陽だまりの樹4話脚本:強力な武器
アニメ『陽だまりの樹』は、手塚治虫氏の漫画をアニメ化した作品。激動の幕末期を生きた、武士の万二郎と、蘭方医の良庵の物語。監督は杉井ギサブロー氏、シリーズ構成は浦畑達彦氏。
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- 今回の話:
サブタイトル:「嵐の前」
コンテ・演出:江上潔氏、脚本:高屋敷英夫氏。
良庵は、緒方洪庵の適塾に入塾する。一方江戸では、種痘を推し進める良仙(良庵の父)に対する奥医師達の嫌がらせが激化する。
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良庵は、大阪で緒方洪庵(医師・蘭学者)が開いている適塾に入塾する。
緒方は良庵に、良仙(良庵の父)が推し進めている種痘の話題をする。
緒方が良仙の話をするのはアニメオリジナル。アニメの話の進行に合わせており、調整が巧み。
良庵は、先輩に案内されるまま塾の中を見て回る。塾生の中には、福沢諭吉もいる。
原作では、良庵は先輩達や福沢から独特な歓迎を受けるが、うまく省かれている。それでも福沢の存在感を出しているのが凄い。
塾のシラミだらけの寝床に音を上げた良庵は、以前縁のできた、曾根崎新地の馴染みの女郎屋に泊まる。
朝を迎えた良庵は、床入りした星鶴に引き止められる。原作にある彼女の話がカットされているが、彼女の営業上手さは出ている。
星鶴に、再度の床入りをねだられた良庵は、今夜また来ると約束する(アニメオリジナル)。手から手への感情伝達は頻出。
怪物王女・ワンナウツ・F-エフ-・ストロベリーパニック(脚本)と比較。
一方、良仙は、府中潘江戸詰家老・佐伯甚七郎の怪我を治療する際、幕府の若年寄・遠藤胤統(たねのり)に会って種痘所設立の話をしたいと懇願し、謝礼に美女を紹介すると約束する。ここは原作と話の順序が変わっているが、調整が秀逸。
そして季節は夏になり、佐伯は約束通り、良仙と遠藤を引き合わせることに。セミが飛び立つ描写がアニメオリジナルで入るが、昆虫を使った暗喩はしばしば見られる。RAINBOW-二舎六房の七人-・おにいさまへ…(脚本)と比較。
不吉を表す表現として、太陽が雲に隠れる(アニメオリジナル)。意味深な太陽の描写は頻出。あしたのジョー2(脚本)、宝島(演出)、RAINBOW-二舎六房の七人-(脚本)と比較。
そこに奥医師達が現れる。彼等は西洋医術の種痘に懐疑的で、遠藤と良仙を会わせないよう動いたのだ。雨が降り出す(アニメオリジナル)。雨を効果的に使うのは結構ある。あしたのジョー2・めぞん一刻(脚本)、空手バカ一代(演出/コンテ)、おにいさまへ…(脚本)と比較。
奥医師達は、良仙を質問攻めにし、種痘を批判する。アニメオリジナルで雷鳴が轟くが、雷の描写も色々な作品で見られる。
アカギ・花田少年史(脚本)と比較。
夜、良仙は満身創痍で帰宅し、お中(良仙の妻)に介抱される。ここは原作からの台詞や描写の取捨選択が上手く、テンポがよくなっている。
場面は大阪の適塾に切り替わる(原作と話の順序が異なる)。立ったまま朝食をかきこむ塾生達に、八重(緒方洪庵の妻)は呆れる。
飯テロは実に多い。コボちゃん・じゃりン子チエ・グラゼニ・カイジ2期(脚本)と比較。
そんな中、良庵が女郎屋から朝帰りしてくる。八重は、実家から送金が来ていることを良庵に知らせる。
ここも、原作から台詞・描写が取捨選択され、話がスムーズになっている。また、モブが生き生きしている。高屋敷氏は、モブを大事にする。
金には、お中からの手紙が添えられており、良庵は、良仙が奥医師達にいじめられているのを知る。手紙の内容が原作からうまくまとめられている。また、高屋敷氏は手紙を重視する。カイジ2期・F-エフ-・ワンダービートS(脚本)、宝島(演出)と比較。
江戸の某所では、腕の立つ剣士を集めて、良仙ら西洋の影響を受けている者を襲撃する計画が立てられる。
ここは原作から会話内容がアレンジされ、手短でわかりやすくなっている。
剣士である楠音次郎と、山犬(丑久保陶兵衛)は言い争いを始め、一触即発の事態になるが、計画の首謀者の一人・山藤庄太夫に制止され、計画実行は10月2日に決定する。ここも原作がアレンジされ、テンポがよくなっている。
計画の黒幕にいるのは、奥医師の一人・多紀誠斉であった。1話(同じく高屋敷氏脚本)と同じく、彼はアニメオリジナルで覆面を被っており、卑怯さが表れている。また、会話もわかりやすくアニメ向けに調整されている。
そんな折、おせき(寺の娘で、良庵と万二郎の想い人)は良仙宅を訪ね、良庵の様子を尋ねる。ここも会話が原作からアレンジされ、簡潔になっているが、おせきが良庵を想っていることが、わかりやすくなっている。
良仙宅周辺を下調べしていた音次郎は、おせきに目をつけ、手を掴んで乱暴しようとする。手の強調は多い。宝島(演出)、F-エフ-(脚本)と比較。
間一髪、万二郎が通りかかり、激昂した彼は、音次郎に斬りかかる。二人は斬り結び、互いに負傷するが、音次郎は逃亡。アニメでは、おせきの視点が入る改変があり、万二郎と音次郎の対決の詳細が簡略化されている。
おせきと万二郎は、良仙に手当てされる。良仙から、おせきの貞操が無事だと知らされ、万二郎は安堵。その様子から、良仙は万二郎が、おせきを想っているのを悟る。ここも、原作からの台詞や描写の取捨選択が上手い。
万二郎は、おせきが好きなのだと良仙に力説する。息子の良庵も、おせきが好きであるのを知っている良仙は困惑。
ここでの会話も、原作からのアレンジ・オミットが洗練されている。
アニメオリジナルで、秋の始まりがナレーションで告げられる。また、タイトルの象徴である大樹が映るのも上手い。
情緒ある季節の描写は、グラゼニ・RAINBOW-二舎六房の七人-(脚本)ほか、様々な作品に入っている。
- まとめ
原作から、場面順序の大きな組み替えがあり、それが巧みにできている。アニメに合わせた場面順序にするテクニックは、DAYS(高屋敷氏脚本参加)にも見られ、高屋敷氏の得意とするところなのかもしれない。
本作は、密度が濃い原作を2クールのテレビアニメシリーズに収めるべく、あらゆる工夫が成されている。泣く泣くカットしたエピソードのぶん、極力整合性を取るアレンジやアニメオリジナル追加があり、それが秀逸で唸らされる。
1980年版鉄腕アトム(高屋敷氏脚本参加)で、手塚治虫氏の密度の濃い漫画を「アニメ用に圧縮」する腕を磨いた高屋敷氏にとっては、本作も、その腕の見せ所。とにかくアレンジ・追加・カット・調整のセンスがいい。
また、複数の複雑なプロットを見事に捌く技術も流石。これは、じゃりン子チエ(高屋敷氏脚本陣)でも凄技が見られ、高屋敷氏の十八番と言える。同氏の強力な武器の一つではないだろうか。
あと、天候や自然を効果的に使った描写にも注目したい。これは高屋敷氏の担当作に頻繁に見られるもので、色々な同氏担当作品と比較すると面白い。同氏は、「お天道様」に深い思い入れがあるようだ。
高屋敷氏が原作をアレンジするセンスがいいのは、アニメという媒体をよく理解しているからだと考えられる、と何度か書いているが、今回もその技術が遺憾なく発揮されている。
キャリアの始まりが虫プロで、1980年版鉄腕アトムに脚本参加した際、手塚治虫氏の姿勢を目の当たりにしたであろう高屋敷氏にとっては、「漫画の神様」の原作を変えるということに躊躇がないように見える。これは同氏の、かなりの強み。
偉大な原作だからといって、原作を一字一句なぞってアニメ化しても、うまいアニメ化にならないことが多々あるなか、漫画の神様の原作といえども、「アニメ」に合わせてどんどん変える勇気がある高屋敷氏は、やはりアニメを愛しているのではないだろうか。
「アニメのために原作を変える勇気」に関しては、手塚治虫氏自身がそれを持っていたほか、高屋敷氏が長年一緒に仕事した出崎統氏が、有名な原作クラッシャーであったことが大きい。
一方で高畑勲氏は、原作に忠実なのに、アニメ独自のテーマが浮かび上がる不思議な技術を持っていた。(高畑氏監督作の)じゃりン子チエに脚本参加した高屋敷氏が、そこで得たものもまた、非常に貴重であると推察できる。
何度か書いているが、出崎統氏と高畑勲氏のハイブリッドが高屋敷氏である。
原作のどこをそのままにして、どこを変え、何を追加するかの塩梅が絶妙なのは、同氏の経験と才能の賜物で、やはり感銘を受けるのである。