深い。

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琳を乗せ、キャンパス中を暴走するフェーゴを見かけた珠代(ライドバック部の3年生)と岡倉(ライドバック部講師。原作では部長)は、急いで琳を追う。高屋敷氏は、複数のキャラの動向を捌き、合流させるのが上手い。

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岡倉は自身のライドバックでフェーゴに追い付き、何とかフェーゴの不具合を修復するが、フェーゴは道の切れ目から大ジャンプ。「世界は変わる」と琳は目を輝かせるのだった。大ジャンプはF-エフ-1話(脚本)でも印象的。また、ラストが夕暮れなのも共通。

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  • まとめ

本作はアニメオリジナル要素が多く、そのためか、高屋敷氏の他の担当作がオーバーラップする場面が多い。長いこと同氏の担当作を追ってきた私にとっては、ゾクッとする描写の連続。

冒頭(バレエの舞台)での、ステージの上でこそ自分の存在を感じられるという琳のモノローグは、「自分とは何か」をテーマの一つにすることが多い高屋敷氏の意向が如実に表れていて興味深い。

先に述べた通り、この琳のモノローグは、グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)の12話(1期最終回)ラストの、いかに野球が自分の全てであるかを語る夏之介のモノローグと重なる。どちらも「生きる=生きがいがあること」なのだという強調がある。

ところが、琳はその「生きがい」たる踊りが、怪我によってできなくなってしまう。それがいかに絶望的なことか(「世界」の終わりと同義)が、短い間にわかりやすくまとまっている。

思えば高屋敷氏は、あしたのジョー2で、燃え尽きるまでボクシングをやり、満足した丈を描いた最終回の脚本を書いている。
この場合、やりきったことで丈は新たな旅に出るが、本作の琳の場合、まだ燻っている状況。比較すると面白い。

そして、フェーゴと出会うことにより、再び琳は「踊り」の感覚を取り戻し、桜の中で生き生きとする。先述の通り、はだしのゲン2(脚本)の「桜の中、死に行く母を背負い走るゲン」と良い対比になっている。
桜は「生と死」の暗喩と言える。

ただし、フェーゴに乗ることは狂気と恐ろしさもはらんでいることも、そこはかとなく匂わせている。原作では、きな臭い世界情勢が前面に出ることで、アニメでは、桜の花びらが落ちたりなどの暗喩などで、それを表している。

生きがいとアイデンティティを失い、それを取り戻していく話作りは、F-エフ-・グラゼニ(シリーズ構成・全話脚本)にも見られる。これらの場合は、(色々あるが)めでたく取り戻せるが、本作の場合は複雑な世界情勢があり、一筋縄では行かない。

それでも、高屋敷氏は「自分とは何か」「自分で自分の道を決めろ」という事を本作でも前面に出して行きたいのが感じられる。時代も技術も変わっても、同氏の「貫きたいもの」が見えてきて、興味は尽きない。