家なき子45話演出:アニメの醍醐味
アニメ『家なき子』はエクトール・アンリ・マロ作の児童文学作品をアニメ化した作品。過酷な運命のもと旅をする少年・レミの成長を描く。
総監督は出崎統氏。
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本記事を含めた、当ブログの家なき子に関する記事一覧:
https://makimogpfb2.hatenablog.com/archive/category/%23%E5%AE%B6%E3%81%AA%E3%81%8D%E5%AD%90
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- 今回の話:
サブタイトル:「遠ざかる母」
ドリスコル(レミを狙う泥棒)から逃げるレミ達は、テームズ川沿いにミリガン夫人(以前レミと交流した富豪で、レミの実母)の屋敷を目指す。
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テームズ川沿いに、ミリガン夫人(以前レミと交流した富豪で、レミの実母)の屋敷を目指すレミ達は、追ってくるドリスコル(レミを狙う泥棒)一味と戦う。マチヤ(レミの親友。風来坊)の、物を回転させる戦法は、ど根性ガエル(演出)や、らんま1/2(脚本)などに重なる。
ドリスコルの手下を川に落としたマチヤは喜ぶ。喜び方が幼いのは、新ど根性ガエル(脚本)や宝島(演出)ほか、多くの高屋敷氏担当作に見られる。
追いつ追われつの末、レミ達のボートと、ドリスコル一味のボートは接触し、レミ達のボートは破壊されてしまう。
マチヤが泳げないと知り、ドリスコルの手下はマチヤを虐める。
悪ではあるが人間くさいキャラは、宝島(演出)や空手バカ一代(演出/コンテ)など多い。
完全に溺れたマチヤを、ボブ(マチヤの友人で、大道芸人)が救出する。
泳げない者を救出する場面は、宝島(演出)にもあり、比較すると面白い。
何とか陸に上がったレミ達を追ってくるドリスコル一味に、カピ(芸をする犬。賢い)が果敢に立ち向かう。
じゃりン子チエ・アンパンマン(脚本)ほか、動物の活躍は結構見られる。
レミは、カピの勇気を称える。動物とのスキンシップも、多く見られる。
まんが世界昔ばなし(演出/コンテ)、あんみつ姫(脚本)と比較。
なおも執拗にレミを狙うドリスコルの手下を、カピが撃退する。
ここも、賢い動物の活躍。
じゃりン子チエ・あんみつ姫(脚本)と比較。
レミとカピは、ボブ、マチヤ、ジョリクール(芸をする猿。二代目)と分かれて逃げることに。
それを、ドリスコル本隊が馬で追う。彼の手下が落馬するが、まんが世界昔ばなし(演出/コンテ)、めぞん一刻番外編(脚本)、元祖天才バカボン(演出/コンテ)など、個性あるモブは多い。
レミは民家に助けを求めるが、家の人の応対が遅いため、諦めて逃げる。
ここもモブが個性的。ルパン三世2nd・おにいさまへ…・F-エフ-(脚本)と比較。
逃げ続けるレミは、井戸の内側に隠れる。
状況と連動する波紋の表現は、しばしば見られる。あしたのジョー2(脚本)、ベルサイユのばら(コンテ)、F-エフ-(脚本)と比較。
一方ボブはマチヤを介抱し、通りがかった馬車に助けを求める。
反射を使った表現は、宝島(演出)やベルサイユのばら(コンテ)などにも見られる。高屋敷氏の好きな表現なのかもしれない。
畑に逃げ込んだレミは、石を投げて木の枝を落とし、ドリスコル達の注意をそちらに向けさせる。
手の表現は頻出。ワンナウツ(脚本)、宝島(演出)と比較。
その後レミは、山の中の一軒家に住む老人に助けを求める。
優しい老人は、宝島(演出)や花田少年史(脚本)などなど、色々な作品で印象に残る。
追ってきたドリスコルが老人に、子供と犬を見なかったか尋ねると、老人はドリスコルに、人に物を尋ねる時は馬から降りろと一喝。ドリスコルは一瞬怯む。
ここも、悪役のコミカルな一面。宝島(演出)、まんが世界昔ばなし(演出/コンテ)と比較。
老人の家の中に入ったドリスコルは、開いた窓とレミの帽子を見て、急いで馬に乗りレミを探しに行く。
老人はレミの帽子を丁寧に拾う。
手で優しさを表す描写は、よくある。まんが世界昔ばなし(脚本)、宝島(演出)と比較。
レミとカピは、老人の家の天井裏に隠れており、難を逃れる。
咄嗟の機転から、大掛かりな仕掛けや長期的作戦まで、頭脳プレーは数々の作品で目立つ。ルパン三世2nd(演出/コンテ)やカイジ2期(脚本・シリーズ構成)も、その代表例。
老人は、レミとカピに食事をふるまう。
おいしそうな食事場面は実に多い。
じゃりン子チエ・カイジ2期(脚本)と比較。
朝から何も食べていなかったレミは、おいしかった、と完食。
とにかく、おいしそうに食べる場面は数々の作品で強烈に印象に残る。
グラゼニ・カイジ2期(脚本)と比較。
レミは、スプーンに彫られたミリガン家の紋章に気付く。ここで老人は、ミリガン家の元使用人だったことが判明する。
おにいさまへ…・めぞん一刻(脚本)でも、主人に忠実な使用人が存在感を発揮している。
ミリガン夫人達は、いまフランス経由でスイスに向かっていると老人から聞き、レミは絶望する。
窓を使った表現はしばしばある。ベルサイユのばら(コンテ)、ストロベリーパニック(脚本)と比較。
そこへ、ドリスコルが戻ってくる。
レミは、カピとも引き離されて、ドリスコルに攫われてしまう。
高低を使った、似た感じの遠近表現は、ベルサイユのばら(コンテ)、ルパン三世2nd(演出/コンテ)、ガイキング(演出)にも見られる。
一方、ロンドンで目覚めたマチヤは、ボブにレミの安否を聞くが、ボブは、ミリガン家の屋敷には誰もおらず、レミが訪ねた形跡もなかったと話す。
手を使った感情伝達は多い。ルパン三世3期(脚本)、ガイキング(演出)と比較。
そこに、レミの荷物を持ったカピが来て、マチヤ達は驚く。
ここも、賢い動物の活躍。じゃりン子チエ(脚本)、ルパン三世2nd(演出/コンテ)と比較。
レミは、ドリスコルの家で痛めつけられそうになっていたが、警官隊がそこに踏み込んでくる。
警官隊の描写は、ルパン三世2nd(演出/コンテ)でも手慣れている感じが窺え、繋がりが感じられる。
混乱の中、レミは必死に無実を訴えるも、逮捕されてしまうのだった。
刑事の様相が、ルパン三世2nd(脚本)の銭形を彷彿とさせる。出崎統監督、高屋敷氏、もう一人の演出陣の竹内啓雄氏はじめ、本作はルパン三世参加スタッフが多い。
- まとめ
今回は、アクション主体の逃走劇。その中でも、馬の描写に力が入っている。出崎統監督も、高屋敷氏も、馬には思い入れがあるようで、色々な担当作にそれは出ている。
例えば、あしたのジョー2の30話(出崎統監督コンテ、高屋敷氏脚本)では、丈と、ライバルのホセが馬で競争するアニメオリジナル場面があり、両氏の好みが如実に表れている。
以前書いた、あしたのジョー2の30話(高屋敷氏脚本)についてのブログ記事はこちら:
https://makimogpfb2.hatenablog.com/entry/2021/02/21/135507
あと、川沿いに進む場面が多いためか、反射を使った表現が目立つ。
脚本作でも、液体表面に顔やイメージを映した表現が出ており、高屋敷氏の好む手法なのかもしれない。
本作含め、高屋敷氏の演出作では、同氏がよく使う演出が段々見えてくるのだが、絵に関与できないはずの脚本作でも、演出作と似たような表現が出てくるのが面白い。
高屋敷氏が演出経験で積み上げたものは、台詞に頼らない、空間そのもので訴えかける脚本として花開いている。
実際、高屋敷氏の脚本は、空間や状況、心理描写が細かく指定されていて驚かされる。
実際に高屋敷氏の脚本を読んだ時の感想ブログ記事はこちら:
https://makimogpfb2.hatenablog.com/entry/2022/08/18/203602
今回含め、技術的に色々試している感じもある高屋敷氏の演出は、後の同氏の脚本作に、より感情やドラマ性を込めて応用されている。同氏は、アニメで出来る演出を確信した上で、脚本を書いている節がある。
演出にしろ脚本にしろ、高屋敷氏の、表現へのアプローチは、最終的な完成映像はこうなるという「確信」があるような感じがする。このあたりも、同氏の「主張の強さ」が出ている。
訴えたいこと、表現したいこと。それらの強さは、どこからのアプローチであっても完成映像に反映される。これもまた、総合芸術としてのアニメの面白さと醍醐味だと思う。