カイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんの軌跡

アニメカイジのシリーズ構成・高屋敷英夫さんに興味を持って調べてみたら、膨大な量の担当作があることがわかりましたので、出来る限り同氏担当作を追跡しています。discordアカウントは、まきも#3872 です。

陽だまりの樹1話脚本:パイオニアの教え

アニメ『陽だまりの樹』は、手塚治虫氏の漫画をアニメ化した作品。激動の幕末期を生きた、武士の万二郎と、蘭方医の良庵の物語。監督は杉井ギサブロー氏、シリーズ構成は浦畑達彦氏。

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  • 今回の話:

サブタイトル:「三百坂」

コンテ・演出:杉井ギサブロー氏、脚本:高屋敷英夫氏。

時は幕末(安政)。武士の万二郎と、蘭方医の良庵の、くされ縁の始まりが描かれる。

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時は幕末の安政元年(原作は安政二年)の冬の早朝。若き蘭方医の手塚良庵は女遊びの末に朝を迎え、下級武士の伊武谷万二郎は、父母と共に朝食を取る。この場面はアニメオリジナル。キャラの特徴を一気に掴んでいる。キャラの掘り下げは高屋敷氏の十八番。

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良庵の父で、同じく医者である良仙も女遊びで朝帰りし、良庵と鉢合わせする。
一方、万二郎は、慌ただしく朝の身支度をする。ここもアニメオリジナル(所々、原作にある設定をキャラに言わせている)で、状況やキャラの説明が巧み。

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良庵と良仙は、二人とも朝帰りはまずい、と時間をずらして家に帰ることに。
一方、万二郎は父を継いで武士になったばかりであるのがわかる。
ここも設定説明は原作ベースだがアニメオリジナルで、どうして万二郎と良庵がリンクするのか布石が置かれている。 

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万二郎は、主・松平播磨守を江戸城に運ぶ際の警護に就く。そして毎度鍛練のため、三百坂を走らされる。
その最中いつも、万二郎は良庵が目に入る。良庵が女物の簪をしているのを、万二郎が注目するのはアニメオリジナル。ここもキャラの特徴を上手く捉えている。

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三百坂を走り切れなかった者は罰金。いつも走り切れる万二郎は上役に褒められるが、周囲からは疎まれる。そんな折、剣の先生・千葉周作が危篤との報が入る。
他の武士による万二郎への嫌がらせが、アニメではカットされているが、彼が新米故に疎まれているのが一瞬でわかるようになっているのが凄い。

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万二郎が玄武館(千葉周作の道場)に駆けつけた時には、既に千葉周作は亡くなっていた。悲しみとショックのあまり、万二郎は大声をあげ、師範代の清河八郎に諫められる。原作だと万二郎は清河を知らなかったが、アニメだと知っている。ここも調整が細かい。

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千葉一門に入門して10日(原作では3日)なのに、剣の道を甘く見ているとして、清河は万二郎に勝負をふっかける。ほぼ原作通りだが、生意気な素人と、渋い玄人との勝負という図式は、F-エフ-(脚本)と重なる。

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真剣での勝負、しかも相手の清河は北辰一刀流の達人とあって、万二郎は緊張する。原作だと具体的な勝負の内容が描かれるが、アニメは勝負開始直後に場面が切り替わる。高屋敷氏は、時系列操作やニュアンスを含めた表現に長ける。

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帰宅した万二郎が流血しているのに気付いた千三郎(万二郎の父)と、とね(万二郎の母)は驚き、医者として良庵を呼ぶ(良仙が留守だったため)。ここは原作を所々カットし、アレンジを加えて、良庵と万二郎が会うまでのテンポがよくなっている。

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普段から良庵を憎たらしく思っている万二郎は、良庵の医療具を放り投げ、怒った良庵は万二郎と取っ組み合いのケンカに。
万二郎が良庵を噛むのはアニメオリジナル。噛みつき攻撃は、F-エフ-(脚本)や、ど根性ガエル(演出)など結構出る。 

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千三郎は、大人気なくケンカする万二郎と良庵を止め、双方の言い分を聞くが、二人とも譲らず。ここで、良仙が留守となると町の外科医は良庵しかいないことなどが、テンポよくわかるようになっている(原作から所々カットすることでスピーディーになっている)。

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そうこうするうち、万二郎の傷が悪化。別の痛みを与えればいいと言い、良庵は万二郎をどつく。ほぼ原作通りだが、物語の軸となる二人の始まりが最悪なのは、ワンナウツ(脚本)と重なってくる。

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良庵は、万二郎の治療にとりかかる。良庵は(初めてなのに)万二郎の傷を見事に縫合する。仕事を終えた良庵は歌を歌いながら帰る。アニメは、原作の時系列をアレンジしている。やはり高屋敷氏は時系列操作が上手い。

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帰宅した良庵は、緒方洪庵(医師・蘭学者)が大阪で開いている適塾へ、自分が入塾できる事を手紙で知り歓喜する。お中(良庵の母)は、大阪で息子が女にひっかからないか案じる。ここは、原作からのカットやアレンジのテンポがいい。

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そんな中、良仙らが推し進めている種痘について懐疑的な奥医師・多紀らが良仙宅に来て、種痘を止めるよう脅す。良庵は激昂し彼らを追い出す。多紀が覆面をしているのはアニメオリジナルで、多紀の卑怯さをよく表している。

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良庵は、火照った頭を外気で冷やす。アニメオリジナルで、大樹が映る。作品にとって重要なものを1話にアニメオリジナルで映すのは、RAINBOW-二舎六房の七人-(脚本)にも見られる。

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  • まとめ

 1980年版鉄腕アトム(高屋敷氏脚本参加)にも見られる傾向だが、手塚治虫氏の漫画は非常に密度が濃いので、アニメの尺(約22分)にどう収めて行くかが肝になってくる。

 今回驚くのは、尺に収めるためにカットをし続けるのではなく、冒頭からガッツリ、アニメオリジナルを挟んでいる点である。しかもこれにより、あっという間に、どんなキャラかわかるようになっていて、見事という他ない。

 思えば杉井ギサブロー監督はアニメ鉄腕アトムの第1作目スタッフ(演出や脚本、作画)、高屋敷氏は1980年版鉄腕アトムのスタッフ(脚本)であり、「手塚漫画をアニメにするとは、どういうことか」をよく知っているのかもしれない。

 手塚治虫氏は、自身の漫画を原作としたアニメの脚本やコンテを自分でやる際、原作をカットしたり、改変したりを厭わなかった。それを間近で見ていた、杉井ギサブロー監督や、高屋敷氏が得たものは大きいと考えられる。

 高屋敷氏は、他の原作つきアニメの脚本でも秀逸なアニメオリジナル追加やカット、アレンジを見せるが、1980年版鉄腕アトムの脚本経験をかなり活かしているように見える。

 1980年版鉄腕アトム(1980~81年放映)まわりの年は、高屋敷氏にとって重要で、あしたのジョー2や、じゃりン子チエの脚本を書いている。あしたのジョー2の脚本でも原作アレンジは秀逸で、じゃりン子チエの脚本では、更にそれが研ぎ澄まされている。

 高屋敷氏は常にアップデートやブラッシュアップを怠らないが、同氏のピークの一つとして、じゃりン子チエの脚本があると、私は考えている。一つの完成形であると言ってもいい。その裏には高畑勲監督の存在も大きいと思うが、その前に、手塚治虫氏の存在も考えてみたい。

 1980年版鉄腕アトムは、石黒昇監督のもと、優秀な脚本陣や演出陣、作画陣が集まった。また、手塚治虫氏自らが、脚本や絵コンテ、原画で参加した。作品は、密度の濃い原作を超圧縮した脚本も、かなり印象に残る。

 何しろ手塚治虫氏は、日本のテレビアニメのパイオニアでもある。手塚氏自身が、「漫画とアニメの違い」を一番わかっていたのではないだろうか。それを見ていた高屋敷氏が何を感じ、何を吸収したか考えてみると面白い。

 高屋敷氏は、原作とアニメという媒体の違いをよく理解した脚本を書くし、作品を「アニメ」に「適応」させるためのアニメオリジナルを生み出すのにも長ける。同氏は、手塚氏のやり方や考え方を的確に受け継いだ、貴重な作家の一人でもあると再確認できた。